racmon
2024-05-30 18:47:36
30891文字
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既刊『阿吽の呼吸』全文web再録

「コンビ時代の2人、ささろ未満」
3年前に出した本のほぼ全文web再録です。
まだとらさんに在庫はありますが、かなり経つので投稿します。
これをお読みいただいて気になったかたは、本の方もよろしくお願いします!

2025.2.6 追記
最後のところまで全文載せました。
ヒプムビ公開おめでとう!ささろをよろしくお願いします!



  ◇  ◇  ◇


 反響する靴音が足りない。
 来た道を引き返し、ひとり家路につく簓はそんなことを思った。数分前まではエコーと洒落の効いた会話が繰り広げられていたトンネルも、不気味なほどに静まり返っている。簓は、身に覚えのある感情に胸を押さえた。長いあいだ隅の方に追いやっていたそれは、自覚した途端に簓の心を支配していく。
 思えば、遠慮する盧笙を駅まで見送りに行った時点で芽吹いていたのかもしれない。明日もまた仕事で顔を合わす相方の、改札越しに小さくなっていく背中を最後まで見つめていた。——角を曲がるときに振り向いてくれるかも。そんな期待をしたばっかりに、気持ちに拍車がかかってしまった。
 簓は整理を試みた。この煩わしさの理由とはなにか。まず一つ、盧笙は面白い。簓はお宝を見つけた探検家のような誇りを持っていた。盧笙自身の素材の良さに簓が上手く味付けすることで相乗効果が生まれる。それがたまらなく快感だった。次に、盧笙は優しい。簓のくだらないジョークにも、適当にあしらっているように見えて無下にはしない。日頃の気遣いに関しても、簓は毎度感心させられる。盧笙と居るのは無条件に楽しいのだ。毎日がベストレコードの更新続きで、簓は祝福の紙吹雪の中で泳ぎ回る。息継ぎなんて必要ない。溺れてしまっても構わない。——だから、いまがさびしい。
 簓は持て余すこの感情をいつか打ち明けてみようと思った。普段のふざけた調子で言ってみるのも、悪い案ではなかった。ただ、簓自身が一度飲み込んでしまったことにより、時間が経てば経つほど舌に乗る言葉に重みが出てきそうで嫌だった。幸い、近い将来に大きな栄光を掴み取る予定がある。二人で迎える一つ目のエンドロールは間違いなく心強い味方になるだろう。そんなときくらい「ずっと一緒にやっていこう」なんて、歯の浮くセリフを吐いても許されるはずだ、と簓は息巻く。
 盧笙と見る景色は美しく、刺激的だ。元から簓が自負していた視野の広さに奥行きが出たのは盧笙のおかげだった。簓はさらに高い場所から世界を見渡す野望を抱いた。——この俺が、盧笙をテッペンへ連れていく。
 通天閣の上から始まった二人の物語は、このままどこまでも登っていける気がした。