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racmon
2024-05-30 18:47:36
30891文字
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既刊『阿吽の呼吸』全文web再録
「コンビ時代の2人、ささろ未満」
3年前に出した本のほぼ全文web再録です。
まだとらさんに在庫はありますが、かなり経つので投稿します。
これをお読みいただいて気になったかたは、本の方もよろしくお願いします!
2025.2.6 追記
最後のところまで全文載せました。
ヒプムビ公開おめでとう!ささろをよろしくお願いします!
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阿吽の呼吸
油の臭いを染み込ませた髪が風に靡き、耳にかけていた一房が落ちて目元にかかった。盧笙はそれを払うこともせず【撤去公示】と太文字で書かれた黄色い紙を、ただ呆然と立ち尽くし見つめていた。
「あれ、盧笙?」
「あ、簓
……
」
毎日嫌になる程耳にする声に名前を呼ばれて振り返ると、自転車に跨った相方がマスクを下げて顔を見せた。
「なんしてん」
「いや、チャリ持ってかれて
……
」
簓はスイッと緩やかにペダルを一漕ぎすると、盧笙のすぐ隣でブレーキをかけた。ギギッと不快な音がする。盧笙の肩口から覗き込み張り紙を確認すると「あーあー」と咎めるような声色で言った。
「ここ停めたあかんとこやーん」
「先週まではいけててん。店長教えてくれんかった」
「乗せてったるわ」
「いやええよ」
「遠慮すんなって! なっ!」
「ああ
……
」
真夜中の薄暗い路地には不釣り合いな笑顔をこれ以上見ていられなくて、盧笙は渋々背中合わせに簓の自転車の荷台に跨った。
キィ、キィ、と、簓が足を踏み込むたびに、どこからか悲痛な金属音が聞こえる。盧笙は居た堪れなくて、走行中であることなどお構いなしに今すぐ降りてしまいたい衝動に駆られる。ふぅ、と息を吐いたタイミングで、簓に「なあ」と注意を引かれた。
「お前もうバイト辞めぇや」
「いや、いうてもよっぽど人足らんときにヘルプで入ってるだけやで」
「ほんま人がええやっちゃ」
「世話んなったしな」
「俺も暇ちゃうねん! て言うたれよ」
「
……
お前には、迷惑かけんようにする」
「そういうこと言うてんちゃうねんけどなあ」
簓の気遣いや心配を理解していても、いまの盧笙にはそれ以上の答え方が見つからない。「俺、後ろに人乗っけたんはじめてかも!」そう言って、まさに今も明るい調子で話題を変えようとする簓に、これ以上寄りかかるわけにはいかなかった。
「えー、急に怖なってきてんけど」
「いや大丈夫や! お前は大船に乗ったつもりで身を任せてくれたらええ!」
「悲鳴上げて沈没間近っちゅう感じやけど」
「ぼちぼち油ささなあかんなあ」
「そんでどないかなるレベルちゃうやろ」
そう遠くないであろう壊れてしまうその日まで不格好に走るか、もしくはもう放り捨ててしまうか。盧笙は後者を選ぶべきだと、そう思った。
「まあ170超えの男、二人も乗せたらな」
「俺は180超えやけどな」
「腹立つ!」
盧笙がフフッと笑うと、簓も重ねてンフフと肩を弾ませた。ほんの少しスムーズに前へ進んだかと思ったのもつかの間、自転車はまたギギッと苦しげに軋む。
「
……
俺なんか、乗せるからや」
盧笙の小さな呟きを見事に聞き逃した簓は、上体をわずかに反らせて盧笙の背中にトンッともたれた。
「なんか盧笙とこうやってゆっくり話すん、さしぶりな気がすんなあ」
「そうかな」
「そうやーん。毎日のように会うてるし、なんやったら夕方までロケ一緒やったけどさー。前みたいに俺んち来たり、サテンいったり、銭湯行ったり
——
」
駆け出しの頃の二人の思い出を順に挙げていく簓の声が、少しずつ寂しげな響きに変わっていく。
「そういうん、なくなってもうた」
「仕事あんのは、ありがたいことやから」
簓は「うん」と頷き、盧笙の背中からゆっくり離れていった。目の前の信号が赤になったタイミングで盧笙が地面に足を下ろすと、その気配に簓が振り返る。盧笙を見上げる表情は、昼間にカメラの前で見せていたものより幾分か幼く見えた。
「この辺でええで。俺コンビニ寄るし」
「そう?」
「うん。ありがとう」
「ほな、また明日」
「あっ、簓」
パッと光った青に向かって漕ぎ出そうとした簓を、盧笙は咄嗟に呼び止めた。「ん?」と見つめる簓は、なにかを期待しているようだった。しかし盧笙はそれに応えるセリフも、気持ちも、与えられないことは分かっていた。
「次は、ほったらかしてくれてええから」
「は?」
「チャリ持ってかれても、乗せてくれんでええよ。悪いし」
「
……
い、いやお前またあっこ停める気なんかいっ!」
「どやろ、わからんけど」
キレの悪い簓のツッコミを指摘するわけでもなく、盧笙がへらりと曖昧に返すと「なんやねんそれ。よう分からん」と簓は捨てゼリフを吐いて、また赤になってしまうその前に向こう側へ走り去ってしまった。
——
ささろワンドロライ 第八十一回『放置』より
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