狸本丸怪談・朔

これがそもそもの始まり。オールキャラ書くまで終われま10、一周目。



51、ファラオ

大和守安定が陸奥守吉行の部屋を訪ねると、座り込んだ陸奥守が何故かじっと上を見詰めていた。
「なにしてんの」
馬当番、早く来なよ。と背をつついて、ようやっと陸奥守がこちらを見た。
「あすこに天袋があるがぁ」
「天袋?あるけど……
それがなんだと言うのか。
大和守の戸惑いなど知らぬと、陸奥守はすっと天袋を指さした。
「茶色いもんがある」
「あるね」
天袋は開けられており、何やら三尺程の茶色い塊が見えた。布、だろうか。
「ありゃあなぁ、」
ファラオじゃ。
「ファラオ」
「そう、ファラオじゃ」
陸奥守の真面目な顔に、デコピンをくれてやる。
「馬鹿言ってないで、馬当番!行くよ!!」
首根っこを掴んで引き摺るように部屋を出る。お前苦しくないのかと言いたくなるぐらい、陸奥守は叫び続ける。
「ありゃあファラオじゃ!ファラオのミイラが眠っとるんじゃ!!」
「テレビに直ぐに影響されるの、短刀の教育に良くないから止めなよ」
ファラオと同室は嫌だと泣く陸奥守を馬小屋に引っ立てながら、大和守は声に出さずに独り言ちた。
(おっかしいなぁ。前に倉庫から出てきた即身仏、燃えるゴミに出したはずなのに……





52、池の椿

本丸の庭の池では、しばしばじっと佇む大和守安定の姿がみられる。特に何をする訳でもなく、水面を見つめている。
秋田藤四郎と小竜景光が池の脇を抜けて行こうとした時も、大和守はそこにいた。
「大和守さん、どうしたんですか?」
「なにか面白い顔の魚でもいるのかい」
返事がないと言うことはなく、大和守はあっさりとこちらを向いた。
「面白い魚はいないけど、2人は何してるの」
どういう組み合わせなの、と聞き返された。
「僕はかくれんぼの師匠で」
「俺はかくれんぼの弟子なのさ」
「なにそれ」
揃って胸を張るふたりに、大和守はケラケラと笑った。
「それで、いつも池を見ていますが、なにかあるんですか?」
「ああ、えっと、花がね、浮いてるんだ」
ほら、と指差す先には、確かに水面に揺れる紅い椿の花であった。ただし、逆さを向いて、水面の下にたゆたっている。
「水面上に浮いた花の鏡像みたいでしょ」
水面上の本体がないけど。
なんでも、大和守が池を覗くと、どこからか花が流れてくるらしい。しかも、不気味なことに、花は水面に映る大和守の口から胸元にかけてばかりに寄ってくる。それはまるで、
「僕が血を吐いたみたいに見えて、ムカつく」
だから、源流を見極めて、元の首を落としてやろうと思っているのだと言う。
首落ちた花がこれではないかと思うのだが、そんなことは黙っていた方が宜しかろう。そう言うことにして、秋田と小竜はかくれんぼに戻って行った。大和守は、その後に加州清光に回収されるまで、水面の逆さ椿を睨みつけ続けていたのであった。





53、隠れん坊

秋田藤四郎と小竜景光は師弟関係にある。太刀が短刀に一体何を師事しているのかというと、隠れん坊である。この本丸の秋田藤四郎は極めてはいないのだが、こと本丸内での隠れん坊については、他の追随を一切許さない。それに惚れ込んだのが、来てまだ日が浅い小竜景光だった。
「いいですか。隠れん坊は場所も大事ですが、一番は違和感を無くすことです」
「違和感?」
「みんながいつも何となく見ている場所ばかりですからね。ちょっとの違和感が命取りなんですよ」
「なるほど」
では、その違和感をどうすれば無くせるのか。それについては、秋田はこう語る。
「人形になりきりましょう」
呼吸や体温、少しの身動ぎ。そういうものが違和感を生む。だから、それらを一切必要としない人形になりきればいいのだと言う。
「では、やってみましょう!」
そう元気よく言った次の瞬間には、秋田はもうピクリとも動かない人形になっていた。
すごい。間近で見ていても、生き物の気配が全くしない。これは極めれば戦場でのゲリラ戦にも役立つかもしれない。そう思い、小竜も秋田に倣って、目を閉じて人形になりきってみた。
五分、十分、二十分。
小竜は辛くなって、薄目で秋田を窺ってみた。
そこにいたのは、本当に秋田藤四郎なのだろうか。秋田藤四郎を模した人形なのではないのか。そう思ってしまうほどに、秋田は微動だにしない。じわりと不安が沸き上がり、小竜は秋田を揺り起こそうとした。が、秋田はやはり動かない。息もしていない。二十分も呼吸を止めている?どうしよう。燭台切光忠を呼んで来ようか。でも、こっぴどく叱られる気しかしない。
小竜が逡巡していると、背後から、
「どうシマシタ?脱ぎマショウカ?」
千子村正であった。秋田の姿を見たのであろう村正は、ああなるほど、と何かしらの納得を得たらしい。
「任せてクダサイ」とニヤリ笑った。
「秋田藤四郎、今日のおやつは燭台切特製のどら焼きデスよ」
早く行かないと、アナタの兄弟たちに食べ尽くされてしまいますね。
そう言い終わるか終わらないかの内に、ばね人形のように秋田が飛び起きた。
「それは大変です!小竜さんも村正さんも、急いで行きましょう!」
そうして物凄い速さですっ飛んで行ってしまった。
「いかに妖しかろうと、短刀は短刀。こういう時はお菓子が一番効きますね」
それこそ妖刀らしからぬ牧歌的な手段を行使した村正も、お八つのある広間へと行ってしまった。残されたのは、まだこの本丸のノリについていけていない小竜だけであった。





