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racmon
2024-05-30 18:47:36
30891文字
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既刊『阿吽の呼吸』全文web再録
「コンビ時代の2人、ささろ未満」
3年前に出した本のほぼ全文web再録です。
まだとらさんに在庫はありますが、かなり経つので投稿します。
これをお読みいただいて気になったかたは、本の方もよろしくお願いします!
2025.2.6 追記
最後のところまで全文載せました。
ヒプムビ公開おめでとう!ささろをよろしくお願いします!
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「すんませんっした!」
誠心誠意という風に、盧笙は謝罪の形を取った。隣には同じ高さで並ぶ簓の頭。鼻息荒い先輩芸人の叱責を、二人はつむじに受けていた。互いに面した側の口角が上がっていく。それは見ずとも気配で察することができた。
——
わろてるやんけ。お前もな。ありがたいお言葉も右から左へ聞き流し、背中に隠した拳をぶつけて讃えあう。
生意気たちが揃いのスーツを着て歩くのは、この先どんな道になるだろうか。
静かな廊下に響くのは二人分の足音。徐々に早くなるそれは、突き当たりの角を曲がった瞬間にぴたりと止んだ。
「盧笙」
「簓」
「俺らやったったな!」
紅潮した顔を指さし合い、興奮気味に唾を飛ばした。
「あっこで前出てみてよかったなあ!」
「いや盧笙お前、出てみてよかったナァやないで! 自分一人で行かせたら絶対場外乱闘やったやろ!」
図星をつかれ、盧笙はグッと押し黙る。簓の言う通り、そのときの盧笙は正義の鉄槌を鉄拳に変えて構える寸前だった。しかし盧笙が怒りをあらわにしたのは無理もない。今日の舞台上での後輩イジりは特に目に余るものがあったのだ。客席からはちらほらと笑い声も上がってはいた。盧笙はそれも許せなかった。同期トリオの間をかき分けて「おい」と発した盧笙を制したのは、同じくタイミングを見計らっていた簓だった。盧笙の形相に一瞬ざわついた空気は少しずつ弾みだし、簓の陽気な口八丁と盧笙の角度の付いた切り込みによりその場は丸く収まったが、気持ちよく他人をこき下ろしていた先輩芸人だけは唯一笑わせることができなかった。
「なんぼなんでも、客の前でキレたりせえへんわ
……
」
「いーや、あれは危なかったで。グーにした手ぇ血管浮きまくっとったもん」
「よう見とんな」
「俺、基本お前んことしか見てへんからな」
「はあ? きしょ」
簓がさらりと言ってのける事実に、盧笙はぶるりと身を震わせた。
「なんちゅうこと言うねん! 別に変な意味やないよ。他のやつら見てるより、相方のお前見てる方がなんぼもオモロいねんもん」
簓の弁明の内容より、新しく付いた肩書きを口にされたことで盧笙はぴくりと反応してしまう。脇腹をくすぐられるより、今はまだこそばゆい気がした。
「相方、か」
「相方、やて」
そう繰り返した簓がはにかむ。盧笙は簓との歩幅が同じであることを実感した。
「おいそこの問題児!」
しゃがれた声に振り返ると、親の歳ほど離れたベテラン漫談家が手を上げた。セカンドバッグを小脇に抱え、やけに真っ白なスニーカーが若作り感を醸し出す。二人が若手らしく元気に挨拶をすると、その人は嬉しそうに腹を叩いた。
「なんやしこたまどやされとったらしいな」
「そらもう床へめり込むぐらい頭下げさせてもらいましたワ!」
「お前のそういうとこがあいつの癇に触んのや」
調子良く答えた簓はぺしりと頭をはたかれる。その手が盧笙に伸びることはなかった。
「ま、今回はお前ら二人がMVPやけどな」
こっそりと評価を受け、ウシシと笑う。言われなくとも十二分に自覚があった二人だが、やはり改めて褒められると嬉しいものだった。
「今日はもうこンで終いやな? どや、飯でも行かへんか?」
「あーすんません。今日は先約があるんです」
「おいツツジ、こいつ断りよったで」
そう振られた盧笙も申し訳なさそうに眉を下げ、簓の言葉に続けた。
「次またご一緒させてください」
「なんや揃ってやらしいな! ネエちゃんとコンパでもあんのんか!」
「そんなええもんちゃいますわ!」
「間の悪いやっちゃなあ。ほな、俺の気が変わらんうちにまた声かけてこい」
「はい! そうさせてもらいます!」
ガニ股の後ろ姿を見送る二人は、視線を合わせないまま互いの肘を小突き合う。盧笙の力が少々強かったのか、簓は「アタタ」と二の腕をわざとらしくさすった。
「よかったんか、盧笙? 美味い飯食わして貰えたかもしれんのに」
「簓かて。行った先で芸盗めたかもわからんぞ?」
