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黒竹
2022-05-30 21:20:05
41083文字
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オブザーバーなら遠すぎる
【初音ミク】【巡音ルカ】【オリキャラ】
取り残された君に会いに行こう、というお話。ミクさんとルカさんがメインですが多分ネギトロじゃないです。
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深夜、ルカの中で大きな警告音が鳴り響いた。充電パッドから飛び起きて周囲を見回す。
この音はCVシリーズの他機に異常が発生した場合の遠隔通知システムだ。不測の事態によって危険域に達した時、自動的に特殊な信号が同型機へ向けて発せられる。自律行動型であるがゆえに、ボーカロイドは事故などに巻き込まれる可能性が低くない。危険度によって警告の方法は異なっており、今のこれは第一段階、状況が改善しなければハードウェアに損傷を及ぼすというレベルだ。
ルカの思考回路がフル回転を始めた。このあたりでルカの同型機といったらミクしかいない。警告の届く範囲はせいぜい半径数十メートル、敷地内で収まる程度だ。
「ミク!?」
こんな時間にいったいなにが? いくつかの嫌なシミュレートが思考を巡る。誰かに襲われたのか、高所から落ちたのか。冗談じゃない。
充電率は七十五パーセント、彼女を探すには充分だった。信号が伝えてくる位置情報を頼りに走る。
いつもの庭に出たところでミクの姿を視認した。
予想はどれも外れていた。彼女は一人で、そこに立っていた。
けれど
……
あぁ、どうしたことだろう。
「ミク!」
呼び声がかき消される。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
それは咆哮だった。美しさのかけらもない、ただただ張り上げるだけの、声とも呼べないような絶叫だった。人には不可能な長さで叫ばれる、悲痛な哀号を、初音ミクが発していた。
ルカは絶望的なヴィジョンとしてその光景を凝視する。
きらびやかな宮殿が崩れ落ちるさま、可憐な花が踏みにじられるさま、清廉な渓流に汚泥が流れ込むさま。それらと同列にある、吠え哮る初音ミク。
このままでは警告通り、彼女の声帯パーツは致命的な損傷を受けるだろう。バイオテクノロジによって製造される声帯パーツは文字通り『生きもの』だ。交換すれば元通りになるわけではない。繊細な微調整と数日の鳴らし期間を経て、ようやく綺麗な歌声を出せるようになる最重要部品なのだ。そして調整は同じ結果を生み出せるとは限らない。あんなことをしていたら、彼女は永遠に、あの百万人を魅了する歌声を失ってしまうかもしれない。
今まさに宝玉が割れようとしている。
「ミク! やめなさい!」
叫ぶ彼女を羽交い絞めにして口をふさごうとするが、激しい抵抗に遭ってうまくいかない。取っ組みあってる間もミクは声を止めようとせず、耳元で喚く悲鳴がひどく頭に響いた。
「どうして、こんなこと
……
っ」
意味が判らなかった。彼女がなぜ叫ぶのか、なぜ止まらないのか、なぜ、泣いているのか。
身長は多少勝っているものの、腕力に大した違いはない。疲労しないため、膠着状態がこのまま続けば遠からずミクの喉は潰れてしまうだろう。押さえつける手を振りほどかれる。まばたきもせず彼女は泣く。啼いている。一人きりで。迷子のように。独りきりで。
アラームが第二段階へ進んだ。軽度の損傷を確認。喚声と警告音でおかしくなりそうだ。広い敷地を持つ郊外のスタジオは、近所迷惑を考えて周囲に住宅がない場所を選んで建てられている。助けなど望むべくもない。
ルカの眉が切なく歪んだ。
判っている。彼女が誰を求めているのか。それは巡音ルカではない。ルカでは彼女を泣きやませることはできない。
けれどだからといって、黙って見ているわけにはいかないのだ。
あの歌声を失わせてはならない。
決意をルカは疑わなかった。本当にそれが理由であるのか、それ以外に理由はないのか、失いたくないのは歌声か、他の何かではないのか、壊したくないのは彼女の喉か、他の何かではないのか、欲しがったのは、欲しかったのは。
ミクの涙につられたのかルカも泣きたい気分になっていた。悲しいとか痛いとかつらいとか、そんな感情は一切ないのに泣きたかった。
遣る瀬なかった。許せなかった。寄る背なかった。
「──っ、いい加減に
……
!」
「ルカはいいよね!!」
号咆がやんだ次の瞬間の怒号だった。驚愕で身体がすくんでしまい、そのせいでミクを止めるタイミングを逃してしまう。
「毎日ずっとマスターと一緒で、すぐそばにいられて、いつだって二人で!! わたしだってそうしたかったよ! こんな広いところなんていらなかったよ! マスターがいてくれたらそれで良かったのに!! どこにも行けなくたって、誰も見てくれなくたって、ただマスターがここにいてくれたら
……
!!」
三日月の光量はずいぶん頼りなく、けれど彼女の涙を煌めかせるには充分で。
ルカは激昂する。
「ルカたちを見ててわたしが何も思わないわけないじゃない! それなのに仲よさそうにして、二人で内緒話なんてしちゃって、そうやってわたしをっ」
人差し指と中指を揃えて無理やり彼女の口腔へ押し込んだ。
もう聞きたくない。
「いいから黙りなさい」
舌を押さえ込まれてなお、彼女はなにごとかを喚いている。
間の悪い偶然がいくつか重なってしまった故の暴走だった。
ルカとマスタの姿を見たミクの目は曇り。
彼女が求めたのは諦めていたはずの温もりで。
舌の根を押さえ込むルカの指は、ミクの甘えを射抜く銛だった。
「うぅ
……
! ──!!
