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racmon
2024-05-30 18:47:36
30891文字
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既刊『阿吽の呼吸』全文web再録
「コンビ時代の2人、ささろ未満」
3年前に出した本のほぼ全文web再録です。
まだとらさんに在庫はありますが、かなり経つので投稿します。
これをお読みいただいて気になったかたは、本の方もよろしくお願いします!
2025.2.6 追記
最後のところまで全文載せました。
ヒプムビ公開おめでとう!ささろをよろしくお願いします!
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◇ ◆ ◇
「はいどうもー! どついたれ本舗です!」
盧笙が拍手の代わりに手元の自転車のベルを鳴らした。深夜の新淀川大橋の上に歩行者はいない。どれだけ騒ごうと、行き交う車の走行音が防音壁となる。
盧笙の運転さばきに簓は身を委ね、薄手のジャケットを肩から落とした。芝居がかった気怠げな表情を確認した盧笙は次へ進める。
「お前どないしてんその格好」
「えっ
……
?」
「エ、やないねん。出てきて早々はだけすぎやろ」
「いや来る途中でサ、小鳥ちゃんたちにボタンをねだられてサ。ほら、こないだまで卒業シーズンやったやんか」
「そやけども、お前は学生でもなんでもないやろ」
「そんなん関係ないねん、俺レベルになると。このイカしたスーツのピカピカボタンが次々に奪い取られていくわけ。ある子なんか『可愛い七つの子があるのよ』とか言うて俺に認知までさせようと
——
」
「カラスに襲われとるだけやないか!」
「俺が断ったら『アホォ!』言うて泣いて、どっか飛んでいってしもたわ、っと」
「チャンチャン、やないねん! しょうもない小噺で終わらそうとすな!」
大型トラックか盧笙の大声か、という接戦。簓は隠れてクスクスと笑う。盧笙が「はよ服整えろ。お客さんの前やぞ」とボリュームを落としたアドリブは、触れた背中から伝わる振動も手伝って、なんとか簓の耳に届いた。
「で、どうなん」
「なにがやねん」
「ロショーツツジは、ボタンの方は」
「やめろそれ」
「ロショーフォレストツツジの、ボタンの数の減りの勢いの方は」
「あーうっとうしい。
——
そらもう、あっという間に学ランの前閉められへんようなったわ」
「チッチッチ」
「なんやねん腹立つな」
「ぬるい、ぬるいわ」
「ほなお前なんぼほどすごかってん。言うてみろや」
「聞いて腰抜かすなよ? 俺なんかはな
——
あっという間にパンイチにされて帰りの電車乗られへんようなったわ」
「それもうただの追い剥ぎやねんて!」
「イタイイタイ! つつかんといて! それ俺の乳首!」
熱がこもり始めた簓が荷台の上で暴れるせいで車体が不安定に揺れる。
「うわっ、あっぶなお前!
——
えーっと、あ、ほんでまたカラスやないか! お前の地元どないなってんねん大地獄か!」
「まあそんな作り話はええねんけど」
「時間返してくれる?」
「俺はお前に、折り入って相談があんねん」
「おお、なんやどないした」
「永遠、ってあると思う?」
「えらい飛んだな」
実際この続きには、別のネタからの移植を検討していた。ただ、使えそうかどうか精査してみる必要がある。どちらかの部屋で落ち着いてやればいいものを、気持ちの良い風に当たっているうちに自然と口が動いた。
「ボタンを必死に手に入れようとする女の子らも、どうせそんときだけやんか。大学入ったら自分よりちょっと派手な感じの学科の子に誘われて新歓行ったりして、ほんで一年ダブってる四回生の先輩追っかけて結局泣かされてや、SNSの投稿に深そうに見えてそうでもないつぶやきが増えるだけやんか」
「まるで見てきたかのように
——
ああ、ほんまにおったんやなそんな子が
……
」
「お前、永遠って言われてなに想像する?」
「えぇ? なんやろな。あんまパッと浮かばんけど。お前は?」
「まあ身近なモンで言うたら、プロポーズの文句とかやな」
「ああなるほどな」
「味噌汁がどうのとか、墓がなんやとか、なんとなぁくこの先ずっとっちゅうのを連想させるんが多い」
「たしかに、なっ」
信号を左折してくる車を待ってから、盧笙がグッとペダルを踏み込む。ガタン、と小さな段差のせいで簓の声が少しブレた。
「ン、まぁ、でもほとんどやり尽くされてるやんか、いわゆるカッコいいプロポーズなんか」
「そうなんかなあ?」
「せやから女性陣の期待値って相当やと思うねん」
「まぁそうかもわからんな」
「でもそんな欲張りな恋人の願いを叶えんのが、この簓さんやがな」
「えらい自信やな」
「こう跪いてやな、相手の手を優しく取って言うわけや。
——
ボクと毎朝同じ墓に入ってください」
「いや吸血鬼かなんかかお前!」
若い男女の集団が、盧笙の声に肩をびくつかせた。まさか人がいると思っていなかった簓と盧笙は「すんません」とすれ違いざまに彼らへ会釈した。
