井見
2024-11-08 20:49:26
81646文字
Public 真Ⅲ二次
 

【再録】レトロスペクト・フラクタル

真3マニクロ道中にあってほしい二人のやりとり短編集の再録です。
サイトにあげていた短編10本の改稿+新規書き下ろし3本が入っています。
出会いから別れまで。

*超力兵団の話や場所、人物がちょろっと出ます

 僕はきっと、何度でも、思い出すだろう。


 旅は道連れとは言うが、まさかこの男が連れになるとは思っていなかった。
 時代錯誤にも見える古めかしい学ランに、姿を包む黒マント。葛葉ライドウ、と彼は名乗る。その名前もまた古っぽく、聞けば本当に大正の時代を生きる人物らしい。いつだったか、コスプレというやつかと思った、などと言ってみると、彼は「こすぷれ」と小さく復唱した。初めて聞く言葉だ、と顔に書いてあったので、多分嘘はついていない。
 そして腰に下げられた、物々しい銃と剣。かつてその武器は自身に向けられたものだったが、今やどちらも目の前に立ち塞がる悪魔たちへと狙いを定めている。無防備な背は僕に預けられているのだから、ずいぶんと不思議な感覚だ。
 現れた悪魔の群れをあらかたなぎ倒した後、最後に残った悪魔はあろうことかライドウに牙を剥いた。それを彼は容赦なく三度斬り捨てた。そしてヨシツネと呼ばれる悪魔‪‪‪─それは歴史上の人物の名ではなかったかと思ったが、そういうこともあるのだろう─を呼び出して、とどめの一閃。‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬
 戦闘の終了を確認して、彼は血振りをする。悪魔の血がびたびたと地面に落ちるが、彼は当然慣れていた。
 召喚されたヨシツネとやらも、もはや顔馴染みだ。古い武士のような格好をした、ライドウにも似た鋭利な美形。彼はライドウと一言二言会話を交わし、僕に軽く手を振ると、ライドウの胸の、試験管のような細いなにかに帰っていった。
 胸のベルトに八つ下げられたその管は、悪魔の召喚に使うらしい。ライドウがそれを引き抜き、力を込めると、どこからか悪魔たちが現れる。人間のまま悪魔を従えるための道具なのだろうが、悪魔たちは無理やり従わされているわけでもないようで、見る限り彼に好意的だ。
 ヨシツネを収めた管は、淡い緑色の光をちらちらと残して、やがてただの管になる。僕には八つの違いがわからないが、ライドウにはもちろんわかるのだろう。彼は壊れ物に触れるような、愛おしむ手つきで、管をそうっと胸のベルトに収めた。
 人でありながら、悪魔と共に生きる者、デビルサマナー。僕の知らない生き方だ。
 僕の視線に気づいている彼は、先を促すように、こくりと頷いた。

 *

 三つのタカラを手にして、後は最上階へ上るだけだった。
 僕はまたもや二の足を踏んでいた。
 カグツチに会うために必要だというタカラが、すべてこの手にある以上、他の誰にも創世を為すことはできない。そしてこの世界にコトワリを持つ人間はもういない。
 だから急ぐ必要も、理由もなかった。
 ……違う。
 塔のてっぺんが見えたのが、嫌だった。
 これを上ったら全部が終わりだ。そう思った。ゲームオーバー。エンディング。ゲームセットはどこにもない。
 でもエンドクレジットを見るのは、もう少しだけ後がいい。
 僕はそんなわがままを振りかざして、また彼を連れ回した。行くべき場所なんてとうに行き尽くしているのに、同じところをフラフラと回った。彼らは文句一つ言わなかった。
 彼の感傷は僕を苛立たせたし、彼の感傷が僕を慰めた。
 もう充分だった。
 僕はようやく、塔を上り切ることを決めた。
 最奥には思念体が浮かんでいた。求めるものはこの先だ、と指し示す。
 そこは首が取れそうなほど高くまで、一息に上る昇降台が鎮座する空間。立方体がぐるりとねじれるように連なって、遥か彼方まで続いている。
 同じような空間は何度かあった。しかしここは、天井が光だった。だから、ここが最後だった。
 昇降台へ踏み出そうとすると、どこぞに潜んでいた悪魔たちが襲いかかってきたのだが、特に苦戦もない。全ては今更で、まるで最後の抵抗のようだった。もう意味は無いのに。
 悪魔の死骸はいつものように霧散していった。道が塞がれないからありがたい。なぜか残っている血溜まりを踏み越えて、昇降台へようやく乗り込むと、独特の浮遊感とともに、僕らは上へ上へとのぼった。
 そしてふっと足元が揺れて、停止した。
 明滅を繰り返すカグツチの、まばゆいばかりの輝きが、頭上のすぐそこにあった。
 最奥には何かを納めるような祭壇が三つ。悪魔は一匹も見当たらない。
 荘厳な雰囲気に、ここが終着点だとわかった。
 
