外伝 硝子の窓辺に佇む【後編】

あらすじ
かつてこの国には名探偵がいた。あらゆる謎を解き明かしたその探偵は、悪の教典と共に暗い滝壺で眠っている。
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語__。
エマ=ジェームズ・ワトソンの元に奇妙な殺人事件の解決依頼が持ち込まれる。貴族家の女性が窓辺に佇むようにして死んでいたという奇妙な状況。さらにその事件には『魔女の絵画』という神秘の遺物が関わっている__。依頼の手紙にはそのような文面があった。依頼を受けたワトソンはシャルルマーニュと共に事件の捜査へ向かうが……?

スペシャルサンクス
Littorio様: エストレア・アマネセール様、トゥリウンファル・アル・アマネセール様、アドレナリーナ・アマネセール様をお貸しいただきました。
快くお貸しくださり、物語をだいぶ好き勝手に書かせて頂き本当にありがとうございました。
笋様: 『鳥の一族』の一族名をお借り致しました。事後報告となってしまい申し訳ありません。
読者の皆様: いつも感想をありがとうございます。本当に励みになっています。

中編➤ https://privatter.me/page/65b902c57d32f
前編➤ https://privatter.me/page/65afd8e7e75d5

ついに【後編】です。ここまでお付き合いいただきありがとうございました!!!! もうしばらくミステリーはいい!!!! 禿げる!!!!!!


***

__秘匿封印処理まで残り二十時間




「シャルさん! 何が起きているんですか!?」

バレルのアストンマーチン、その助手席に俺は乗り込む。素早く発進した車は大英博物館に向かって走り始めた。
俺はシャオリンから返された件のホームズの部屋から出てきた森の絵を持っている。そこにはご丁寧にもカンヴァス裏に書かれた文字を判読して書かれた便箋がある。

「俺に聞くな!! 知るかよ! 何だって管理局の連中、血眼でワトソンを探してんだか……そんなことしなくたってあいつ魔女の絵画の中に入ったまんまだぞ!?」
「そういえばクラウス卿がアマネセール邸で保護されていると聞いたんですが」
「お前どういう筋から情報仕入れてんの? まあいいや、それはそうだ。ボコボコにされてて今は療養必須なんでな。事件を明らかにするにはどうしてもあいつらが必要なんだよ」俺は焦りを隠さずに早口で言う。「クラウスとヤコフには何かまだ、誰にも話していない弩級の秘密がある。それが明らかにならねえとこの事件は終わらねえ」
「それは。一体何だって言うんです?」
「この辺まで出かかってんだよ!」俺は喉のあたりに右手をやって痞えていることを示した。「でも、ああやっぱ分かんねえ!」
「ちょちょ、期末テストじゃないんですよ!? このままだとワトソン先生が絵画から出てきても、神秘管理局にドナドナされて最悪消されちゃうかもしれないの分かります!?」バレルはアクセルペダルを踏んで加速した。「しかももっと素敵なニュースがあります。やっぱり嗅ぎつけられました。ゴシップがデイムの死を勝手に公表してしまったんです」
「最悪じゃねえか……」俺は項垂れる。
「でも、幸いというか、死因まではまだバレていません。死んだということだけですね」
「ならまだ火消しはどうにかできそうか? アドレに胃薬やらねえとな……今回の件でアマネセールは方々からぶっ叩かれてそうだしよ」

バレルの素晴らしい運転技術の甲斐あってアストンマーチンは一発で路上パーキングへ収まった。電子決済で一時間分を先払いし俺たちは急いで大英博物館の内部へ走る。本来であれば一般人の立ち入りが制限されているバックヤードへはバレルの警察職員証で、それの真下__さらに深い所へ行くにはワトソンに与えられた諮問探偵開業許可証が必須である。俺たちは丁度良く降りてきたエレベーターに滑り込み、「B38」と書かれたボタンを叩く。ぎょっとした表情の同乗者はそそくさと他の階で降りたが、俺は嫌な予感がして早く着かねえかなとエレベーターの上に表示されている古臭い秤の目盛のような階数表示を睨みつけた。
そんな俺の念が通じたのか、チーン、とまるで電子レンジのように音を立ててエレベーターの蛇腹な扉が開き、俺たちはその遺物保管庫へ走る。確か奥まった所にある棚に収められていたはずで、ハルハイムは魔術によってその棚を覆い尽くす白い茨を外していた。そもそも魔術師にしか開けられない細工がされているなら俺とバレルではどうしようもない。だが物理で殴ればいけそうな見た目なんだよな、あれ、と俺は思い足に力を込める。

