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井見
2024-11-08 20:49:26
81646文字
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真Ⅲ二次
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【再録】レトロスペクト・フラクタル
真3マニクロ道中にあってほしい二人のやりとり短編集の再録です。
サイトにあげていた短編10本の改稿+新規書き下ろし3本が入っています。
出会いから別れまで。
*超力兵団の話や場所、人物がちょろっと出ます
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逢魔時
だからと言って、僕自身、僕のことがわからないでいた。嘘を言ったつもりはない、つもりはないが、それは全てを説明してくれるわけではなかった。
寝台に座る君は動かない。片膝を抱え、眠るように固まっている。君の刻印には何の光も点っていない。それがいやに怖ろしかった。君は死んでしまったのか? 恐る恐る首元に触れると、確かな、寧ろ熱いくらいの体温を感じる。それに僕はほっと息を吐く。これをもう三度繰り返している。
君が深い底へ消えてから、もう随分と経っていた。僕らはいつの間にか君が目覚めた部屋に飛ばされていて、死んだように固まった君を眺めている。体温だけが君の生きている証だ。
人間ではないその肉体は、もう呼吸すら必要としていない。普段君が息を吸うのは、君がそれに気づいていない、気づかないようにしているだけだった。だから目の前の、息を吸うことを忘れた君は、生々しい石像である。
僕は部屋を後にした。目覚めの挨拶を考えるにも飽いた。否、未だに考えつかなかった。
新宿衛生病院。病院の纏うこの雰囲気だけは、僕の親しむのとそう変わらない。傷薬の苦い匂い、静謐な空間、辺りに響く足音。造りは全く異なるが、今も役割は変わらない。だがここ、地下施設は、病院とは違う。渦巻く血の匂いがどうしても僕を殺気立てる。階段を上り、地上階へ出た。海の中のように青く照らされた広間は、僕を落ち着かせた。
静かだった。悪魔は散見されるが、どれも襲い掛かってはこない。この場所に潜む悪魔は、悪魔という中でも霊的な、この異界が成立する前から暮らしていてもおかしくない、無邪気で穏やか、少し残酷といった者ばかりだ。異界としての変化は小さいように思える。受胎という儀式の中心に座するからこそ、却って影響が及ばないのかもしれない。
その中で、身の程知らずか、敢えての勇者か、一匹の地霊がふわふわと僕へ寄ってきた。
『ねえねえ! キミはさ、地下にいるっていう悪魔、もう見た?』
くるくると昂るように回転しながら、淡く緑に輝く体躯を振るわせ、僕へと顔─だろう、おそらく─をずいと寄せるのは、コダマというかわいらしい悪魔である。
「まだ見ていないな」
幼子を相手にするように答える。
『そうなの? なんだ
……
。
もうみんな見たって言っててさ、なのに聞いても全然よくわかんないんだよ。すっごく強そうとか、逆にすっごく弱そうとか、みんなテキトウなんだ。キミならちゃんと答えてくれるかと思ったのに』
「君は見ていないのか。
行けばいいじゃないか」
『
……
コワいよ! 怒って殺されたら嫌だし
……
。
ねえ、キミ、かわりに見に行ってくれない? キミ、強そうだもんね』
図々しいというべきか、短慮というべきか、〝地下の悪魔〟を恐れる一方で、ここで僕に殺されるという可能性は考えないのだろうか。僕が人間だと分かっている上で、とびきり人懐こいのかもしれない。
「悪いが、行かないな」
『ええ〜。あ、もしかしてキミもこわいの?』
「そんなところだ」
『それならしかたないよね。王とかなんとか
……
よくわかんないけど、おっかないもんね』
納得するように、コダマは膝を抱えて、頭の部分をうんうんと振った。
「他の悪魔は、君と一緒に行ってはくれないのか」
『他のみんなにこんなこと言ったら、バカにされちゃうよ
……
。
この前も変な悪魔が来てて、ボクずっと隠れてたもん。ここも、だいぶ前は強い悪魔のナワバリだったし。