54、しらぬかたな

その日、千子村正は、厚樫山から一振の刀を持ち帰った。習合が解禁になる直前で待機部屋も蔵もいっぱいで、村正がその刀を部屋に持ち込んでも、誰も咎めはしなかった。その日、近侍をしていた日本号は後に「せめてその刀が誰なのかだけでも聞いておくんだった」と悔やむ。
それからしばらく、顕現していないその刀を傍らに置き、縁側で酒を飲む村正の姿がしばしば目撃された。村正は何やら楽しげに語り掛けおり、旧知の語らいを邪魔するのも無粋かと、誰も声を掛けなかった。蜻蛉切すらも。
村正が刀を拾ってきてから初めての朔月の夜、村正はその刀を折った。なんとも無造作に、人目に隠れるなどせず、堂々とその刀を折った。そうして初めて、全員が気付いた。今の厚樫山では、大太刀は拾えない。その日も運悪く近侍番に当たっていた日本号が問い詰めると、村正はいつものように笑った。
「問題ありませんよ。だってアレは、誰も知らない刀でしたカラ」
一時の憐れみと戯れですよ。





55、四畳半神話

確かに変なモノばかり横行する本丸だが、まさか部屋から出られなくなるとは、日本号も思ってはいなかった。出られないと言っても、入口が開かないだとか、見えない壁に阻まれるだとかならば、まだマシだった。入口は開く。そこから足も踏み出せる。しかし、出た先がこの部屋なのだ。入口だけではない。押し入れに入ってみても部屋に出るし、窓を開け破ってもこの部屋だし、なんなら壁に穴を開けてもこの部屋だ。
「どうしろってんだよ、おい」
部屋の真ん中に座り込み、傍らに転がっていたカップ酒を手に取る。こんなもん、飲まないとやってられん。と、ここではたと気付いた。
移動した先の部屋は、全て丸々同じだ。家具も、座布団の位置も、カップ酒の種類も。
「おーっと、こりゃあ……
ニヤリと笑い、適当な葛籠の蓋を片手に部屋から出て入った。やはり、カップ酒は置いてある。それを手に取り、葛籠に入れる。次の部屋、また次の部屋と渡り歩いて集めた酒は凡そ二十。
「ま、一先ずはこんなもんだ」
博多藤四郎やへし切長谷部の小言など気にせずに、正しく浴びるほど酒が飲める。味が単調になるのは、この際致し方ない。部屋中探せば、ツマミのひとつも出てくるやもしれない。良い休養だと思う事にして、カップ酒の蓋を開けた。と、同時に、一気に入口の障子が開いた。
「何を昼間から飲んだくれておるか。このドラ息子が」
刀剣の中でも年嵩の身を得ている日本号を、ドラ息子などと呼ぶのはひとりしかいない。小烏丸である。
「こんな奥まで潜り込みおって、畑当番が足りぬと燭台切が嘆いておったわ」
早う戻るぞ、と体躯からは考えられぬ膂力で、日本号の腕を引く。
そのまま入口を潜れば、いつもの本丸の廊下であった。振り返れば部屋は部屋のまま、だが開けた壁の穴はどこにもなく、開けた窓もいつの間にか閉まっている。ただ、未練がましく腕に抱えた数本のカップ酒だけが、あの無限の四畳半の存在を証明していた。