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井見
2024-11-08 20:49:26
81646文字
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真Ⅲ二次
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【再録】レトロスペクト・フラクタル
真3マニクロ道中にあってほしい二人のやりとり短編集の再録です。
サイトにあげていた短編10本の改稿+新規書き下ろし3本が入っています。
出会いから別れまで。
*超力兵団の話や場所、人物がちょろっと出ます
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輸血
ぬかったな、と思った。視界がくるくると回り始めていた。
同時にゴウトがいつの間にか肩に上り、己の名を───ライドウではない、錆び付いた名前を、囁くように呼びかけてきていた。聞こえている、わかっている、と示すために、頷く。その振動で頭の中身がぐらりと揺れて、思わず足を踏み直してしまった。
「ライドウ?」
前を歩いていたはずの男が、知らぬ間に振り返っている。単にこちらが気づかなかっただけか。彼の光る刻印は、今の自分には些か眩しすぎるのだ。視線を外していたのは否めない。
刻印だけではない。彼の色素の薄まった、金めいた瞳。悪魔のようにじっと妖しく、それでいて透明なその隔たりが、より一層くらりとくる。というのに、彼はその目を遠慮なく僕に向ける。じろりと僕の様子を探るのは、僕を食らうためではないと知っている。
帽子に鍔があるのは良い、こういう時に顔を隠せる。だが彼は少しだけ僕より背が低い。彼が僕を覗き込むのは容易だった。魔力を帯びた瞳がばちりと僕を捉える。
ライドウ、と彼はもう一度呼びかけてくる。少し低い声色だ。わかっているぞ、とでも言いたげである。
このままでは彼は余計な気を回して、余計な魔力を使うだろう。それはいけない。
「問題ない」
何も異常はない。至極当然の結果に過ぎない。治癒の魔法は必要ない、そもそも効かない。だから何もしなくていい。それら全てを込めた言葉だった。彼には伝わったことだろう、だが信じてはくれなかった。窺うように、疑うように、肩のゴウトに視線を送る。ゴウトはため息を吐くかのように、にゃあ、と猫の鳴き声を発した。
『時間が経てば治まる。今すぐ何か必要ということはない。
先ほどの戦闘でマグネタイト
……
うぬに馴染みのある言い方をすれば、魔力か? それを急に失ったゆえの反動だろうよ』
「ああ
……
全部ライドウに任せちゃったからな」
彼はどこか申し訳なさそうに頬を掻く。
あれはカグツチが禍々しく輝く頃だった。
荒ぶる悪魔の群れに急襲をかけられた。交渉の余地は無い、速やかに戦闘へと移行する。
この塔の悪魔は、地上の悪魔らとは一線を画すものばかりだった。帝都では見たこともない悪魔すらいる。だが、一体一体に注目してみれば、そこまで手こずるという訳もない。問題はその数の多さだ。悪魔達は己の従うコトワリに合わせて徒党を組み、四方八方から襲いかかってくる。いつの世も数の暴力とはげに強きものである。
一度や二度であれば弾けよう混乱の魔法なども、そう何度も撒き散らされては敵わない。一匹が一度だけ使ったとしても、あそこには八匹いたのである。混乱、魅了、睡眠、下手な鉄砲も何とやら、精神への耐性を強めていなければとても二本足で立てはしまい。
そしてやはり、彼はくるりと頭上に星を散らしたかと思えば、そのまま眠りこんでしまったのだ。
「あれが最善ではなかったか?」
『事態を急く気持ちもわかるがな』
マグネタイトを切らして目を回すなど、普段の戦いでは許されないことだ。正念場ならともかく、ここはただの道のり。必要最低限の力で、仲魔に最適な命令をし、余力を残さなければならない。例えば逃げの一手を講ずるのも、立派な選択肢の一つである。