さいきんコワイことばかりなんだよね
……
』
他の悪魔には相談できない、いじらしい自尊心《プライド》だった。例えば僕のような人間、全く別の存在なら、打ち明けられるということらしい。
するりするりと円を描くように空を舞う速度が上がっているのは、感じている恐怖を表していると思える。コダマにとっては穏やかとも言える場所に、立て続けに場違いな存在が幾つも来訪してくるのは、たまったものではないのだろう。
「もう少し騒がしくなるかもしれない。
気をつけて」
『これ以上はやだなあ』
ゴウトを抱えて、その場を離れた。ちらりと振り返ると、コダマはまだくるくると回っていた。コダマの回転はゴウトの、猫の本能を刺激するのに充分だった。
『悠長に話している間に、逃げられたかもしれぬぞ?』
ゴウトは誤魔化すようにみゃあと咳払いしながら、僕の腕に捕らわれている。逃げられるというのは、当然コダマの話ではなく、彼についてだ。
黒猫の緑色の瞳は僕を見上げた。
「最後の機会というやつだ」
互いにとって。
別れるなら、今だ。僕にそのつもりはないが、彼がそうしたいならそうしたらいいと思った。顔が見えない方が、決められるということもあるだろう。
だから僕は地下に戻るつもりはない。寝台の隣で目覚めを待つほど僕は殊勝ではない。答えが出るまで、散策を続けることにした。
階段を上ろうと思って、やめた。見慣れぬ壁、当世の昇降機《エレベーター》がある。
側には矢印を描いたような、丸い釦が二つ、上下に並んでいた。上を指す矢印を押すと、壁が二つに分かれ開いた。
『
……
まさか、これに乗りたかったとは言うまいな』
いや、まさか。抱えたゴウトをそのままに乗り込んだ。ゴウトは新しい技術に難色を示すことが多いが、僕は寧ろ面白いとさえ思う。第一、既に荒唐無稽は幾つも通してきた身なのだから、未来の技術一つ恐るべくもない。
壁面には英数字の描かれたボタン。僕はRを押す。昇降台は上へ、頭上の黒い小さな板には今いる階の表示か、一の次に二、そしてRが示された。
R、屋上階に着くと、扉はひとりで開いた。砂と風が吹き込んだ。
ゴウトを解放すると、彼は一目散に鉄の箱から抜け出した。僕も追いかけると、扉はゆっくりと閉まった。悪魔の見えぬ者からすれば、仲魔の仕業もこんな風に見えているのだろう。
屋上からは、周りがよく見えた。崩壊した大東京、その中で点々と不自然に変わりの無い場所がある。この病院の傍にあるビルヂングも、外見だけなら元の姿を保っている。大きな文字で往来の者へ見えるよう宣伝する派手な看板も、今や見る人なぞいないのに、変わらず立てられている。
まるで異国へ来たような気もするのに、看板に記される文字は僕の知るものと同じだ。
この世界は地続きである。
『ここは新宿と言ったな』
施設の名前は確かにそう示している。これが新宿の街並み。カグツチは常に世界の中心で輝いているから、どちらが東の方角かは曖昧だ。受胎前の微かな記憶で、屋上の柵の向こうを探す。
砂しか見えぬならまだ良かった。心当たりのある方角の世界は、裂けていた。大きな亀裂が全部を飲み込んで、赤黒い闇が広がっていた。
ゴウトも同じことを考えていたのだろう。僕の見る柵へと飛び乗り、翠眼をきらめかせた。
僕たちの世界がこの世界へと続くのか。それはわからないし、知る由もない。いや、類希な幸運に恵まれれば、この時代に辿り着けるか? それもまた、有り得ざる仮定である。
ただ確かなのは、僕のいた所と同じ名前を持つ場所には、砂すら残っていない。ほんの一部の外観だけを残して与えられる、強制的な滅び。それが受胎であった。
「ああ、いた。置いてかれたのかと思ったよ」
いつの間にか僕の背後へ立ち、声をかける者。いつぞやとは逆だ。半裸の身体に刺青を眩く輝かせ、何事も無かったかのように目を覚ましている。
「驚いた。起きたら場所は病院だし、ライドウたちはいないし。悪魔たちに聞いて回ったよ」
ほら、と示されて彼の後ろから現れるのは、コダマだ。
『あ! やっぱり! 見たことないってウソだったんだ!』
「見たことないって?」彼は口を挟む。
『キミのこと! キミ、地下にいたでしょ? 地下にいる悪魔を知ってるか聞いたのに、あいつったら、知らないフリしてたんだ!』
