外伝 硝子の窓辺に佇む【後編】

あらすじ
かつてこの国には名探偵がいた。あらゆる謎を解き明かしたその探偵は、悪の教典と共に暗い滝壺で眠っている。
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語__。
エマ=ジェームズ・ワトソンの元に奇妙な殺人事件の解決依頼が持ち込まれる。貴族家の女性が窓辺に佇むようにして死んでいたという奇妙な状況。さらにその事件には『魔女の絵画』という神秘の遺物が関わっている__。依頼の手紙にはそのような文面があった。依頼を受けたワトソンはシャルルマーニュと共に事件の捜査へ向かうが……?

スペシャルサンクス
Littorio様: エストレア・アマネセール様、トゥリウンファル・アル・アマネセール様、アドレナリーナ・アマネセール様をお貸しいただきました。
快くお貸しくださり、物語をだいぶ好き勝手に書かせて頂き本当にありがとうございました。
笋様: 『鳥の一族』の一族名をお借り致しました。事後報告となってしまい申し訳ありません。
読者の皆様: いつも感想をありがとうございます。本当に励みになっています。

中編➤ https://privatter.me/page/65b902c57d32f
前編➤ https://privatter.me/page/65afd8e7e75d5

ついに【後編】です。ここまでお付き合いいただきありがとうございました!!!! もうしばらくミステリーはいい!!!! 禿げる!!!!!!


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「全部教えろよ、おっさん。__あんたは全部知ってるはずだよな」

俺はハルハイムに向かって言う。黙ったまま、彼は杖を床へ捨てて蹴り飛ばし、バレルの方へ投げ渡した。抵抗する気は無いらしい。もし魔術でドンパチやる羽目になったら俺は一瞬で消し炭だ。

「だがよくその結論に辿り着いたね、シャル君。……僕は少し君を見くびっていたかもしれない」
「お前に聞きたいことがある。ヤコフ・ニジンスキーのことだ。あれはなんだ? クラウスにとっては大切な人なんだろうし、俺もそこに関しては疑う気はない。でも……違和感がある。あいつは何か……何かおかしい」
「流石に、馬子の勘は鋭いね。そういう神秘的な所が君たちの好ましい所ではあるけど、名探偵の手前種明かしをしようか。ヤコフ・ニジンスキー、彼は三年前……ポーランドでそこにある『魔女の絵画』に引き込まれて死亡した。その当時からクラウス卿とは交流があり、深い関係だった。当然クラウス卿は絵画の中に引きずり込まれたヤコフを助け出す手立てを考えたが、遂にそれを見つけることができなかったんだ。だから彼は、ロディアを__フォックスを頼った」
「それは……つまり、魔術の作者に方法を教わり、実際にそのやり方でヤコフを救出したということですか」バレルは恐れるように呟く。「でもデイム・ロディアは死んだ。彼女がいなければワトソン先生は」
「まあ、焦らず最後まで聞きなさい。取り込まれて数日が経過すれば、当然その絵画の中では飲まず食わずなわけで、死ぬ。ワトソン君はアンシーリーコートだから死なないけど、たとえヤコフが魔女の血を引く準幻想種であっても、人である以上死ぬわけだ。ロディアは恐らく、既にヤコフが死んでいる可能性を提示した。そしてある提案をしたんだ」
「その提案って、何だよ」
「置換魔術をベースにした人体錬成だよ」やはりか。俺はジャケットの内ポケットに入れておいたワトソンの手記を思う。「絵画は魔力と取り込んだ者の魂を貯蔵している。ロディアは絵画の力と、自由に出入りする方法、それをブーストする魔力の塊の事をクラウスに教えた。そして魂を一つ抽出すれば当然補填が一つ必要になるということも」
「デイム・ロディアは、殺されたわけではなく__自殺幇助を受けた?」バレルは独り言つ。ハルハイムは「その通りだ」とあっさり認めた。

デイムは己の身を捧げることで、クラウスとヤコフの再会を手助けした。確かに絵画の作者たる彼女がそのような事を聞けば、二人に罪悪感を抱いて償いたいと思うこともあるのかもしれない。だがいくらなんでも死ぬのは__いや、彼女は過去へ戻りたがっていた。
クラウスの話は彼女にとって幸せな過去へ戻り、自分の時間を止めるための口実でしかなかったのか。

「で、でも短剣からクラウスの指紋は検出されていません。クラウスが絵画の内部に入り刺したというのなら、それは変です」
「ん? 君は妙な事を言うね。絵画の中でロディアを刺したのはこの僕だよ。置換魔術を発動させるには、魔術で殺す必要がある。ウィッチクラフトを専門にするクラウスでは本物の魔女は殺せない」
「え……

バレルは絶句して一歩後ずさった。ハルハイムはおもむろに腕を捲る。そこには何かに引っ掻かれた形跡があった。それがデイムを刺したのは、間違いなくハルハイムであることを示している。

