外伝 硝子の窓辺に佇む【後編】

あらすじ
かつてこの国には名探偵がいた。あらゆる謎を解き明かしたその探偵は、悪の教典と共に暗い滝壺で眠っている。
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語__。
エマ=ジェームズ・ワトソンの元に奇妙な殺人事件の解決依頼が持ち込まれる。貴族家の女性が窓辺に佇むようにして死んでいたという奇妙な状況。さらにその事件には『魔女の絵画』という神秘の遺物が関わっている__。依頼の手紙にはそのような文面があった。依頼を受けたワトソンはシャルルマーニュと共に事件の捜査へ向かうが……?

スペシャルサンクス
Littorio様: エストレア・アマネセール様、トゥリウンファル・アル・アマネセール様、アドレナリーナ・アマネセール様をお貸しいただきました。
快くお貸しくださり、物語をだいぶ好き勝手に書かせて頂き本当にありがとうございました。
笋様: 『鳥の一族』の一族名をお借り致しました。事後報告となってしまい申し訳ありません。
読者の皆様: いつも感想をありがとうございます。本当に励みになっています。

中編➤ https://privatter.me/page/65b902c57d32f
前編➤ https://privatter.me/page/65afd8e7e75d5

ついに【後編】です。ここまでお付き合いいただきありがとうございました!!!! もうしばらくミステリーはいい!!!! 禿げる!!!!!!


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221Bを訪れたバレル・ホークアイは、普段の元気な様子とは打って変わって疲れた顔をしていた。先日ヤコフ・ニジンスキーを追いかけまわし、そして遂に公務執行妨害で拘置所へ放り込んだらしいがどうも供述が芳しくないらしい。
俺はその話を聞きつつ考える。どうもCIAはヤコフに対してスパイ容疑をかけているらしいのだが、それも何だか腑に落ちない。
大体この事件はデイム・ロディア・カーステアズという一人の女性が、窓際に佇んでいる状態で死んでいたという奇妙な出来事から始まった。だが今となっては最大の重要参考人と思われていたクラウス・モクぺジム卿、そのクラウス卿と昵懇であるヤコフ・ニジンスキー、その両名がCIAに追われる事態となっている。

(ワトソンなら見落とさない何かを、俺は見落としている気がする)

俺は今までの事を整理しようと紙に書き出した。
アマネセール家に出された『魔女の絵画』の運搬依頼。そして起きたデイム・ロディアの死。絵画の力により遠隔転移した先で、モクぺジム家の家紋入りの短剣を拾ったハルハイム。そのハルハイムと親しい東洋呪術師であり、画商の真似事をしているというシャオリン。
俺はどこで、何を拾い残した? 見えていない何かを見落としている。そんな気がして、ワトソン宛に出されたアマネセール家の依頼書を引っ張り出す。

「『先日行われたチャリティーオークションにて500万ポンドで落札された絵画』……? ちょっと待て。チャリティーオークションって……

俺はローテーブルに放り出したスマホを引っ掴んでSiriを呼び出した。直近で行われたチャリティーオークションは三件のみだ。そのうち一件は彫刻などの立体物、アンティーク食器やドレスなどを扱い、絵画は扱わないものなので除外できる。
つまり二件のうちどちらかで絵画は落札された。俺はそのリンクをワトソンのラップトップに転送し、勝手に割り出したパスワードを入力してロックを解除する。

「500万ポンド前後の大口落札があったのはこれだけ。二件か」

どちらもロンディニウム・チャリティーオークションである。絵画のみを扱い、有名無名問わず出品される。過去にはこのオークションにターナーが出品されてとんでもない額で落札されたというニュースがあった。今のレートだと日本円換算で7億4000万円。ブラウザにアクセスし、『7.4億 絵画 イギリス』と検索をかける。時系列が新しい順に検索結果を並べ替えれば一番上にそれが表示された。

『イギリス ロンディニウム・チャリティーオークションにて モネの未発表作品が出品 約7億で落札』

モネ。クロード・モネ__印象派の巨匠だ。もしこれが別の場に出品されていたならば、もっと目玉が飛び出るような金額がついているに違いない。
写真が貼られている。その写真の絵画は、俺が見たあの『魔女の絵画』__そのカンヴァスに浮かぶのは不気味な深い森。暗い色調で鬱屈とした森。
ではホームズの部屋から出てきた絵は一体何だ? モネはフォックスよりもずっと後の人間のはずだ。まさかモネも魔術師で、フォックスと同じように『魔女の絵画』を? 突拍子もなさ過ぎるその考えを俺は振り払った。

