井見
2024-11-08 20:49:26
81646文字
Public 真Ⅲ二次
 

【再録】レトロスペクト・フラクタル

真3マニクロ道中にあってほしい二人のやりとり短編集の再録です。
サイトにあげていた短編10本の改稿+新規書き下ろし3本が入っています。
出会いから別れまで。

*超力兵団の話や場所、人物がちょろっと出ます

 

飴のような


「気味が悪くないか?」
 思わず口に出たのは、そんな言葉だった。
 尋ねられたライドウは、今まで見ていた地下鉄の駅名を示す電光掲示板から、僕へ顔を向ける。その表情からは何の感情も読み取れなかった。
 蔵前と書かれたそれは、いやに暗い坑道の中で不気味に輝いている。画一的な地下鉄の駅で、唯一その看板が現在地を示す手がかりだ。だがなるほどここは蔵前かと外に出たところで、蔵前らしい街並みはどこにもない。砂の地面がずっと続いて、そして突然浅草の街めいたものが現れる。全てがおもちゃみたいな、つぎはぎだらけの世界だった。
 ライドウは僕の質問には答えないまま、再び駅名標を見つめ直した。青白い光がライドウの顔を照らして、余計に白々としている。真っ黒な服の上に、ちょこんと小さな頭が乗っていて、置物のように見えた。よく見ればほんの少し身体が上下していて、息をしているのがわかった。
 どこでもいいからどこかへ行こうとライドウに尋ねて、選ばれたのはこの地下鉄だった。ライドウの時代にも地下鉄はぎりぎりあったらしい。地上はほとんどが砂になっているから、地下はちょうどよかった。
 地上に点在する駅から階段を下りて、変わらない駅のホームへ。残念ながら電車は一つも通っていない。駅の端は悪魔かマネカタが掘ったみたいな、臨時の坑道が作られていて、線路は埋まってしまっている。でもその坑道が、地上では所々断絶している丸い世界を辛うじて繋げていた。
 ライドウはホームから軽やかに飛び降りると、その場で屈んで、まだ残っている線路に顔を近づけた。ゴウトは流石にそこまでは付いていかない。呆れたように彼を眺めている。
『転ぶなよ』
 時折ゴウトはライドウのことをこどものように扱った。彼は文句一つ言わずに、こくりと頷く。
 そのままてくてくと歩いて線路の凹凸を存分に踏み締め、線路を敷き詰める砂利の一つを蹴飛ばした。ホーム上の僕とゴウトをちらりと確認してから、ライドウは再びホームの上へ戻ってきた。
「地下鉄道はまだ乗ったことがないのだ。
 それより先に、その線路の上を歩くことになるとは」
 ライドウはようやく口を開いたかと思えば、ふむと頷いて、「これは確かに気味が悪いかもしれない」と納得する。そういうことじゃない。
 僕は呆れたような気持ちになって、ホームに設置されている簡素な椅子に腰を預けた。衣服の無い上半身が背もたれに触れると、熱が奪われてひんやりとした。
「ここは蔵前なのか?」
 ライドウは、座る僕を見下ろしながら、駅名標と僕を見比べる。
 だったのか、が正しい。そう指摘する気も起きなくて「そうだよ」と僕は返した。ここはもう他に何もないけど。
 地名はしっかり残っているのに、地上にその面影はないし、使う客だってみんな悪魔だ。この駅のホームだって、駅員一人いやしないし、電車に乗ったこともないような悪魔が我が物顔で闊歩している。自動改札はただの板に成り果てていて、切符の一枚だって買えない。次の駅が書かれている駅名標があっても、この線路は次の駅には続かないし、時刻表は永遠に真っ暗だ。
 何もかも気持ち悪かった。
 壊れるならいっそ盛大に、全部が砂になっていれば、まだ笑えたかもしれない。中途半端に残された街が、オブジェが、誰かの人形遊びに付き合っているみたいな気分にさせられる。