「そして事件発生後、神秘管理局員たちと共にシャオリンが絵画をここへ運び入れたんだろ? ここに安置しておけばアマネセールの奴らがワトソンへ依頼を出した後、本人に調べさせりゃ勝手に絵画がワトソンを引き込む訳だもんな。それにランカスター公爵家を詐称してアマネセールに絵画を競り落とすよう命じたのはお前だろ? 一応王家の血を引いてる、王宮魔術師なんて職を未だに拝命してる存在のお前なら余裕だった」
「それはワトソン君から聞いたのかい?」ハルハイムは俺が床に並べた三枚の絵画を見下ろしながら問いかけた。
「まあな。正確に言うとこの、古いメモのおかげ」俺は懐からワトソンが使っていた古びた手帳を見せる。「古~いやつだがな、お前のこともちゃんと書いてあった。宮廷魔術師には定年がないことも、長生きな魔術師連中が多いから顔ぶれが全然変わらないって話もな」

俺はジャケットの内ポケットに手帳を収納して続けた。

「そしてクラウスは自分で様々な嫌疑を向けられる役割を買って出たんだろ。置換魔術をベースにした人体錬成は確か__」
「露見すれば死罪だ。殺されるのは生み出された方だけどね。討伐対象になる」
「だから何としてでもヤコフに対する関心を逸らす必要があった。ある日突然ポンと生まれたような、よく分からない存在のヤコフを認知したCIAが、真っ先にスパイ容疑をかけたからだ。だからあんたは宮廷魔術師の権力で、宮殿内部にいるMI5に接触して機密情報を盗みクラウスに渡した。そうすりゃ『スパイかもしれない』という証拠不十分なヤコフと、『機密文書四通が手元にある』クラウスじゃどっちが国にとって脅威になるかは明らかだろ。そしてクラウスは企み通りCIAに捕まってきつい尋問を受け、ヤコフはヤードで取り調べを受けたもののすぐに開放された」
……そして、君はそんなクラウスを助けたね。アマネセール家当主たる、トゥリウンファル卿に掛け合って」
「俺がそうすることも織り込み済みだったんだろ? というか__トゥリウンファルの爺様をこの計画に引き込んでたんじゃねえか? あの爺様は『魔女の絵画』に随分と詳しかった。単なる王室御用達の荷運び屋なあいつらが、そこまで詳しく『魔女の絵画』について知っているのは何とも腑に落ちない話だぜ」
「ははは、流石にトゥリウンファルを引き込むのは無理だよ。彼は単に知りたがり屋なだけだ。長く生きている馬子の一人だからね、嫌でも幻想や神秘には詳しくなってしまうのさ」
「ど~だかなぁ。あの爺様もあんたも、腹の中じゃあ何考えてるか分かったもんじゃねえ」

俺は溜息をついて、暗い森を描いた『魔女の絵画』を眺めた。ワトソンは過去に飲まれてしまったのか、それとも__あの絵の中で謎を解かんと奮闘しているのか。後者であってほしいと俺は思う。名探偵の遺志を継ぎ、あの221Bで独り、空き家の冒険へ出たエマ=ジェームズ・ワトソンならば。

「さて、時間だ。予定より早いが『魔女の絵画』__十三枚目。その題を『泡影の森』。それの秘匿処理を行うよう言われていてね。残念だが時間切れだよ、シャル君」
「生言うな。ジェームズは俺たちと一緒に221Bへ帰るんだよ」俺はハルハイムを睨みつけ、軽く左足を引いた。
「おいで」うわ!? とバレルの驚く声が響く。バレルが回収していたはずの蹴り渡された杖はハルハイムの手の中へ戻っていた。古代魔術__それは組んだ魔術式を即座に行使できる古い神秘だという。「悪いが少し眠っていてくれ。殺しはしない」ハルハイムが軽く杖を振ると茨が地面から吹き出す。俺は即座に地面を蹴ってハルハイムへ肉薄した。
「速ッ……!?」
「俺は日本で一番速く、運が良く、強かった馬子だ」勢いを殺さずそのまま俺は上体を起こして、「____ッ、オラァ!!!!」思い切りハルハイムの顔面に拳を叩き込んだ。ものすごい勢いで吹き飛ばされたハルハイムは保管庫の壁に思い切り叩きつけられ、激しく血を吐き出す。
「ぐ、う、……は、はは……君ってやつは……杖までしっかり折ってくれて……
「弟子を__クラウスを思えばこそ、だろうけどよ」俺はハルハイムを見下ろしながら告げた。「前を向かせてやるのが、先生なんじゃねえのかよ」
…………簡単に言ってくれるなあ、君は」
「所詮は他人事だからな」

俺は呆れたように笑った。だが問題は__あとひとつ。


(早く帰ってこい、ジェームズ。名探偵ってのは滝壺から蘇るものなんだろ)