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井見
2024-11-08 20:49:26
81646文字
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真Ⅲ二次
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【再録】レトロスペクト・フラクタル
真3マニクロ道中にあってほしい二人のやりとり短編集の再録です。
サイトにあげていた短編10本の改稿+新規書き下ろし3本が入っています。
出会いから別れまで。
*超力兵団の話や場所、人物がちょろっと出ます
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さきくとばかり
彼は眠っている。
無防備に寝息を立てながら、胸が上がり、そして下がる。意識が無いのは何らかの魔力が作用しているからではない。ただ、眠っている。
その証拠に、彼の刻印が赤く染まることはなく、変わらぬ淡い燐光を放っている。それが呼吸と共にゆっくりと輝いては、ゆっくりと鎮まる。暗闇で相対する時、この輝きは凶々しく、人ならざる妖しさを存分に称えている。だが目の前のこの光は、蛍の移ろいにも似て、儚く映る。
一目見た時から、不思議だ、と思っていた。この発光は彼の魔力なのだろうか。全身を這う紋様は、誰かに描かれたかのように均一に巡っている。その統率は、混沌と言うには少し緻密が過ぎる。これだけで、自らの妄執により悪魔に転じてしまった者共とは経緯が異なるのだとわかる。得てして彼らは恐ろしくも歪み、自らの形を忘れてしまうものだ。だがこの男の肉体は、この男の姿のままだった。
『ここまで見てきて、うぬはどう感ずる』
呟くゴウトのその問いかけは、きっと自分と同じことを考えているのだとわかった。
人に非ず、悪魔に非ず。ならば彼は何者なのか。
世界が崩れる前の彼がどのような人物だったのか、僕は何一つ知らない。伝聞は意味を為さない。直接話してみなければわからない。そして僕は、その彼と会ったことがない。
僕は知っているのは、目の前の彼だけだ。
彼はこの塔を進む間も、何でもないという顔をしながら、体についた傷をみるみる治していった。立ち塞がる夥しい数の悪魔を殺し、その上に彼は立っている。彼は何も言わない。友人だったという者達を自らの手で殺しても尚、何も言わない。無言、それが却って、彼の心を物語っていた。
「
……
奇妙で、曖昧だ。
彼の線引きは、難しい」
そも人と悪魔を分かつのは、一体何か。
気まぐれの慈愛が人のように感じられる悪魔もいれば、その残虐さに悪魔すら震え上がるような人間もいる。
尋常の人間には見えぬ存在が悪魔だろうか。しかし彼は、〝生きている〟のだ。彼がそこに居るのに、何の魔力も要らない。この異界の外であっても人の眼に映ることは可能だろう。
何よりこの眼は人も悪魔も押し並べて映し出す。だからそこに差はない。人と悪魔の濃淡の間で、僕らは近くて遠いところにあった。
しばらく見つめていたと思う。
おもむろに彼は、う、と小さな呻き声を上げた。
そのままことりと寝返りを打つ。目覚める気配はない。よく寝入っている。
『
……
眠っていると、なんともあどけない顔よ。
これがあの〝人修羅〟だとは、誰も信じまいな』
ゴウトが彼の頬につんと触れる。魔を示す刻印も、感触は人間の皮膚そのものである。頬の肉を押されても、彼はびくともしない。変わらず機械的な呼吸が続いた。
肉体を覆う刺青さえ無視してしまえば、彼は自分と変わらない年齢の男だ。彼が同級生であっても違和感一つないだろう。度々向けられる、お前はまだ子供なのに、という視線の答えがわかる気がする。自分を棚上げしながら、そんなことを思う。
彼を包んでいる僕の外套が、寝返りのせいで落ちた。剥き出しの肉体は常に寒そうに見えた。彼自身はそうでもないと言うが、衣服のない体は容赦なく砂塵を浴びることになる。それが痛々しい。
裾を拾って、彼の体に掛け直した。彼はやはり眠っている。何事もなかったかのように。
『うぬは休まぬのか。
ああは言っていたが、機会があるなら休んだ方がよい。目覚めの後は、おそらく走り続けねばなるまい』
「わかっている。だが、大丈夫だ。マグネタイトも申し分ない。
それに、約束もした」
見張りならすると言った手前、誰かに頼むのも忍びない。それに、もし僕が眠っている間に彼が目覚めれば、彼は僕が起きるまで待ち始めるだろう。
『
……
