狸本丸怪談・朔

これがそもそもの始まり。オールキャラ書くまで終われま10、一周目。

1、悋気


和泉守兼定は、柘植の櫛と懇意である。気風の良い姐さんと言った風情の付喪神だ。しかし和泉守の助手である堀川国広に遠慮があるのか、逢瀬は堀川が遠征で留守の時に限られている。堀川も分かったもので、定期的に長時間遠征への参加を自ら買って出ている。

非常に出来た女であったが、ただ一度、柘植の櫛が盛大に祟ったことがあった。
とある戦場で、和泉守率いる部隊が検非違使に遭遇した。迂闊なことに、未だ練度の低い新刀と修行から帰ったばかりの和泉守に、真っ先に修行を終えた五虎退と高練度の岩融が付き添っていた。どのような仕組みかは分からぬが、検非違使は此方の一番強い者に合わせた戦力で現れる。極である五虎退と和泉守の健闘により敗走こそしなかったが、多くを討ち漏らして帰還を余儀なくされた。この時の検非違使との乱戦の中で、和泉守の髪が肩の辺りで切られてしまった。
堀川も大層嘆いたが、柘植の櫛の怒りはその比ではなかった。手入れをすれば元に戻ると和泉守が宥めたが、そういう問題ではないと、ふいと姿を消してしまった。拗ねちまいやがったと呆れながら、和泉守も手入れ部屋に消えた。

一夜が明け、山姥切国広が日課のストーカー避けをしようと表門に出ると、何やら黒い塊が外に転がっていた。ストーカーからの要らないお中元かと思いながら確認してみると、それは長い女の髪で幾重にも巻かれた検非違使の首であった。どうやら、和泉守の髪を切った検非違使と同じ者であると知れた。そんな騒ぎを知らずに、手入れを済ませた和泉守が部屋に戻ると、柘植の櫛は澄ました顔でそこに座っていた。昨夜の怒髪天などなかったように、上機嫌でせっせと和泉守の髪を梳かすのであった。

女の人の悋気ほど怖いものはない、というのが堀川国広の総括である。




2、お付きの小姓


和泉守兼定に懇意の柘植の櫛がいるように、堀川国広にも親しい煙管がいる。
扱いが手慣れているためか非常に慕われていたが、和泉守が面白がって「テツノスケ」などと名付けて呼び始めてからは、尚のこと後を着いて回るようになった。
へし切長谷部などは「名付けると執着されるぞ」と、苦言を呈しているが、今更無碍に扱うのも気が引ける。結果、どうにも心地が落ち着かないままに、好きな様にさせてしまっていた。
その煙管が、最近不意に見えなくなっては、水辺で見つかることが増えてきた。煙管に水気は良くなかろうに、水瓶だの洗濯盥だのの傍にじっとしている。
「これはあれかなぁ、いつか海の底まで着いてくる気なのかなぁ」
「名前につられて、あいつの無念を汲んじまったか」
和泉守も一緒になって、どう説き伏せるか、日々苦心しているそうだ。




