井見
2024-11-08 20:49:26
81646文字
Public 真Ⅲ二次
 

【再録】レトロスペクト・フラクタル

真3マニクロ道中にあってほしい二人のやりとり短編集の再録です。
サイトにあげていた短編10本の改稿+新規書き下ろし3本が入っています。
出会いから別れまで。

*超力兵団の話や場所、人物がちょろっと出ます


ルックダウン


 彼は深淵へ降りてから、再び立ち止まった。もう答えは出ている、その筈なのに、彼は動かない。そうもなろう、と僕は思う。
 これから世界が危機に瀕するような一刻を争うものであればまだしも、彼が為すのはこの世界への決着だ。急かされる理由はなかった。この間に誰かが創世を為すのであれば話は別だが、彼はそうはならないと確信している。だから、彼は立ち止まる。
 果たしてカグツチの輝きが何度満ちただろうか。数えてはいたが、実際にどれくらいの時間を意味するのかは依然わからない。時間の感覚は溶け落ちて久しかった。彼とは昨日会ったようにも思うし、一年前から知っていたようにも感ずる。だがこの奇妙な関係にも、同じく終わりが近づいている。
 そして、とうとうその時が来た。
 彼がターミナルに触れ、別の場所に移動する時は、いつも僕らへの確認を取る。何処どこへ行こう、彼は常にそう言ってから転送される。
 しかし今、彼は何も言わなかった。僕らを振り返って、ターミナルに触れる。何を考えているかわからない視線は、彼の刻印に照らされて、青く輝いていた。そして僕らは、円で満たされた施設へと送られた。
 外に出でて、空を仰ぎ見る。
 目的地は、ボルテクス界の天はたった一つだ。カグツチへと続く塔は遥か高く、しかし有限だった。近くまで来ると尚わかる。異界とも違う閉塞感。この世界は閉ざされていた。
 そのカグツチが梯子を伸ばしたのは、本来オベリスクと呼ばれる摩天楼が築かれていた場所だった。その衝撃でオベリスク半分ほどが地に沈むだけでなく、大地は幾何学的に破壊され、塔の麓までが迷路のようになっている。入り口は目視できるのに、中々辿り着かなかった。空を飛んでゆこうとしても、不思議な力が僕らを地面に縫い付けていた。
 彼はまた似たようなところを彷徨う。ここは先程来た道だった。
 もどかしさに、僕はつい口を出してしまった。この道ではなく、先ほど別れたところを左へ。そして右、次も右だ。
 彼は迷路が苦手なのかもしれない。それか、この後に及んでもまだ二の足を踏み、遠回りを選んでいるのか。最後まで手出ししないよう努めているつもりではあったが、僕もはやる気持ちを抑えられないでいたらしい。何しろ大東京を薪にして行われる儀式が、いよいよ終焉に差し掛かっているのだ。
 流石に指摘を受ければ、彼も応じざるを得ないようだ。ようやく麓が近づく。間近から見れば絶壁のように佇むオベリスクに、僕らは足を踏み入れる。
 そしてここからがようやく入り口だ。オベリスクから、カグツチへと続く塔へ。
 その起点を前にして、彼は振り返った。
 僕は頷く。
 彼も頷いた。

 踏み込もうとする彼の背を追うと、意識はふっと暗くなり、気がつけば、赤黒く明滅する立方体に囲まれた場所に僕達はいた。厳粛な雰囲気には少し見覚えがあった。人智を超えた場所は、得てしてこのような外観を持つのかもしれない。あるいは脳の処理能力を超えた現象を前に、どうにか疲れ切った脳味噌がこんな景色を作り出しているのだろうか。
 しかし彼はこの内観よりも、自らに気を取られているようだった。わずかに俯いた顔で、彼は僕に尋ねる。
「ライドウ」
「何だ」
「何か聞こえたか?」
「いや」
……そうか」
 彼は何故か気落ちしたように僕を見ていた。大方考えていることは予想がつく。
 創世を為せるのは人間だけ。そしてこの肉体は、彼に比べれば人間と言えるが、この世界にはいないはずの存在ゆえか、創世などという事象に関与することはない。異世界に迷い込んだ人間は生霊のようなものだ。仮に創世に臨もうとも、招かれざる客に与えられる言葉は無いと知っていた。
 だから当然この世界に呑まれる時に彼が聞いたというカグツチの声も、僕には聞こえなかったし、今もまたそうだった。カグツチにとっては、僕よりも悪魔と化した彼の方が、ずっと『人間』なのだろう。
「おまえがコトワリを啓いたら、きっと協力してやるのに。
 どんなのだろうな。テイトのコトワリとかか」
「帝都二つは、守りきれないな」
 彼が珍しく軽口を叩くのは、彼の気が立っている証拠だった。しかし今は煌天にあらず、そもそもカグツチの明滅は彼にさほど影響を及ぼさない。とかくそのカグツチに何事かを言われたのだろうと察した。
 どんな言葉をかけようと逆撫でするだけだろう。何事かを言い出しそうなゴウトを抱え込んで、僕は先へ進む素振りを見せた。彼は大人しく従った。

