外伝 硝子の窓辺に佇む【後編】

あらすじ
かつてこの国には名探偵がいた。あらゆる謎を解き明かしたその探偵は、悪の教典と共に暗い滝壺で眠っている。
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語__。
エマ=ジェームズ・ワトソンの元に奇妙な殺人事件の解決依頼が持ち込まれる。貴族家の女性が窓辺に佇むようにして死んでいたという奇妙な状況。さらにその事件には『魔女の絵画』という神秘の遺物が関わっている__。依頼の手紙にはそのような文面があった。依頼を受けたワトソンはシャルルマーニュと共に事件の捜査へ向かうが……?

スペシャルサンクス
Littorio様: エストレア・アマネセール様、トゥリウンファル・アル・アマネセール様、アドレナリーナ・アマネセール様をお貸しいただきました。
快くお貸しくださり、物語をだいぶ好き勝手に書かせて頂き本当にありがとうございました。
笋様: 『鳥の一族』の一族名をお借り致しました。事後報告となってしまい申し訳ありません。
読者の皆様: いつも感想をありがとうございます。本当に励みになっています。

中編➤ https://privatter.me/page/65b902c57d32f
前編➤ https://privatter.me/page/65afd8e7e75d5

ついに【後編】です。ここまでお付き合いいただきありがとうございました!!!! もうしばらくミステリーはいい!!!! 禿げる!!!!!!


***

__同刻
神秘管理局 異端審問所内 尋問室



拷問用の魔術の使用は世界的に禁忌とされているが、異端審問官には許されている。鉄仮面の異端審問官は死なぬよう、だが確実に苦しみを与える絶妙な塩梅で男を拷問していた。
クラウス・モクペジムは激しく血を吐き出して審問官を睨みつける。

「何度……何度聞かれても、答えは同じだ……! ヤコフは、共和国のスパイなどではない! この英国を裏切るような真似はしていない! 国家機密など何も知らない!」
「モクペジム卿。あんたには悪いが、証拠が挙がっている。あんたの部屋から機密文書が四通も出てきたんだ__これのどこが『知らない』だ? すべて話せ。話さないなら、ヤコフ・ニジンスキーも同じような目に遭うぞ」
「貴様……!! ぁ、がぁっ……!」思い切りクラウスの頬を乗馬鞭が叩く。「僕は、この国を裏切ってなど、いない……
「しぶといなぁ。さっさとゲロって楽になればいいじゃん」小柄な秘匿執行官が椅子に腰掛けたままそう言った。「ま、俺たちはデイム・ロディア殺害の方の事を色々聞かせてもらいたんだけどね」
「知らないと言っている!」
「だから、知らないじゃねえんだよ」小柄な秘匿執行官は杖の先端をクラウスへ向けた。「お前が色々事件に通じてた事はもう分かってんだ。あんな危険極まりねえ『魔女の絵画』……どうやってアマネセールの連中を騙して運ばせた? 王家御用達の蹄たちに泥仕事させやがって。世が世なら死罪一択だろ」
「本当に知らない! ロディアが死んだことに僕は何ら関わっていない! それはヤコフも同じだ!!」

クラウスの供述は呆気なく、その後彼の喉から出た絶叫で掻き消される。審問官が見えぬ苦痛を与えたのだ。全身に黒い紋様が浮き上がり、それが呪いの重ねがけである事をその場にいる皆に示した。
浅い息を繰り返し、全身から汗を流して苦痛に耐えるクラウスの唇は切れ出血している。何度も何度も絶叫する故に喉の血管が裂けており、また数度乗馬鞭で激しく打たれた事で顔や首筋にはくっきりと痣が残っていた。

「この、馬鹿どもが……
「この状況で俺らにそんな文句言えるとか元気一杯すぎじゃん。いい加減吐けよ。やり過ぎるとスコットランドヤードの連中に説明すんのが面倒だからさ」
「モクぺジム家は数世代にわたってこの英国に貢献してきた……。神秘編纂課に記録もある、よく知っているはずだ……裏切る事などあるものか……!」
「知らねえよ、んな事。お前個人の問題だろ」執行官は杖をクラウスに向けたまま語る。「デイム・ロディアは他殺だった。しかも現場にお前の家の家紋が入った、血の付いたダガーが落ちてたんだ。関連を疑うのは当然だろうが。……知らない、裏切らない、信じてくれじゃすまねえんだよ。王位継承順位一桁台の、相手の妻が死んだんだぞ? 関わりがないというならその証拠を出せ」
「証拠など……出せないと分かっているくせに……
「じゃあさっさと殺害と国家機密漏洩を認めろ。こんな下らねえ問答はそれで終わりだ」

クラウスは唇を噛んで黙る。身に覚えのない罪が二つある。だが己が無罪であると証明する手立てはなく、クラウスは耐えきれぬ苦痛がこれからも続く事を想像し、恐怖に慄く。だが今滅多な証言をするわけにはいかない。クラウスは後ろ手に縛られた掌にきつく爪を食い込ませて意識を引き戻す。

「チッ。漸く言う気になったのかよ」
「ヤコフだけは、彼だけは、彼には絶対に触れるな」紫の瞳が執行官へ向けられた。クラウスは焦ったように早口でさらに続ける。「……『金糸雀の涙』という宝石……エルフを置換魔術で鉱石化した魔力の大結晶、それを、あの探偵が持ってる」
「探偵、だと?」執行官は瞳孔を小さくする。「まさかアンシーリーコートの事か」
「そうだ」クラウスは呟く。「あいつは絵画の中身を現実にする方法を知っている」
……おい! 取り調べは中止だ! アンシーリーコートを探すぞ!」

執行官が控えていた他の神秘秘匿執行官に向かって叫ぶ。その様子を見たクラウスは項垂れて床を凝視しながら、静かに片方の口角を僅かに持ち上げた。