外伝 硝子の窓辺に佇む【後編】

あらすじ
かつてこの国には名探偵がいた。あらゆる謎を解き明かしたその探偵は、悪の教典と共に暗い滝壺で眠っている。
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語__。
エマ=ジェームズ・ワトソンの元に奇妙な殺人事件の解決依頼が持ち込まれる。貴族家の女性が窓辺に佇むようにして死んでいたという奇妙な状況。さらにその事件には『魔女の絵画』という神秘の遺物が関わっている__。依頼の手紙にはそのような文面があった。依頼を受けたワトソンはシャルルマーニュと共に事件の捜査へ向かうが……?

スペシャルサンクス
Littorio様: エストレア・アマネセール様、トゥリウンファル・アル・アマネセール様、アドレナリーナ・アマネセール様をお貸しいただきました。
快くお貸しくださり、物語をだいぶ好き勝手に書かせて頂き本当にありがとうございました。
笋様: 『鳥の一族』の一族名をお借り致しました。事後報告となってしまい申し訳ありません。
読者の皆様: いつも感想をありがとうございます。本当に励みになっています。

中編➤ https://privatter.me/page/65b902c57d32f
前編➤ https://privatter.me/page/65afd8e7e75d5

ついに【後編】です。ここまでお付き合いいただきありがとうございました!!!! もうしばらくミステリーはいい!!!! 禿げる!!!!!!


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5


__『魔女の絵画』秘匿封印処理まで残り四十八時間
アマネセール邸



CIAの尋問部屋から這う這うの体で救い出されたクラウス・モクペジム卿は、アマネセール邸にて暫く保護されることになった。何せ全身酷い打撲があり、他にも脱水症状やら様々なデバフをてんこ盛りにされているような状態だったのである。即ち瀕死であった。
俺はクラウスの体をそっとゆっくり起こしてやり、吸い飲みに入ったぬるま湯を飲ませてやる。クラウスは最初に会った時の気迫はどこにやったのか、か細い声で「ありがとう」と俺に礼を言った。
客人用の部屋は紺色の調度品でまとめられており、天蓋は深い黒に彩られ、ところどころに星々の衣裳が取り入れられている。
クラウスはぼんやりと天井を見つめていた。紫の瞳は虚ろに、時折天井に描かれた星座を追いかけている。

「もっとでけえ声で礼言えや、このタコが」エストレア・アマネセールはベッドサイドでそんな罵声をクラウスに浴びせた。
「今はそんな声張れる訳ねえだろ~? 大体起き上がるのもやっとだってのに、お前ってやつは」
「ハッ。どうだかなァ。魔術師ってやつは信用ならねえ。腹ン中で何考えてるか__」エストレアは耳を絞って俺を睨みつけながら言った。「ジジイの指示でやってやったが、動けるようになったらさっさと出ていけ。つうか叩き出してやる」
「ごめんな~。エストレアはああ言ってっけど、実際は多分もうちょっと心配してると思うからさ~」俺はクラウスに話しかける。軽く首を動かしてクラウスはこちらを見た。
「気にしていない。……救われ、留め置いてもらっている身だ。彼の言う通り動けるようになればすぐに出ていくさ」
「なあクラウス。あんた本当に何があったんだよ。国家機密漏洩とか……スパイ容疑とかさぁ」

クラウスは震える腕で体を支えてベッドから起き上がる。部屋の外に見える木に烏が一羽留まり、こちらを伺うような様子を見せた。烏はきょろきょろと周囲の様子を忙しなく見ている。俺は一瞬モクペジム家の随分と沢山いた烏や小鳥を思い出した。

「身に覚えのない事だ。僕は随分、英国政府に好かれているらしい」クラウスは自嘲的に笑った。「そして僕のせいでヤコフまでまとめてCIAにマークされる始末だ」
「やっぱデイム・ロディアの件なのか? でも逆にここまで事態を荒立てればゴシップが騒ぎ始める気もするんだが」
「だが何も起きていない。よっぽど情報統制が厳しいのだろうな」
「クラウス!」

突如部屋に飛び込んできた金髪の男__確かに美形だ。この男がヤコフ・ニジンスキーか。俺はベッドサイドの椅子から立ち上がり譲った。ヤコフはクラウスの元へふらふらと近寄り、そっとクラウスの頬に優しく己の手を触れさせた。

「酷い怪我だ……CIAには倫理観が無いのか?」ヤコフは俺の譲った椅子には腰かけず、ベッドに直接座った。
「大丈夫だよ。色々アマネセールには文句を言われたが、動けるようになったらすぐに戻るさ」
……クラウス……本当に大丈夫なのか? 俺も暫くここに滞在できるようトゥリウンファル卿に打診したが……

