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井見
2024-11-08 20:49:26
81646文字
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真Ⅲ二次
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【再録】レトロスペクト・フラクタル
真3マニクロ道中にあってほしい二人のやりとり短編集の再録です。
サイトにあげていた短編10本の改稿+新規書き下ろし3本が入っています。
出会いから別れまで。
*超力兵団の話や場所、人物がちょろっと出ます
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〝それ〟を初めて見た時の肌の粟立ちを、今でも覚えている。
人の身から悪魔に変成することは、珍しくはあれど、あり得ぬことではない。しかし多くの場合、人であったそれは魔の力に呑まれ、体はおぞましく歪み、精神は悲しく狂う。魔に墜ちるとはそういうことだった。
今回もまたその類だろうと、どこかたかを括っていた自分がいた。そう認めざるを得ない。
だがあれは、おかしい。おかしかったのだ。
生まれたばかりの悪魔は、定められた大層な名に似合わず、小さく、貧相で、細々としていた。全身を覆う刺青は怪しく発光し、頸からはまるで鬼の角を思わせる何かが生えている。さりとて肉体はさながら年若い人間、悪魔にしては貧弱すぎた。仲魔を喚ぶまでもなく、一太刀で葬ることができるだろう。驕りではなく、それは事実だった。あの悪魔の繰り出す魔法は弱々しく、口から漏れる炎は微風のよう。極低級の悪魔でしかない。
しかし、だ。〝あれ〟の持つ、単なる悪魔と違う大きな一点。
生まれた当初は、炎も氷も、魔法一つと覚えなかったはずなのだ。己の肉体のみを使って、敵に喰らいつく。それが精々。獣じみた戦い方が、気づけば自らの魔法で敵の弱点を狙うようになっている。
悪魔は時間に囚われず、ゆえに今だけに生きる。先ほどまで頷いていたことに、気が変われば怒り出す。人であれば他者や社会を恐れて抑えこむ情動も、悪魔は控えることをしない。巧みに人間に紛れ込む悪魔たちでも、その違いを乗り越えるのは難しい。
そして何よりも、悪魔が人と違うのは、成長しないということだ。確かに新しい技を編み出したり、魔力を練り上げたりと、変化は生じる。しかし銀氷族がその身に炎を宿すことはないように、それらは全て彼らの枠組みの中を出ない。
しかしあの悪魔は、変化していく。飲み込んだ魔の力を次々己のものとして、先程までとは全く違う悪魔に生まれ変わっていく。炎を吐いた口で氷を吐き、悪魔を光で滅したかと思えば、輝く天使たちを呪う。
生まれたての貧弱な悪魔。
未完成であるがゆえに、人のように無限に変化し広がっていく。
なるほど確かに、悪魔と断ずるのも正しくはないのだろう。
人に非ず、悪魔に非ず、ゆえに。
だから興味を抱くのは当然だった。依頼は調査と討伐だったが、後者の実行はひとまず保留とした。依頼は速やかに達成すべし、そんな言葉に背くのは許されないことだろうか。だが依頼主もまた腹に一物抱えているのであれば、こちらもそれ相応の対処をしてもいいだろう。などとそれらしい説得をしてみれば、ゴウトも一応の納得を示した。しかし彼は「あまり入れ込むな」とも言っていたので、きっと僕の思惑にも気づいていた。とはいえゴウトも内心は同じだったのだろう。
僕らは、それが、あの悪魔が、何をするのか見たかった。討伐などいつでもできる、そんな言い訳をして、彼を見ていた。これではあの老人と同じだった。だから全てが始まった病院を背にして去っていく彼を、僕らは何もせず見送った。
そして調査のために──いや、我慢ならなかったとも言えるか──一度簡単に手合わせをした。
