racmon
2024-05-30 18:47:36
30891文字
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既刊『阿吽の呼吸』全文web再録

「コンビ時代の2人、ささろ未満」
3年前に出した本のほぼ全文web再録です。
まだとらさんに在庫はありますが、かなり経つので投稿します。
これをお読みいただいて気になったかたは、本の方もよろしくお願いします!

2025.2.6 追記
最後のところまで全文載せました。
ヒプムビ公開おめでとう!ささろをよろしくお願いします!



  ◇  ◇  ◇


「ろしょ、知ってた? メンマって——
「タケノコです」
 割り箸をパカパカ遊ばせる簓の手をはたいて、盧笙は食い気味に答えた。『メンマの原材料、割り箸説』の使い古された嘘は、さすがの盧笙にも通用しない。随分と舐められたものだと、盧笙は腹いせに簓の器から煮卵を奪い取った。
「あ! お前っ悪ぅ!」
「俺が何でもかんでも信じるおもたら大間違いやぞ」
 盧笙は確かに騙されやすいところがあった。副業を薦めてくる先輩芸人や、道で声をかけくる女性、その他諸々。人の善意につけ込む悪人たちの格好の餌食となっていた。どれもすんでのところで踏み止まれたのは、常に相方と行動を共にしているからだった。今の盧笙が借金に悩まされたりしないのも、女性問題を抱えていないのも、簓が目を光らせてくれていたおかげだと言っても過言ではない。そのことは一応、盧笙も理解はしていた。だからと言って子供騙しの嘘で弄ぼうとしてくるのは気が悪い。
「ほな楽屋で寝る時椅子乗せるんやめえや。じわじわ怖いねんて」
 それでもやはり、簓は優しかった。詐欺や貞操の危機から救った恩を押し付けるより、話題に上げるのはいつも些細なことだった。盧笙は煮卵泥棒の罪を悔い改め、最後に一つ取っておいた餃子を簓の小皿にそっと置いた。

 ラーメン一杯に餃子一人前と、飲み物は水だけ。酒など飲まなくとも、二人でいれば十分に酔える。ともりはじめた街灯を見上げながら、盧笙は簓と見る夢を語る。——明日の朝になれば、恥ずかしさでどうにかなってしまうかも。そんな考えが過ったのもほんの一瞬だった。ふと自分ばかり話していることに違和感を覚え、盧笙は立ち止まる。隣を見ると、いつの間にかスマホを構えた簓がクツクツと笑っていた。
「おい、動画やろそれ」
「うん!」
 簓のよい返事に文句を言う気も失せる。実際、盧笙は不満げな声色を出してはみたが、撮影を止めるつもりはなかった。どこまで話したっけ、と先ほどの続きを簓に聞かせる。テレビの仕事がどれだけ増えたとしても舞台に立ち続けたいということ。東京進出を目指しつつもあくまで大阪を活動拠点にしたいということ。そういった盧笙の意見に簓も賛同した。「ほんで俺らがおっきなった暁にな」と簓が盧笙の夢を共有し、広げていく。
「この映像が情熱島国で流れんねん。とんこつ背脂でギトギトの唇が、全国区で!」
「そらお前もやろが! 貸せ!」
 盧笙はいまだにガラケーを使っているが、スマホの扱い方は知っていた。簓に借りて写真を撮ったり、調べ物をしたりというのはよくあることだ。暇つぶしにプレイしているパズルゲームのレベルを勝手に2ランク上げたことは、まだ簓にバレていない。被写体となった簓は、よく知った口で盧笙にアドバイスを授ける。
「教えたるわ盧笙。こういうのはな、レンズ見んと前見ながら話したり、たまにカメラの向こうに視線やんのがリアルでええんやで」
 フフン、と得意げな横顔には日頃の疲れがしっかりと出ていた。赤く、点々と。盧笙は出会った時の簓がいかに無垢であったかを思い出した。
「お前なんか肌汚なったな」
「おい」
「不摂生もろに出てるやん」
 それは盧笙にも言えることだった。簓とほとんど同じ生活を送っているのだから当然だ。睡眠時間を削ってネタを作り、たまのまともな食事はラーメン、ともなれば肌も胃腸も荒れ放題だった。
「なあ俺の話聞いてたぁ?」
「聞いてた聞いてた」
「ほな復唱してください!」
「とんこつ背脂でギトギトの——
「いやそこまで戻るんかーい!」
 ふわふわと中途半端なボケとツッコミに、盧笙の心はほんの少しざわついた。懐かしさを感じるほど時間が経ってしまったからかもしれないと、そう思った。腕に怠さを感じ、盧笙はスマホを簓の上着のポケットへ返却した。
「盧笙?」
「ん?」
「眼鏡、慣れた? ずっとかけてくれてるけど」
「ああ、まあな」
「いい感じ?」
「いいっちゅうか、まあ、人によう道訊かれるようにはなったな」
「ははは、なるほどなあ」
 簓が「鼻眼鏡やったらどうなってたかなあ」とふざける。盧笙の「速攻職質やろ」という真っ当な返しに「漫才師ですぅ言うたら普通に帰してもらえそやな」と、簓は嬉しそうに空を見た。盧笙がつられて見上げた先には一番星が輝いている。
「なあ盧笙。胸張って漫才師って名乗れんの、ええよな」
「ああ、せやな」
「俺あんとき、こんままやったらピンでやらなあかんかもっておもててん。人生なにが起こるかわからんもんやな」
「俺かて、想像もしてなかったわ」
 動画を撮るべきだったのは、きっと今のやり取りだろう。簓が言った番組の、最後のシーンで流れそうな瞬間。それでも盧笙は、この気恥ずかしい空気をまだ二人だけの秘密にしておきたかった。しきりに手を擦っている簓も同じように感じているのだろうと思った。
「んと、明日何時やっけ」
 簓が分かりやすく話を変える。盧笙は簓のニキビが可愛らしく見えた。
「八時、かな」
「ほな七時五十分に起こして」
「お前なあ、ええ加減目覚まし使えて」
「ずっと盧笙が起こしてくれるからええもーん! 起きんかいコラァ! ってな。こいつ朝から声デカァ思いながら目ぇ覚ますねんいっつも」
「もう絶対起こしたらんからな」
 盧笙は明日の自分が「起きんかいコラァ!」と布団を引き剥がすことは分かっていた。簓も余裕の表情を浮かべている。そんな朝をあと何度繰り返すことになるのかと想像して、盧笙はげんなりと肩を落とした。