ヤコフはクラウスの手を優しく握りながら言った。俺のこと見えてる? と言いたいがぐっと堪えて空気に徹し、二人の様子を観察する。確かにこの二人は『そういう』仲なのだろう。ヤコフの左手、その薬指には指輪を長年嵌めていた形跡があった。俺は視線を動かしてクラウスの左手を見る。何故かクラウスの左手の薬指には、二つの指輪がまとめて嵌め込まれている。

「あ~~……ご両人。悪いんだけど、ちょっと話聞いてもいい?」俺は堪えきれず二人に声をかける。クラウスは視線を動かして俺の方を一瞥した。ヤコフは立ち上がり、警戒するように腕を組んで俺の方を睨む。
「大概の事は警察に話したが? どうせお前もデイム・ロディアの事が聞きたいんだろ。警察に聞けよ」棘のある口調でヤコフは俺に言った。
「まあ、そうなんだけど……あんたら、『魔女の絵画』について色々詳しく知ってんじゃないかな~って思う訳」
「何故わざわざそんなことを知りたがるんだ」クラウスは疲れた様子でベッドに体を横たえた。「あんな、呪いの塊の事を知ったってどうにもならないだろう」
「俺の友人が飲まれちまったんだよ。引っ張り出したい。手立てを探してる」
「お気の毒に」ヤコフは憐れみを込めたように薄く笑った。「あれに飲まれて引っ張り出せた事例はない。ああ、一個あったか。燃やせばいいんだとよ」
「それ以外には無いのか? 普通に考えりゃ入れるなら、出れるだろ」
「それは一般人的解釈だな。魔術において箱や結界となれば、一度入れば出られないものもある。好物を食べて吐き出すやつはいないだろ。それと同じだ。……なあ、もういいだろ。クラウスは見ての通り疲弊している。そっとしておいてくれ」
「あ、ああ、悪い。もし何か必要なものがあれば呼んでくれよな」

俺は出来るだけ朗らかに接する事を心がけて部屋を出た。
あの二人は何かがおかしい。だがその違和感を上手く言語化できず、俺は胃のあたりで延々グルグルと渦巻く重たい砂利のようなものを感じていた。
部屋の外にはエストレアが立っている。どうやら外で俺たちの会話を盗み聞きしていたらしい。ちょいちょいと指で俺を呼び、客室から離れた執務室のような部屋へ俺を案内した。
室内は派手に散らかっている。公的な書類の上には磨かれた蹄鉄が文鎮の代わりに、カーテンは適当に留められているだけで、片方はタッセルが床に捨てられている。執務机の上は一切整頓されておらず、とにかく次から次へと物を置いたのだろう__身も蓋もない言い方をすればだいぶ汚い。


「絶対に黒だ」

エストレアは肉食獣が威嚇するような声を上げてそう呟いた。俺はあまりにも唐突なその発言に困惑しながら続きを待つ。

「あいつらからは人殺しの匂いがする」
「おいおい、勘ってことじゃねえか。それじゃダメなんだよエストレア。結局のところ表だろうが裏だろうが、裁くのは人じゃなく法律なんだ。証拠が無きゃいくら匂おうとしょっ引けない」俺はエストレアの方に顔を寄せて、小声で言う。「……それに問題は色々ある。仮にクラウスがロディアを殺害していたとしても、それを科学捜査では立証できない事だ」
「まどろっこしいんだよ。大体明らかにおかしいだろうが。お前の目ン玉節穴か? クラウスは二人分の結婚指輪を自分の薬指にしていた。相手に先立たれたならまだしも、ヤコフはピンピンしてるじゃねえか」エストレアは左手をひらひらさせながら言う。それは俺も思っていたが、
「ヤコフと出会う前に誰かと死に分かれたのかもしれねえじゃん」
「そんな年齢じゃねえだろ。俺たちより二十は若いぞ、あいつ」
「ま~~じ~~? 年齢感じちゃったぁ……

俺は茶化すように言う。エストレアを信じるならば、クラウスは俺の子供たちと同世代。その時点で他の婚約者と死に分かれた__という線はまずないだろう。
ではあの結婚指輪は一体なんだ。ヤコフの指には長年指輪が嵌められた形跡があった。ヤコフがそこにいるのに、なぜクラウスはわざわざ二人分の結婚指輪をしている。

もしも『金糸雀』と同じであるならば。
俺は一つ最悪な仮説を思いつく。だが全てを明らかにするには、ワトソンがいなければ。

「悪い、エストレア。俺一回221Bに戻るわ」
「あ!? ざけんな、テメエ俺にあいつら二人のおもり丸投げする気かよ!?」
「そうじゃねえ。今すぐに確かめなきゃならねえことがある」