井見
2024-11-08 20:49:26
81646文字
Public 真Ⅲ二次
 

【再録】レトロスペクト・フラクタル

真3マニクロ道中にあってほしい二人のやりとり短編集の再録です。
サイトにあげていた短編10本の改稿+新規書き下ろし3本が入っています。
出会いから別れまで。

*超力兵団の話や場所、人物がちょろっと出ます

 

足跡


 静かな街。静かになった街、と言うべきか。
 通りを歩く悪魔に目配せをすると、彼らはそそくさと逃げていく。街に壊れた形跡はなく、ただ、大提灯が静寂を見下ろしている。土の匂いが満ちているのは、崩れた地下道を整備したからなのか。その答えを探したくはない。僕はさっさと目的の細道へ降りた。
 ターミナルは使いこなせれば便利なもので、いつでもすぐに行きたいところに瞬間移動できる。ターミナルの側には泉やショップが並びがちで、それもまた便利だ。物資が足りなくなってきたから、シブヤやギンザ、どこか適当なところで買おうと思った時、ふと、連れの顔が目に入った。悪魔よりも、マネカタよりも潤った顔。
 名前の知らないあの〝彼〟なら、どんな反応をするのだろう、と思った。〝彼〟も念願の店をやっているから、調達の目的も果たせる。カギを貰ったお礼も兼ねて、と僕はその簡素な扉を開いた。
「ああ、いらっしゃい」
 僕を認めて、〝彼〟は朗らかに微笑んだ。常に布が目線を覆っているけれど、優しい声色は僕を確かに歓迎しているのがわかる。
 人を模した、人ではない存在。かつての世界では人間が生きていたように、ボルテクス界で意志を持ち生きているのは、彼らマネカタだ。
 〝彼〟は今日も‪─‬カグツチの明滅が何周もしていても─変わらずに店番をしている。しかしガラクタを集めることを生業としている彼は、僕の知らない間に更なるガラクタを見つけて溜め込んだらしく、店の中は見慣れないレイアウトに変わっていた。だが相変わらずごちゃごちゃと物が詰め込まれているのは同じだ。〝彼〟の後ろのあるのは多分……信号機の赤あたり、絵画のように壁に飾られているのは、マンホールの蓋だろうか。どれも僕が見知ったもので、だからなのかここは僕にとってなんとなく落ち着くような、むしろざわめくような、不思議な場所だった。‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬
 〝彼〟との付き合いは、この世界の中ではかなり長い方かもしれない。彼がこの世界ではただの紙切れでしかない千円札に大声を出し、少し間違った考察をしながら透かしの技術を楽しんでいたのが懐かしい。あの時もどうやったのかショーケースごとマネキンを部屋に持ち込んでいたり、とにかく彼は人間がかつて作り使っていたものの収集に並々ならぬ熱を注いでいた。あげく〝彼〟はマネカタ達の蜂起には乗らず、店を開くという〝彼〟だけの夢をひとりで叶えてしまった。〝彼〟の妙にはっきりとした意志は、他のマネカタたちとは一線を画すと言ってもよかった。
 〝彼〟を突き動かすのは、ひとえにガラクタへの興味関心だ。店をやるのも、ガラクタ探しの一環という側面があるだろう。
 では、人間の遺したガラクタに喜ぶのではあれば、人間そのものならどうだろう。
 せっかく連れとなった人間(恐らく)に、そんな〝彼〟の話をした。機会があればお目にかかりたいと言う。そうとなれば、二の足を踏む理由はなかった。
「今日は君に会ってみてほしい人がいて」
 商品の棚を引き出す〝彼〟を制して、僕は後ろで控えたままの男を示した。
「人間って見たことある?」
 真っ黒な外套に身を包んだ僕の連れは、被っている学生帽の鍔を軽く持ち上げて、自分の名前を短く名乗った。
 マネカタたちはフトミミやサカハギ以外に名前を使っているのを見たことがないから、僕の名前やこの男の「ライドウ」という名は彼の意識に届いているのかは怪しいものだったし、〝彼〟は他のマネカタからも「ガラクタ集めさん」なんて呼ばれていたくらいなので、固有の名前を持っているのかは知らない。
 そして〝彼〟はやっぱり名乗らずに、「はじめまして」とにっこり笑って、「キミもいらっしゃい」とライドウに歓迎の挨拶をした。
「キミも彼の仲魔なのかい? あれ? ニンゲンってアクマじゃないんだっけ。でもマネカタでもないんだよね。めずらしいね。初めて見たなぁ。
 でもいいなぁ、仲魔ならきっといろんなところに行っているよね。キミはなにか珍しいガラクタを見たことがある? あったらおしえてよ」
 会って一番にガラクタの話だ。〝彼〟は徹頭徹尾変わらない。
 ライドウは腕を組み、律儀に心当たりを探り始めたようだった。腰から武器を下げるベルトに押さえられた制服のポケットに手を突っ込むと、手のひらに収まる大きさの何かを取り出した。