「おまえの守る世界だって、こうやって一瞬でおかしくなってしまうかもしれないよな」
 言ってしまってから、顔をしかめた。こんなの単純な八つ当たりだ。
 慣れているライドウは「そうだな」と小さく頷くだけで、反駁一つしなかった。そうはならないとは言わないし、そうなったら困るなとも言わない。その時おまえはどうするんだ、と聞いてもたぶん意味はなかった。
 彼はいつもそうだった。自分は関係がないという顔をしながら、たびたび地名の書かれた電信柱などをじっと見つめたりしている。僕の記憶にある地名を彼も知っていて、彼の過ごした街並みの一部は、僕の過ごした街並みと同じだった。
 彼の小さな感傷が、余計に僕を苛立たせた。
 僕の世界はもういいよ、と思っても、じゃあこいつは、と思ってしまう。帝都を守るだなんて言ったって、未来の帝都はこんなものだ。こうして冗談みたいに壊れて丸くなってしまった。そんなものために本気になる必要があるのか?
 この世界の〝ライドウ〟は何をしていたのだろう。もしかしたら、いないのかもしれない。ここはライドウというものが受け継がれていない世界なのか、あるいはライドウですら放棄した世界なのか。どうでもいいが、そんな違いがあるのかもしれない。
 ただ一つの事実は、誰もこの東京を守れなかった、ということだ。
「この地下鉄道は、上野まで繋がっていないのか」
 ライドウはおもむろに切り出す。僕の座る椅子に立て付けられている停車表を、じっと見つめていた。
「直接は通っていなかったと思うよ。乗り換えれば行けるんじゃないか」
「乗り換えか。数が多いな」
「でもなんで上野? 行きたいのか?」
「いや、地下鉄道の広告に、覚えがあっただけだ」
 ライドウはそんなことを言いながら、かちゃかちゃと音を立てる。不審に思って視線を向けると、彼は腰の武器を下げるベルトを器用に外したかと思えば、当然のごとく僕の隣に座った。
「待合席があるのはいい」
 突っかかりそうな長い太刀を杖みたいにして、ふう、と息を吐く。お爺ちゃんみたいな振る舞いだ。ちょっと疲れているのかもしれない。お互いに。
「上野といえば、動物園があってさ。パンダが有名なんだよ。知ってる? パンダ」
「知らない」
「熊なんだけど、なんて言えばいいのかな……手足と目が黒くて、顔と体が白い……みたいな。笹ばっかり食べるんだよ」
「中々愉快な熊だな」
 ライドウは相槌をうちながら、ごく自然な流れで、胸元の管に手を伸ばす。
「誰か呼ぶのか?」
「ああ」
 ここは静かだけど、どこにでも悪魔が彷徨いている。中には歩いているだけで因縁をつけてくる奴もいるし、こちらを獲物か何かかと思って問答無用で襲いかかってくるものもいる。
 僕らが座る椅子の背後からにじり寄るのは、その好戦的な類の悪魔だ。
 瘴気とでも言うのだろうか、なんだか心地の悪いオーラみたいなのがだだ漏れの、多分会話の通じない外道の類だった。
 ライドウがするりと引き抜いた一本の管に、淡い燐光が灯った。呼び出す悪魔の名を告げて、
「雷電を」
 ごく僅かな命令。現れたのは白くて大きい、この世界では見慣れない悪魔。ミシャグジさまだ。抱える杖のようなものをとんと地面に打ちつけると、辺り一体に雷の雨が降る。ここらの悪魔はそんなに強くはないから、この攻撃だけで綺麗にみんな死んでしまった。
『粗雑が過ぎないか』
 いつの間にかライドウの足元で丸くなっていたゴウトが、再び苦言を呈した。
 振り返りもせず、気配だけで攻撃を選ぶ。その攻撃だって、全部の敵に必ず当たるとは限らない。もしものことを考えると、ライドウにしては確かにちょっと乱暴だ。
「喚んでいるままの仲魔がいるから」
……それって僕のこと?」
 撃ち漏らしても問題ない、というらしい。
