外伝 硝子の窓辺に佇む【後編】

あらすじ
かつてこの国には名探偵がいた。あらゆる謎を解き明かしたその探偵は、悪の教典と共に暗い滝壺で眠っている。
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語__。
エマ=ジェームズ・ワトソンの元に奇妙な殺人事件の解決依頼が持ち込まれる。貴族家の女性が窓辺に佇むようにして死んでいたという奇妙な状況。さらにその事件には『魔女の絵画』という神秘の遺物が関わっている__。依頼の手紙にはそのような文面があった。依頼を受けたワトソンはシャルルマーニュと共に事件の捜査へ向かうが……?

スペシャルサンクス
Littorio様: エストレア・アマネセール様、トゥリウンファル・アル・アマネセール様、アドレナリーナ・アマネセール様をお貸しいただきました。
快くお貸しくださり、物語をだいぶ好き勝手に書かせて頂き本当にありがとうございました。
笋様: 『鳥の一族』の一族名をお借り致しました。事後報告となってしまい申し訳ありません。
読者の皆様: いつも感想をありがとうございます。本当に励みになっています。

中編➤ https://privatter.me/page/65b902c57d32f
前編➤ https://privatter.me/page/65afd8e7e75d5

ついに【後編】です。ここまでお付き合いいただきありがとうございました!!!! もうしばらくミステリーはいい!!!! 禿げる!!!!!!



4

__?¿繝吶う繧ォ繝シ繧ケ繝医Μ繝シ繝?21B
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎



「よく聞いてくれ、マイ・ディア。……君は今、とんでもない事件に巻き込まれている。早く対処しないと一生ここから出られなくなるぞ」

ホームズはそう言って顔を顰めた。私は意味が分からず呆けた顔のまま固まる。私が、とんでもない事件に巻き込まれている? 一体こいつは何を言っているんだ。
私が221Bにいる事が事件だとでもいうのだろうか。それともこの外で降りしきる滝のような雨が事件とでも言いたいのか。あまりにも事件が起きなさ過ぎて遂に薬物乱用し始めたのか。様々な憶測が頭を駆け巡ったが、どうやらそういう意味ではないらしい。ホームズはサイドテーブルへパイプを置き、私の方へずんずんと近寄って私の肩を勢いよく掴んだ。

「いいかい。事件、という言い方は少し違うかもしれないが……〝事態〟というほうがいいかもしれない。ここは現実ではない。ここは君の過去が生み出した幻想領域のようなものだ。君は原生神秘だろ? だから僕やメアリー、ハドソンさん、この過去の在り様をより深く、強く__自分自身が生み出した幻想を、現実だと誤認するほどの精緻さで再現できてしまうんだ。つまり君は、今この瞬間も自分で自分に催眠を掛けているような状態なんだよ」
……馬鹿馬鹿しい。そんなことがあるか。事件が起きなさ過ぎて頭がおかしくなったんじゃいのか」

私はホームズの耳にそっと触れた。その触れる感触も、声も、顔も、全てが彼そのものだ。これが現実ではないというのなら一体何だというんだ。

「聞いてくれマイ・ディア。もし君がここから出られなくなったら、君を待つ友人たちはどうなるんだ」
……私は……」私は困惑で何も言えなかった。だって私はシャーロック・ホームズの親友で、メアリー・モースタンの夫で、このベイカー・ストリート221Bで共に事件を追いかけている。「分からない。分からない、ホームズ……私がおかしいのか? それともお前がおかしいのか。お前が私の生み出した妄想だというのなら、私の指に伝わる体温は誰のものなんだ。私が今見ているお前は誰なんだ! 答えろホームズ。お前なら分かるだろう__どんな事件でも紐解いてきたお前ならば……
「落ち着けワトソン。……君は分かっているはずだ。僕は1891年の5月4日、ライヘンバッハの滝で死んだ。だからどうあっても、ここにいるはずがない、と」
「やめてくれ! その話は聞きたくない!」

私は思わず肩を掴んでいるホームズの腕を乱暴に振り払った。
頭の片隅に追いやったと、もうとっくに昔の事なのだと、そう思っていた。
二人を失って数年後、『空き家の冒険』なんて気休めのような物語で心を慰めた。虚しさに苛まれても、私が書き続ければ二人はそこにいた。この手を止めれば、二人が泡沫のように消えてしまうと思った。
忘れていくのが怖かった。私は決して忘れない、即ち忘却の機能が存在していない原生神秘であると分かっていても、忘却の恐怖に怯えた。私がこの手を止めたら世界がホームズとメアリーを忘れてしまう気がした。
いや、違う。本当はもっと単純で、全く複雑ではない理由だ。
二人には生きていて欲しかった。ホームズと、メアリーと、もっと一緒に色々な世界を見たかった。
それが叶うことはない。残ったものは虚しさと、寂しさと、二人を一人ぼっちで逝かせたという後悔ばかりだった。

「ワトソン……
「やめてくれ。……分かっている。分かっているんだ……そんなことは最初から分かっていた! この221Bが紛い物だって。嘘で塗り固められた、私の生み出した幻想だってことぐらい理解しているつもりだった……」私は空に浮いているホームズの左手を思い切り掴んだ。「でもお前は、紛うことなきシャーロック・ホームズだ。私が知るホームズだ。このお前が嘘なら、嘘でも構わない。……一分、一秒、僅かでも永く、ここにいさせてくれ」

「私はただ、もう一度__もう一度、ただ話がしたかっただけだ。
それ以上のことなど、何も望んでいない」