mochita_rj
2024-11-16 15:41:19
27131文字
Public TwitterのSS
 

ss2022年分

1Pに各ssの内容があります。飛んでね!
※一部ここに載せてないのがpixivにあります。最初の5作と露仗週間で書いたものなど


トントントン、とリズム良くまな板で人参を刻む音に混ざるように、廊下から誰かが階段を下りてくる音が聞こえる。この家にはおれとその人物しかいないから相手はすぐわかる。この家の持ち主でもある、一日の仕事を終えた漫画家の足音だ。

「今日の夕飯、何?」

くぁ、とあくびをしながらキッチンに入ってきた露伴は、棚から愛用しているグラスを取り出して言った。おれの真後ろにある冷蔵庫を開け、麦茶を注ぎながらおれの手元を覗き込んでいる。

「お疲れ様。ええとね、炊き込みご飯と、だし巻きと、豚汁と、ほうれん草のごま和えッスよ」
「へえ、和食か。美味そうだな」

露伴はきらきらと目を輝かせた。露伴は普段から自炊をする方ではないが、するとなればイタリアンだったりフレンチだったりと、やけに小洒落た料理を作ることが多い。だからか、自分が滅多に作らない典型的な和食、みたいなメニューに弱いのだ。

「麦茶、きみも飲む?」
「ん。そこに置いといてくれねえ?」

刻んだ人参を鍋に流し込みながら答える。「わかった」と露伴が返事をした後、先程と同じような流れが始まった。棚を開けてガラスのコップを取る、トポポポ、とポットから麦茶を注ぐ、といった1連の音が背後から聞こえた後、キッチン台に薄透明な紫色のグラスが置かれた。

「さんきゅ」
ついでにぼく、卵割っとこうか?」
「いや、別にいいっスよ。これ煮込んだらすぐできるし、座っといて」
「んんそうか」
「?」

もう何の用もないのに、手持ち無沙汰そうにまだキッチンに突っ立って居座り続ける露伴に首を傾げる。ああ、わかった。ひょっとしたら手伝いたいモードなのか。

じゃあ、お言葉に甘えてやってもらおうかな」
「そ、そうかい。何個いるんだ?」
「4いや、3個でいいよ」

また「わかった」と冷蔵庫にいそいそと向かう露伴に、ふふっと笑いが込み上げる。役目を与えられて喜ぶ様は、恋人というより子供を世話しているようだと思った。と同時に、これは何かあったな、とおれのセンサーが働く。露伴はおれと真逆で和食なんてほとんど作れない。それを露伴自身もわかっているから、普段ならば「適材適所だからね」とか言って、わざわざおれの料理の手伝いを買うことなどしないのだ。

「ねえ、なんかあった?露伴」
いや、なんでも」
「嘘つけ。アンタわかりやすいんだよ」

おれがまな板に視線を向けたまま問いかけると、露伴が2個目の卵を割る音が止まった。少しだけ間を開けてなんでもないように割り入れたが、今の違和感におれが気づいてないのでも思ったのか。

はは。きみには何でもお見通しか?ヘブンズ・ドアーでも使われたかな」
「はいはい。言いたくないなら言わなくていいっスよ」
「いや、そういうわけじゃないんだ。本当に大したことではないんだが
「え、逆に気になるんスけど」

誤魔化すような口ぶりの露伴は、おれが拗ねたと勘違いしたのか、慌てて箸を置いた。言っていいものか、とうんうん悩んでいるようだったので、そこまで言ったのなら全て言ってくれと露伴をじーっと見つめた。おれの視線に居心地悪くなった露伴は、「笑うなよ」と念押しして言葉を続けた。

ぼく、もう1人じゃあ生きてけないかも、って」
うん?え、それだけ?仕事とかで悩んでたわけでもなく?」
「このぼくが仕事で悩むわけないだろ」

天才だと言われ、漫画を描くことを生きがいにしている彼のことを考えると、そりゃそうかと腑に落ちた。今更何年も続けてる仕事のことでこんな反応になるわけがない。じゃあ、なんで?と他の要素を考えていると、露伴がゆっくりと口を開いた。

この麦茶、当たり前に飲んでたけど。これ、きみが昨日の夜沸かして冷やしてくれてるやつだろ。食事だってそうだ。もしぼく1人だったら仕事に集中しててうっかり忘れる事だって、あると思う」
まあ、そうっスね」
「万が一さ。万が一、きみがこの家を出ていったら、ぼく死ぬかも」
「そんなに!?」
「それくらいこの生活に慣れてしまったんだぼくをダメにした責任、取れよな」

珍しくしょんぼりとして卵をかき混ぜる露伴に、また笑いが込み上げた。いつも自信満々で傲慢な岸辺露伴はどうしたんだよ。こんな姿、担当の編集さんに見せたら笑い者になること間違いなしだぞ。おれは忙しなく動かしていた包丁を置き、呆れたように笑って言った。

バカだなあ〜大丈夫だよ、絶対出ていかねえ」
本当か」
「うん。てか、惚れた相手の傍にずっといたいって思うのがフツーだろ。出ていくとしたら、アンタがおれを捨てたときかな」
「ハ、ハア!?ぼくがきみを捨てるわけないだろ!」

露伴が握っていた箸を置き、おれの背中に抱きついた。おれら付き合って何年も経つのに、バカップルみたいなやり取りいつまで続ける気なんだよ。おれはだいぶ落ち着いた気もするが、露伴はなんだか精神がますます退行していってる気がする。それでも、ぎゅうぎゅうとしがみついてくる体温が心地いいと思うのだから、おれも大概絆されてるのかもしれねえけど。

「いつもありがとう、仗助。好きだよ」
ん。おれも……ちょっと、どさくさに紛れてどこ触ってんスか!」

腹に回っていたはずの手が、いつのまにか後ろに移動しおれのケツをにぎにぎと揉みしだいてきた。さっきまでの殊勝な態度はどこへ行ったのか。洗面台で顔洗ってるときもそれするよな。同じやり方でいちいちセクハラしてくるのやめろよ。

「も、マジでなんなんスか」
「いやあ。幸せだなあ〜と思ってついね」
すけべ」
……それ、いいね。もう1回痛っ!」
「用済んだんなら座ってろっての!」

だらしない顔で笑っている露伴にため息をつく。すっかり調子を取り戻してニヤニヤ笑っている露伴をキッチンから追いやり、おれは再び夕飯の準備に取り掛かった。あんまりのんびりしていると、構ってちゃんのアイツがまたやって来てまた余計なことをしかねない。そんなことを考えて最後の具材を鍋に加えていると、自分のほっぺたが緩んでいることに気づいた。

なに笑ってんだ、おれ」

直前に「幸せだ」と笑った露伴の顔が頭をよぎる。そうだな、おれもどうしようもなく子供っぽくて、でもたまにカッコイイあんたといられて幸せかも。あー、露伴に今の顔を見られなくて良かった。そうなってしまったら最後、またアイツは調子に乗って、好きだ愛してるだのと小っ恥ずかしいセリフを囁くだろうから。そんなこと言われたら、今奇跡的に顔を見られなかったのも無駄になっちまうもん。