 新たな世界の姿を唱える三人の人間それぞれに同調する悪魔が、この塔にはひしめいていた。しかし彼はどのコトワリにも手を伸ばすことはなかった。ゆえに塔へ至った彼を歓迎するのは、どの派閥に属する悪魔でもなく、そして当然人間でもなかった。
 人の形をとりながら、時折ぐらぐらと揺れる不安定な存在。マネカタと呼ばれる彼らは、新たな世界を創ることもできぬと知りながら、塔のそこかしこにいた。彼らはただ、この世界の成り行きを見守りたいがために来たのだ。それは僕も同じであったから、少し近しく感じた。
 マネカタ達は悪魔から逃げ延びつつも、着実に上へと登っているらしい。僕らでも少々手こずる悪魔たちを前に、なるほど中々に根性があった。この先に何々がいるだのと情報をくれるのもありがたい。しかし不思議に思うのは、彼らを蹂躙する存在と同じく悪魔である〝人修羅〟に、彼らが友好的に思えることだ。
「予々《かねがね》思うが、君は随分と彼らに好かれているな」
「好かれている?」
「彼らが君に向ける目は、この塔を彷徨う悪魔を見る目とは違う」
「ああ……まあ、マネカタたちを相手にする気はないしな」
 確かにそうだった。マネカタを見ても、彼は気一つ荒げない。もちろん今の彼にはただのマネカタが束になっても敵わないだろう。しかし力の差による余裕よりも、攻撃の意志が全く感じられなかった。
「感触が最悪なんだ。湿った泥が手にまとわりつくみたいな」
 彼は右手を握り込み、殴る振りをする。尋ねてもいないのに余計な説明をするのは、本心はそこにない証だ、と聞いたことがある。
「中身は泥でさ」
 知っている。泥を捏ねて人を創ったという話にも似た仕組みだ。
「でも血みたいなものが出るんだよな」
 それも知っている。マネカタたちが閉じ込められていた場所の床には、血痕めいたものがへばりついている。乾いてしまえば、赤黒い粉が残る。
 彼とマネカタとの間に何があったのか、経緯は聞き及んでいる。捕囚されたマネカタ達を救出したり、襲撃を受けるミフナシロに現れ、マネカタの叫びに応じたという。それも全部成り行きだ、と彼は乾いた声で笑っていた。

 と、叫び声が聞こえた。
 人の声だった。否、マネカタの声だ。
 声の方角を見やる。マネカタが悪魔の群れに襲われていた。
 あのマネカタ、戦うには極低級の悪魔が精々だ。この塔にいるような悪魔とは勝負にはならない。行われるのは蹂躙だ。
 弾丸を悪魔に撃ち込むか。しかしマネカタに当たってしまっては本末転倒、ならば一息に距離を詰めるか。
 ほんの僅かな逡巡の間に、空気がぴり、と音を立てた。
 彼の刺青が輝くと、数体の悪魔に稲妻が巡る。異常事態に気づいた悪魔たちが、マネカタからこちらに標的を変えた。
「あっちは頼む」
 彼はそれだけ言う。離れていろ、という意味だ。僕は頷いて、マネカタの方へと駆ける。助けようとして巻き込んではかなわない。そのマネカタを連れて、彼から少し距離を取る。
 悪魔が彼をみるみる取り囲んでいくが、彼は助けも呼ばない。その必要は無い。
 これから放たれるのは、最近身につけたという絶技だ。
 彼は人とそう変わらない華奢な足を踏み締める。すると彼の刺青が妖しく光を帯びる。それは、彼の魔の力が解き放たれる証。彼を知る悪魔なら身構えるだろう。彼を知らぬ悪魔なら唖然とするだろう。呼吸一つ分の時間が許される。
 僕は刀を握りしめた。この距離なら安全だが、万一のこともある。それほどに彼の力は成長著しい。