「これを」
 差し出されたライドウの手に乗っているのは、ほんの数センチほどの、銀色で薄く、輪が二つあるようなものだった……というか、それはプルタブだ。ガラクタを越えてゴミと言ってもいいのだが、なぜ彼がそんなものをポケットにしっかりとしまっているのか見当もつかない。しかし頭に疑問符が浮かんでいるだろう僕を尻目に、〝彼〟は、
「あっ! すごいね、ボクも持っているよ!」
 と明るい声をあげ、ガラクタの山の中に埋もれているつづらを一つ引っ張り出して、同じ銀色のプルタブをライドウに見せた。つづらの中にはいくつもプルタブが詰まっている。
「キラキラしていてキレイだよね。でもこれって本当は筒の上にこのところから生えてて、」素手で触ると少し危ない、プルタブの破断面を示す。「あんまり動くと千切れちゃうんだって。ボクは見たことがないんだけど、キミは見たことがあるかい?」
「ある。
 同じ銀色の円筒から生えているこれを、つまんで動かすと、外れる。
 それがこれだ」
「やっぱりそうなんだ。いいなぁ。似ているものなら見たことがあるんだ。でもぺしゃんこに潰れていてね。見てみたいなぁ、ちゃんと潰れていないやつ」
 なんと二人はプルタブで意気投合し始めた。これはさすがに予想できない。わいわいと談笑するので、僕は仕方なくライドウの連れている黒猫に小声で話しかける。
「ゴウトは……ライドウがあれを携帯してたって知ってた?」
『いや……我の見ていない隙に仕舞い込んだようだな。だから何だという話だが……
「一応未来? のものを持って帰るのはよくないんじゃないか……?」
『良くないと言われれば良くないだろうが……あれをけしからんと叱るのも、なんだか阿呆らしくはないか』
「そうだな……
 プルタブ一つ持ち帰ったところで、彼はむやみに見せびらかすことはないのだろうし、第一何も知らない人が見たところで、変な形のゴミにしか見えない。
 プルタブ談義が落ち着くのを見計らって、ライドウの肩を叩く。するとライドウはちょうど良かったと言わんばかりに、僕にぐるりと首を向けた。
「実際のところ、どこに捨てればいい」
「ああ……ゴミ箱を探してたのか?」
 どこで手に入れたのかと思ったが、そういえばこの男に何だかわからない謎の飲み物を渡したことがあったか、と僕はようやく思い出した。彼は思ったより好奇心旺盛だったのだ。彼が飲んだあとの空き缶は自販機に備え付けられたゴミ箱に入れてやった覚えがあるが、確かにライドウの力であればプルタブなど簡単に外れてしまっただろう。そこからずっと捨て場所に困って、ポケットに入れ続けていたのか。
「ええっ、もういらないのかい? ならちょうだいよ。大事にするよ」
「どうぞ」
「ありがとう。嬉しいよ」
 プルタブはつつがなく求める者の手に渡った。これで明星のカギのお礼にくらいはなっただろうか。〝彼〟にとっては金なんかよりガラクタがずっと大事なのだ。
 それでも僕は少し不思議で、〝彼〟に尋ねたくなるのを抑えられなかった。
「あまりこいつ自体に興味は無いんだね」
 〝彼〟はきょとんとした。
「ニンゲンのお客さんは初めてだよ」
 ねえ、と〝彼〟はライドウに微笑みかけた。僕とライドウは〝彼〟にとっては同じ立場で、お店に来たお客さんでしかないらしい。マネカタにも悪魔にも、人間にだって〝彼〟は商売をする。思えば初めて会った時も、〝彼〟が持ちかけてきたのはお願いなんかじゃなくて、明確な取引だった。〝彼〟にとっては、誰もが対等だった。
「ああでも、ニンゲンのキミならこれの使い方とかにも詳しいのかな?」
 〝彼〟はごそごそと背後の山を漁る。山の倒壊を防ぎつつ、何かを引っ張り出して、こちらを振り返った。
「そういうことは、この男の方が詳しい」
 ライドウは迷わず僕を指差すので、誤魔化す時間も無かった。
「え? そうなのかい?」
「まあ……知らなくはないよ」
 彼が握っているものはドライヤーだった。そこは送風口で、持つところじゃないことは知っているし、尻尾のように垂れているコンセントを何故か電気の通っているこの施設のどこかに挿せば、また使えるようになるだろうことも知っている。
「へえ、キミって物知りだったんだね!
 そうだよね、キミが着ているのも、ニンゲンが着ているものにとっても似ているし……
 キミもガラクタが好き? でも、違うか、ボクに譲ってくれるもんね。
 じゃあ……ニンゲンが好きなのかい?」
……まあ、そうかな」
 実はそのニンゲンだったんだ、なんて言って信じる人はどれだけいるだろう。
「それよりさ、チャクラドロップ売ってくれよ」
 僕は露骨に話を逸らして、店を後にした。
 