 カグツチの塔の最上階。
 全てはここに来るまでの物語。
 
 僕の心は、予想していたものと違った。
 喜びがなかった。
 悲しみもなかった。
 ようやく辿り着いたという達成感すらなかった。
 
 思ったのは、ずいぶん遠いところまで来てしまったな、ということだけだった。
 
 ‪‪‪──ふと、足が止まる。‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬

 視界の端に、赤い輝きが見えた。ターミナルがあることを示す印だ。祭壇から目を逸らして、ターミナルの方へと向かった。
 扉を開けば、大きな缶みたいなものが入っている。一度触れてから、壁を背にしてずるずると腰を下ろした。付いてきていたライドウも何も言わずに倣って、その場に座り込んだ。
 ターミナルのある場所で休憩を挟むのが、僕たちの不文律になっていた。
 会話はない。人のことを言える立場ではないが、彼は口数が少ない。表情にも乏しいので、人形のようにすら見える。しかしずっと連れ立っていると、小さな違いにも気づけるようになった。喜んでいたり、がっかりしていたり。感情がないわけじゃない。感情を隠しているのとも違う。表現することに慣れていない、それが一番近い印象だ。……なんて、いつも表情が薄いと言われる僕に考えられても、余計なお世話だと言うだろうが。
 そして今の彼は、というと、上ってきた足場から祭壇までをじっと見回している。
 考えていることはおそらく、周りに悪魔の気配一つ無いので少し安心だな、という感じだ。なぜわかるかというと、僕も同じことを考えているからだった。
 昇降台の付近にすら悪魔が出没するのだから、ここにだって敵が出てきてもおかしくないはずなのに、不自然なほど誰も、何もない。カグツチだけが浮いている。
 僕は目を閉じた。
 しんと静まり返った沈黙は、どこか不気味で、それでも少しだけ心地良かった。
 そして同時にそれは、あの病院を思い出させる。全ての起点、この世界のはじまり。僕という存在が生まれた場所。
 ‪‪─きみは、アクマになるんだ。‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬
 霞む視界の中で、金髪のこどもがそう言っていた気がする。
 もうずっとずっと、昔のことのように感じた。

 *

 与えられた悪魔の肉体は、人間とはやはり違った。人間の体なら口から炎は出ないし、手から光弾も出ない。しかしそれよりも、もっと根本的な違いがあった。
 眠くならない。
 丸くなった世界には朝も夜もなく、カグツチの明滅だけがかろうじて時間の経過を表す。だが明滅のいくつ分がかつての一日を指すのかわからない。だからこの体とともに病院で目覚めてから、いったいどれだけの時間が経ったのかは知らない。少なくとも、それから一睡もしていないことは確かだった。
 いつだったか、ピクシーに尋ねたことがある。悪魔は眠らないのか、と。すると彼女は「眠りたいの?」と答えた。眠りたいと思ったら眠る。眠りたくなかったら、眠らない。悪魔にとって睡眠は、やらなければならないことではなく、やりたいと思うことの一つに過ぎないらしかった。

