黒竹
2022-05-30 21:20:05
41083文字
Public VOCALOID
 

オブザーバーなら遠すぎる

【初音ミク】【巡音ルカ】【オリキャラ】
取り残された君に会いに行こう、というお話。ミクさんとルカさんがメインですが多分ネギトロじゃないです。


 設定時間通りに起動する。鳥の声が聞こえた。充電パッドから流れてくるぬくもりが心地良くてルカはしばらく寝そべったままでいる。遠くから、鳥のさえずりに混じって歌声が耳に届いた。ミクの声だ。
 部屋から出て、昨日教えてもらったミクの識別信号をサーチする。どうやら庭に出ているようである。
 庭のベンチに腰かけたミクが軽やかに歌っていた。その足元やベンチの脇に小鳥が群がっている。まさか歌声で鳥を呼び寄せたのか、と機械らしからぬ叙情的な想像をしたものの、彼女の手元にあるフレンチブレッドにその幻想を否定される。単に餌を目当てに集まっているだけだった。
 手のひらにパンのかけらを乗せて小鳥に食べさせていたミクがこちらに気づく。
「あ、おはよう」
「おはよう。ごめんなさい、邪魔しちゃった?」
 歌声がやんだことを少しもったいなく思いながら言うと、ミクは笑って首を横に振った。「ただの喉慣らしだから」
「すごい数ね」
「ん? ああ、鳥さん? 最初はそんなでもなかったんだけど、毎日パンをあげてたらいつの間にかこうなっちゃった。マスターに見つかると怒られちゃうんだけどね。あの人、鳥が苦手だから」
 手のひらに収まるくらいの小鳥を恐がる感性はいまひとつ理解できないが、人の価値観はそれぞれである。そういえばルカのマスタもダンゴ虫が恐いと言っていた。あまりに見事な球形を取るのが気持ち悪いのだという。人間は複雑だ。
 「隣、いい?」「どうぞ」ミクがパンを半分渡してくる。それをちぎって、おそるおそる足元に撒くと、あっという間に小鳥が押し寄せてきた。パンのかけらをついばむ姿は可愛らしいと思う。
 数分もパンをやっていると、鳥ごとに要領の良し悪しが見えてくる。気になる一羽がいた。その子にあげようとしても、くちばしをのばす前に他の鳥が咥えて奪ってしまう。どうにかしてこの子にあげられないかと何度もパンくずを落とすがうまくいかない。
「ルカ、そういう時はね、こう」
 ミクが手を取ってきて、そこにパンくずを乗せる。ルカの姿勢を固めながら指先で例の小鳥を招くと、延ばした人差し指に掴まらせた。危うげなく小鳥をルカの手のひらへ移動させてやる。他に邪魔ものがいなくなった手の上で、小鳥はようやく食事にありついた。
 パンと一緒に肌を軽くつつかれる感触がくすぐったかった。「可愛いわね」「ね」ミクも一緒に食事中の小鳥を覗きこんで笑う。
「空、飛べるのって、いいね」
「え?」
 ルカの肩にもたれかかるように手をかけた初音ミクが呟いた言葉を、この時、巡音ルカはまったく理解できなかった。
「ああ、飛行機はマスターと一緒じゃないと乗れないから不便よね。私は乗ったことないけど」
「つまんないよー。起きたらもう飛行機から降りてるんだもん」
 苦笑しながらミクは言った。ボーカロイドはあくまで人ではない。誰か人間の荷物としてしか飛行機には搭乗できないのだ。他の電子機器と同様、電源をすべて落とさないとならないため、一人で乗れないのである。彼女の場合はチケットを取って席に置かれて(『置かれて』、だ。『座って』ではない)いるが、大抵の場合、ボーカロイドは貨物室に入ることになる。
 なるほど、それはつまらないな、とルカは胸中で同意する。そもそも飛行機に乗る予定なんてないけれど。
 そういった部分においてボーカロイドは人間と明確に区別されている。どれだけ曲が売れようが、どれだけライブで人を熱狂させようが、所詮は作られたからくりピエロだ。電源を落とされてしまえばそれまで。
 手のひらに乗っていた小鳥がパンをすべて食べ終えたタイミングで、ミクはルカから離れた。
「さ、そろそろ戻ろっか。早くレコーディングしてルカのマスターに聴かせてあげなきゃね」
「ミクの迷惑にならないように頑張るけど、お手柔らかに」
「どっかなー。うちのマスター厳しいよー」
 くすくすと、少女らしい笑みを浮かべながら脅かすミクに、ルカはつい肩をすくめた。