 *
 
「言ったことがないのか」
 ライドウの言葉はいつも短くて、大抵何かが抜けている。今日は「何を」の部分だったが、やっぱり僕はわかってしまう。
「言っても信じないだろ」
 いや、信じてくれても困る。元は人間だった、だから何だという話だ。人間がかつて使っていて、いまはガラクタと化したものを好き好んで集める〝彼〟は、人間だった僕とは関係がない。この下半身の衣類も形こそそのままだが、なぜか魔法で直るのだから、きっと人間だった頃のものとは違うのだろう。
 君がそう言うなら、とライドウは帽子の鍔を掴む。彼が何かを飲み込む時の癖だった。気づかないフリをして、僕はアサクサの大通りへ戻る。
 すると背後から明るい声が僕の名前を呼んだ。ライドウの声ではない。この男は僕のすぐ隣にいる。
 であれば。声には聞き覚えがあるのだが、僕の名前を呼ぶのは聞いたことがない。
 驚いて振り向くと、やはり〝彼〟が手を振りながら僕を追いかけてきていた。僕も急いで駆け寄れば、彼は「間に合ってよかった」とゆるく微笑む。
 先ほどまで彼が振っていた手には、よく見ると何か黒いものが握られていた。全身白い彼の中で、それはよく目立っていた。
「ガラクタって言うけどさ、ボクはニンゲンがそれをどうやって作って、どうやって使っていたのか、考えるのが好きなんだ」
 でもね、と渡されるのは、手のひら大の四角い物体。
「これだけはちっともわからなくて。
 ずっと考えていたけど、もうそろそろ、お手上げかなって思ってさ。
 キミなら知ってる?」
 
 ‪‪‪‪──懐かしい、と思った。‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬
 
 それは〝彼〟と一緒に僕の手を覗き込むライドウと同じ、黒い色。そして少し光沢があって、縁がなめらかに丸い。軽いんだけど、ずっと持っているとほんのちょっと重い。そして左端が少し凹んでいるのは、いつかに落としてぶつけた時の跡。
 