 だから今の今まで、自分でも忘れていた。
 僕はいい。だが、人間は眠らなければならない。
 そして、まるで付き従うように、淡々と後ろを歩いてきたこの男は、そういえば人間じゃないだろうか。
 アマラ深界の奥深くで共に行くことを選んでから、彼はずっと僕に付いてきている。あっちへこっちへ行きながら、時々ターミナルのある場所で小休止を挟んでいても、横になって眠ったりしているところは見たことがない。ぱたりと座っている間も、いつでも刀か銃を引き抜けるように、手が添えられている。完全に気を抜いていることがない。
 この世界はおかしいから、人間であっても眠くならないのかもしれない。時間の感覚も体の感覚も曖昧だ。
 しかし、と思う。どうせ最後になるだろうから、今のうちに聞いておく。
「ライドウは、眠らなくていいのか?」
 返答の代わりに彼は、ぱちくりと三度瞬いた。僕が突然口を開いたから、驚いたのだろうか。
「ずっと戦い続けている。さすがに疲れただろ」
 簡単に付け加えても、彼はもう一度瞬くだけだった。返答を思案しているようだ。
『〝人修羅〟に心配されるとはな、ライドウ?』
 彼の足元から、するりと黒猫が現れる。ゴウトと呼ばれる彼はいつも彼の側に控えている。お目付役とは説明されたが、実際は保護者みたいだった。
『確かに、休むにはここ以上の場所はなかろうよ。
 この禍々しくも神聖な場に立ち入る〝悪魔〟など、うぬくらいのものだろうからな』
 大きな緑色の瞳が細められる。強調された言葉の真意は見えない。
「一応、見張りならしておく。
 ……信用できないと言われたら、それまでだけど」
 そう言うと、返ってくるのは「にゃあ」とため息のような一鳴き。そして二人は目線を交わし合って、なぜか示し合わせるように頷いた。
 ライドウは小さく口を開く。
「慣れている。眠る必要は無い」
 端的な拒絶。まあ、そうだろうな、と思う。こいつは人間であっても、ただの人間じゃない。
「そう。でも無理するなよ」
 一応付け加えてはみるが、ゴウトが否定しないあたり、本当に大丈夫なんだろう。
 ならもうそろそろ行こうか、と立ち上がろうとすると、それより早くライドウがすっくと目の前に立った。というより、立ち塞がるようだった。
「忘れものか?」
 間抜けな問いが口をつく。
 ライドウは僕を見下ろしたまま、首元のマントに触れる。それをばさりと解くと、体に触れる方を上向きにして、僕の目の前に大きく広げた。裏地の紫色はライドウの唯一の色だ。簡易的な敷布団のようになる。
 やっぱり寝るのか。その方がいいだろう。休めるうちに休んだ方がいい。
 しかしライドウは寝転ぶ素振りを見せず、変わらずに僕を見下ろし続けた。
 マントや装備を除けば、彼が着ているのは学生服で、多分同い年くらいなのだろうな、などとぼんやり思う。帽子の鍔に隠れがちな彼のひんやりとした目も、立つ彼を座って見上げる今ならよく見えた。
 そのままたっぷり三秒くらいの沈黙が過ぎた。寝ないのか、と首を傾げると、ライドウは突然腰を低くして、座る僕の腕を掴んだ。ぐい、と引き上げられて、僕は中腰になる。途端ライドウは腕を離し、僕を軽く小突いた。バランスを崩した僕の体は、地面に引かれたマントの上に吸い込まれた。
「急になんだよ」
 短く抗議すると、彼は、
「寝ろ」
 とだけ告げる。
……悪魔は、眠らなくていいんだ」
 だから必要ない、と僕は先ほどのライドウのように拒否する。起き上がろうとしたが、立てないよう鳩尾のあたりを刀の鞘で器用に突かれた。
「眠れないわけではないのだろう。
 なら眠るべきだ」
 強情だ。これと決めたら譲らない。
 仲魔にならないか、と言われた時もそうだった。断っても、二人はずっと待っていた。
「眠くないんだ」
『眠れずとも、目を閉じ横たわるだけでも十分。うぬはそれすらしておらぬだろう?』
「それは、確かに」
 一度も体を横たえたことはない。敵の呪文か何かで無理やり眠らされた時も、その場に座り込むのがせいぜいだ。無防備に横になれるほど安全な場所はなかった。というより、そんな発想がなかった。
 魔法があれば傷は癒えるし、呪われれば泉の女が治してくれる。残るのは痛みだけで、それは足を止める理由にはならなかった。
 ライドウはその場にどっしりと腰を下ろした。すぐにでも僕に触れられる距離だ。立ちあがる気ならまた倒すつもりだろう。
 そしてとどめに、こうすれば起き上がれまい、とでも言うように、じっと見つめてくる。
 ‪‪──真っ直ぐな瞳だ。‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬
 彼の視線は澄んでいる。それが僕にはむず痒い。責め立てられるような気さえする。彼にそんなつもりがないことなんて、分かっているのに。
 それはたぶん、彼がしっかりとした自分を持っているからだろう。なんのために戦うのか。なんのために力を持っているのか。自分の答えを、彼は持っている。
 ふらふらとボルテクス界を右往左往してきた僕とは違って、きっと彼なら、創世なんてすぐにしてしまっていただろうか。
「わかった。言う通りにするよ」
 僕は大人しく、地面に体重を預けた。そうでもしないとライドウはてこでも動かないように思えた。それに彼の視線から、少しでもはやく逃れたかった。
 彼は普段より少し大きく頷くと、余っている外套の裾を僕に被せた。
「見張りならしておこう。
 信用できないと言われれば、それまでだが」
 さっきと同じような言葉をくるりと返されて、僕は思わず笑った。
……それは、心強いな」
 そう返せば、ライドウはほんの少しだけ、微笑んだように見えた。気のせいか。
 僕は目を閉じて、息を深く吸う。そしてゆっくりと吐く。魔力は込めないただの深呼吸も、もしかしたら病院で目覚めて以来かもしれない。
 何度か繰り返していると、体がだんだんと地面に縫い付けられていく。誰かに何かをされたわけじゃない。ただ、重くて、動かない。何をするのも気怠くて、指の先から温かい。
 
 そういえば、眠るって、こんな感じだったな。
 ずっと忘れていた。
 たくさんのことを忘れていた。
 思い出してしまいそうだった。
 思い出したくなかった。
 
 意識が遠のく直前に、そんなことを思った。

コメントなど👏:Wavebox