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井見
2024-11-08 20:49:26
81646文字
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真Ⅲ二次
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【再録】レトロスペクト・フラクタル
真3マニクロ道中にあってほしい二人のやりとり短編集の再録です。
サイトにあげていた短編10本の改稿+新規書き下ろし3本が入っています。
出会いから別れまで。
*超力兵団の話や場所、人物がちょろっと出ます
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名にしおはば
葛葉ライドウ。
堅苦しい名前も、こいつには不思議とよく似合っていた。十四代目というから、前に十三人同じ名前を使った人がいるらしい。襲名をしたということは、本当は別の名前がある、あるいはあったのかもしれない。
そんな古びた名前も、『デビルサマナー』なんて横文字と一緒に名乗られれば、似合わなさに思わず吹き出しそうになった。
デビルをサモンしなくても充分おまえがデビルだろ、と言いたくなるくらい、こいつは冗談みたいに強い。実はその常に被っている帽子の中にオニみたいなツノが生えていても、僕は受け入れるだろう。こっちは変な体になってまで、こんな世界でどうにか生きているのに、この男は澄まし顔で悪魔を斬り刻んでいく。
しかし本来のデビルサマナーがどうやって戦うのかは知らないが、イメージとしては、ふつうは召喚した悪魔に戦ってもらうんじゃないだろうか。ライドウは時たま悪魔を召喚しても、すぐに引っ込めてしまう。仲魔はあくまで、敵の弱点を突いたり、自分の補助を頼んだり、最後の畳み掛けをするための手助けで、基本的には自分で敵の懐に入り込んでいく。自分の何倍もあるような悪魔であっても、その刀で狙い澄ました一突き、最低限の動きで、さっさと薙ぎ倒してしまう。必死さ、というものが感じられなかった。
本当に僕はこれと戦ったのか。というより、まだまだこいつは手加減しているんだろうな、と僕は睨んでいる。もしこいつが本気を出したら、一緒に肩を並べて戦うなんて無理だ。どうにか巻き添えを食らわないように、端っこに逃げるくらいが関の山。
だからこいつは普段から力をセーブしている、そんな気がしていた。第一、胸には管が八本下げられているのに、僕が見たことのある悪魔は六人だけだ。二人足りない。
連れている六人は、ヨシツネ、ミシャグジさま(〝さま〟までが名前なのか?)、ヒトコトヌシ、モー・ショボー、モコイ、ツチグモ。彼は僕と戦うのに慣れた具合で、一人一人を順繰りに戦闘に出すようになった。現れた彼らは、命令通りに技を出すと、管の中に帰される。彼らはみんなこの世界ではまだ見たことのない悪魔で、彼らの名前は呼び出される時に告げられる声で知った。管から呼び出す時と、管へ戻す時、あいつは決まって名前を呼ぶ。
残りの悪魔は誰なのか、聞いてみたことがある。答えてはくれなかった。最後に真面目に戦った時に、連れの猫に止められていたのは、その残りの二体を呼び出そうとしていたのかもしれない。秘密の名前はわからないまま、僕は使われない二本の管を見ている。
「気になるのか」
彼は、僕の視線に当然気づいていた。戦闘中に拾ったという宝玉を、僕に渡そうとしたまま、ぱたりと動きを止める。
「その二人、今回も呼び出さなかったなって。いつになったら呼ぶんだ?」
僕も差し出した手を引っ込めるタイミングが掴めなくて、お互いの手がぼんやりと宙に浮いている。
「ずっと呼ばないなんて、抗議されたりするんじゃないか」
単なる雑魚相手には呼び出すまでもない、そういうことなのかもしれないが、僕は一向にその二人を見たことがない。道を塞いでいた機械仕掛けの大天使を相手にした時も、彼の戦法はいつも通りで、残りの二本の管、ベルトの一番下の段に手が伸ばされることはなかった。
「名前だけでも教えてくれたらいいのに」