とはいえ今は、状況が違う。戦場で意識を失っていたこの『仲魔』は己の魔力のみで活動しているから、管へ戻すこともできなかった。
倒れている彼を引きずって敵の大群から逃げるより、その場で殲滅を図った方が却って安全。そう考えた結果がこれだった。動けない誰かを庇いながら戦うというのは、存外骨が折れるのだと学んだ。
「少し休もうか。辛そうだ」
彼はそう言うと、無理やり僕の体を壁際へ押しやり、地面へ容赦無く座らせる。そして自分もまた地べたへと腰を下ろした。
「怪我だったら治してやれるんだけど。
マグネタイトだったっけ。それって無くなる一方なのか?」
『血液も一気に失えば目が眩むが、ひとから貰うことはできるだろう? そんなものだ。
回復するには休むか、あるいは悪魔から奪うか、だな』
「奪えるんだ。どうやって?」
『ライドウの持つ刀。それで悪魔を切り裂くことで、魔を吸い上げることができる』
「へえ
……
」
ゴウト、と制するには遅かった。彼は僕の刀にきらりと瞳を向ける。何をするつもりか、問い質すまでもなかった。
「必要ない」
「なくはないだろ。手っ取り早いじゃないか」
「はやくない」
彼の手は、僕の刀へと迷いなく伸びる。びっしりと模様の這うその手を止めようとするが、彼の力は強い。いや、僕の力が弱っているのか。
『
……
MAGを吸わせる気なのか?』
「だって、悪魔から奪うんだろ」
ようやく口を挟むゴウトに、彼は当然だろうと言わんばかりの対応だ。考え直す気はないらしい。
このままではされるがままだ。猫の体のゴウトに助けは頼めないし、仲魔も喚ぶ力もない。悪魔が見えるだけの人間に使えるのは口しかない。
「休めば足りる、だから刀を離せ」
「でも、さっきみたいな悪魔に襲われたら、次はもっとまずいかもしれないじゃないか。
残念だけど、おまえを庇いながら戦える自信は無い」
それにさ、と彼は僕の顔を覗き込む。
「顔色が悪い。弱ってるってよくわかる。きっと、もっと悪魔が寄ってくる。
はやく安全なところまで行くべきだ。だからそこまでの力をあげる、それだけだろ」
彼は迷いなく断言するが、果たしてただしい判断なのだろうか。くらつく頭ではよくわからない。足りている者から足りない者に分ける。何も問題はない、そうなのだろうか。
だが仲魔から魔力を分け与えられるサマナーなど聞いたこともない。本来仲魔はサマナーのマグネタイトでその体を維持するもの。サマナーに力が無くなれば、仲魔も霧散するだけである。
しかし彼をこの世界に維持するために、僕のマグネタイトは必要ない。そもそも彼は管に入っているわけではない。行動しようとする彼を、管に入れて封じることもできない。
だから彼は仲魔であって仲魔ではない。ただの気まぐれ、悪魔との交渉で分けてもらう時のように、僕は甘んじて彼の施しを受ければいいのか。
……
馬鹿げた提案だ。
必要ない、と僕は再び切り捨てる。
立ち上がろうとするが、やはり彼に座らせられる。彼の手は僕の刀を今にも奪い取ろうとしているが、それを止めんとする僕の腕を振り払うこともない。彼が選ぶのは説得だった。
「ちょっと斬るだけだろ? そもそも僕を斬ったことなんて何度でもあるじゃないか。それと同じだろ」
同じではない。
この男の自己犠牲的とも違う、曖昧に乾いた価値判断は、生来のものなのか、あるいはこの世界で生きるための知恵なのだろうか。それが近頃は顕著に思う。
この塔を上り、呪いばかり吐くマガタマを手に入れた彼は、何度も苦しめられているというのにそれを飲み込んだままである。その上、マガタマから選び取るのは我が身を削る技ばかりだ。まるで死にさえしなければ良いだろうとでも考えているのか、敵を屠ると同時に自らも血を吐きながら、治癒の魔法で立ち上がり、そしてまた血を流す。
