黒竹
2022-05-30 21:20:05
41083文字
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オブザーバーなら遠すぎる

【初音ミク】【巡音ルカ】【オリキャラ】
取り残された君に会いに行こう、というお話。ミクさんとルカさんがメインですが多分ネギトロじゃないです。


 五日目と六日目、それぞれ一度ずつの裏切りがあった。
 時間が取れそうだという連絡の数時間後には駄目になったと翻る。そのたびにミクはわざとらしく怒ってみせて、けれどそこで終了する。食い下がりもしなければ反抗的な態度を取ったりもしない。当り前だ、そうするようにプログラムされているのだ。ボーカロイドのマスタに対する忠誠心は判断の最優先。拗ねて見せたりする分、ミクの設定は緩いと言えた。場合によってはイエス以外の返答をしないよう制御されることだってあるのだ。一人でここに置いている関係上、自己判断をある程度優先するようになっているのだろう。そうでなければ命令外の行動を何一つ起こせない。
「いつものことだから」
 初音ミクはそう言う。少し寂しそうに言う。
 広い広い世界で大勢の人をとりこにする希代の歌姫は、広い広い世界にいるからまるで一人きりだった。
 彼女の不調は改善の兆しすら見えない。
 そのことについてプロデューサも少々苛立っているようだった。何度もリテイクの指示が送られてきて、こちらもその指示に従って歌ったものを送り返すのだが、一向に彼からオーケイは出ない。そろそろタイムリミットが近い。本当なら二日間は予備であって、昨日でレコーディングは終えているはずだったのだ。これ以上スケジュールを延ばすことはできないので、なんとかして今日明日中に彼が納得する歌を録らなければならない。
「少し、気分転換に散歩でもしない?」
 そう誘うと、ミクはうんと小さく頷いた。
 夕暮れの町はうっすらと赤い。幅広の道路が延々とまっすぐに続く。二人が両手をいっぱいに広げてもまだ余るくらいの歩道を並んで歩いていると、前方から老夫婦が近づいてきた。老婦人はそっと夫の腕に手を添えていて、ゆっくりと、支え合うように歩いてくる。これまで過ごしてきた日々が垣間見えるような、穏やかな光景だった。
 ミクは二人をじっと見つめて、すれ違う瞬間に軽く会釈をした。
「知り合い?」
「ううん。でも、なんとなく」
「そういうもの?」
「そんなもんじゃない? ……あ、ルカは今まで外に出たことなかったんだっけ」
 ケーススタディの不在を指摘されて、ルカは「まあね」と肩をすくめつつ頷いた。かてて加えて、念願の外出を果たした今も、交流があるのはミクだけだ。赤の他人との接し方を学ぶ機会などとんとない。
「歌だけじゃなく、ミクに教わることは色々ありそうよね」
「稼働日数がルカの倍以上あるから成長度は上かもしれないけど、わたしだってまだまだ世間知らずのお子さまだよー。どうしたらいいか判んないこととかしょっちゅうあるもん」
 頭の後ろで手を組んだミクが、足を速めてルカより一歩先に進んだ。
 振り返って情けなく笑う。
「どうしたらマスターが喜んでくれるか、今でも全然わかんない」
「そんな、あれだけ成功しているのに」
「ほんとは売れたりしたいわけじゃなかったんだよ。ただ良い歌を作りたかっただけ。それがたまたま人気出てこんな感じになったけど、ずっと、マスターは自分が満足できる歌を作りたいだけなの」
「芸術家タイプってこと?」
「音楽って芸術でしょ?」
 なるほど、とルカは得心する。ルカがマスタにとって楽器であり玩具であるのとは違い、彼らは自分自身や環境をすべて含めて、音楽を作り出すための道具とみなしているのだろう。
「それは……
 寂しいわねと続けそうになった口を咄嗟に閉じた。
「そのためにわたしがいるのに、今のわたしは全然ダメだね」
 繰り返される録り直しと伝わってくる苛立ち。このところミクの表情はいつも固い。
 それが、自らの不出来に対するものだったらまだルカにも慰めようがあったのだが、そうではないから難しい。
 ルカには何もできない。ただ憤るだけだ。
 なぜ動じてくれない。
 どうして、来てくれない。
 ただここまで足を運んで、一言声をかけてやるだけで、きっと彼女はこの苦しみから逃れられるのに。
 彼女は恋しがっているのだ。
 高い高い塔のてっぺんに訳も判らないまま連れて来られて、そこへ一人置き去りにされて、寂しい寂しいと泣いている小さな子どもだ。
 百万人の称賛すら意味がない。彼女が求めているのはたった一人だ。
 ミクの手を握った。
 無意味だけれど。こんなことをしても、なんの救いにも慰めにもならないのだけれど。
 寄り添う老夫婦の真似ごとに、ミクは当惑したような、困った顔をしてから、ためらいがちにあったかいねと囁いた。