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井見
2024-11-08 20:49:26
81646文字
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真Ⅲ二次
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【再録】レトロスペクト・フラクタル
真3マニクロ道中にあってほしい二人のやりとり短編集の再録です。
サイトにあげていた短編10本の改稿+新規書き下ろし3本が入っています。
出会いから別れまで。
*超力兵団の話や場所、人物がちょろっと出ます
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きみの選択
砂の世界にはもう飽きた。行くべき場所は行き尽くした。時間稼ぎは限界だ。
あとはもう、この先しかない。
それが嫌だった。
履き古したスニーカーの中に、水がゆっくり染み込んでくる。踏み出せば、ぐちゅ、と泡の潰れる音が響く。それがひどく気持ち悪くて、胃液が込み上げてくるような気がする。
実際は、喉に迫り上がるものなんてないし、そもそも胃液があるのかもわからない。仕方がないので僕はもう一歩踏み締める。
また、ぐちゃりと音がする。
散々知らない場所を降りてきたのに、ここの光景には見覚えがあった。
体内のように赤く淀んだ壁面と、不自然に満ちた水。
あの病院で目覚めて、初めて導かれた場所だ。初めてこの体で悪魔と戦い、そして初めて悪魔を殺した場所。あの時は無我夢中だった。訳がわからなかった。何も知らず死にたくなかった。闇雲に進める方へ進んできただけだった。そうして得られたのは、東京どころかボルテクス界でもない深淵で、望んだのかもわからない大仰な知識たちだった。
話は複雑でよく理解できない。全てを鵜呑みにするのなら、多分最初から仕組まれていたということだ。
何が、どこから。
全部、ずっとずっと、途方もないくらい前から。
思えばここに来るまでたくさん殺した。悪魔を殺して、魔人を殺して、魔王も殺して、天使すら殺した。
殺す必要はなかった、そうかもしれない。襲われたのだから仕方がないなんて言い訳は、とうにできなくなっていた。悪魔になんてなりたくなかったのに、それを中途半端だなんて嘲笑うのが僕には我慢できなかった。こんな体にしたのはおまえたちだろう。大義も使命も望みも知らない。どこかの悪魔が言っていた通りだ。僕の目には怒りがあるらしい。
──ああ、僕はすっかり悪魔だ。
たくさんの忠告を無視して、ただ腹が立つというだけでこんなところまで堕ちてきた。僕のあと一歩を、多くが望んでいるのだとか。なんだそれ。面白いな。
後はこの最奥まで降りるだけ。彼らは手招きもせず、僕を待っている。
僕は背後を振り返った。そこには黒づくめの男がいる。革靴を容赦なく水に浸して、僕のすぐ後ろに付けている。
踵を返すなんて考えたこともないみたいな顔をして、彼は僕を見据えていた。
僕がこの先へ進むと決めても、戻ると決めても、彼は何故とは尋ねないだろう。そんな直感があったから、今まで一度も聞いたことがない。
でも、ここに来るのはこれで最後にする。
だから聞いてみる。
「おまえは
……
探偵なんだろ。
真相なんてどうでもいい、なんて言ったら
……
探偵は怒るか?」
彼は答えない。
想像通りだ。
僕が急に立ち止まったせいで、彼も足を止めた。僕らの足元を埋める水に波紋が生まれて、彼の足から僕のところまで、ゆっくりとのびる。そこに表情はない。
『大天使まで屠り、そしてなお引き返すか。
創世への道は開けているのだろう。そちらへ向かうのか?』
濡れるのを嫌って彼の肩に乗っていた黒猫が、重たげに首を傾げた。
『それもまたいいだろう。うぬが選び取る道だからな』
「わからないな。
……
わからないよ」
創世をする気なら、こんなところにいる場合じゃない。悩んでいる時間はない。カグツチへの塔はのびていて、もうみんなそこにいるらしい。僕がこんなところにいるうちに、三つのうちのどれかが生き残ったら、その世界が創られるだろう。