「聞いてどうする」
「どうもしないしできないけど
……
気になるだろ」
「名前は大事か?」
「
……
そっちがそれを言うのか?」
彼は─ライドウは、きまって僕の名前を呼ぶ。
確かに僕は名乗った。名前をあらたまって聞かれたのは久しぶりだったから、僕は反射的に答えてしまった。
そこらの悪魔は当然のように僕の名前を知っているし、きっと〝依頼〟で僕の素性も割れているだろうから、彼らが本当に僕の名前を知らなかったわけではないんだろう。
だからあの質問は、おまえのことを名前で呼ぶべきか、という問いだったんだ、と遅れて気づいた。そして僕は名乗ってしまった。それから彼らは、律儀に僕のことを名前で呼ぶようになった。
僕はようやく手を引っ込めた。戻した手で、頬を少し掻いた。
「
……
やっぱり、呼ぶなら〝人修羅〟で呼んでほしい」
違和感が拭えなかった。
ゴウトの低く落ち着いた声が、僕を人修羅、ではなく僕の名前で呼ぶのは、気にはならない。猫が喋っているのは今になってもちょっと驚くけれど、まあ悪魔が歩いている世界なのだし、別におかしなことではない。
問題はこいつだ。
仲魔を呼ぶ時の声。ゴウトを呼ぶ時の声。少ない口数の中で、僕はその名前を呼ぶ声を一番聞く。それと同じ声で、僕の名前も呼ぶ。それがなんだか変な気分になる。
ライドウは昔の人と言っても、やっぱり日本育ちだからだろうか? 悪魔が僕を呼ぶ名前は、なんとなく─言うなればカタカナみたいな、多分どういう漢字で名前を書くのかはわかっていないんだろうな、という雰囲気のする言い方だ。でもライドウが僕の名前を言う時は、僕の名前をどんな漢字で書くのか知っているみたいな、そんな物言いに思えた。なんて、全部根拠は無い。「
……
人修羅」
ライドウは言われた通りに、僕を人修羅と呼んだ。
やっぱり、そっちの方がいい。
人修羅。そんな難しい名前が僕を指しているなんて、知るのに少し時間がかかった。この体になってだいぶ経つけれど、未だに現実味が無い。その名前も、夢みたいに遠い。
「だが、名乗っただろう」
くっつく逆接。
出来の良いお人形のような顔はいつも通りなのに、声だけはどこか不満げだ。
名を聞いたのだから、そう呼ぶべき。そんなところだろうか。やはり名前にこだわっているのは、どう考えてもそっちの方だ。
「
……
忘れてくれていい」
「何故」
「なぜって
……
慣れないからかな」
「自分の名がか。
時間で考えれば、人修羅と呼ばれる方が慣れないだろう」
珍しく引き下がろうとしない。あの悪魔を引きつけておいてくれ、とかであれば頷き一つで終わるのに。助けを求めてゴウトに視線を送るも、彼は大きな緑の猫の目を細めて、成り行きを見守る気のようだった。
ライドウはたまに妙に頑固だ。こうと決めたらこう、と譲らないというか。今も、僕に渡し損ねた宝玉を、手の中でくるくる回して、更なる追及を考えている。このままでは言われる一方だ、と思い、僕はもう少し本心を開示した。
「
……
僕の名前を、ライドウに呼ばれるのが慣れないんだよ」
ライドウ、を少し強調しながら返してみる。
むしろ余計な情報を与えてしまったのかもしれない。彼は変わらない表情のまま、何かぴんとでもきたように人差し指を立てた。
「それだ。
君は僕のことをライドウと呼ぶ。
なら、僕は君を名前で呼ぶ。
これで同じだ」
そっちが名前で呼ぶならこっちも名前で呼ぶぞ、ということか。じゃあライドウのことを人間とでも呼べば、ライドウは僕を名前で呼ばなくなるのか。それはそれでなんとなく座りが悪い、とまで考えて、僕は少し思い当たる。
「ライドウは十四代目ってやつなんだろ。おまえはライドウになってて、僕は人修羅になった。
そして僕はおまえをライドウと呼んでる。ならライドウは僕を人修羅と呼ぶ。
それでライドウの言う『同じ』だろ」
「
……
同じだろうか」
「同じじゃないのか」
自分でもちょっとよくわからないけど。とりあえずライドウが納得するならなんでも構わない。そもそも僕が諦めればすぐ終わる話ではあるけれど、それもなんだか少し悔しい。
その気持ちはライドウも同じなのか、まだ折れそうになかった。