……MAGの要らない仲魔ではあるがな』
 ゴウトはぴょんとライドウの膝に乗り、僕をじろじろと眺めた。
『今は何のマガタマを飲み込んでいる?』
「今? 今はガイアだけど」
『なるほど、妖気の漏れているわけだ』
「ただでさえ君は目立つからな」
「そっちだって目立つだろ……
 確かにこの体は目立つし、薄暗い駅の中だと余計に光って格好の的だ。でも光っているよくわからない悪魔よりも、無防備な人間の方が、悪魔にとってはさぞ魅力的な餌に見えるだろう、と思う。
「そう言うなら、マガタマ替えるよ」
 ここには呪いの力を使う悪魔が出る。普通に戦う分には多分どうとでもなるだろうけれど、戦況が一手で変わる呪いは厄介だ。しかも呪いが効きそうだとバレてしまうと、余計に敵はその技ばかり使うようになる。このマガタマは呪いへの耐性を持たないから、悪魔たちの注意を引いたのかもしれない。
 ポケットに無造作に突っ込んでいるマガタマの一つを探った。うぞうぞと蠢く蟲たちに、もう嫌悪感はない。特に激しく動いているマガタマなんて指に絡みついてくるし、たまに噛み付いてもくる。ジャックフロストが飲み込んでおかしくなっていたマガタマ、『サタン』もいつの間にかそうなっている。
 僕は口を開けた。マガタマは意外と大きいので、欠伸するくらい大きく開ける必要がある。飲み込まれたくないともがくマガタマを容赦なく口の中に放り込んで、這い出さないように口に手を当てる。
 ごく、と飲み込めば、マガタマが喉に下りてくる。それは食道にも気道にも行かない。喉仏の反対側にずるりと入り込んで、頸の角の内側がさわさわと痒くなる。
 思わず身震いをした。
 マガタマを替えるといつもこうなる。体の〝何か〟が中から無理やり変えられる。
 外されたガイアが行き場を失って口内を迫り上がってくる。触角みたいなものが歯をくすぐってむず痒い。開けた口の中の、暴れている顔みたいなところを掴んで、ゆっくりと引き出す。
 すると、白いものが見えた。指だ、ライドウの。口から数センチ出したマガタマが、その白い指に奪われた。
「これがマガタマか」
 彼は自分の目の前にマガタマを掲げ持って、興味深いと言わんばかりに、僕から吐き出されたばかりのマガタマをじろじろと眺めだした。マガタマが僕の唾液で濡れているのを気にも留めない。せめてハンカチで拭いたくても、そんなもの持っていない。
「どんな味がするのだ」
 聞くのはそこか?
「しないよ。強いて言うなら、金属を舐めている感じ? おいしいとか、まずいとかじゃない。食べるものじゃないな、って思う」
 マガタマを奪い返そうとしても、ライドウは巧みにかわす。早々に諦めた。
『人に寄生する蟲というが、いっそ見事なものだな』
 ライドウの指先でうねうねと動くマガタマは、ゴウトの気も引いている。
『反動はないのか。変化は。こんなものを飲み込んで、ただでは済まなかろう』
「初めて飲まされた時は痛かった……気がするけど、もうほとんど覚えてない」
 遠い記憶は朧げだ。痛かったことなんてどうでもよくなるぐらい、いろんなことがありすぎた。
「これはそのツノに入っているのか」
「さあ。見たことないからな。感覚的にはそんな気がする」
 ふうん、と言う代わりに、ライドウは摘んだマガタマと頸のツノを交互に見た。
「口を開けて」
 言うと思った。
「見てもわからないよ。そもそも見えないし」
 反論しても、彼はうんともすんとも言わない。仕方がないので大人しく口を開けてやった。
 じろじろと口の中を凝視されるのは、歯医者さんに見られている時みたいで、ちょっと居心地が悪い。