でもこうしている間に誰かが創世を成し遂げたとしても、それはそれでいいんじゃないか、と思う。一方で、きっとそうはならないのだろうな、とも思う。
僕が創世を望もうと、望まなかろうと、歩みは定められている。
「ここに来るまでに、大きい石が並んでる、灰色の部屋があっただろ。
あれは墓標の間なんて言ってさ。僕が倒した─殺した悪魔たちの名前が、勝手に刻まれるんだ。ずっと観察されているみたいに。
この階には三つの墓標がある。今はまだ、何も書かれていないけれど。
……
きっともう決まっているんだろうな」
自分を取り巻く状況と、墓標の数で分かっていた。何の名前が刻まれるのか。
「僕が誰に会って、誰を殺すのか、きっと最初から決まっている。
それどころか、この世界も、この状況も、ずっと前から決まっている。
そういうことなんだろうな」
この先に進むことも、決まっていることなのかもしれない。あるいは進まないことが、決まっていることなのかもしれない。
何を選んでも掌の上。それに怒れというのだろう。
わからない。いや、わかるような気もする。でも、そんなものなんだろう、なんて冷めた感情もある。
むしろ、僕の怒りを煽る様にこそ、僕は怒りを感じる。
だからどちらを選んでも構わないし、どちらを選ぶ決心もつかない。どちらも選びたいとは思えない。
創世なんてできやしないし、王だかになるなんてちょっと笑える。
散々この世界を散歩して、どうにもならない状況にならないかと待ってきたけど、世界が止まっただけだったし、結局答えは出なかった。
もう何かに委ねたい。
「なあ、仲魔になった時みたいに、ちょっとした賭けをしないか」
僕は自分の言葉に驚いた。すらすらと言葉が出るのはめずらしかった。
「ルールは同じでさ。どちらでもいいけど
……
そうだな、僕が当たったらこの先へ行く。外れたら、この先へは行かない。それで決めよう」
「
……
いいだろう」
彼は頷くと、マントの下から牌を取り出す。漢数字が大きく書かれた二つの牌を手のひらに置いて、僕に見せつけた。仲魔になった報酬を、という突然のゲームで見せられたものと同じだった。あの時もらった一マッカは、まだ僕のポケットにある。
「この前と同じに、萬子の一と九を使う。
君が九を引けば、君はこの先へ進む。
一を引けば、君は引き返す。
それでいいな」
僕は頷く。
指先に挟んだ二つの牌を僕へ正面から突きつけて、ライドウは告げる。
「ではどちらに賭ける」
「
……
右」
「わかった」
頷くとともに、彼は二つの牌をぴんと高く打ち上げて、同時に空で掴み取った。
そして僕をじっと見つめたまま、牌を握ったその手を、ゆっくりとひっくり返す。
僕は目を疑った。
思わず瞬きしても、光景は変わらない。
ライドウの指に挟み込まれていた二つの牌には、一の文字も九の文字も書かれていなかった。
左の牌には、丸い円の中に大きな花が描かれている。
そして右の牌には、何も描かれていない。真っ白だ。
「おや。
これでは勝負にならないな」
白々しくもライドウは、花と白の牌を心底不思議そうに眺めた。
「
……
器用だな」
ちょうど手に隠れて見えなくなる瞬間に、牌をすり替えたに違いない。
ライドウは否定もせずに頷いて、牌を再び手の中に戻す。そしてもう一度同じように二つの牌を指に挟んで、僕に見せつけた。その牌はまた別の柄をしていた。東と西が描かれている。
「手癖の悪い上司がいるものでね」
彼は言葉に併せて牌をぴんと空中に放ち、そして難なくキャッチする。開いた手のひらには何もない。手品はお手のものらしい。
「さて、君が選んだ右の牌は、萬子の一でも九でもなかったな。
ではどうする。
進むか、引き返すか。
あるいはもう一度やるか?」
もう一度頼んだところで結果はきっと同じだろう。その指先に一も九も現れることはない。
「
……
あくまでも、おまえが決めろと。そういうことだろ」
僕は思わずため息を吐く。まるで、こんなもので決めるのは許さないと言うようだ。
