狸本丸怪談・朔

これがそもそもの始まり。オールキャラ書くまで終われま10、一周目。



6、祠からの要求


修行から帰って以来、不動行光は本丸の雑用をまめに手伝うようになった。
「不動って、こんなに真面目な刀だったんだね」
まあ、酔っ払ってても良い子なのは隠せてなかったけどさ。そう乱藤四郎はしみじみと言う。
歌仙兼定から皆に配るよう冷やし飴を頼まれたのだが、乱だけでは手が足りない。そこに手伝いを買ってでたのが不動であった。
乱としては褒めたつもりなのだが、言われた方は何やら歯切れが悪い。
「そういう言い方をされると、なんて言うか、後ろめたいって言うか……
「何それ」
実は、と不動が白状するところによると、彼は手伝いをすることで小遣い稼ぎをしているのだという。給金は十分に貰っているだろうに、何にそんなに注ぎ込んでいるのかというと、甘酒代が嵩むのだ。
「え、お酒はやめたんじゃなかったの?」
「いや、俺はやめたんだけど……
あれは修行に旅立つ前の晩のことだ。修行に甘酒は持っていけない。本丸での時間経過は四日間とは聞いているが、消費期限のことを考えると、あまりそのままにしておきたくない。そう言えば、庭の隅に小さな祠があったことを思い出した。
「祠って、あるじさんの一族の?」
「そう、それ」
修行が上手くいくように、本丸に無事に帰って来られるように、手持ちの甘酒を全部供えてみた。それがいけなかった。あれから毎晩夢枕に立つのだ。
「あるじさんの一族が?」
「そう、甘酒を寄越せって」
暑い晩が続く今日この頃、もふもふもふもふと暑苦しいことこの上ない。
「だから毎日供えてるんだけど、なんでだか自分で飲んでた頃より甘酒代が多いんだよ……
そのうちお金が足りなくて買えなくなったらどうしよう、と頭を抱える不動に、乱は「冬になれば、もふもふも悪くないよ」と全く慰めにならない言葉をかけるしかなかった。





7、虫干し


乱藤四郎は困っていた。先日、書庫で見つけた本がすこぶる面白かった。その事を兄弟達に話すと、信濃藤四郎が、そんなに面白い本なら自分も読みたいと言い出した。書名が上手く思い出せないから書庫で探しておくと約束し、そして探しに来た訳なのだが。
「なんで無いの……
本そのものどころか、それがあった区画自体が見つからない。
どうしたものかと唸っていると、
「おや、乱さん。どうしたんだい」
石切丸が、書庫の最奥から現れた。この本丸の石切丸は読書家で、平時は祈祷か読書しかしていない類いのかたなであった。書庫の管理人にも等しい彼ならば、と訊いてみた。
すると石切丸は困った顔で、
「それは多分、良くないものになりかけていた一角の本だね」
悪くなりきらないうちにと、先日、太郎太刀と一緒に祓ってしまった。払った後は、僧形の刀達がお焚き上げまでしたと言うではないか。
「そんなの困っちゃうよ!ボクももう一度読みたいぐらいだったのに……
「まあ、確かに、読まれることで少しの浄めにもなるしねぇ」
それ以来、書庫の本で祓われる予定のものは小さな箱にまとめられ、ひと月ほど猶予を与えられることになった。そうすると、別れを惜しんで読まれるうちに自ら浄化されて消えるものも出てきて、御神刀の仕事が少し減ったと言う。空いた時間で本が読めると、石切丸が嬉しそうに言っていた。





8、風鈴の音


祭祀の部屋の前の軒には風鈴が一つ吊るしてある。誰が吊るしたものでもなく、初夏の頃になると、いつの間にかそこに在る。この風鈴はなかなか一途な性分らしく、石切丸がいる時にしかその音を聞かせてくれない。
石切丸は物事に集中する質で、加持祈祷や本を読みだすと、なかなか意識が現に帰ってこない。暑い盛りなどは、危うく熱中症で倒れかけたことも何度かあった。しかし風鈴の音がすると、不思議なぐらいにすぐに我に返るのだ。
「この本がとても面白くてね、つい夢中になってしまって……
先程まで読んでいた本について風鈴と語り合う石切丸は実に楽しげで、一期一振や三日月宗近などは「夏の逢瀬と言ったところですかな」「羨ましいことだな」などと、からかい半分に見守っているのだった。





9、知らぬ弟


吉光が短刀の名手であったからかどうかは知らないが、一期一振は鍛刀の名手だ。鶴丸国永も三日月宗近も江雪左文字も小烏丸も、全て一期一振が呼んだ。いざと言う時の鍛刀は、まず一期一振に任される。

鍛冶場の精に資材を渡し、祈りをこめる。鍛刀時間は三十分。悪い結果ではない。手伝い札は足りているが、京都に出ている弟達のことを思うと、あまり使う気になれない。槍の速さが怖いと、あの博多と五虎退が口を揃えて言うぐらいなのだ。手伝い札は彼らの手入れに回したい。
弟達に読んで聞かせる本を下読みして待つことにする。石切丸推薦だけあって、子供向けながらも奥が深い。気が付くと鍛刀は終わっており、新たな弟が顕現していた。最近、鍛刀できる刀が増えたそうで、大坂城を地獄の様に回らなくても良くなった。なんとも素晴らしいことだ。


その夜、一期一振は夢を見た。炎に焼かれる夢、ではない。得体の知れぬ黒いモノに、弟達が飲まれていく。一期一振自身は何者かに絡みつかれて一歩も動けない。
誰か、誰か、弟達を……
「いち兄!」
弟の声で目が覚めた。部屋はまだ暗く、太刀ゆえに夜目の効かない一期一振には弟の顔は見えない。
「大丈夫だから、寝よう。皆いるから」
促されるままに、瞼を閉じた。
次に気が付いた時には、もうすっかり夜は明けていた。
傍らで半分寝ぼけたように着替えている信濃藤四郎に、
「昨夜、起こしてくれたのは信濃かな。有難う」
「え、なんのこと?」
おれ、ぐっすり寝てたし、別の兄弟じゃない?
左隣りは確か、昨日新しく来た……、とそこまで考えて、一期一振の背に悪寒が走った。この本丸には兄弟は全員揃っている。大坂城でちゃんと会うことが出来たのだ。今更鍛刀で新しく来る者はいない。それに、昨日は、太刀しかこない量の資材を入れたはずだ。短刀が来る訳が無い。
では昨日来たのは?隣に寝たあれは?
恐る恐る左を見ると、ちょうど一人分の間がぽかりと空いているだけであった。





10、憶えている


信濃藤四郎には生まれる前の記憶があるらしい。
俺たち刀なのに生まれる前ってなんだよ、という兄弟の指摘に、信濃はうっとりとした顔で「打たれた時の炉の熱さとか、玉鋼の音とかそんなのだよ」と語る。
温度の心地良さも鋼の澄んだ音も、ぼんやりとだけど憶えてるんだ。だから鍛刀当番になると、なんだか懐かしくて、と信濃は照れ臭そうに笑う。

「なあ、薬研……
「ああ、あいつは俺が大坂城で見つけて来たんだ」
あいつが言うのは、どこで鍛刀された記憶なんだろうな。