 ライドウのちょっと淡い眼は、僕の喉奥より先に、手前の歯を見ている気がした。爪は攻撃に使ったことはあるけど、歯はまだない。使おうと思えば使えるのかもしれないが、この口で悪魔を噛みちぎったりしたら、いよいよもう限界だってどこかで思ってしまっている。口から火を吐いてる時点で、そんな限界はどこにもない。わかっている。でも食べ物を食べる以外に使わない歯は、特に鋭くもなく、なんの変哲もないただの歯のままのはずだった。
 居た堪れなくなって、口を閉じる。
「見えた?」
「見えない」
「だろうな」
 マガタマが入り込んでいる場所なんて、口からじゃ肉眼で見えるはずがない。
「もう一度」
 ずいぶん諦めが悪い。
「無理だと思うよ……
 言って納得するなら苦労しないので、僕はまた口を開けた。
 再び顔を寄せられる。さらには生白い指が伸びてくる。もっと口を開けろの意味かと思い、触られる前に口を大きく開いた。
 指は止まらない。口の中に入る。噛んでしまわないかと不安になって、所在なげに舌を動かす。
 すると、ぽとりと口内に何かが落ちた。
 指が引っ込められたので、反射で口を閉じた。口に入れられた何かを、舌の上で転がす。変な味はしない、丸くて小さく、硬い何か。強いていうなら、飴玉に似ていた。
「これは何?」
 吐き出すほどでもないので、大人しくころころと口の中に転がす。
「口直しだ。
 マガタマよりはましだろう」
「マガタマよりはね」
 彼が放り込んだ飴みたいな粒は、飴よりもずっと味がしない。甘いかもしれない、と思えば、甘い。そんな気がする。
 だけどそれが本当に〝味〟なのかわからなかった。これはきっと飴だろうと頭が判断していて、飴だと思い込もうとしているのかもしれない。長らく使っていない味覚が正しく機能しているとは思えなかった。例えばぺろりと指先を舐めてみても、しょっぱい味はしないからだ。
 でもこれは、甘いんだろう。きっとそうだ。そう思うことにした。
「ライドウは普段もこういうもの、食べたりするの」
「割と」
「結構意外だな」
「よく言われる」
 僕はその玉を舐め続けた。口を閉じている理由にもなった。
 ライドウから返されたマガタマをしまうと、することもなくなる。ライドウは隣に座ったまま、外している武器のベルトの長さを調整している。
 お互い何も言わずに、時間だけが経った。
 駅のホームのベンチは、やっぱり硬い。ずっと座っている想定じゃないから仕方がない。直接背中が触れている背もたれは、もうすっかり僕の体温で温いし、プラスチックの座面は、ダイレクトに僕の体重を跳ね返す。
 もう座っていたくないのに、立ち上がる気力もなかった。
……電車、来ないな」
 来るわけがない。
 この地下道の線路は断たれている。坑道の暗闇は土で埋まっている。
 わかっていても、こうしてベンチに座っていると、来ないはずの電車を待っている気がした。どうでもいい話をしながら、飴なんか舐めて。
 ライドウは僕の妄言に答えずに、くるりと振り返った。僕もつられてそっちを見る。
 ベンチの後ろの看板には、路線図はあっても時刻表はない。天井から吊り下げられた電光掲示板も当然真っ暗で、何時何処行きの電車が来るか、示す手がかりは一つもない。それはそうだ。電車自体が通っていないのだから。
「わからないな。次の電車が来る時刻は。
 浅草なら、ここで待つより歩いた方が早いかもしれない」
 彼はもったいつけてから、そんなことを言ってのける。
……そうだな」
 その通りだ。僕はため息をついた。
 電車なんざこんな世界で来るはずないだろう、そう一刀両断してくれることをどこかで望んでいたが、彼はそうしない。
 僕は、口の中に残っている飴玉を噛み砕いた。やっぱり甘かった。

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