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井見
2024-11-08 20:49:26
81646文字
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真Ⅲ二次
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【再録】レトロスペクト・フラクタル
真3マニクロ道中にあってほしい二人のやりとり短編集の再録です。
サイトにあげていた短編10本の改稿+新規書き下ろし3本が入っています。
出会いから別れまで。
*超力兵団の話や場所、人物がちょろっと出ます
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こどもあそび
銃弾は痛かった。痛い? ありえない。でも実際、痛い。
何発食らっただろう。逃げるように飛び込んだ小部屋で息を整える。この狭い密室の出入り口は一つだけ。僕がここに入ったのはわかっているはずだ。だが扉は開かない。流石にここまで入ってくる気はないらしい。
……
いや、あるかもしれない。
扉の向こうで出待ちされていたら終わりだが、それはないと思う。そんなの勝てっこないからだ。フェアじゃないゲームをするんだったら、最初からそんなことする必要がない。彼らは僕を試そうとしているだけで、殺すつもりはない、はずだ。そう整理すると、なかなか腹が立つ。
──ひとまず、今のことを考える。
撃たれた箇所を見てみる。掠めた場所の肉は削げてしまった。左肩が三日月型になっている。僕の体にしっかりと当たった銃弾は、捩れるようにめり込んでいった感触があったが、どれも貫通はしていない。肉が一発一発を受け止めている。じっと見ていれば、弾痕から流れる一筋の血。一筋じゃ済まないだろうと思うのだが、この体はそれで済むらしい。何もかも現実感が無いが、感じる痛みは現実そのものだ。
体に埋まってしまった弾を一個一個引っ張り出すのは馬鹿らしいので、そのまま回復を試みる。息を大きく吸って、ゆっくりと吐く。淡い緑色の光と共に、体の時間が戻っていった。
からんからんと硬いモノが落ちた。拾ってみれば、全部で五発。かなり食らった。肩を合わせれば六発か。リロード一回分というやつだろう。牽制という意味でいくつか外してくれてもいいだろうに、律儀に全部当ててくるのだから、けっこう嫌な奴だ。拾った銃弾を衝動のまま握りしめると、一個の小さな鉄塊になった。
さて、と思う。やることはわかっている。あの銃弾の雨と刀の追及を凌いで先へ進むか、あるいはさっさと引き返すか、だ。
こんな悪趣味な遊びには付き合いきれない。付き合う義理もない。引き返そう。そう言う自分。
ここまで来て退散だなんて、逃げ出したみたいじゃないか。先へ進んで、あいつらの鼻を明かしてやろう。そう言う自分。
困った。
こんなところへ来る前に、よくよく考えるべきだった。煽られるような物言いについ熱くなってしまった。こんな馬鹿げた鬼ごっこは、始めた時点で僕の負けだ。彼らの言う通り、僕はこの肉体に振り回されているのかもしれない。でも単に、むかついただけとも思う。
弾丸だった鉄塊を握りしめる。弾丸五つ合わせればちょうどいい大きさで、ちょっとしたボールみたいになっている。
──逃げるのか、とがっかりされるのが一番腹立つな。
勝手に期待して、勝手に落胆して。そんな奴らばかりだ。
だから僕は駆け出す。部屋の奥に輝くスイッチ。これを全部つけたら、またさっきみたいにまた扉の鍵が開くのだろう。扉からスイッチまでは真っ直ぐ一直線に進めるようでいて、実際は透明な壁が迷路みたいになっている。全部壊してやろうかと思ったが、流石にそれはできなかった。冗談みたいな仕掛けは誰が作ったんだろう。こうやって僕みたいな奴を試すためか。
ゆらゆらと揺れているスイッチに思い切り触れた。ほとんど殴っていた。
スイッチの起動と共に、一つしかない小部屋の扉が、ずず、と開いた。
僕の顔が歪んだのがわかる。
扉から現れるのは悪魔なんかじゃない。真っ黒な学生服に、嫌味なマントをなびかせて、同い年くらいの男がそこにいる。奴は透明な壁の向こうから僕を見咎めると、走り出すでも銃を取り出すでもなく、こつ、こつ、とわざと足音を立てながら、優雅に歩き始めた。
……
あいつ、自分がうっすらと笑っていることに気がついているのだろうか?
