戌丸アット
2022-05-29 23:52:24
38106文字
Public Fate
 

その肌へ口づけを

槍弓



瞬間、ランサーは出会った日の事を思い出していた。
まさかアンリが呼んだ迎えの人間がアーチャーとは思わなかったのだから当然だろう。
ずっと連絡するか迷う程に会いたかったアーチャーと不意に会う事が出来ると思っていなかったランサーは迷わず捕まえてトイレへと向かった。
なんとか付いて来るアーチャーの表情が眩しげにランサーの後ろ姿を見つめていた姿は慌てたランサーのお陰なのか誰の目にも止まる事はない。
何故なら座席からトイレの壁に押し付けられたアーチャーは素早く切り替えて、ランサーが知っているいけ好かないアーチャーとなっていたのだから。
触れられた箇所から伝わってくるランサーからの久しぶりの熱に蕩けてしまいそうな事などランサーは知る由もない。

「アーチャー!なんで此処に!?」
「君こそ何故、アンリと共に居る?兎も角、今すぐアイツとの縁は切る事を勧める」
「はぁ?開口一番それかよ!もっと言うべき事があるんじゃねぇの?」
……特に何も。私は君に言うべき事などない」

アーチャーの言葉に頭に血が昇っていくのを自覚しながらもランサーは己の暴走を止められそうになかった。
どんどん掴んでいる手に力が増している筈なのに顔色一つ変えないアーチャーに対して焦る自身。
そんな今まで記憶の中を遡らなければ思い出しづらい程に数える程度しかした事のない動揺を隠し切れずにいた。
無論、そんなランサーの焦りはアーチャーにも目に見えて察し、意外なものを見て内心は良くも悪くも平穏ではいられない。
自分が原因で彼を動揺させているのかと思うと少しでも気にかけてくれていたのだと錯覚してしまいそうだったのだ。

「兎に角、今日は逃がさねぇぞ」
「何の事だね?私は明日も仕事なんだ、連絡は構わんが仕事を考慮すると言ったのは君だぞ」
「五日だ、折角アンタの身体を弄ったのが無駄になる。俺の労力が無駄になるんだが、それでも仕事に行きてぇか?」
……弁えている。君に従おう」

アーチャーから発せられた君に従うと言う言葉に思わず息が止まった事にランサーは気付けないほど我を忘れかけた。
もし弁えている、と悲しみを押さえきれずに瞼を伏せた仕草でランサーに言わなければアーチャーはトイレで襲われていただろう。
アーチャーの様子に希望をランサーが持ち始めているなどとは露とも知らないアーチャーは離れた熱い掌が、すぐに恋しくなっている事を隠そうと服を整え、呼ばれた部屋へと先に戻る。
故に見ていなかった。
気付けなかった。
久しぶりあった青年が妖しく赤い瞳を光らせて居ることに。



「アンリめっ!!!リズに迎えを頼んでいるとは何事だ!何故、私を呼んだんだ……今度会ったら躾なければっ!」
「あーほどほどになー?」

先程とは違うアーチャーの親しみやすい雰囲気にハラハラと知らぬ面が見られた嬉しさと悔しさが混じり合い何とも言えない気持ちで、ランサーは酒を煽る。
君もアンリの味方なのか!?と何処か酔っているのではないかと思わせるアーチャーの見慣れぬ勢いにランサーはタジタジになりながらも側を離れようとはしなかった。
当然だろう。
今から彼を持ち帰るつもりなのだから酔っていようが、酔ってなかろうと関係ない。
ランサーは我慢の限界だった。
居酒屋の出入口でアンリたちを見送るアーチャーに驚くまでならまだ冷静さを保って居られたかもしれない。
だがアンリがアーチャーに対して親しげに肩を叩き、尚且つアーチャーがその行動を甘んじて受けていた姿に耐えられなくなったのだ。
そこにはランサーが出会った日以来、見ることのなかった呆れ混じりであろうと微笑みを浮かべていたのだから許せる筈もない。
仕置きも兼ねて、ランサーはアーチャーを本当に抱いてしまおうと決意したのだ。