妙な速度で自身を切り捨てる様は、側から見ていてむず痒い。どうせ治るから、という言い訳に身に覚えがあるからこそ、尚のことである。
しかしここで口論をするのも、彼の言う通り危険か。いつまた悪魔に襲われるかわからず、マグネタイトの切れたサマナーなど少し刀の振れる人間と同等だ。彼の提案が、やはり最良なのだろう。最善とは極めて言い難いものの。
僕は諦めて、僕の刀を狙う彼の腕を解放した。
すると彼は了承と見たのか、刀を少し引き抜いてから、僕の手を引いて柄を握らせた。そして空いている自身の左腕を、刃先に当てる。
刀の柄を握る僕の手が柄から離れぬよう、妖しく輝く自身の手を乗せて、彼は、
「これでいいのか?」
などと尋ねてくる。
この状況に答えなどないから、僕は首を左右に振った。振れたはずだ。
だが彼はわからなかったのか、刀を握らせられている僕の手が、重ねられる彼の手によって、ぐっと押し込められた。
肉の感触。
刃先が当てられた彼の腕から、黒い刻印と青い光の隙間を縫って、赤い血がどこか扇情的に垂れた。遅れて淡い緑色の輝きが、腕から刃を伝い、我が手へと流れこんでいく。喉の渇きを潤す冷たい水のように、吸い上げた光は五臓六腑へ、ゆっくりと染み渡る。
ぼやけた思考が、徐々に澄んでいくのを感じる。
と同時に、状況を改めて認識すると、反射的に腕へ力を込めてしまった。
僕はやめさせようと思ったのだ。こんなことを。それは間違いない。だが不用意に力んでしまったことで、刃はさらに深く、彼の腕へと食い込んだ。
こつり、と、肉の奥に隠された骨へ触れる。
電流が流れるがごとく、彼の魔力が、僕のマグネタイトとなり、ずるりと身体を満たしていく。
重かった瞼が軽くなり、目が勝手に見開いた。鳥肌がぞわりと立つ。
これ以上は堪らない。
空いている左手で、彼の腕を、刃から力任せに引き抜いた。人間と同じ色の血が、刀を伝い、彼の腕を伝い、地面に赤黒い水溜りを作る。
ついぞ彼は悲鳴一つあげなかった。刃先が皮膚を破る時も、肉を断つ時も、骨に触れる時も。僕はようやく彼の顔を見やる。相も変わらず湛える蛍光、そして金の眼。痛みに歪んですらいない。
「もういいのか」
何故だか彼はどこか不満気に、疑わしそうに言う。必要ならばもっとくれてやるとでもいうのか。
僕の顔を探るように窺う様に、彼はどうもその気だ、と気づき、僕は「もういい」と鸚鵡返しに断る。彼は仕方ないと言った風に頷いた。
その間も血溜まりはだらだらと血を飲み込んで大きくなる。彼はそれをちらりと見てから、切り裂かれた腕を手のひらで事もなげに覆った。途端、時が巻き戻るかのように、みるみる肉は素の姿を取り戻した。魔法のようだ。当然、魔法そのものだった。
さらに彼を覆う癒しの力は広がって、僕にまで巻きついた。取るに足らない傷までも目敏く見つけて、たちまち縫い上げていく。
「よかった。だいぶ顔色が良くなった」
そのようなことを言って、彼は平然と立ち上がるどころか、僕に手を差し伸べすらする。
魔力をこれだけ吐き出してもなお、尽きないのか。刺青を覆う輝きにも、僕の手を引く力強さにも変化は無い。悪魔の身でありながら滾々と湧き出る魔力は、この世界ゆえか、あるいは人の身でもあるがゆえなのか。
「ここもだった」
最後の仕上げか、彼の指が、僕の頬をなぞった。いつかに掠めた小さな切り傷に、僕も今気づく。それは今更存在を示すかのように、ちり、と痛んだかと思えば、彼の指の動きとともに瞬く間に閉じていった。
癒しの魔法を、彼は気に入っているらしかった。その魔法さえあれば、魔力尽きぬ限り、自らの命を燃やす技も遠慮なく使える。
だが理由はそれだけではない。仲魔の誰かを治すたび、彼はほんの少し顔を綻ばせているのを、僕は知っている。
そしてそれは、僕に対しても例外ではなく。
燐光纏う彼の微笑みは、ひどく人めいていた。
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