悪魔にも負けないくらい整った、誰かが描いたみたいな顔に、ほんの薄い笑顔が滲んでいる。真顔と言っても差し支えないほどだが、確かにわかる。それが異様に怖かった。
特に横一文字に伸びている口元の端、ごくわずかに上がった口角は、相手とのコミュニケーションのための微笑みじゃなくて、あくまで自分自身のための、感情がうっかり溢れてしまったみたいな不気味さがある。この状況を楽しんでいるのか。鏡があるなら見せてやりたい。
それか、あえて微笑んでいるのなら尚更タチが悪い。自分がどんな顔をしているか、相手はどう思うのか、理解してなお笑顔を選んでいるということだからだ。笑顔の形にわずかに開いた口は、じっとりと赤く濡れていて、あるはずのない牙すら見えてきそうな気迫があった。
奴はそんな恐ろしい表情を身につけて、一歩一歩ゆっくりと、狩りをする獣みたいに目だけはこちらに向けながら、仕切りでできた迷路を進んでくる。瞬きが無い。藍がかった瞳がずっと僕を捉えている。うっかり顔を見ようものなら、何度でも目が合ってしまう。
居た堪れなくなって視線を逸らせば、機械のように正確な歩調と共に揺れる黒マントが目を引いた。隙間から見える右手は少し強張っていて、いつでも銃なり刀なりを抜ける、とわざわざ僕に告げている。
こうなれば迷路を使ってすれ違うしかない。が、透明なその構造はまだ把握できていない。ここにあるスイッチまでの道のり一つしかわからないし、多分それはあいつが今歩いている道だ。対して向こうは、僕が来るまできっとこのエリア一帯を吟味していたことだろう。どこにどう追い込めれば行き止まりになるか、そんなことも頭に入っているに違いない。
だから道は実質一本だ。どうにか奴の側をくぐり抜けられれば、来た道を戻れる。言い換えれば、奴の側を通らないと、戻れそうにない、ということだ。
もういいか。一か八かだ。
奴が通路を曲がってくる瞬間、握っていた弾丸の塊を、これでもかと投げつけた。狙いは相手の腹の当たり。ボールのパスよりはかなり強めに、お返しだ。
でも、こんなものは擦り傷にすらならない。わかっている。僕が思い切り放った塊を、奴はひらりとかわす。的を失った塊は悲しい音を立てて、床に転がっていく。
目的は相手を傷つけることじゃないから、それで構わない。塊を避けるために体の向きが変わったことで、道に隙間ができる。もうそこしかない。
僕は飛び込もうとして─壁に打ち付けられていた。
腹と背に鈍い衝撃。
遅れて、中身が壊れるみたいな痛み。
一瞬見えたのは、黒くて長い棒、いや足か。あいつの足が、僕の腹を蹴飛ばしたらしい。本当にただの足なのか? 鉛か何かが仕込まれているんじゃないのか。そこらの悪魔よりもずっと重く、ずっと速かった。体がふわりと浮いて、気づけば背が壁に叩きつけられていた。
腹に手を当て、必死に治す。こんな魔力さえ無ければ、僕はとっくに戦えなくて、さっさと放り投げることができる。だけど治ってしまうから、まだ諦められない。
どうする。
にじり寄る奴の顔から笑みはとっくに消えていた。表情は無い、喜びや怒りも感じない、代わりに長い睫毛の奥で、瞳がきらりと鋭く光る。獲物を見定めた獣のような、それでいて命令を実行する機械のような、〝人〟であることが抜け落ちてしまったみたいな視線だ。
総毛立つという言葉の意味を、身をもって知った。
全身が『逃げろ』と発しているが、そうそう動けるはずもない。これは駄目だ、死んだな、という直感すらある。あくまで〝ゲーム〟なのだから向こうに殺す気はないはずだ、なんて甘い見通しは見透かされている。きっと死なない程度に殺される。
ぬらり、と生白い手が刀の柄へと伸びていく、その最後の時間がやけに長く感じた。走馬灯の代わりに、僕の頭は必死に今の状況を整理していく。
動かせる体はどこか一つ、それも一瞬。
僕は半ば無我夢中で左手を伸ばしていた。刀を抜こうとする奴の右手を掴む。刀を抜かせてはならない、それしかできない。あの刀は何かおかしい。斬られると意識が遠のく。
奴の右手を掴んだ僕の左手からは、無意識のうちに魔力の爪が伸び、この男のなめらかな皮膚を破って、肉に食い込んだ。
──赤い、血が、たらりと垂れた。
僕のものじゃない。当たり前だ。人の血だとすぐにわかった。匂いが違う。というよりむしろ、匂いがある。
悪魔の血も液体だが、そこに意味は無い。魔力がたまたま血の形をしているだけで、生物のように血としての役割を果たすわけではない。悪魔の体から離れた血は、次第に霧散して消えていく。
でも僕が握っている、この人間の体から流れる、この人間の血は、ほんとうに『血』だ。