3、棲んでいる


へし切長谷部の部屋には何かが住んでいる。より正確に言うならば、へし切長谷部の部屋の地袋の中には何かが棲んでいる。

部屋の主以外で、最初にそれに気付いたのは御手杵だった。
団子の串刺しを手伝っていたのだが、味見と称した摘み食いが度を越したため、長谷部へのお使いを仰せつかってしまった。
しかし、御手杵が御手杵である所以により、団子は持ったがお茶を忘れてしまった。どうせ長谷部は仕事の切りがつかないと食べないだろうし、兎に角団子を届けてから、取りに戻ることにした。
声を掛けて障子を足で開けると、合理的だが躾が悪いと怒られた。長谷部とてこちらに一瞥もくれないくせに。
頭を掻きながら「悪い、お茶は忘れた。取ってくるから、ちょっと待っててくれ」と詫びると、長谷部は「構わないからそこに置け。茶は出てくる」と地袋の前を指した。
茶は出てくるとはどういうことか。
「出てくるって、俺が持ってくるんじゃないのか?いや、要らないってんならいいけどさ」
「圧し切られたくなければ、出すだろうさ」
もういいからさっさと行けと追い出され、御手杵は台所へと向かった。団子の分け前をまだ食べていない。摘み食いしただろうと呆れられながら、もりもりと団子を食う。食いながら、皿を片付けている燭台切光忠に問いかけた。
「長谷部って、部屋になんか飼ってるのか?」
燭台切が首を傾げるので、先の長谷部の部屋でのことを話して聞かせた。
「長谷部が自分でお茶を入れるなんて思えねぇし、なにか飼ってるのかなって」
「地袋が怪しいんだね?じゃあ、あれじゃないかな」
燭台切は、御手杵にお茶を淹れながら、こう判じた。
「斬った茶坊主だと思うよ」




4、におう


においというのは、存外に気になるものである。
台所から来る焼きたての菓子の匂い。畑で馴染んでしまった土の匂い。干した布団のなんとも眠気を誘う匂い。
太平楽な匂いの漂う中、時折薄く鼻を突く臭いがある。何かが焼け焦げる臭いだ。魚や芋を焦がした訳では無い。臭うのは、人の行き来の多い廊下、皆が集まる広間、手合せの内番以外でも賑わう道場と言った、火の気の無い所ばかりであった。
今もまた、庭から焦げついた臭いが微かに漂ってくる。焚き火などしていない。真逆の水遊びしかしていない。
短刀達と、粟田口の脇差兄弟、一期一振。面倒見の良さから混じったのであろう燭台切光忠に、自分が涼みたかっただけだろう御手杵。
うんざりとした調子で御手杵がぼやいた。
「あっついなぁ……。俺、燃えてないか?」
そう言った直後に、大倶利伽羅と鶴丸国永が駆け抜けていった。
「ちょっと光坊を借りていくぞ!!」
「あとは貞が引き継ぐ」
そう言い残して、ものすごい勢いで燭台切をどこかに連れ去ってしまった。
呆気に取られていたのも少しの間で、御手杵はまた暑い燃える本体融けてるんじゃないか、とぼやき続ける。
ぼやきに誘われる様に、焼ける臭いが増していく。




5、弟問い


夜更け、時々ではあるが、影が訪ねてくる。
そう切り出す大倶利伽羅に、不動行光はなんと返せばいいか分からない。そもそも何故大倶利伽羅と話しているのかが分からない。今は畑当番の最中で、今まで組んだ中で一度も大倶利伽羅と雑談なんぞしたことはない。
困惑の中で、もしや自分は無意識に甘酒を飲んでしまったのでは、と自分の素面を疑ってしまう。
不動の様子に構わずに、大倶利伽羅は淡々と話を続ける。
初めは部屋の前で半刻ほどじっとしているだけだった。段々と、声が聞こえてくるようになった。
――すえの、すえの……
居座る時間も長くなってきた。
呑気に寝ている同室の光忠が腹立たしくなり、叩き起したことがある。光忠はあの影を見て、あろう事か「なんだ、兄さんじゃないか」と言って、まだ半分以上寝ぼけた顔で笑った。奴が言うには、兄や水戸の友人達とは電子端末で連絡を取っているのだが、一番上の兄が頻りに会いに来たがるのだという。
「だからあれは、そんな兄さんの生き霊みたいなものだろうね」兄さん焼失してるけど、と言ってそのまま寝た。寝やがった。
「さすが、あの光忠兄弟の末っ子……」と不動が呆れおののくと、大倶利伽羅は諦めと悟りの混ざる微妙な顔で溜息を吐いた。
光忠は何一つ気にしていないが、あれは確実に光忠を連れて行こうとしている。
「えっと、それを俺に話すのはなんなの?」
「お前達織田の昔馴染みだろう。回収して捨てて来い」
「出来るか、そんなこと!!」
不動の泣きそうな叫びが、最近出来たての向日葵畑に響き渡るのだった。