向かい合う彼の、人ならざる存在のように整った顔には、相変わらず心が描かれていなかった。この最奥に来てからずっとそうだ。無感情ではないはずなのに、僕を鏡のように見つめるだけで、心を悟らせない。
初めて会った時、そして三つ目の階層。どちらの時もそうだった。じっと冷ややかに、僕の出方を調べるあの瞳。僕が次に何をしでかすのか、何を選ぶのか、彼は見定めている。
わからなかった。そんなに見られても、今まで出なかった答えが突然出てくるわけがない。
「
……
じゃあ、たとえば、もしライドウならどうする? 進むのか。引き返すのか」
当てつけのように聞いてみても、返ってくるのは生真面目な言葉だけだった。
「僕は君ではないから、答えようがない」
どちらかを選ばなければならない。そしてそれをするのはおまえだと、彼の鋭い視線は告げていた。
「なら
……
ライドウは僕にこの先へ進んでほしいのか? それとも戻ってほしい?」
選べというのが困るんだ。
たった一言、進んでくれ、と言ってくれれば、僕は頷けるのに。
ライドウは腕を組んだ。
「僕は老人の思惑などよりも、純粋に君に興味がある」
そのまま片足に重心を預けて、少し首を傾けた。さっきの重い緊迫感がすっと消えた。正直に言おう、と彼は続けた。
「君という悪魔がどこまでの存在になり得るのかに、興味がある。
同時に、君という人間がこの世界にどう向き合うのかに、興味がある。
ゆえに
……
僕としては、進んでほしいし、引き返してほしいとも思う」
やっぱりそうか。僕に驚きはなかった。
彼はいつも、曖昧な存在のままの僕を見ている。僕がマガタマを飲み込む様を興味津々に見つめているし、あるいは僕が元の世界のことを話せば、誠意を持って頷く。
だから彼のはっきりとした断言は、嘘でもおべっかでもなかった。そして結局、僕に道を示してはくれない。どちらでも構わないから選んでみせろ、というわけだ。
僕には重かった。
「
……
わからないんだよ
……
」
今までこんなことばかりだ。
一方的に選択を突きつけられて、選んだ結果に詰られる。もう知らないと耳を塞いでも、その手を無理やり退けられる。
なにかが決壊しそうになる。
「わからないのに、選んでばかりなんだ。選んで、選んで、選んで
……
知るかよ、そんなこと。そう言えたらどんなに楽だろうって
……
思うのに。みんな選べって言うんだ。選びたくないんだ、もう。全部が、僕には、はやすぎる」
どうしたらいい。
聞いても彼は答えない。
「僕はその場しのぎに頷いて、首を振って、やれることをやってきただけ。そのくせ何かを言われるのが嫌で、無視もできないで、おまえ以外全部殺したんだ。ここまできたのだって、そんな大層なことを考えちゃいない。おまえにはできないとか、おまえならできるとか、そんなことばかりで
……
腹が立ったんだ。それだけなんだ。何がしたいとか、どうなりたいとか、ないんだよ。
……
声に言われた通りだ。僕の心にはなにもない」
「声?」
ライドウは帽子を被り直す。ちょっと興味を引かれると彼はいつもそうする。僕の質問には答えないくせに、聞きたいことは聞こうとしてくる。そんなところは探偵らしくて嫌だった。
「
……
僕たちの世界がこの世界になる時、声を聞いたんだ」
ライドウはこの世界に巻き込まれた人間ではないだろうから、聞いていないのだろう。
「そして言われた。
──おまえの心には何も無い。
おまえは何者かにならねばならない」
今思えばあの声は、きっとカグツチからのものだった。
「この体になっただけでも十分なのに、もっと別の何かになるのか。
いや、もうなってるか。
おまえはどう思う。〝人修羅〟を調査していたんだろ」
また答えないだろうと思っていたが、予想に反してライドウは口を開いた。
「君は君だろう」
いやに迷いなく言うものだから、僕は面食らう。
「
……
ずるい答えだな」
「ずるくはない。
君の言う通り、我々は君を調査していた。君を見ていた。
堕天使を下し、ようやっとあの病院から出ていく君も見ていた」
「初耳なんだけど
……
」
「あの時の君と今の君では、勝負にもならぬだろうな。
君は戦い方を学び、仲魔を従え、肉体を変質させてきた。
だがあれから君が君でなくなったとは思わない。