彼は悪魔に囚われていた。しかし己の力を見せつけることで悪魔たちに認められたという。であれば、その力、確かめたいと思うことに何の異論があるだろう。
僕らは力こそ全てを謳う塔の麓で、彼の力を見た。彼の意志を見た。
彼の連れている仲魔たちは、姿を変えていた。彼自身の力も様変わりしていた。こちらも仲魔を出して戦いたくなるが、それは抑えた。あくまで調査であって、討伐ではない。仲魔は時たま技を使うために喚ぶに留めた。
彼は獣のように叫ぶ。空気が揺れて、気圧される。彼も力の差はわかっているだろう。だが、勝負を投げ出し背を向けることも、はたまた命乞いもしない。どうせ死ぬのなら、とでも言わんばかりに食らいついてくる。
この悪魔はもっと強くなるだろう。その直観に感じたのは焦りではなく、確かな高揚だった。
僕もまた、この世界の空気にあてられているのかも知れなかった。守るべき帝都は遥か彼方に、護るべき人間はすでに滅んだ。悪魔を屠り、従え、より強くなる。修験界を降りてゆく時に過ぎる修羅めいた思考が、この世界では色濃く浮き出る。
だから思わず、普段はしないような行動に出てしまう。挑発に乗った彼の、大ぶりになった拳には、もはや切れ味はなかった。
もしかしたら、悪魔たちもこうして僕を見ていたのだろうか。弱く、小さく、それでも必死に戦う様をあしらいながら、どこまで生きるのか試そうとする。高位の悪魔たちが僕へ向ける眼差しを、僕は彼に向けている。
僕の昂りを嘲笑うように、燭台の炎が揺れていた。
そして老人の課したメノラーを奪う殺し合いは、目論見通り彼を巻き込んだ。魔人は彼に襲いかかり、そして返り討ちに遭う。彼の手に集まった燭台は深淵へ捧げられ、より深きに続く道を開く。
しかし彼がメノラーに火を灯し続けるかは、彼の選択に任されている。我々はそのうちの一つを抱えたまま、深淵に広がる悪魔の巣窟を進みながら、彼を待つのだった。
『来ると思うか?』
いつだったか、ゴウトが僕にそう尋ねたのを思い出す。
僕は頷いていた。
彼は来る。何故だかそう確信していた。
命を狙い襲いかかってくる魔人を返り討ちにするのみならず、どこに潜んでいるかもわからぬ魔人を探し当て、燭台を奪うなど、物好きのすることだ。頼まれたからだ、巻き込まれたからだ、などという言い訳はもはや効かない。
集めたメノラーを灯せば、更なる螺旋が彼を歓迎するだろう。真相という餌につられて、果たしてこんなところまで堕ちてくるのか。
やはり僕は断言する。
彼は来る。来るだろう。
一戦交えたあの時の視線を、僕は忘れてはいない。刻印は朱殷に輝き、彼の命の僅かなのを示していたが、瞳に浮かぶのは恐れではなく、怒りだった。
試されるということは蓋し腹の立つことだ。頼んでもいないというのに、一方的に力を測られ、そして期待や失望が寄せられる。それをした張本人でありながら、僕は彼に同情している。
今や死を呼ぶ四騎士たちが、彼を見下ろし、見下し、嘲笑っていることだろう。ある者は彼に襲いかかり、ある者は彼を待つ。
定めしその血は疼くだろう。
そして怒りのままに全てを屠れば、手元には血に濡れた燭台が残る。後はそれをどうするか。どこかに放り投げでもするか。
推論の最後の根拠は、もし僕が彼の立場であれば─ということ。
……
とはいえ、意味の無い仮定か。
彼が来ないのであれば、とんだ無駄骨だ。それもまた、構わない。
途端、空気が変わった。
仲魔たちが俄かに騒めく。禍々しいとも違う、なにか異端の気配が、辺りに立ち込める。
それは扉の向こう。
四騎士の奪い去った燭台に、火が灯されたのだ。
この階層へ、彼が降りてくる。確かに、僕の胸は高鳴った。
『熱くなりすぎるなよ』
ゴウトが僕を嗜める。
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