 無人のコントロールルームは少々異質に感じられる。
 ミクが手元のリモコンで操作すると、ヘッドフォンから曲が流れてきた。先日聴かせてもらったし、歌詞データもすでにインプットされているので、二人ともなんの戸惑いもなく歌い始める。
 まったく怯まなかったと言ったら嘘になる。
 自分と同じように、歌声とはパラメタの調整結果にすぎないはずなのに、やはりどこか違う。引き離されないようにするのが精いっぱいだ。圧倒的なカリスマ性と疾走感にルカは全力で追いすがった。
 一曲を歌い終えて録音を止めたミクが、半ば呆然としているルカに振り向いた。
「すごいね、ルカ。初めてでこんなに歌えるヒトって滅多にいないよ。ルカのマスターは調整が丁寧だね」
……そ、そう……?」
 彼女の表情からそれがお世辞ではないことは判ったけれど、しかし心から喜べはしない。アレンジされた曲は原曲よりずっと歌いやすい仕上がりになっているのに、上手くできた感触がほとんど得られなかった。
 気後れする。トップクラスの人たちに選ばれたのだから、自分もまたそれほど優れているのだと思っていた。彼らと対等に渡り合う姿を想像で描いたりしてすらいた、のだ。
 とんでもない勘違いだった。描いたそれはとんだ妄想スケッチだった。
 伊達に百万人を虜にしているわけではない。隣の彼女は、実は自分などよりずっとずっと高みにいたのだ。
「直しは入ると思うけど、とりあえず一回送ろっか。明日はうちのマスター来るし、調整してもらって、明日もう一回録ろ?」
「そうね。うん」
 小鳥にパンをやっていた時の穏やかな心境は消え失せていた。焦燥感。「もう少し練習してみていい?」「え? いいけど……」ルカの言葉にミクは少々面食らっていた。当り前だ。ボーカロイドにとってパラメタ調整がすべてのはずなのだから、練習なんてしても意味がないと思っているのだろう。
 けれどルカはたった今、そうではないと突きつけられたのだ。パラメタに現れない表現力が存在すると、この不思議そうに小首をかしげている少女に見せつけられてしまったのだ。
 もしかしたら一部のユーザしか知らない隠しパラメタでもあるのでは、と一瞬疑ったが、そんなものがあるなら絶対にその情報が流れるはずだ。このご時世、情報を隠し続けることは難しい。
 だからこれはきっと違う。そうではないものが存在する。数値化できないもの、感覚、が。
「さっき録ったやつミックスして送ってくるけど、あんまり負荷かけないようにね?」
「大丈夫よ。ちょっと気になったところをやり直したいだけだから」
 純粋な気づかいが後ろめたくて、それに対するプライドで、練習に大した意味はないというポーズを取る。自分のそんな卑屈さが嫌になるけれど抑えられない。
 リモコンを取り上げて曲を再生する。コーラスごと、フレーズごとに繰り返す。何度も。
 何度も。
 何度も。
 もう一回。
 もう一回。
 あの胸を締め付けられるような歌声を求めてルカは歌う。
 ほしくて、でも自分にはないもの。
 たまらなくほしかった。
 囚われて身動きが取れない。
 すべてを奪われてしまったかのようだ。あの歌声に。