戌丸アット
2022-05-29 23:52:24
38106文字
Public Fate
 

その肌へ口づけを

槍弓



唇に残る男の手の温もりに自分でも男相手にらしくない事をした、と苦笑いをしながらもランサーには不思議と不快感はなかった。
元々、女性好きな方であると自覚はしているし、女性経験も少なくはなかったが長続きする事はなかった。
全て近寄ってくる女性はランサーの家柄や金を狙っているのが丸分かりだった。
しかしランサーは次男坊であったし何より金や家柄に執着心がなかったので、それに気付いた女性たちは皆、去って行くのだ。
だがランサーはそんな彼女達を責めようとも思わなかったし、こちらも良い思いはしたので追いかけもしなかった。
何よりドストライクでタイプの女性は、どういう訳か知り合っても巡り合わせが悪く深い仲になる事はない。
そんな女難の相でもあるのではないかと思いつつも、褐色の男について考えてみた。

客である男に対して最後はタメ口になっていた事に気付いて、不味い事をしたか?とも考えたがランサーの人当たりの良さからか男も不快そうな様子は見られなかった。
ただ問題があるとすれば名も聞かなかった男がランサーの誘いの言葉に乗るのか。
そして男が誘いに乗った所で、その後の展開がどうなるのかなどランサーには分からなかった。
だがランサーに焦りは無く、いつもの様に考えついた通りに動こうと思っていた。
無茶な約束にも限度はあるが嫌いではないし、身の危険を感じても対処できる自信がランサーにはあった。
何よりランサーは、あの男に選ばれた事で話し相手であれ、どんな形であれ相手をする事に決めていた。
決めてしまったのであれば、誰に言われた訳でもないがランサーはそれに従おうと思ったのだ。
それにランサーは明らかにノーマルな反応をする癖に同性を好きになったかもしれぬと悩む褐色の男が忘れられそうになかった。
と言った喫煙室で出会った男の事を考えていると一時間など、あっという間であった。
そして仕事を終えて少し遅くなった事で慌てて玄関先へと向かうと少々、緊張した割にはアッサリと男はしかめっ面に腕組みで行く人々の注目を集めていた。
なんとも嫌味な程に様になっていやがる、と考えているとランサーに気付いた男は不機嫌そうに声をかけてきた。

……来たか」
「お、ちゃんと待ってたんだな」
「私は君を買わないぞ」

第一声がそれかよ、とも考えたが少し話しただけでも伝わってくる程の堅物そうな男に驚きもせずにランサーは溜め息が出る。
ランサーとて買われるつもりはないからだ。
もし買われるような事になれば身の危険もあるし今回のバイトの事で大学からお叱りが無いとも限らない。
故に目立つような事をするつもりはないのだ。
ただランサーは馬鹿正直に悩む男に興味が沸き、放っておけなかった。
ランサーにとっての理由など、それだけで充分であった。

「俺もそのつもりはねぇよ、ただアンタの話し相手くらいにはなってやるって言ってんだ」
「なんだそれは……君は初対面の人間の話を聞くようなお人好しには見えないし、何より君にメリットがないだろう」
「テメェ初対面なのに失礼な奴だな!はぁ……そうだな、飯でも奢ってくれよ」
「結局、たかっているではないか。それでは意味が無い」
「なんだよ、わざわざ断る為に待ってたのかよ?」

呆れたとばかりに溜め息まじりに話しながら面倒臭さに思わず頭をかいて、どうしたものかと悩む。
晩御飯を奢ってもらえたら助かると言うのは本当だったが、それではランサーを買うのと一緒だと断ってくる男に頭を悩ませる。
そもそも自分を選んだのはお前だろう、と言ってやりかったが話を聞かずに約束を押し通したのはランサーである。
このまま無かった事になるのだろうかと考えながら男に目線をやると、意外な事に男も困惑したような表情を見せていた。

「君の事は買えないと伝えるとつもりだったのは確かだが……君を指名したのも私だ。原因であるのは自覚している」
「そうかい……なぁ、知り合いにも相談できねぇんだろ?今晩の飯でも奢ってくれたら俺はいくらでも話を聞くぜ?」
「む……
「ったく、テメェも一緒に飯を食えば良いだろ?」
………………分かった」

一言、分かったと長い沈黙の後、あまり覇気のない声色で承諾したかと思うと男は歩き出してしまった。
そんな暗い表情の男に、これは思っていたよりも面倒なものを拾ったかもしれないな、と今更な事を考えつつもランサーは考えても仕方が無いと切り替えて男の横に並んだ。
そして並んでみると男の目線は下を向いていて、これは考え込んでいると察したランサーは変な結論を出される前にと先手を打つことにした。