目だけで表情を見て、堪えきれずに吹き出す。分かりきったことを意地悪く訊く気安さが楽しい。盧笙は簓のような存在が貴重であることを知っていた。
「なに食う?」
「とりあえずピザ」
「俺ンちの近所に店まで取りに行ったら安なるとこあんで」
「ほな今日は簓ンちな」
気づけば数えきれないほど部屋を行き来するようになり、周辺の環境にも詳しくなっていく。たったいま仕入れたお得な情報により、今後は簓の部屋が採用される機会が増えるだろうと盧笙は予想した。はしゃぐ簓は「ボケモンのシャンメリー買お!」と財布の中を確認している。今日は奮発すると決めていた盧笙も、それは名案だと頷いた。
高所得者向けスーパーのチラシを折って作った兜を被って、簓がコホンと居住まいを正した。泡が弾けるグラスを手に、胸を張る。
「ンンッ
……
。それでは、僭越ながらわたくし白膠木簓が、乾杯の音頭を取らせていただきます。グラスを、掲げてください。では、乾杯
——
」
簓の口上を無視し、盧笙はしらっとした顔で見上げる。
「と言ったら後に続いてください」
「やるおもたわ」
盧笙は黙って聞いてやる姿勢を崩しはしないが、小さく相槌を打つことでリズムを取る。古典的なボケを軽く済ませた簓はなおも小芝居を続けた。
「大事なスピーチを忘れておりました。えー、わたくし白膠木簓とこちらの躑躅森盧笙クンはですね、養成所の面接会場で初めて出会いましてですね、一度すれ違ったかに思えた僕たちはその後! 通天閣のてっぺんで運命的な再会を果たすんですねぇ。それから一悶着ありつつも、えー、互いの笑いに対しての姿勢を知り、ついに僕たちは
——
」
「ハイ乾杯」
「カンパイ〜」
いいところで盧笙に遮られた簓は、額に『大正解』と貼り付けて満足げだ。客には内緒のささやかでくだらない時間が始まる。
「聞くも語るも涙なしではいられへんスピーチをお前ぇ」
「たかが一ヶ月前の話になにを泣くことがあんねん。ちゅうか記念日て。ンハッ! 浮かれすぎや」
「いやまあそれは確かにそうやねん」
「お、どうした。急に真面目やな」
グラスを置いて即席兜を脱いだ簓に、盧笙も背筋を伸ばす。簓にじっと覗き込まれ、ごくりと唾を飲んだ。
「俺ら、今日ごっついウケたな?」
「おう、やったった」
「せやけど、ネタでは正味もひとつやったな?」
「それは、まあ、そやな
……
」
今日の二人が注目を浴びたのはあくまでも締めのトークの一瞬だけで、本命の漫才披露の場では中笑いといえばお世辞になるくらいのものだった。狭いアパートの一室の真ん中で膝を突き合わせ、ほどよい緊張感が走る。
「客もわろてへんことはないんやけど、こう、ドッカンドッカンとはいかへんねんなあ」
「うぅん
……
」
簓は自分に言い聞かせるように「ネタ自体は悪ないはずや、間違いない」と呟く。盧笙もしばらく頭を捻っていると、突然簓が顔を上げた。先程までの悶々とした表情とは打って変わり、混じり気のない笑顔を湛えている。
「でも俺らの掛け合いがええ感じなんは、今日のあれでもよう分かった。せやから、ありがとう」
「え、なにが?」
拍子抜けする簓の感謝の言葉に、盧笙はぽかんと口を開けた。
「俺とコンビ組んでくれたこと」
「お、おう。こちらこそ」
「俺の中にだけあった自信が確信に変わったんや! 俺の相方はお前だけや、盧笙!」
「そ、そらこっちのセリフや、簓!」
二人はいつの間にか立ち上がり、固く握手を交わしていた。ただ残念なことに、そこからどうすればよいのかがまったく分からなかった。なにせ相方と呼べる存在ができたのは、お互いはじめてなのだから。手のひらに広がったぬるりとした感触は、きっと二人分のものだろう。「かゆぅ!」と仰け反れば壁に頭をぶつけるような空間で、若き漫才師らは無限の可能性を感じていた。
「動画! 恥ずかしさで気ぃ狂いそやけど動画に収めて盧笙! 後々見て絶対おもろいから!」
「待て待て焦んな、ちょっと待て」
盧笙は急かされるがまま、スライド式ガラパゴス携帯電話を取り出す。それを見た簓から歓喜の声が上がり、はぁはぁと吐く息はほとんど興奮に擦り切れそうだ。
「いやお前っ、ほんま、ええ加減スマホにしてぇ!」
「アホお前これ1,620万画素やぞ!」
「もうええてそれぇ!」
盧笙が大真面目に訴えると、簓が涙を流して腹を抱えた。他の高機能を次々に挙げながら、盧笙も笑いが込み上げる。飽きるほど繰り返したこのやり取りがお気に入りだった。舞台の上で話すことでも、ましてやいつか出演が叶うかもしれないテレビ番組で披露する話でもない。それでもなんだかたまらなく可笑しかった。そのうち笑いすぎて腸が捩れて、体ももつれて死んでしまうのではないかと一緒に想像したりもした。簓は「最高やん!」と眩しくそう言った。それを受けた盧笙は目を細めて微笑み返した。
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