見張りくらい、仲魔にやらせればよいものを。まあ、ここには何も出んだろうがな』
「わかっている。だが
……
」
『わかった、わかった。なら起きたまま休んでおけ』
言われた通り、既に休んでいる。
しかしどうせならと思って、装備を確認することにした。
胸に下げた八つの管。そのうち六つの中には仲魔、迷子はいない。回復も充分だ。
残りの二つは空である。いつだか彼はこの二つの管の住人を気にしていたが、そんなものはいない。情報を得る、捜査の手助けをしてもらう、そんな時のために残している空きだ。だから彼との戦闘で出し惜しみしていたわけではない。しかし、何かいるかもしれないと思わせるには都合がよいから、教えるつもりもなかった。敵を欺くにはまず味方から、である。
次に銃。弾丸は彼の肉体を貫かない。とはいえ痛いは痛いらしいが、致命に至ることは無いだろうし、今の彼では小虫に喰われる程度の傷にしかならないかもしれない。彼を追い立てるのに随分無駄遣いをしたが、最近は使っていないから、まだ弾数には余裕がある。軽く動作の確認をしてから、ホルダーにしまう。
最後は刀だ。悪魔を斬り裂く赤口葛葉。刃先は敵のマグネタイトを吸い上げる。いつかに付いた彼の血は、拭くまでもなく吸い尽くされている。次の獲物を待つ刃は、ぎらりと輝いている。いつもの調子だ。鞘に収めて落ち着かせる。獲物はここにはいない。
この刀が彼に初めて触れたのも、随分と昔のことのように感じた。彼の心臓を狙う渾身の一突き、だがその場所にそれは無かった。
左胸を貫通する刃に、彼自身が驚いていた。攻撃されたことではなく、絶命しない自分に。
刀を引き抜いた穴から流れ出る血は、彼の仲魔が唱える治癒の魔法で直ぐに止まったし、穴は肉で塞がれた。そして形を取り戻すように、上から再びこの黒き刻印が描かれる。彼の内心に関わらず、彼の肉体は疑念の余地一つなく〝悪魔〟であった。彼が戸惑った一瞬の隙を、突くことはできなかった。
僕にとって、悪魔は当たり前の存在だった。見える者と見えぬ者がいる、なればこそ、見える者が見えぬ者を守る。そこに疑問を抱いたことはない。算術に長ける者が機械造りをするような、語学に長ける者が海外へ学びに出るようなことと同じだ。僕にはその才能があって、僕はその才能を使う場に恵まれている。それだけのことに過ぎない。
故に、悪魔の存在を知らぬ者が悪魔の跋扈する世界に堕とされ、その身をも悪魔にやつすという彼の心情を、推し量ることはできない。
真なる悪魔の到来を待ち望む深淵へ降りた彼の内心も、僕は知れなかった。聞くつもりはなかったし、彼も話さなかった。そこへ向かったという事実だけが僕達の間にある。
あれから彼は、力や肉体が致命的に変わったとは感じられなかった。ただ一つ、人間だった自身を最初に歪めたマガタマが、最後の力を吐いた。彼を認めるように。
それは彼自身が、何かが変わったと感じているからかもしれなかった。
彼は、笑うようになった。僕にとってはそれだけが違いだ。笑顔くらい誰でも見せるだろうが、僕の知る彼は笑ったことなどなかった。出会いがあれなのだから、寧ろそれが当然だろう。しかし最近になってようやく彼は微笑む。声を上げるほどではないが、口元が小さく緩む。それは果たして、気心が知れたというだけなのか。わからない。
僕の視線を気にも留めることなく、彼は眠っている。だからこんなことを考えていられるのだ。
変わらぬ穏やかな吐息に合わせて、瞼が僅かに動いている。彼は生きている。
「
……
彼は、夢を見るのだろうか」
ふと思った。
閉じられた瞼、刻印輝くその裏に、何かが映ることはあるのだろうか。
ゴウトは髭を揺らした。
『さあな。眠ったことがないと宣うほどだ。この体で眠るということが、何を及ぼすのか。我らに知る術は無い。
であればこそ、断定もできぬわけだ。
見たいと願えば、見るだろう』
見るわけがない、悪魔なのだから、そう言ってくれても構わなかった。だがゴウトは言わなかった。
もし彼が夢を見るなら、どんな夢だろう。かつての世界を思い出すだろうか。かつての友人の姿を思い浮かべるだろうか。あるいはこの世界の光景がそのまま焼き付いているだろうか。それとも全く別の、遠い異世界へ旅立つだろうか。
何でもいい、何か夢を見ていればいいと思った。仮にそれが、苦しい夢だとしても。彼の心が、何かを描いていてほしかった。そう思うのは何故だろう。
僕は手を伸ばして、指先で彼の目元に触れた。拭えるものは無かった。
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