ブツブツと初対面で出会って数時間も経っていないのにしかめっ面で自分を心配するような言動の男に面食らいながらもランサーは晩御飯の事を考えていた。
晩御飯は隣の男が払ってくれるので気にする事はない、と言ってきた事は懐の事情的に有難かったからだ。
今のランサーにとっては、ちょっとした小言で飯にありつけるのならば隣の堅物の言葉も些細な事であった。

「それで?飯を奢ってくれるんだろ。どうすんだよ、これから」
「私に食事の希望は無いので君の要望に合わせよう」
「おいおい、良いのか?俺が大食いだったらどうすんだよ」
「心配は無用だ。知り合いに居るのでね」
「なんか……苦労してんだな」

変な同情はよせ、と言って眉を潜める男を横目にランサーは改めてどうするか考える羽目になった。
正直、男の誘いに乗る前の予定では適当に遅くまでやっている安いスーパーで惣菜と酒を購入して晩酌でもして寝ようか位にしか考えいなかった。
いつも大会が近付いてくると体調を考えて酒と煙草を断ち、規則正しい生活と食事に気をつけているが、今はそれもオフシーズンに入ったので必要ない。

ならば予定していた食事と酒を所望しようか、と考えた直後、ランサーは珍しく悩んだ。
何故なら大前提としてランサーは褐色の男の悩み、もしくは愚痴を聞いてやる約束なのだ。
しかも内容は同性である男に対しての悩みだ。
ならば人目に付かない方が良いのでは無いだろうかと思ったのだ。
気付けば足は止まっており、少し前を歩いた形で振り向いて男が訪ねてくる。

「それでどうするんだ?」
「ん?あぁ、俺は飯と酒が飲みてぇんだけどさ。結局の所アンタは人目が少ない方が話しやすいだろ。俺はアンタに付いて行くぜ?」
「っ……別に何処でも一緒だ」

一人で悩んでも堂々巡りだと考えたランサーは、素直に男に悩んでいた事を話す事にした。
単純に男がどう考えているのか知りたかったとも言える。
すると男はランサーの言葉に驚いたような表情をしたかと思うと、少しの間の後で俯いて喫煙室で見せた消えてしまいそうな表情を見せた。
これにはランサーも言葉を詰まらせたが慌てて持ち前の明るさで切り返した。
男は何故そんな表情をしたのか分からなかったが、ランサーからすれば辛そうな表情をさせようと言ったのではないのだから。

「ちょっ、そんな暗い顔すんなよ!奢って貰うんだし、なんか場所の希望とかねぇの?」
……ホテルに」
「へ?」
「今、仕事でホテルに泊まっているんだ。酒に弱いので利用している部屋で飲ませて欲しい」
「あぁ、なるほどな。いいぜ、適当に飯と酒を買ってくれや」

ホテルと言う言葉に一瞬、驚いたが続けた男の言葉に納得すると、俯く男の背中を軽く叩いてランサーは動かない男の前を歩いた。
すると男は目を見開いて驚きました、と誰でも分かるような表情でランサーを暫し見たかと思うと先を歩いて行くランサーに慌てたような声で、あ、おい、待て!と声をあげて付いて来ていた。
大方、同性を好きになった自分が泊まっているホテルに流石に付いて来ないだろう、とでも思っていたのだろうと思う。
いっそ断って来いとすら考えていそうだと今までの男の態度からランサーは推察していた。
しかしランサーからすれば逆に良いのか?と聞いてやりたかった。
お互いに名前すら名乗っていないのに身元がバレるかもしれないのは男の方だ。
人の悪い人間ならば上手く騙されて逆に脅しにでも使われるぞ、と呆れながらランサーは晩御飯は何を奢って貰うが考えた。

「買い物は適当で良いぜー。俺は酒が飲めたら良いからな」
「本当に、来るのか?」
「アンタが言い出したんだろ?それに奢って貰う代わりに話を聞く約束だ。その約束を俺は守るってだっつーの」
……そうか、分かった」

分かったと言った男は気が楽になったのかランサーには分からなかったが先程よりは顔色を良くさせて、コンビニへ入ろうと促してくる。
どうやら踏ん切りが付いたのだろうと思い、ランサーは男と共に晩御飯と酒を購入する為に付いて行く。
コンビニでは高くないか?とも一瞬、考えたがランサーが食べたいと思って、男の様子を見ながらカゴに入れても男は何処吹く風といった様子であった。
むしろ明記されている栄養素の欄を真剣に見つめて、先程とは違いランサーに見向きもしない。
そんな男に先程のしおらしさはどうした!と拗ねた子供のような顔で半ばヤケ気味に酒をカゴに突っ込んだ。
その後、二千円をオーバーした買い物に買いすぎた、と思う羽目になったが男は顔色も変えずに払っていたので、ランサーは本当に大食いの知り合いに苦労させられてるんだな、と謎の親しみを湧かせた。