……器物損壊、賠償請求どんとこい!」俺は思い切りその白い棚に激しめの蹴りを一撃入れた__白い棚が勢いよくへこみ、その衝撃で絵画が茨の隙間から滑り落ちた。俺はそれに手を伸ばして角を掴み、その『魔女の絵画』を手中に収めた。「森のままだ……
「これが件の『魔女の絵画』ですか……? 確かにあのモネとそっくりですね」
「俺の予想ならこのカンヴァスの裏側に__」俺は鍵にぶら下げていた十徳ナイフを引き出し、カンヴァスの裏に張られた妙な布を慎重に裂いた。

「「あ、あ、あったぁ~~~~!!!!!!」」

俺とバレルの声が重なって保管庫の内部で反響した。
俺は『魔女の絵画』の木枠の内側に収められた一回り小さい木枠を外す。かこん、と音を立ててカンヴァスが外れ、もう一つ絵が出現した。そのカンヴァスの裏面にはモネの名前が刻まれている。贋作かどうかなんて俺には判別できないが、だが確かにこの絵に__一回り大きい木枠に張られたカンヴァス、即ち『魔女の絵画』はこのモネに隠されて競売にかけられたのだ! 斜めにすれば丸めた状態でこの一回り小さい枠でも隠せる。多少厚みのある額縁に収めればいいのだから。それに木枠には長時間何かを押し付けたような形跡があった。

「モネごと封印するつもりだったなら、この絵にも何か秘密があるはずだ」俺は古びた木枠を観察する。「考えろ、時間がない……ワトソンを助け出し、この事件を終わらせる手掛かりは……
「シャルさん! もう一枚似たような絵がありましたよね。これ、シャーロック・ホームズの部屋から出てきたっていう」
「それだ!」俺はバレルの手からひったくってモネの絵とホームズの部屋から出てきた絵を床に並べた。「……あ? お、おい、バレル!! 見ろ! これ__」
「絵が……一枚に繋がってる……

同じ絵だと勝手に思っていたそれは、二枚で一枚に繋がる絵だった。何故だ? モネは1840年生まれで、ホームズの部屋から出てきたフォックス・トロット・アーキテクトが描いた方の絵とは二百年近く完成時期が離れている。だがその筆遣いには同じものを感じる。俺は繋がった二枚の絵を睨みつけて必死に思考を巡らせた。
モネの絵。そこに隠されていた『魔女の絵画』、そして繋がった二枚の絵。フォックスが描いた絵の裏には指で書かれたメッセージ__『if you tell me lie, meet you again will killed』。

「違う」俺の声にバレルが「え?」と声を上げた。
「何が違うんですか、シャルさん」
「『killed will again you meet, lie me tell you if』だ」
「左向きに読むんですか? でも英語がおかしいような気が……」バレルは呟く。
「重要なのは文法とか、左向きに読むことだけじゃない。まるで意味が変わる。右向きに読めば、『嘘をつけば、次に会う時は殺されるだろう』だが、左向きなら『殺されたならまた会えるだろうか、嘘でも構わない』となる。……魔女の絵画の本質は過去だ。見た対象が最も強く記憶する過去や事象を投影し、幻の世界へ誘う」

俺は繋がった絵を見た。暗く不気味な深い森。魔女が棲んでいると言われても疑う必要がない、鬱蒼と茂るイングランドの森である。

「フォックス・トロット・アーキテクトは人から離れて、この森でひっそりと生きていた。絵を……『魔女の絵画』を描いて、己の幸福な過去の中で生きていたのかもしれない」俺は呟く。「彼女は最期、火刑に処されたらしい。だが魔女は人間じゃない。幻想種だ。本物の幻想種がその程度で死ぬとは思えない」
「では、その……この絵の作者であるフォックスは、火刑に処された後も生き延びていたと?」バレルは俺の横にしゃがんで片膝をつき、絵をじっと眺めた。
「いや、突拍子もねえ話なんだが」俺は絵を思う。完璧に全てが同じ筆遣いとは言えないが、その絵はよく似ている。「モネの近しい存在だった可能性はあると思う。こっちの絵と並べても絵の具の劣化具合はそこまで酷くないし、ぱっと見た限り一緒に描かないとこうはならねえだろ」
「そしてモネは、フォックスよりも先に亡くなった」
「ああ。だから『殺されたならまた会えるか』__即ちこの事件で亡くなったデイム・ロディア・カーステアズは、フォックス・トロット・アーキテクトと同一人物。

……そうだよな、オスカー・ハルハイム」


俺は立ち上がり振り返る。その言葉を聞いて、悲し気に微笑むハルハイムがそこにいた。