君が何を選ぼうと、君で無くなることはない。君は君だ」
「
……
わからないな。どうしてそんなふうに言い切れるんだよ。
おまえだってライドウなんだろ。ライドウじゃなかったんだろ。ライドウになることを選んだら、ライドウでなきゃいけないじゃないか。
何かを選ぶって
……
何かを捨てることだ。
僕には、むずかしい。できないよ。僕には
……
」
ほんの少し似ているのだと、勝手に思ったままでいた。
ふつうの学生は世界のために戦わないし、本名とは違う大層な名前で呼ばれたりもしない。きっと彼は望んでそうしていて、僕は望んだわけじゃない。そこは違う。違うけれど、重なりを見ようとしてしまう。
彼は帽子の鍔に手をかけて、再び帽子の位置を直す。
彼がその手を戻したら最後、すうっと真っ直ぐな眼差しが僕を射抜くに違いない。
「自分は確かに葛葉ライドウの十四代目だが、僕でなくなったわけではない」
やっぱり彼はなめらかに告げる。
「どういうこと?」
「
……
君と同じ、ということだ。
僕はこの道に選ばれたし、僕がこの道を選んだ。
選ぶことは、捨てることだ。辿るべき別の可能性を。
選んだが最後、君の言う通り、全くの元には戻れない。それが怖い。僕もそう思う。
ライドウの名を継ぎ、確かに僕も、何かが変わったのだろう。もうライドウではなかった自分には戻れない。だが、僕が僕でなくなったとは思わない。それは、かつての自分の選択の上に、今の自分があるからだ。
だから同じだ。君が何を選ぼうとも、それが君自身の選択であるなら、君は君だ」
彼の言葉に躊躇はなかった。確信があった。同時に、もしかして彼も、似たようなことを僕に感じていたのだろうか、と思った。
呆気に取られていると、彼はまた帽子に触れる。小さな咳払いの後、彼は続けた。
「ここで君に同行しているのも、他ならぬ僕の意志だ。ゴウトには懸念を示されたが」
『
……
うぬはそうと決めたらなにせ譲らぬからな』
だんまりを決め込んでいた黒猫が頷く。
「そういうことだ。君に興味があるのだと言っただろう。
本来受けた依頼は、君の調査と─討伐だった。
だが僕は君に同行することを選んだ。僕は選んでここにいる。
そして同じように君も選んだだろう、我らと共に行くことを。
どちらでも構わないと思ったか? それでも、君は選んだのだ」
……
詭弁だ。他の誰かが同じことを言ったら、僕はそう切り捨てただろう。 でも彼が言うのではまた別だ。凛とした声には本心が満ちていた。
確かに僕は仲魔になる誘いを断ることもできたし、この階層へ来ないことだって選べた。三つ目の階層で引き返してもよかったし、そもそもここへ二度と来なくてもよかった。
流されるまま流れていても、僕は選んでいる。
「君の言うように、全てが何者かに定められているのだとしても、選ばされているのだとしても。
少なくとも僕は、君が何を選ぶのか予想もつかない。
僕にとって君の選択は、君自身の選択だ。
君はここから先へ進んでもいいし、進まなくてもいい。
あるいは、別の結論でも構わない。
僕はただ、知りたいのだ。君の選択を。
だから選んでくれ。
……
違うな。
僕は君に選んでほしい。他ならぬ、君の意志として」
彼の瞳は曇り一つなく、僕を見据えている。
彼の声は震え一つなく、僕へ向かっている。
選ぶ。何かを。
ライドウは選んだんだ、と思った。僕に選んでほしいと言うことを、彼は選んだ。
僕は今まで選べなかった。この世界の行末の形はどれがいいとか思えなかった、何もわからなかった。否定を選べもしなかった。いろんな選択が僕の中を通過して、僕を置いて行った。
そして今、最後の選択が目の前にある。
この先へ進むか、引き返すのか。もしくは、別の何か。
どうしたい、と僕は自分に問いかけた。
理由は何でもいい。何でもいいから、何かを考える。
選んでほしいという、その意味を考える。
この世界のことを、この男のことを考える。
僕は、選びたいと思った。
足を踏み出して、新しい一歩を進んだ。
つめたい水が、靴に染み込んだ。
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