ひどいよね、と同意を求めて彼を振り返るコダマは、すっかり彼に懐いていた。先程は殺されるかもしれないなどと言っていたのに、実物に会ったらこれだ。それが彼の為せる技なのかもしれない。
彼はコダマを宥めるように、深々と頷く。
「それは嘘つきだな」
『本当にね! よけいなこと話しちゃったよ』
興奮気味に体をくるくる回転させている。いい加減に対応したのは事実なので、僕は懐に仕舞い込んでいた宝玉を渡した。子供に近い思考のコダマはこれだけで大層喜び、満足気に去っていった。彼はひらひらと手を振ってコダマを見送り、
「ライドウ、よくないよ、嘘は」
冗談めかして、淡く微笑んだ。
珍しかった。
相変わらず舞う砂埃が、惚ける僕の頬を叩いた。
空は閉じられている。景色の時間は常に止まっている。彼がこの病院を出て行ったのも、ついさっきのことなのかもしれなかった。
世界が壊れるまで只の人であった男が、突然悪魔の力を手にする。依頼の内容を二度は聞いた。ほんの様子見、手出しは無用、そうは言ってもやはり肝が冷えた。何度死にかけていたか知れない。病院から出られず敢え無く死に伏し、依頼も真相も全てが闇の中という可能性も否めなかった。
それが今はどうだ。悪魔と同胞のように会話を交わし、そして悪魔を宿敵のように屠る。
これでは僕一人全力を賭して収められるか、絶対の自信は持ち得ない。
彼を選び、彼が選んだ多種多様な魔の力は、彼の中で蠢いて、立ち塞がる敵を喰い千切らんと待ち侘びているようだった。
──僕は思わず、刀を抜いていた。
握る重さに息が整う。遅れて、息が荒くなっていたことに気づいた。
『ライドウ』
ゴウトが僕を諌めるように鳴くので、頷きを返した。冷静さを失っているつもりは無かった。僕は努めて純粋に、目の前の存在の力を改めて推し量らねばならないと感じていた。隣からでは見えぬものもあるのだ。
彼を取り巻く空気が、俄かに熱を帯びた。
「戦うのか」
彼は声を荒げることもなく、ただすっと右足を引く。
戦闘を予感した時の彼の癖だった。
「手合わせがしたい。
いけないか」
「そろそろ本気で戦える、の間違いじゃないのか」
物分かりがよい。彼もまた、同じ事を考えているのかもしれなかった。最後に刃を交わしたのはとうの昔だ。あれから彼は全く別の生物に変成したと言ってもいいほど、彼の体は変わり果てていた。
僕達の〝間〟がひりついていく。ゴウトは諦めたようで、僕から離れていった。戦いに巻き込んでしまう者はいない。だから後はもう、どちらが始めるかというだけだった。
「仲魔は互いに無しだ。
僕は君を見たい」
「おまえがいうなら、それでいいよ」
彼は右足を引いたまま、僅かに腰を落とした。
それが合図だった。
跳躍。悪魔の脚は一息に間合いを詰める。
横へ躱しつつ銃に左手を伸ばす。撃ち込むのは二発。頭に当たればほんの少しだけ遅延が望める。だが最早それだけ、彼には掠り傷にしかならない。彼の額に浮かんだ、小石でもぶつけたような傷、それが今与えた弾痕だった。
構わない。もう一発撃つかもしれないと思わせられればそれでよい。左手で引き金を引きつつ、右手で刀を振り上げる。が、すんでのところで彼は気づく。小さな手応えと出血を残して、彼は獣のように数歩後ろへ飛び退いた。
最初と同じような間が再び現れた。
互いに睨み合う。
彼は治癒の魔法を使えるはずだが、それはしない。当然か。あれは一対一の状況で用いるには隙がありすぎるし、そもそも彼にはまだ致命傷の一つも与えられていない。
だから彼の息が上がっているのは、疲労や怪我のせいでは無かった。
瞼も瞳孔も見開いて、僕の一挙一動を見逃すまいと必死で僕を見つめている。刺青は蛍のように、彼の荒い息に合わせて忙しなく光を強めたり弱めたり、こんな存在はやはりあらゆる次元においても彼ただ一人しかいないのではないかと確信を強める。
悪魔はどのような存在であってもどこか超然としている。戦闘はあくまで人間という貧弱な存在が彼らをねじ伏せるための手段であり、交渉はあくまで対等という振りをするための貢物である。
だが彼とのやりとりは、当然ながら一方的なものではなく、命を削り合っているという実感が持てるのは、彼は僕を見る視線のためだろう。何としてでも喰らい付かんという瞳は、たかが人間如きという色眼鏡をかけず、この葛葉ライドウ、いや俺を暴かんとするようである。