「シャルさん、何見てるんですか?」バレルは寝ぼけ眼を擦りながらパソコンを睨みつける俺に話しかけた。
「これ見ろ。件の『魔女の絵画』はこのモネの絵の下に隠してあったんだ」
……え? ええ!? いや待ってください。確かに『魔女の絵画』がそのままオークションに出てくる事は考えにくいですけど、モネの下に……。アマネセール家が代理でこの絵を競り落としたんですよね。で、そのままバッキンガム宮殿へ運び込まれてデイム・ロディアに引き渡された」
「ああ。しかも絵はカーステアズ家に縁があった、ときてる。やっぱこれは魔術が絡んだ事故だと片付けるには……

俺は自分の推理がとんでもない間違いだったのではないかと思い始めていた。
『魔女の絵画』にそっくりなモネの絵。そもそも絵画は写真を撮るとカンヴァスの画面が真っ黒になり、あれを写真に収める事ができない。写真はヘカチェが既に試し証明されている。

「警部の話によると、結局クラウス卿の方は早々にCIAが連れて行ってしまって、何も話を聞けなかったらしいんです。ニジンスキーの方は色々聞いてみましたが、不審な供述はなかったんですよね。街頭監視カメラの映像や、証言の裏取りなどもやりましたが、結局彼は俺たちから逃げた以外妙な事はしていませんでした。何故逃げたのかという問いに対しては、クラウス卿がCIAに連行されたため、自分も同じように連れて行かれて尋問されるのではと思ったからだと……
「やっぱりなんかおかしいな。クラウスの方はめちゃくちゃ疑われて、しかもCIAまで引っ張り出した。だが一方でヤコフは白過ぎる。アマネセール家のやつに聞いたんだが、あいつら社交界じゃ有名な二人らしい」
「あ、その供述は確かに取れています。クラウスの他の友人たちも卿が何故疑われているのかは知らない様子でした。『何故クラウスとヤコフが!?』とか『二人がそんな事をするはずがない!』とか、めちゃくちゃ警部に突っかかっていましたし」

バレルはそう言って手帳を繰った。やっぱり何かがおかしい。そもそも何故デイム・ロディアが死んだ宮殿内にモクぺジム家の家紋が入った、血のついた短剣が落ちていたのか。その血は一体誰のものなのか。

「バレル。お前、押収した短剣についてた血のDNA鑑定はどうだったんだよ?」
「そっちもダメでした。やっぱりDNAは検出できなくて、血に似た色合いの油彩絵の具でしたね。柄を触ったハルハイム先生、それと亡くなったデイムの指紋が出ただけで……犯人への手掛かりは何も」
「待った。……デイムの指紋が出たのか?」
「はい。ただその、こう……」バレルは胸の辺りで手を動かし、「刺された短剣を引き抜こうとしてついたような感じでした」
「だったらその血はデイムのものじゃねえと変だよな」
「それはそうなんですけど、でも実際DNAは出ていないので……」鑑識に言ってくださいよ、とバレルは口を尖らせる。
「だぁ〜〜もうわかんねえよ! 一体何が起きてんだ! クラウスもヤコフも一体何なんだ馬鹿野郎が! この事件は事故か、それとも殺人なのか、そこから考え直さねえと」
「ワトソン先生がここにいたら、もう真相が明らかになっていそう」
「言うな! ないものねだりしても仕方がない。今はとにかく、クラウス卿とヤコフだ」
「ですね。俺はもう一回二人について調べます」

バレルはそう言ってカウチから勢いよく立ち上がった。俺はその様子を横目に、椅子の背もたれに体を預ける。
ワトソンは自分が探偵であるということを頑なに認めようとしないが、確かにエマ=ジェームズ・ワトソンは探偵なのだと実感する。唯々疑問が積み上がり、時間だけがすり減っていく。俺は焦りを感じながら瞼を瞑り、一度思考を遠くへ追いやった。