戌丸アット
2022-05-29 23:52:24
38106文字
Public Fate
 

その肌へ口づけを

槍弓



その後は特に会話もする事も無く、必要最低限の応答で男が泊まっていると言うホテルへと向かった。
到着するとそこは新都の中のごくあり触れたビジネスホテルの一室で、整っているが狭くも広くもない少し良いタイプの一人用の部屋であった。
そこに据え付けられている机に袋を置いて、ソファーに座るとランサーは男に礼儀として一言、ようやくお礼を言った。

「なんか悪ぃな。結構、買って貰って」
「君は食べそうだから予想はしていた。それに……君にはあまり気持ちの良くない話を聞いて貰うのだから安いものだ」
「へぇーへぇー覚悟しとくぜ。とりあえず話の前に腹を満たさせてくれ」
「構わない」

ランサーの言葉に遠くから返事をした男はコップを二つ持って来ると、買ったペットボトルのお茶をコップに注ぐ。
弁当を広げて食べ始めていたランサーは、それを見て行儀の良いこったと見つめながら口にご飯を掻き込む。
そんな豪快なランサーを気にした様子も無く、軽く携帯を操作したかと思うと男はベッドサイドに置いていた充電器スタンドに置いて、おにぎりを静かに食べる。
そんな落ち着いた様子の男にランサーは、改めてこの仕事の出来そうな男が同性愛者か悩んでいるのかと意外に思いながら腹を満たす。

「いやー久しぶりにコンビニ弁当なんて食ったわ!」
「栄養の偏りがあるのだから滅多に食べない方が良い。それに料理を作った方が節約になる」
「料理かー。面倒だから彼女が居る時は任せるが自分では適当に済ませちまうわ」
「そうなのか。食事は身体の為にも気を使うべきだが」
「あーそういうのは一応、知り合いと話すけどな」

流石にトレーナーと言う言葉は避けつつ、ランサーは甘党で味覚破綻してるとしか思えない性格の曲がりまくっている銀髪のマネージャーや味覚など関係ありませんと話す女としてどうかと思う男勝りなトレーナーを思い出して頭を振って吹き飛ばす。
久しぶりに食べるマシな食事の時くらい忘れたい事はランサーにもあるのだ。
そんなランサーに不思議そうな表情で一つ目のおにぎりを食べ終えた男が、何かに気付いたように手を伸ばしてきた。

「む、ご飯粒を付けている。急かさないから落ち着いて食べたまえ」
「そうか?腹減ってたから、ついな」
「ほら、ここだ」
「あ、え、うん、どうも」
「ん?どうかしたか?」
「いや、なんでもねぇよ」

まさか付いていた米粒をわざわざ取っただけでなく食べた男に、動揺しつつランサーは何でもないように弁当を食べるしかない。
そんなランサーの様子に気付いていないのか、男は特に変わった様子も見せずに二つ目のおにぎりを食べている。
男にとっては日常的な事なのだろうと混乱し、ランサーは動揺で騒ぐ胸を誤魔化した。
正直、過去に付き合っていた彼女にもされた事があっただろうかと別の方向に向かいそうになる思考を残り三分の一となった弁当へと向ける。
そんなランサーが混乱の際に立っているとは露ともしれず、男は半分おにぎりを食べた所でランサーに訪ねてきた。

「そろそろ話に入っても良いだろうか?」
……え?あぁ、いいぜ」
「なんだ?やはり食べ終えてからの方が良いだろうか」
「良いから気にすんな、俺のちょっとした動揺だから」
「なんだかよく分からないが話して良いなら……

男の言葉に思考の海に沈んでいたランサーは反応が遅れてしまい、そんなランサーに少し困ったような表情で男は勘違いしたのか気を使ってくる。
そんな男の態度に先程の遠慮のない態度の方が楽だな、と感じながら男の言葉を続けさせた。

「前置きしておくと私は別に男性が好きと言う訳ではなく、男として女性を好ましいと感じる感性も持っていると思う」
「そこは思う、なんだな」
「今となっては、もう自分が分からない……
「なるほど。じゃあなんで同性愛者だと思ったんだ?」
「遠慮がないな、君は。実は相手は故人でね……義理の父なんだ」
「は?父親!?……あ、悪ぃ!」