その瞳が僕を震わせるので、今度は先程の礼とばかりこちらから踏み込む。
太刀を振り抜くのに合わせ、彼は腕を軸にして光の刃を形作り、鍔迫り合いに応じた。だが実体の無い即席の刃、砕けるという言葉を待たずに形を失い、僕の刀は一瞬虚空を裂く。最中、彼は右の握り拳を僕の顔面目掛けて振りかぶるが、刀身で受け止める。どれだけ肉体を進化させても、戦いの経験値自体には乏しいためか、まだ動きの洗練さに欠けるのはいとけない。
互いに半歩下がって間合いを取った。今度は上段から振りかぶる。左右へ避けるかと思ったが、彼は素手で刃を受け止めた。出鱈目だ。これはただの刀ではない。悪魔を斬り裂くためのあらゆる技巧を凝らした特別製であるのだが、この刀を力任せに握り込む彼の右手はつうと血を流すだけで、二つに裂けなどはしなかった。
そのまま彼は左手を、刀を受け持つ右手に添える。それは力を支えるためでは無かった。
両の手を合わせて発せられるのは炎の柱、煮えたぎる
岩漿帯
マグマ
を僕の顔面目掛けてぶつけようとしていた。
発想は中々、だが彼の中で俄かに高まる紅蓮の魔力はあまりに雄弁すぎる。彼の肉体が生み出す破壊の力は獰猛だが、溜めを要するがゆえに、技の始動はわかりやすく、燃費も悪い。
顔を焼かれてはたまらないので、彼が掴む刀を軽く手放し、腰を落とす。技を練っている間は大して動けないのだ、僕は彼のがら空きの足元を払う。
炎は空を焼いた。彼の体はぐらりと傾き、顔を歪ませた。
その隙に刀を奪い取り、勢いのまま横に振り抜けば、刀は彼の首を刎ね飛ばす─それはいけない、ぐっと振るう刀を止める。首の皮数枚だけは頂戴してしまった。生新しい彼の傷口から、刀は赤い血とマグネタイトを吸い上げて、僕を潤した。
彼はぴたりと動かなくなった。首筋に凶器が当てられていればそうもなるか。握り直しかけていた右手も、力無く宙に固定されたまま、行き場を失っている。
互いの弾む息が共に落ち着くまで、まるで取り決められたかのように、僕らは静止していた。
君の顔がよく見えた。
刺青さえ無ければ、腐敗も傷も無い彼の顔は、少年そのものである。一方で、彼の生来のものではない、景色から浮いたように淡く金がかった虹彩に縁取られた瞳孔は、これでもかと拡大し、猫のようでもあった。
などと余計な事を想像し、肩が緩んだ。刀が彼の首筋から外れた。
彼はそれを合図にするかのように、上げたままの右手を下ろ─さず、そのまま僕へと伸ばした。
ふっと視界が明るくなった。
砂を含んだ風が、顔の上方を
……
額を打ちつけ、黒い毛が揺れるのが、見えた。
空いている左手を頭に添える。
無い。慣れ親しんだ黒い重みは、僕の頭から彼の右手へと移動していた。つまり、彼は僕の帽子を、ごく自然に、するりと奪い取っていた。
「
……
隙あり、かな」
僕の学生帽を、自分の頭に被せて、彼はそんなことを言う。
やられた。
僕は自分の頭を撫で付けていた。髪が揺れるのが落ち着かない。こんなことをするとは、想像もしていなかった。確かに〝隙〟だった。
『ふふ。ライドウ。うぬの負けだな』
空気の解けたのを察したのだろう、戦いの場から離れていたゴウトは、ぺたりぺたりと歩み寄ってきた。細められた瞳。笑っているに違いなかった。
僕は諦めて刀を収める。
「
……
参った」
だから返してくれ。そう手で示しても、彼は素知らぬ顔である。
「あんまり強いから、実はツノでも生えてるのかと思ったけど、やっぱり人間なんだな」
まじまじと僕の頭部を見ている。また僕は髪を撫で付けていた。
「見た目なぞいくらでも変えられる。〝本当〟ではない」
「じゃあ、その〝本当〟は?」
彼が被る僕の学生帽の庇が、彼の表情を巧妙に隠していた。なるほど僕は他人からこうして見えているのか。
唯一わかる声色は、ひどく落ち着いていて、感情はわからなかった。
僕は彼の頭から帽子をひったくった。
あるべき場所、僕の頭に帽子を戻した。
「これが〝本当〟だ」
そう言うと、彼は、また鈍い微笑を浮かべた。
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