終わりなき夜が明ける日

新刊「馬子の背骨に触れるものには」から抜粋してお届けします。よかったらCC福岡おいでませ。マリンメッセで会いましょう。
再録の再録みたいなところがありますが、前べったーに載せていたものに加筆修正を加えて本に収めました。ハイドノーブル家の終わりと夜明けの話です。



「そういえばワトソン先生、この間の事なんですけど」

 ホワイトチャペルは昼間だというのに薄暗く、不気味な雰囲気に支配されている。
 その雰囲気を醸造する中心は、黒い巨大な烏のような獣。
 ――ナイトゴーントである。
 バレルは地面で黙しているそれを見下ろしながら、遺体を調べているワトソンに話しかけた。
……死傷者がロジェールマーニュの部下以外いなかったんでしょう?」
「はい。でもやっぱりこいつら外に出てたんですね」
 バレルはそっとナイトゴーントの死体に近づき、ぼろぼろの翼から抜け落ちた羽根を拾った。
 黒よりも黒く、光を反射することさえない深い闇が広がっている。
「母体たるハイドノーブルがいないから増える事は無いけど、ロンドンの影に潜んで妙な事件を起こすでしょうね」 ワトソンは血の飛んだメガネを軽く拭いて、
「碌でもないプレゼントを残してくれて、あの牝。……被害者の遺体は神秘管理局に引き渡して、厳重に処理するように伝えて。この遺体から神秘汚染が広がる可能性があるわ」
「わかりました」 バレルはそそくさと知り合いの神秘秘匿執行官へ連絡した。
「十分くらいで来るそうです」
 ワトソンは黒いコートを脱いで遺体に被せ、聞こえないぐらいの声で何かを呟く。即座にコートは形を変えて遺体を収容する袋に変化した。
「これから……ロジェールマーニュたちはどうなるんでしょう」
「異端審問にかけられる。形式的になるでしょうね。どう考えても個人で負える責任の範疇外で無罪よ。遅かれ早かれハイドノーブルはああなって……もしもロジェールマーニュたちがあれを殺す決断をしていなければロンドンはおろか、ブリテン島全土が灰燼と化していたかもしれない」 双方の遺体を収容していく執行官たちを見つめながらワトソンは呟いた。
「何がハイドノーブル暗殺決行への決め手になったかは知らないけど、ロジェールマーニュは前当主より肝が据わっているわね」
「ワトソン先生、なんかスカッとしてます?」 バレルは恐る恐る聞いた。
「スカッとはしてない。……でもこれで漸く終わった。……ハイドノーブル家が背負い続けた三千年分の呪い。始まりの女王が生み出した呪い。その呪いを増幅させ、最終的には始まりの女王と同格の存在を生み出すための近親交配。まあ、彼女には別の思惑があったと思うけど……
 そしてその果てに生まれた呪いの女王たるギネヴィア・ハイドノーブルが死んだならば、その呪いも共に消える。……ただナイトゴーントがいるから、全部始末すれば、の話」
 ワトソンはそう言って杖を軽く構えた。もう一体潜んでいたのかとバレルは拳銃を取り出す。一応銃火器類は効くようだった。

『波間に漂い、憂世へ消えよ』

 青い光がワトソンを包む。杖から生み出された液体金属製の劔が一直線にナイトゴーントを刺し 貫いた。じゅわ、と音を立てて肉体が瓦解し泡となって消えていく。
「これぐらいわかりやすく襲ってくれれば楽なのだけど」
「意外と知能が高い個体多いですよね。人に化けたりとか」
「そうね……まあ、一体ずつ潰していくしかないわ。ものすごく不本意だけど。ものすごく、不本意だけれど。ナイトゴーント関連の事件が疑わしければ持ってきなさい。下手な秘匿執行官が対応して神秘汚染が拡散したら厄介だから。面倒事が増えるから」
 ワトソンはバレルを睨みつけてそんな事を言った。
 珍しく、今日のロンドンは快晴である。