「えっとー、あかん? 毎朝味噌汁作ってェと同じ墓入ってェの合わせ技やで?」
「いっちゃん相性悪い組み合わせや!」
「めでたいシーンで墓はまずいか。ほな、永遠に共に生きようとか?」
「いやそれも血の契り交わしてんねん」
「ほなお前なんて言うねん」
「そんなもん、ちょっと景色のええとこ行って、結婚してください。こンでええねん」
「ハァ〜やっぱりええ男ランキング上位の躑躅森くんは、スマートでかっこよろしいなぁ!」
「おいおい、みなまで言うな
……
」
「まあこいつこないだ後輩におもっきしカモられてましたけどネ」
「みなまで言うな⁉︎」
簓が「俺ここ好き」と言うと、盧笙は「俺も」と頷いた。
「とにかく、永遠っちゅう言葉ほど不確かなもんはないーいう話や」
「それこそ不老不死でもない限りな」
「人は老い、衰え、その中でまた新しい命が育まれるのを見守るというのが美しいんや」
「ほう、お前子供欲しいんやな」
「おう! 野球チーム組めるぐらいがええな!」
「九人も⁉︎ お前それ大変やぞ」
「いやいや、まさかそんな! お前ンとこの子供も合わせて九人や」
「巻き込むなて!」
「二世帯住宅で」
「それ二世帯住宅て言わんから!」
餅つきのようなやり取りに、二人は体を躍らせた。
「せやけどそんな大家族の予定やったら、田舎の広い土地に家建てなあかんのちゃん」
「いやぁそんな立地にはせんかな」
「なんでぇな」
「日当たりいいと困るから」
「いややっぱり吸血鬼やないか、もうええわ」
前と後ろで相方の姿は見えずとも、頭を下げて上げる速度はほぼ同じだ。簓は首をひねって盧笙を振り返る。
「どうやろな?」
「尺的にはいけそやけど、ちょっと強引な繋ぎにならへんか?」
「まあなあ
……
」
悩ましげに唸る簓が盧笙にもたれると「重い重い」と抗議の声が上がる。広い背中があまりにも心地よくて、簓の瞼はとろりと溶けた。
「おい、お前。寝かけてんちゃうやろな」
「んぇ、起きてるがな
……
」
「落ちても拾わんぞ」
「相方捨てて行くんかぁお前ぇ
……
」
「人聞きの悪い。怪我するから、ほら、起きぃ」
盧笙がサドルの上で尻を弾ませた。簓は強制的に姿勢を正され、目を擦る。自宅の薄い布団より、何倍も寝心地の良い暖かさだった。
「ほんま器用なやっちゃな。こんなとこで寝て」
「そうでもないよー」
「別に褒めてへんねん。皮肉を分かれ」
ネタ合わせはとうに終わっているのに、簓は盧笙からのあらゆる反応が楽しくて嬉しかった。
「永遠って、あると思う?」
簓は漫才の中に出てきたフレーズをもう一度口にした。
「なに、またそっからやんの?」
「ううん。これは俺のただの質問」
「えーわからんなあ」
「もうちょっと考えてから答えてやあ」
「いや、わからんっちゅうのは、永遠があるとして、それを見届けられる人はおらんやろ? せやから証明しようがないんとちゃうかってこと」
「ふぅん」
「お前が聞いたくせに、なんや」
「いや、俺もおんなじようなこと思ってたなあって」
「な、せやろ? まあ正味終わりのないもんなんて
——
」
「でもな」
盧笙の言葉を遮った簓は、ゆったりと進む自転車からトンッと降りた。目線の高さが同じになった盧笙を見つめ、ゆっくりと慎重に口を開く。
「俺、はじめて永遠ってモンがほんまにあったらええなって思った。お前とこないしてる時間が、ずっと続いたらええなって」
今のうちに、盧笙へ伝えておくべき思いであるような気がした。無意識に上がる、簓の踵。なにを焦っているのか、それは簓自身にも分からない。目の前にいる盧笙はいつもと変わらず、簓を真っ直ぐに捉えているのに。
「うん。俺もそう思うよ」
「盧笙も?」
「ああ。お前やなかったら、こんな遅い時間にニケツなんかしたらんもん」
「はは、そうなんや」
「ほら、はよ乗りぃや」
「うん」
早く帰って、ネタ合わせの続きがしたい。それからピザを食べたり、喫茶店に行ったり、狭い風呂で喧嘩をしたい。テレビに出るときの振る舞いについては話し合う必要があるだろう。キスで笑いを取るのはお互いに不本意だった。しかし東京でウケるかどうかは、検証の余地アリと見ている。芸の肥やしに女は必要だろうか。これもまた乗り気ではない。バンジージャンプを飛ぶときに励ますのは、どのみち相方にしか出来ない役割だ。風邪をひいたときの看病だって、相方がいれば十分だった。もちろんたこ焼き屋の店主との約束も忘れてはいない。いつかどついたれ本舗のこんな歴史を、密着番組で取り上げられるのが待ち遠しい。
ヘッドライトが行く先を淡く照らす。時々左右に振れながらも、道を示してくれる。大人になりかけの簓と盧笙を乗せるにはあまりに頼りないが、それでも懸命に前へ進んでいく。
——
共に歩んでいく未来が永遠に繋がっていきますように。二人分の思いを乗せた自転車は、まぶしく輝く大阪の街を駆けていく。
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