…………
、──!!」
往生際悪く喚き立てるミクを、ルカは圧倒的な暴力で制圧することも、理にかなった論理で説き伏せることも、博い優しさで包みこんでやることもできない。
ただ彼女の前に立ち、双眸を見つめ続けるだけだ。
今この場で彼女を救うには、ルカは絶対的に不適格だった。
恋しがっている、なんて、とんでもない。
彼女は。
恋をしていた。
手をつなぎたい相手は他にいたのだ。ルカはそうするべきではなかったのだ。それは慰めどころか彼女を追い詰めるだけの効果しか生まなかった。最後まで傍観者でいればいいものを、下手に『手出し』をするからこんなことになる。
安易な行動をとらなければ、ミクはこんな状態にはならなかっただろう。不調のままタイムリミットを迎えて、それでも水準以上の出来を保った歌声が百万人に届いただろう。「さようなら、お元気で」と笑顔で手を振り合えただろう。稀有な体験としてマスタと語り合ったりできただろう。それは良い思い出として。それがすべてひっくり返った。
彼女は二度と、ルカを思い出しはしない、だろう。
「──っ」
指の付け根あたりに鋭い痛みが走って無意識に顔をしかめた。抵抗の中でミクが思い切り噛みついてきたのだ。この程度の損傷なら大した問題にはならないが、異常を知らせるアラームの種類が増えてずいぶんうるさい。セルフチェックによれば三層になっている体表コーティングのうち最も外側の一層が裂けたようである。内部機関にはまったく影響がないので放っておくことにする。
それなのにミクの顎から力が抜けた。声も止んで、うろたえる視線は近すぎてルカから外せない。その表情で、ああここまでする気はなかったのだな、と納得した。なりふり構わず後先考えずとった行動の結果に、ミクは自分自身で驚いている。だったら最初からおとなしくしていればいいのに。そう捉えるのは少々意地が悪すぎるか。
静かになったので指を引き抜く。傷口には、自己修復用の液状コート剤が滲んでいた。破損個所を判りやすくするため赤色をしているせいか、血のように見える。潔癖症なわけではないがいやに気になった。けれど拭ってしまうと修繕できないので、仕方なくそのままにした。
「ルカ、あの、ごめ
……
」
「どうしてこんなことを?」
せめてもの抵抗に、彼女が謝ることを許さないまま、鋭く問い尋ねる。
ミクの視線が落ちて、言いあぐねるように小さく喘いで、右手がぎゅっとシャツを握った。
「
……
壊れたら、マスターが来てくれるかも、って」
およそ考えられない理由だった。
比喩としてではない。ボーカロイドは自身を傷つけるという思考をしないよう強くプロテクトがかけられている。電化製品が耐久度を求められているのと同じで、出来る限り耐用年数を延ばす施策が取られているのだ。ルカの指を直している自己修復機能もそのひとつだ。それなのに自分の喉(そう、喉だ! 『ボーカロイド』にとって命とも言うべき箇所!)を潰そうとするなどありえない。よしんばそんなことを実行に移そうとしても、自動的に緊急停止機能が働いて未然に防がれるはずだ。
それに恋だと? 従順であれと制作されている機械が、使用者に対して恋心を抱く、その異様をルカは受け入れられない。従順ということは相手に何も求めないということだ。与えるばかりでそのことに疑問も持たない、それがボーカロイドである。会いたくてたまらないなんて、そんな、人のような想いを、抱くはずがないのに。
「そんなこと、できるわけ」
「テスターだったの」
「え?」
「発売前に抽選で選ばれて、マスターはベータ版を使って歌を作ってたんだ。システムの不備もフェイルセーフの不足もあるベータ版を、マスターは今でもそのまま使ってるんだよ。ボディは古くなっちゃってガタが来たから新しいのに変えたけどね」
まるで他人事のように言っているが、『ベータ版』が彼女自身を指していることは明らかだった。
あまりに彼女の歌声が素晴らしいのでプログラムの改変を疑ったことがある。正規の機能にはない、何か優れたシステムを独自に組み込んでいるのではないかと。
そうではなかった。まったくの正反対だったのだ。
彼女は
……
機械として不完全だった。
「したことはないけど、わたしね、マスターを殴ったりもできるんだよ」
「は
……
」
言葉がなかった。ルカや、現在発売されているボーカロイドでは、そうできる可能性は皆無である。
「アップデートは
……
」
「一度もしてない」
それなら、なぜ。ルカの内部で新たな疑問が沸き起こる。
なぜ、彼に怒鳴らず己を傷つけようとするのか。
会いたいくせに、側にいたいくせに、どうして堪えてしまうのか。
その問いに彼女は心揺らがせはしなかった。
「しょうがないじゃない。マスターが一番楽しそうな時って、一人で曲作ったり、みんなと新曲のアイディア出し合ってる時なんだもん」
そこに自分はいらないのだと、どこか諦念の見える笑みを口元に乗せながら言う。
『汝がため』というお題目によって、彼女はがんじがらめになっている。
広い広い世界は、広すぎて彼我の距離まで遠ざけてしまった。きっともう、彼女がどれだけ手を延ばしても届かないくらいに。
それでも今までは、その状態で安定はしていたのだろう。それを崩したのはルカだ。たまたま塔に迷い込んだ巡音ルカによって、初音ミクは自分が一人きりであることを強く実感してしまった。
ミクが首筋に腕をまわしてくる。力なくしなだれかかって、肩口に頬を寄せてきた。
「ルカ」
裏側に別の名前が隠れている呼び声だった。
「寂しいよ」
己の存在が慰めにならないことは判っている。
それでも彼女の声があまりにも儚かったので、ルカはゆらりと少女の腰を抱き返した。
比べるのもおこがましいほど大きな存在だと思っていた。
顔も見られないほど巨大だと思っていた少女は、触れてみればただのか弱い女の子だった。
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