 ‪‪そして、大気が、大地が割れた。‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬

 雄叫びにも似た衝撃、獣を思わせる轟。それがこの人程の小さな体から放たれたのだ。
 否、実際には割れてはいない、割れるほどの重圧が敵を呑み込み、一点に押し潰す。小細工は無い、只々押し付けられる力の奔流。特殊な在り方をする悪魔でなければ、逃れる術は無い。
 悪魔達はたちどころに塵となる。くきゃ、と肉の崩れる音に、マネカタの小さな悲鳴が重なった。
『見事、というべきか。なんとも荒々しいが』
 足元で事の成り行きを見守っていたゴウトが、ため息をついた。ゴウトが気がかりなのは体力のことだろう。あの大技は消耗が激しい。見極めを誤れば、一気に劣勢に立たされる。
 例えば彼の眼前、稀にいる丈夫な悪魔。あの技を受け、血を吐きつつもなお肉体をどうにか保っている。窮鼠猫を噛むとも言う、最後の命の使い所は、体力の減った彼への強襲らしい。
 彼は口から溢れた血を拭いながら、その悪魔を、それから僕を一瞥する。
 言葉は無いが、そこにあるのは「やれ」という言伝だ。

 ‪‪‪‪──これでは、どちらが仲魔かわからないな。‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬
 取り出した銃で悪魔を狙う。撃ち込むのは三発、それで十分。
 悪魔が痛みと戸惑いにたじろぐ。踏み締めるのも三歩、それで十分。
 距離を詰めれば、ちょうど悪魔が僕へ大爪を振りかぶる。手本のような隙である。
 刀を突き刺す。狙いは一点、心の臓。そこから振り下ろせば、悪魔は二つに裂ける。
 マガツヒのような赤い霧が、空気に溶けていった。
「助かった」
 彼は、自らの魔力で体力を回復させながらそんなことを言ってのける。自分だけで対応しようと思えばできたはずだ。
『あまり、感心はせんな。
 やはりあの技は隙が多過ぎる』
 ゴウトは、先程は褒めてもいた口で、懸念を示した。何かを教えたがる癖に火が付いている。
「その時はライドウがいるだろ。今もそうだ。大勢をある程度減らすところまではこっちがやる。後の残りはライドウが確実に仕留める。適材適所だよ」
『ライドウが動けぬ時はどうする?』
「他にも仲魔はいる。今は呼ばなかったけど。
 最悪、二、三回もかませば大体死ぬだろ」
 その時は彼も死に体である。あの体力の消耗を見るに、二回が限度だ。刻印の輝きが赤くなるのを何度も見ている。とはいえ喚び出した仲魔に回復をさせ続ければ、彼は何度でもあの大技を使うだろう。
 ゴウトは顔を顰めていた。定めし死にさえしなければよいという彼の戦い方が気に食わない、好意的に表せば「心配」なのだろう。自ら命を削ることが常態化すれば、いずれ加減を見誤る。そう言いたいのだろうが、相手の肉体は脆い人間のそれではない。それをわかっているからこその、渋い表情だ。
「あの技は二度までにしておけ。不必要に暴れれば余計な敵を呼ぶ」
 ゴウトの手前、せめて、の線引きを提示する。
「経験則か?」
「悪魔は同胞の血に滾るからな」
「ライドウも結構、その気があると思うよ」
「仲魔が傷つくとどうもな。頭に血が上る」
 少し冷静を欠くきらいがあるのは自覚していた。だから不用意に管から出すことは控えている。だが、目の前の仲魔だけは、傷ついたからといって管には収められないのだ。仮に死んでしまっても悪魔なら蘇生もできよう、しかしこの男は本質的には異なる存在だ。一度死すれば、蘇生の魔術を持ってしても、人と同じく、息を吹き返すことはないだろう。試してみることもできやしない。
 僕の言外のメッセージが、彼に伝わったかは知らない。
 それよりも、僕らに視線を送る者に意識を向けねばならなかった。
「あの……
 先程悪魔に囲われていたマネカタが、おずおずと近寄ってくる。
「助かりました。ありがとうございます。
 アナタは……もしかして、ヒトシュラさんですよね?」
 マネカタは人修羅の言葉に合わせて、ぐらりと左右に大きく揺れた。虚な瞳は心なしか輝いている。やはりマネカタにとって、とくべつ〝人修羅〟は有名らしい。
「ああ……まあ、そうです」
「やっぱり! 一度見かけました。アサクサの街で。
 アナタも、やっぱり創世に?」
「いや……わからない。来てみただけかも」
「そうなんですね。
 ……もしかして、ヨスガに賛同しますか?」