故人と聞いただけでも少々驚いたが、義理の父が悩む原因と聞いてランサーは驚きを隠せなかった。
義理の父親と言うのはランサーにも思い当たる男が居たが、その男が対象になるかと言うとランサーは頭を振るだろう。
実に豪傑な男で家の事で揉める羽目になった時でさえ悩んでいるのが馬鹿らしくなった程の男らしさを見せた義理の父とも呼べるフェルグスを思い浮かべる。
無論、目の前の男に当てはまる訳ではない事は百も承知であったが、仮に性の対象範囲になろうとフェルグスを知る者は避ける気がした。
それはランサーの養父であるフェルグスがあまりに豪傑では片付けられぬ程の人間であるからとも言える。
すると、そんな方向性の違う事を考えて渋顔をした為か褐色の男は髪色と同じ美しい灰色の瞳を細めて言葉を静かに零す。

「気にしていない。自分でもどうかと思うし、私には、この気持ちが憧れなのか恋だったのか分からなくなってしまってね。笑い話にもならないが」
「あ、いや、義理とはいえ父親だ。なんかきっかけでもあったのか?」
……続けるのか?」
「なんだよ、まだ話し始めたばっかだろ?飯代くらいは付き合ってやるよ」
…………思っていたよりもお人好しだな、君は」

男の固い表情の中の一瞬の溶かしたような小さな微笑みに、ランサーはどんな形になろうとも男の話だけでも最後まで聞こうと改めて思えた。
何処か諦めたような泣きそうな微笑みに直感的に、この男には似合わないと思ったからだ。
自分が話を聞いた事で男の心に少しでも平穏が生まれるならばお釣りがくると言うものだろう。
しかしそんなお人好しな所を開き直れる程、ランサーは大人ではない。
心の片隅にある男と話していたい、秘密を共有したいと思う今まで味わった事ない感情が溢れかけていたからだ。

「悪かったな、悪人面で」
「む、失礼した。……さて何処から話そうか。あぁ、そうだ……君は冬木の大火災を知っているか?」
「大火災?たまにニュースで聞くけど詳しくは知らねぇな」
「新都の芝生の広い公園があるだろう?あの場所は公園とされる全ての土地部分が十年前に大火災で燃えた場所だ」
「は?あの下手な運動場より広い芝生、全てがか!?」

ランサーの目を見開いて驚く様に一回だけ瞼を閉じて黙り込んだかと思ったら、男は呟くようにポツリ、ポツリと話し始めた。
自分はその冬木の大火災を血を分けた弟と2人だけで生き残ったが両親も家も友人も燃えてしまった事。
その後、弟を庇った自分は長期入院を余儀なくされ、兄弟ともども救助してくれただけでなく養子の話を持ってきた人間。
その男が全ての悩みの原因であり、憧れの養父である事。
そして養父は病と火災の後遺症により五年ほど前に他界してしまった事。
何より悩むきっかけとなった出来事として最近になり、養父の実の娘が現れて兄弟ともども悩む羽目になったのだが自分が仕事の合間に養父の私物を片付けている間に己の歪んだ心、正義感は憧れから来るものなのか、情愛から来るものなのか分からなくなってしまった事。
養父の実の娘とは、なんとか仲良く出来ている事。
血を分けた弟の考えや行動が昔の不出来な自分を見ているようで不器用に叱りつけてしまう事などと余談な話まで男はランサーに話してみせた。

「っふ……もう深夜となってしまったな。話し過ぎてしまったようだ……すまない、つまらなかったろう」
……あー……なんだ、その」
「こんな時間だ。報酬が晩御飯では釣り合いが取れんだろうし、タクシーを……む、すまない。仕事先から連絡が来たので待って居てくれ」
「あ……おう」

途中から黙り込み、ただランサーは話を静かに聞く事に徹していた。
否、男が話す話に水を差すような事がしたくなかった事もあるのだが、気付けばランサーは彼から語られる彼の事や彼の周囲について取りこぼさないようにするが如く、耳を傾けていたのだ。
そんな常とは違う己の様子はトイレへ行くと言って既に頭を冷やしている。
ただただ男がランサーの横を通り過ぎる際に口にした、こちらアーチャー。用件は?と言う些細だが初めて男を総称する名前を耳にしただけで忘れられそうになかった。
なんてお伽話のように恋したような有様にランサーは既に開き直っていた。
完全に自分はアーチャーと電話で名乗っていた男に一目惚れしたのだと。