終わりなき夜が明ける日

新刊「馬子の背骨に触れるものには」から抜粋してお届けします。よかったらCC福岡おいでませ。マリンメッセで会いましょう。
再録の再録みたいなところがありますが、前べったーに載せていたものに加筆修正を加えて本に収めました。ハイドノーブル家の終わりと夜明けの話です。



――後日


 目が覚めた時、病院の天井を僕はぼんやりと見つめていた。
 何があったのか、どうしてここにいるのか、ナイトゴーント。竜。ハイドノーブル暗殺。記憶が混濁している。
 そうだ――后子は。アルナイルは。あの後神秘管理局の秘匿執行官に運ばれていったのは視界の端で見ていた。僕は鉛のように重い肉体を起こそうと、腕で体を持ち上げて周囲を確認する。

「駄目でしょう! まだ動かないで!」
「キャッツ……」 妻のメイビーキャッツが僕を制止してベッドへ押し戻した。
「ごめん」
「謝って欲しいんじゃありません。今はただ、その。安静にしていて欲しいだけよ」
……その。アルナイルは?」
「アルナイルは……。モリアーティは、魔女としての権能をほぼ失いました。でも魔術師としては全く問題ないそうよ。あと、左腕が魔力をぶつけ合ったせいで炭化していて、肩から切断となったわ」
「そう。生きてはいるんだね」 僕は瞼を閉じた。キャッツには悪いが今は少し安堵に浸っていたかった。
「二人はどうしてる?」
「スコッチとエイダはかすり傷程度の軽傷。貴方とアルナイルが一番重傷よ」
……エイダ、一回腹貫かれてるはずなんだけどな……
 ワトソンの治癒魔術(というか、あれはもう奇跡の分野だろう)がすこぶる効いたらしい。僕はベッドのリクライニング機能を使って少し体を起こした。
「アスコットは何も起きなかった?」
「天気が悪かった程度よ。随分大荒れだったわ」
「やっぱり出たんだね。ナイトゴーント」 僕はその言い回しに何となく納得してしまった。
……ごめん。詰めが甘かった。僕のしたことは更なる殺戮を生んだだけで、何一つ事態をいい方向になんて導けなかったよ」
「聞いて、ロジェ」 キャッツは改まって僕の方をじっと見た。
「ロンドンは幻想領域に上書きされ、大変な事になっていたと聞いているけど、犠牲者は誰一人出ていないのよ」
「え?」
 僕は呆けた声を出す。犠牲者がいない? そんなバカな。僕は人がナイトゴーントに喰われているのを見た。
「ハイドノーブルが展開していた幻想領域の影響で、精神に変調をきたしている方は少なくないようだけど……でも誰も死ななかった。ハイドノーブルもまた、彼女なりに国民を想っていたのかもしれないわ。そのやり方が大いにまずかったけど」
「僕らは現実とは異なる次元に放り込まれていた、もしくは現実を歪曲して認識していた……ということなのかな」 僕はキャッツに問いかける。キャッツは軽く頷いて、
「そうみたい。まずケンジントン宮殿の真下にあったあの地下庭園そのものが、ハイドノーブルの奇跡によって生み出された幻想領域の一種だった」
 キャッツはベッド脇のキャビネットの上に置かれていた、神秘管理局の報告書に目を通しながら言った。
「実際あの地下には何もなかったそうです。真下には電気設備や地下鉄なんかがあるだけで、そんな巨大な空間は存在していなかった……これは禁書官たちや魔術師も入れた大規模な調査の結果だから、信憑性は高いと思うわ」
「そう」 彼女はすでに己の生み出した幻想の中でしか生きられず、現実世界に干渉する方法は胎内から溢れ出た、あのナイトゴーントの群れ以外に持ち合わせていなかったのかもしれない。
「まあ……誰も死んでないなら、いいや。後の事は後で考えるよ」
「是非そうして頂戴。今はとにかく休んで。あなた、肋が四本も折れていたのよ?」 キャッツはそう言って僕の耳を軽く引っ張った。

……生きていてくれてよかったわ」