「それはない。今更だ。それに、もう向こうに見切りをつけられているし」
「そうですか。ワタシにはわかりませんが……
 ここに来るまでに、シジマの人がいなくなったと聞きました。
 ということは、アナタはムスビに賛同を?」
……それもない。理由は同じだ」
「そうなんですね。じゃあ、ボクらと一緒だ。
 でも思うんですが、もしヨスガとムスビが共倒れなどになったら、どうなるんでしょう。コトワリが無くなってしまえば、創世も起こらないんでしょうか?」
「だろうな。創世できるのは人間だけだから」
「ああ、なら、アナタは創世をされるんですか?」
 マネカタが、ぐらぐらと揺れながら言う。同じ問を繰り返すのは機械仕掛けのようだ。
 なんと答えるのだろうと彼を見つめていると、「するのか、創世?」と聞かれた。
「自分に聞いていたのか」
 会話から自分の存在を外していたので、少し驚いた。問いを繰り返していたわけではなかったらしい。
「ええ。人間に見えたので。悪魔でしたか? すみません、そうですよね。この方と一緒にいるんだから」
「悪魔ではないが……創世はしない」
「そうですか。じゃあ、これからどうなるんでしょうね。ヨスガの世界が創られるのかな」
「さあ。貴方は、どうするんだ」
「ワタシですか? ワタシは、何も。
 アサクサが襲われた時も、真っ先に地下道へ逃げたワタシです。せっかくだから、と来てみましたが、創世に参加する気があるわけでもありません。できようもありませんが」
「せっかく、で悪魔に襲われるやもしれない」
「もちろん襲われるのはイヤですよ。でも、ほら、自分のいる世界がどうなるか、気になりませんか?」
……見上げるだけで、満足なのか」
 徐に口を挟むのは彼だ。いつもと変わらぬ静かな表情、だがその声は響くように低かった。
 マネカタはなめらかに答える。
「マンゾク、でもありません。満ち足りているとは感じません。むしろ、慌てているかもしれません。
 あたらしい世界が創られるなら、この世界は終わるんだと思います。でも地下道では、カグツチは見えないでしょう。知らない内にこの世界が終わるのは、味気ないとは思いませんか? せっかくボクら、ここにいるんですから」
……
 彼が黙ってしまうので、僕も黙るしかなかった。
 マネカタは、返答を待つのでもなく、ただそこにあるように、絡繰のような肉体をぐらりと揺らした。表情は無い。彼らの体は肉ではないから、表情は形作られない。
 不思議な沈黙があった。
 この世界に無関係の僕に語るべき言葉は無い。そしてこの世界に生きるマネカタは自らを告げた。話すべきことが残っているのなら、それは彼の言葉の外に無い。だが、彼がそれを話す必要も無い。
 やがて、彼は口を開いた。話すことを選んだ。
「終わりは、たぶん来る。そう遅くはない。
 だから急いで上った方がいい」
 なるべく高くへ。カグツチの側まで。
 呟く彼はマネカタを見てはいなかった。視線を右に逸らして、空を見つめていた。マネカタに送る言葉ではなく、自らへ向けた言葉だった。
 そして小さく息を吸い込んで、目を閉じる。吐いた空気と共に、再び凪いだ相貌を取り戻す。その一瞬が、僕にはとても永く思われた。彼の一挙一動が拡大される。時間の感覚は、やはり溶け落ちていた。
 マネカタが頷いて、僕の注意は戻る。
「そうですよね。ワタシも、そう思います。
 ありがとうございます」
 このマネカタが何を感じたのかはわからない。表情も動きも均一で、心一つ乱れた様子はない。マネカタにとっても、予感される言葉だったのかもしれない。
 この世界のために元の世界が死に絶えたように、もしも新たな世界が創られるなら、この世界もまた役目を終えるだろう。あるいはただ、滅びが訪れるだけか。それはわからない。
 深淵へ下った彼が選ぶのは、この円環の収束だろうか。それもわからない。
 結局のところ、何故彼が深淵へ下ったのか、理由は聞いていなかったし、聞かされてもいなかった。思い詰めていたようだったのに、あの選択を終えた彼はからりとしている。彼なりの納得があったのであれば、どんな選択でもよいと思った。
 あれから、僕の意志は変わらない。他ならぬ〝彼〟が、この塔で選ぶその時を、僕は見届けたい。
 マネカタに別れを告げ、再び先へ進まんとする彼を、僕は追いかけた。

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