彼の手の中の宝玉は、細長い指と指の間を器用に巡っていた。上手い返答を探しているみたいに、左へ、右へ、また左へ。ほんの小さい変化に、彼の微かな人間味みたいなものが滲んでいた。
そして、その宝玉はぴんと指先へ跳ねて、僕の方へと飛んできた。
「君には名がある。
それはこちらも同じだ」
ライドウは当然のことを言い切る。
「知ってるよ」受け取った宝玉はずっと彼の手にあったせいか、じんわりと生温かい。「ライドウだろ」
「いや、もうひとつ」
耳を貸せ、とライドウは僕を手招きした。
彼が強情なのは知っているので、僕は大人しく従う。耳を彼の口に近づけると、彼の体がいっそう傾いて、外套が僕の剥き出しの肩にするりと触れた。布の擦れる感覚がこそばゆい。
そしてライドウは、口元を手で覆う。内緒話みたいで少し緊張して、僕はなぜか唾を飲み込む。
充分もったいつけてから、彼は言ってはいけないことをこっそりと言うように、ぽつり、と一言。
「それ、ライドウの
……
名前?」
彼の口から聞こえた、彼の名前は、僕を呼ぶ言葉、僕の心をざわめかせる音とそっくりだった。
つまり─同じ名前。
「聞いた時は、流石に驚いた」
彼は自分自身の言葉に頷く。
なんて偶然だろうとか、ちなみに字はどう書くのだろうとか、僕が名乗った時に驚くような素振りは全くなかったよなとか、色々よぎっている内に、彼は畳み掛ける。
「僕は君を名前で呼ぶ。
なら君も僕を名前で呼べばいい。
これで同じだ。今度こそ」
同じ名前の男は姿勢を正して、体の前に腕を組み、もう一度こくりと頷いた。笑顔こそ無いが、かなり満足気なのが伝わってくる。腕組みは拒絶とか言うけれど、彼に限っては多分逆だ。己の言い分の強さを確信している。
わからないけど、たぶん本名って大事なものなんじゃないだろうか。フィクションだけど、名前をどうこうして操る、みたいなのを見たことがある。わざわざ襲名までして隠している本名を、どうしてこうも明かせるのか。何が彼をそこまでそうさせるのだろう。ただの負けん気ならいいけれど、少し気になる。
「
……
そんなに僕のこと、人修羅って呼びたくないのか?」
彼はことりと首を傾けた。
「そう呼ぶと、君はひどく嫌そうな顔をする」
だろう、人修羅。
そう当て付けのように加えながら、彼は自らの眉間をとんとんと叩いた。鏡合わせのように、僕も自分の眉間に触れれば、確かに険しくなっていて、僕は思わず目を逸らす。
「むしろなぜ君は僕に名を呼ばれたくない。
誰にも呼ばれたくない、ならまだわかるのだが。君の仲魔も、ゴウトも、君の名を呼んでいる。
だのに君が指摘するのは、僕だけだ」
「それは
……
」
慣れないから。
簡単な表現だったが、全くの正解ではないかもしれない。
悪魔に名前を呼ばれるのも、猫に呼ばれるのも構わない。ただ、目の前の学生服を着た、同い年くらいの男に呼ばれるのは、なんとなく─いやだ。なんて、子供っぽい言葉しか作れない。
いつの間にか握りしめていた宝玉は、今度は僕の体温ですっかり温い。くるりと手の中で回しても、うまい返事は出てこない。
ああ、そういえば。僕の名前を呼ぶ誰かは他にもいた。形のぼやけたあの思念体は、結局誰だったんだろう。きっとクラスメイトの誰かだと思うけど、その誰でもあって誰でもない気がした。彼が僕の名前を呼ぶのも、なんだかすごく、いやだった。
いやだ。いやだって何だろう。気持ち悪い? 居心地が悪い? きまりが悪い?
「
……
何でも構わないよ」
するりと細められた目に、僕の肩は跳ねる。
「
……
口に出てた?」
さて、と彼は小首を傾げて、イエスともノーともつかない。
そして学帽を被り直して、外套をばさりと翻した。それは、もう先へ行こうの合図だった。彼の中で、もう結論は出たようだ。
「どう呼んでもどうせしかめ面するのなら、僕の好きにさせてもらう」
冷ややかな作り物めいた表情に反して、彼の顔に浮かんでいるのは「諦めろ」の三文字。
「君も僕の名を呼ぶといいよ」
「
……
ライドウのままで」
「残念、冷たいな」
ライドウは、同じ僕の名前を呼ぶ。
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