確かな物質、目の覚めるような赤い液体が、彼の傷から流れて、白い肌を伝い、ゆっくりと─そんなはずはない、ほんの瞬間に落ちた。
その刹那の間、握りこんでいた右手は動かない。振りかぶろうとしていたはずの右腕は、そこだけ石化させられたように止まってしまっていた。
血に驚いたわけがない。血なんていくらでも見ている。驚いたのは、血そのものじゃなくて、その血が何から流れ出ているのか、ということだったと思う。
右手が止まっていたのは、一秒にも満たない一瞬。でも致命的な隙だった。
その隙に、気づけばピタリと、額に冷たい感触があった。
奴の右手は、まだ僕が掴んでいる。だから普段は使っていない左手で握る、黒い何かが、僕の額にくっついている。
丸い感覚。
硬い。
金属。
少し冷たい。
──銃口。
理解と同時に、目が合った。大きな目が僕を冷たく見下ろして、あらゆる動作を許さなかった。僕は目を閉じていても当てられる的になるしかなかった。
口が小さく動いていた。何かを言っているみたいだった。
わからなかった。聞こえなかった。
なぜなら、視界はぐらりと傾いて、みるみる暗くなったからだ。
引き金を引かれたらしい。
痛いを通り越して、もう何も感じない。ただ、意識が沈んだ。
*
……
目が覚めて、頭を抱えた。頭がじんじんと痛かった。
撃たれた額には、何の穴も、傷も無かった。でも少し倦怠感がある。頭を撃たれて意識を失っている間に、魔力が勝手に治したのだろう。それだけで済んでしまうのだから、やっぱりもう僕の体は〝そう〟なんだろう。今さらながら改めて、認めるしかない。
立とうとして、少しふらついた。たぶん疲れていた。あんな妖怪じみた男と鬼ごっこをするなんて、誰が想像しただろう。せめて鬼はこっちであってほしかった。
壁に手をついて、よろよろと立ち上がる。ここはどこだ? この空間は似たような景色が延々続くから、気を抜くと今いる場所がすぐわからなくなる。調子を戻しがてら少し歩いて、自分がどこにいるのか気づいた。
この階まで降りてきたはしご。最初の場所だ。ご丁寧に。
気絶した僕を、わざわざ殺さずに、スタート地点までずるずると引っ張ってきたのだろうか。あいつはそこまでして鬼ごっこがしたいのか。
ぐるぐると辺りを歩いてみても、誰一人の気配も感じられなかった。邪魔をする悪魔すらいない。ただこの遊びをするためだけの場所。もしかしたらあいつが皆掃除してしまったのかもしれない。鬼ごっこのためだけにそんなことをするか、と考えたら、そんなことをする奴のような気がする。付き合いなんて無いし、そもそもこうして滅多撃ちにされる関係なのに、僕は何故かそう直感できた。誰か一人とこんなに真剣に〝遊んだ〟ことは、当然ながら無いからだろう。
ここにいないあいつは、起きた僕を、きっとどこかで観察している。何をするのかじろじろと、興味深そうに、あるいは退屈そうに眺めている。初めて会った時みたいに、どこかに姿を隠した悪魔を潜ませているのだと思う。僕はきょろきょろと見回して、わかっているぞ、のアピールをしてみた。当たり前だけど反応は無い。
今ここで僕が引き返したら、あいつはちょっとは残念がるだろうか。でもその顔を見られないのなら、引き返したって意味が無い。
僕は、さっき入った小部屋の前にいた。
はあ、とため息をついた。何をしているんだろう、ともどこかで思っていた。
でも、こんなに撃たれたのだから、せめてあのきれいな顔に、いやどこでもいい、せめて一発くらいは返してやらないと。できるかどうかは知らないけれど、やられっぱなしというのも嫌だった。
今度は小部屋の透明な壁を、しっかりと確認した。割と単純な構造だ。上手くいけばちゃんとすれ違える。向こうも同じことを考えるだろうから、上手くいかないかもしれない。まあ、やってみる価値はあるだろう。
ちょっと投げやりな気持ちで、またスイッチを起動した。
やっぱりそれを合図にするみたいに、奴は現れる。変わらぬ足取り。動きを再生するロボットみたいだ。でもさっきの笑顔は無くなっている。よくわからない奴だ。人間味のない振る舞いと、人間味のある振る舞いとが入り乱れていて、少し歪だった。
──そういえば、こいつの名前は何だったかな。
連れていた黒猫が何度も名前を呼んでいたけど、きちんと聞いていなかった。聞いている場合じゃなかった、とも言うかもしれない。脳内で罵りたくても、名前がわからないんじゃ埒が明かない。
この後にでも、聞いてみようと思った。死ななかったら。
あいつは、ゆっくりと歩み寄ってくる。
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