 これは、僕の携帯電話だ。
 
 この体になった時、なぜだか上着は無くなっていた。だから上着のポケットに入れていたそれも当然無かった。きっと物好きな悪魔が持っていったか、他のものと一緒に砂になったかと思っていた。
 まさか、〝彼〟の元へ渡っていたとは。
 もう表面の小さな画面に時刻は記されていない。バッテリーは切れているのだろう。そうするとただ単に重いだけの物体だ。充電器なんてないのだから、よくて文鎮にしかならない。
 それでも僕は一縷の望みをかけて、電源ボタンを長押しする。慎重に。
 二つ折りのそれを開いてみても、画面は点灯しなかった。やっぱりそうか。しかしずっと閉じられていたからか、案外綺麗なままで、ボタンもちゃんと押すことができた。押し心地が独特なところが気に入っていた。少し硬くて、ちょっと汚れている。あの時のままだった。
 僕は〝彼〟の視線に気づいた。答えを待っていた。〝彼〟のことをすっかり忘れていた。
……これは遠くの人と、話したり、言葉を送ったりするんだ」
 携帯電話の目的は、人と繋がることだ。でもそれをこの世界で説明するのは難しい。
 〝彼〟はやっぱり首を傾げた。
「遠くって、どれくらい遠く?」
「この世界なら、多分向こうまで届くよ」
 向こう、と指差すのは丸い世界の天井だ。ほんの狭い世界、カグツチに対して反対側が最も遠い場所だった。
「でもこれは、これ一つだけじゃ動かない」
「そうなんだ。他に何か必要なのかい?」
……色々あるけれど、まず必要なのは、ありったけの人間、かな」
「そっか……それじゃあ、難しいね」
「うん」
 僕は携帯電話を彼に返した。
 僕には必要のないものだった。もう繋がる相手はどこにもいない。それは正真正銘のガラクタだった。
 しかし〝彼〟は携帯電話を大切そうに握り込む。人間の遺したガラクタ。彼にとっては、何よりも価値があるもの。跡形もなく消えたのだと思っていたが、それは残っていた。
 僕はここにいるけれど、人間だった頃の僕はもういない。それでもこの世界に、人間だった頃の僕もいたのか。
「どこで見つけたのか、聞いてもいい?」
「これは……どこだったかな。キミのためにマガタマを探している時だったかな。
 あそこは……いろんなガラクタがあったんだ。でもそれは小さくて光っていたから、マガタマに少し似てたんだ。だからボクのお気に入り」
……そうなんだ。
 見つけてくれて、良かったよ」
「うん。キミも、教えてくれてありがとう。わからないまま終わるのは、さみしいからね」
 微笑む〝彼〟からは、興奮よりも安堵を感じた。もしかしたらわかるかもしれない、と思って僕のところまで駆けてきた、それほどまでに〝彼〟をこのガラクタが悩ませて続けていたのが、おかしかったし、きっと嬉しかった。そして悲しかった。
 この冗談みたいな滅びの世界は、確かに僕の世界から続いている。そう実感させるのがガラクタたちだった。
「ガラクタって不思議だね」
「そうだろう! そうだろう。だからボクは好きなんだ。不思議なんだ。
 ボクの知らない世界が、ボクの知っている世界になったことが……不思議なんだ。
 見たかったら、また今度、もっと見せてあげるよ」
 布で覆われた彼の表情はわからない。
 でも、強調された「また今度」の言葉が、耳に残った。
 果たして僕らに「また今度」はあるのだろうか。この世界は終わる。創世にせよ、破壊にせよ、この卵はいつか割れる。マネカタという存在は、この世界の外では生きられるのだろうか。僕にはそうは思えなかった。
 僕の世界が突然終わったように、〝彼〟の世界も突然終わるだろう。あるいはそれは、僕のせいで。
 〝彼〟はそれをわかっているのだろうか。もしかしたら、わかっているのかもしれない。諦めじゃなくて、受容だ。その日まで〝彼〟はガラクタを集めているような気がした。
「うん……また今度」
 〝彼〟の選んだ言葉に、僕は頷きたかった。それを選んでくれたことが、僕への優しさに感じた。嘘の約束かもしれないけれど、僕はたぶん、忘れないと思った。

 *

「あれ、君のだろう」
 〝彼〟がいなくなったのを見計らってから、ライドウはぽつりと呟いた。
「迷わずあれの何かを押していた。
 自分の物の扱い方だ」
 ライドウが僕のしたことに口を挟むのはめずらしかった。戦闘でもっとこうした方がいい、というのはたまにあるけど、それもゴウトの方がまだ多い。
 僕は首を傾げる。
「そうだったら、どうする?」
「あれは我楽多か」
「僕は、そう思うよ」
 誰とも繋がらない携帯電話はただのガラクタ、それこそプルタブと同じだ。それだけじゃ何の役目も果たさないが、そこに意味を見出す〝彼〟にとっては、何よりも価値がある。
 それなら僕じゃなくて〝彼〟が持っているべきだ。
「それは僕のなんだ、なんて言っても証明はできない。これでいいよ」
「〝彼〟なら、信じるだろうが」
「そうかもしれない。でももう〝彼〟にあげるって選んだから」
 僕はターミナルへ足を速めた。この話は終わりにしたかった。しかしライドウは悠然と、同じ歩調でついてくる。
「そもあれは何なのだ」
 ……気になるのはそっちか。ちょっと気が抜けた。
「当てたら教えてやるよ」
「当世の電話……か?」
 彼は聡い。が、全部素直に教える気にはならない。
 本音を言えば、あれ以上触って、壊してしまうのが怖かった。だから早く手放したかった。僕の手の中で、あれが意味のないばらばらの電子部品になるところを見たくなかった。それなら誰かが持っていて欲しかった。あの携帯電話を使っていた人間がいたことを、覚えていてほしかった。全てが消えるとしても。
 そんなことを彼に言ってやるつもりはない。
「半分正解」
 僕はそれだけ答える。物体の使い道としては、彼の言うことは合っている。
 彼は立ち止まった。
 言葉以上のことを、彼は汲み取ろうとするだろうか。探偵ならば、納得だ。もしかしたら、僕は誰かに当ててほしいのかもしれない。でも、当ててほしくはない。
 じっと僕を見据える彼に、置いてくよ、と声をかける。

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