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racmon
2024-05-30 18:47:36
30891文字
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既刊『阿吽の呼吸』全文web再録
「コンビ時代の2人、ささろ未満」
3年前に出した本のほぼ全文web再録です。
まだとらさんに在庫はありますが、かなり経つので投稿します。
これをお読みいただいて気になったかたは、本の方もよろしくお願いします!
2025.2.6 追記
最後のところまで全文載せました。
ヒプムビ公開おめでとう!ささろをよろしくお願いします!
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◇ ◇ ◇
「バンジーきた時は、俺が飛ぶから」
そう告げると、盧笙は長く重たい息を吐き出した。停車したハイエースの後部座席は遮光カーテンで薄暗い。上昇する車内温度と焦燥。キリキリと寄せられた眉間の皺がより深くなっていく。膝の上で固く閉じられて白くなった拳を解くべく、簓はそこへ優しく手を添えた。
チャレンジ系ロケの場合、事前に内容を聞かされていることはほとんど無い。アイマスク装備で腕を引かれるときは高所に立たされていることが多い、というのは人から聞かされただけの話だ。大蛇との絡みか、溜池の掃除か、はたまた。まだまだフレッシュな簓と盧笙は、気合い十分でカメラの前に立っていたのだ。ところがあれこれ予測した二人に明かされたのはド定番の企画。なるほど、と簓は納得した。移動のためにカットがかかり、移動車へ一歩踏み出した時、なにかに袖が引かれる感覚があった。
「ささらぁ
……
」
その正体は、絶望を湛えた盧笙が縋り付く姿だった。
激辛系だけはほんまにあかんねん、と。
簓が「よっしゃ」と手を叩くと、盧笙がぴくりと顔を上げた。
「ほな今日は俺が任されるわな!」
「すまん、頼むわ。俺まじで無理やねん」
「どっちみち片方だけのチャレンジやて言われてたしなあ」
「簓がお腹ピーピーなったら、俺がちゃんと介抱するから
……
」
なにをどう介抱されるのか、簓には見当もつかない。その場しのぎであろう約束にとりあえず頷くだけだった。
真っ赤に染まった麺はもはや暴力でしかない。体が拒絶するのに逆らって、簓はゆっくりと口内に含んでいく。ジンッと頭皮に細かい痺れと、異常な発汗。カメラを覗く小太りの髭面が笑う気配を感じた。
——
俺まだなんもオモロいこと言うてへんけど。痛覚に耐える代わりに簓の気はささくれ立つ。苛立ちの矛先を厚切りのチャーシューに向けて荒々しく噛み切った。
「からい?」
簓の隣で置き物と化していた盧笙が遠慮がちに訊ねた。誰の目にも明らかな味の感想を求められ、簓は一度カラにした口を開く。粘膜が空気に触れたことで痛みが表面に浮かび上がった。なんとか絞り出した「うん」の一言を、油汚れがこびり付いた換気扇の音が無慈悲にかき消す。鋭いアイメイクの音声スタッフが、その綺麗な形の眉をひくつかせるのが見えた。紐を下へ引くジェスチャーで店主に騒音を訴えているようだ。不調によりピンマイクが使えなかったことで損ねた機嫌はまだ治らないらしい。そんな彼女を笑わせることが今日の二人の裏テーマだった。
簓は明滅する視界の端で、盧笙がグラスを傾けたのを捉えた。あっ、と思った時にはもう遅い。それは簓に出された命の水だった。おおかた、見ているだけでも苦しかったのだろう。簓の視線に、盧笙は自分の非道っぷりにやっと気がついたようだった。
「ご、ごめん! わざとちゃうねん!」
「うん、いいよぉ」
簓は頭では分かっていた。ここは『お前何してんねん!』と返すべきだった。しかし混濁し始めた思考では、いつもどおり盧笙に優しくすることしかできなかった。それを踏まえ、ここから笑いの流れを作るためには休憩を挟まなければならないと考えた。
「ちょ、ブレイクタイムや
……
」
追加で貰った水を今度こそ簓が飲み干し、汗を拭う。その様子を見た盧笙は何を思ったのか、レンゲでスープを掬ってそれを自身の口へ運んだ。
「おいアホ! お前やめとけて! 食えへん奴が汁いくなよ!」
盧笙の突然の奇行。簓はそう心配しながらも、心の中では『でかした』と指を鳴らした。たったの一口で、盧笙の曇りのない眼には膜が張る。
「ひ、人が死ぬ、辛さやないか、こんなもん。お前、大丈夫なんか」
「いややばいよ。見て、手ぇ震えてる」
なんてこと、と言わんばかりに盧笙の頬に涙が伝う。無垢とオモロの合わせ技に簓は感服した。
「簓、あかんかったらもうやめとけ。俺あの人の靴舐めてでも止める気持ちあるで」
「プレミアついてるNIKKEな」
盧笙が指さす先のディレクターが「汚れるからやめて」と顔の前で手を振った。ワハハ、といくつかの笑い声が聞こえる。盧笙が「そこちゃうやろ。人の心ないんか」と反抗する。それがまた場を沸かせた。
「靴舐めるて、命乞いやん」
「実際お前、顔色死にかけやもん。赤なって青なって、今もう黄色い」
「俺、信号かなンか?」
「黄色やったらまだいけるか」
「あれほんまは止まらなあかんねんでぇ?」
「仮免落ちた俺ンこと煽ったやろ今」
——
フフッ。聞こえたのは女性の声だった。目標達成のグータッチはテーブルの下にこっそり隠した。
現場からの撤収中、誰よりも早く音声機材を片付けた例のスタッフは「いい車、乗れるようになるよ」と、盧笙の背中を叩いて去っていった。少しぶっきらぼうなその言葉には、運転免許取得への励ましと芸人としての評価が含まれていた。
スケジュールに追われることが増えてきた二人は、本日最後の仕事へ向かう。当たる警備員によっては、ほぼ顔パスとなりつつあるテレビ局での収録だ。着実に周囲から一目置かれていることを実感する。簓は他人を信頼させることは得意だった。
「今日は絶対回避するから」
盧笙がはっきりと言い切る。それがなにを指しているのか、簓はすぐに察した。先輩芸人お気に入りのとあるノリは、駆け出しの二人の悩みの種だった。
「カットされんの分かっててもそのくだりやるもんなあ、あの人ら」
簓のぼやきに同意する盧笙は、うんざり顔で唇を舐めた。連想からくる反射とはいえ、まるで求めるように見える仕草に簓は呆れる。
「絶対辛いやん、今したら」
「舌入れたろか」
「噛み切って殺す自信あるわぁ
……
」
簓の肝を冷やすセリフを吐いた盧笙だったが、楽屋にあった差し入れのプリンを二つ、簓に差し出した。盧笙が思う相方への『介抱』は、好物を譲ることのようだった。
結局のところ、キスの回避はできなかった。それならいっそ変わり映えすることをしようと、宣言通りに簓は舌をねじ込んだ。盧笙には可哀想なことをしたが、それが功を奏した。ゲンコツで簓をノックアウトした盧笙が「ちょっとあまい
……
」と呟いたことがウケて、二人の濃厚な絡みはついに電波に乗ることとなった。
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