racmon
2024-05-30 18:47:36
30891文字
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既刊『阿吽の呼吸』全文web再録

「コンビ時代の2人、ささろ未満」
3年前に出した本のほぼ全文web再録です。
まだとらさんに在庫はありますが、かなり経つので投稿します。
これをお読みいただいて気になったかたは、本の方もよろしくお願いします!

2025.2.6 追記
最後のところまで全文載せました。
ヒプムビ公開おめでとう!ささろをよろしくお願いします!



  ◇  ◇  ◇


「なンしてんねーん。はよー」
 簓は額を擦り付ける勢いで自動販売機を凝視していた。目当てのものがここ数週間、ない。穴場と思っていたが、油断していた。急かす盧笙の呼びかけを無視し続けていると、ドスドスと足音が近づいてくる。
「おい!」
「アイタァッ!」
 ぺしりと頭を叩かれ、痛くもないのに簓は大袈裟に声を上げた。理由は、その方がよりコミカルだからだ。
「なンしてんねんて」
「俺のクリームソーダ、最近ずっとあれへんねん」
「いつものサテン行ったらええがな」
 そわそわと落ち着かない盧笙は「ちゅうか別にお前だけのもんちゃうやろ」とすぐに踵を返した。大股で歩き出す盧笙の後ろを簓は慌てて追う。若干の歩幅の差に悔しい思いをしつつも、小走りでその距離を縮めた。
「分かってへんなあ、盧笙。俺はな、そのうち2,500円のクリームソーダやないと満足せえへん舌になってまうねん。安モンの味の良さが分かるうちに飲んどかなあかんねん」
「なんや、富豪にでもなるんか」
「うん、もうほぼ富豪!」
 簓はやっとの思いで盧笙に追いついた。早いスピードで当たる風に、顔全体ががかじかむ。盧笙も鼻を赤くして、目は少し潤んでいた。
「俺ぁ正月にハワイ行くような、ンなチンケな遊び方せんから」
「いろんな人に怒られてまえ」
「なんと、世界各国のクリームソーダを飲み比べするだけの旅行や」
「おおそら贅沢やな」
「他人事ちゃうでろしょ! お前も一緒にプリン食うの! いや、この場合プディングになんのんか?」
「俺もおるんかーい」
 簓としてはおかしなことを言ったつもりはなかった。その旅行プラン自体は突飛だとしても、盧笙と共に飛び回ることは決定事項だ。一人で行ってもつまらないし、そうなると相方を連れて行くのがベストな選択で間違いない。冗談として受け止めて笑う盧笙を、簓はどうにかしてその気にさせなければと思った。
「あったり前やん! お前が見たい観光地ももちろん付き合うし!」
「ありがとうな。ほな真実の口にでも行って、俺のラジコン壊した奴の名前でも吐かせよか」
「よし、大阪食い倒れツアーでまけといたろ」
「今日にでも行けるやないかそんなもん」
 赤になった信号に、二人の歩みが止まる。
「ところがどっこい」
「行かれへんねんなあ」
 簓と盧笙はいま、新大阪駅に向かっていた。東京での仕事が突然舞い込んできたのだ。とは言っても、今回は先輩芸人の代役。ほとんどノープランで踏み入れるどついたれ本舗未開の地には、なんの基盤もありはしない。体の震えを寒さのせいにすることで、簓はなんとか平常心を保った。
「まあこんなチャンス、二度とないかもしれんしな。やれることやるだけや」
「急過ぎてもうよう分からんけど、とりあえず行くしかないしな」
 信号が青に変わり、二人はまた走り出す。
「万一、ドンズベりしたら、鶏でも食お!」
「なんで鶏やねん!」
「悲しかった出来事を消し去るイベントが今年もやってくるからやあ!」
「ほなあのでっかいバケツにのんにしたろ!」
 ふぅ、と白い息が二つ、駅の看板に靄をかけた。簓は脇腹を押さえて、盧笙の肩に手をかける。呼吸を整える簓のその手をポンポンと叩いた盧笙は落ち着いていた。
「ま、こんだけ喋れてたら大丈夫やろ」
「クリソプリン、世界制覇も、はぁ、夢やないな……
 盧笙が「アホか」と一歩踏み出した。
「まず東京のクリソから飲み尽くさんかい」
 簓を振り返ったその表情は闘志に燃えていた。
「おう! せやな!」
 二時間半後には、誰も二人を知らない街にいる。そこでも真っ直ぐに立てると確信していた。——俺たちは面白い。それは根拠のない自信などではない。簓がボケて盧笙がツッコむ、ただそれだけを見せればいい。簓は乗り込んだ車内で温まった体が、己の才能と未来への期待で武者振るいするのを感じた。