主足怪文書不法投棄

アカウント移行前に新書ページメーカーで投稿していたものをまとめてみました


お題交換「ほんとにわかってない」


「じゃ、バイバーイ」
 軽い口調とともに、足立の手が迷いなく何人目かの被害者をテレビへ押し込んだ。悲鳴は一瞬でかき消され、闇に吸い込まれるように消える。
 残ったのは真っ暗なテレビと二人の人間だけ。あまりにも手慣れた犯行だった。
 
 足立は埃でも払い落とすように、手のひらをパンパンと打ち合わせる。芝居がかったそれは、舞台に立つ道化師のような、ひどく大袈裟で空々しい所作だった。
……これで何回目だっけ」
 独り言のようにそう呟いて、気だるげに首を回す。
「こうやって人を消すのも、もう慣れっこだよねぇ。誰かさんがお利口に黙って処理してくれるから、さ」
……なーんちゃって」
 鳴上の情緒をわざと揺さぶるような軽口。けれどその声音には、確かに鳴上を試す意図が感じられた。
 振り返った足立は、そのままじっと鳴上の反応を待つ。笑っている。しかし目は笑っていない。正しい答えを期待しているわけではない。ただ、鳴上の壊れた反応を、どこか待ち望んでいるようだった。
 
「そうやって、わざわざ俺に見せるのは……
 言い切るまでに、わずかな間があった。鳴上の視線が揺れる。こうでも思わなければこの関係を保てない、とでも言いたげな響きだった。
……本当は、止めてほしいからですよね」
 足立はその言葉に、思わずぽかんと口を開けていた。
……は?」
 本当に理解が追いついていないような唖然とした顔。言葉の裏を探る価値がないほどにズレていた。あまりにも頓珍漢で、あまりにも独善的な正義感で目が曇っているようで、あまりにも足立の思惑から外れていた。
 そんなくだらない戯言をこの場で聞かされるとは。
『IQの差が20以上あると会話が通じない』なんて、いつか見たテレビ番組のワンシーンが脳裏を過った。足立は思わず笑いそうになる。
 数値で測れないものというのは、なかなかどうして存在するらしい。目の前にいる男は、会話の通じなさで言えば特例レベルとしか言いようがない。
 善人でもなければ、救いを欲してもいない。そんな足立に対して、善性を見出して救った気になろうとする男。失望させるつもりで見せつけた犯行を前にしてなお、鳴上は懲りずに足立の中の存在しない善性を粗探しする。まるでありもしない証拠品を求める理不尽な家宅捜索だ。刑事も驚きである。
 
「足立さんは誰かに理解してほしくて、こんなことしてるんですよね」
 その言葉に、足立の貼りつけた笑顔がぴくりと揺れる。笑みが崩れたわけではない。ただ、乾いた笑いが喉元までせり上がり、それを押し殺すのに少し時間がかかっただけだった。
……ねえ、悠くん。君さ、ほんと面白いよ。僕が人をテレビの中に落とすのは、誰かに理解されたいから? あはは、凄いな。そんな風に見えるんだ?」
 わざと目を細め、腹を抱えて見せる。大袈裟な演技。だがその目は全く笑っていなかった。
「じゃあこれはなんだと思う?」
 じゃじゃーん、と足立は仰々しく両手を広げ、テレビを賑やかすように示した。
「君をここに呼んだのは、この後テレビの中で処理してもらうためでーす。……自分の立場、分かってる?」
 子供へ優しく言い聞かせるような猫なで声。しかしその声は背筋が凍り付くほどに冷たい。
……まさかこれでも〝足立さんは本当はいい人〟だなんて言えちゃうわけ?」
 鳴上は一瞬だけ目を伏せる。何かに迷うように、自分の中の正しさに縋るように。しかし、すぐに顔を上げ、何かに決心したかのような面持ちで告げた。
……抱えきれなくなった時だけ、こうして俺を呼んでくれるんですよね」
 
 我慢の限界を迎えた足立は、とうとう吹き出した。
「ははっ……
 人間とは、こうも救いようのない愚者を前にするとあっけなく笑ってしまうらしい。足立は愉快そうに、けれど底のない嘲りを込めて笑う。
「君さぁ、ほんっと頭どうかしてるよ。勝手に僕に頼りにされて、支えてるつもりだったんだ?」
「曲解にも限度ってもんがあるでしょ。……なに? もしかして読解問題とか苦手だったタチなわけ?」
 鳴上は構わず首を振る。声は妙に静かだった。
「違います。……俺にだけ見せてくれてるんですよね、本当の貴方を」
 数秒の沈黙。足立は額に手をやり、こめかみを押さえる。あまりのズレに笑うことすら疲れる始末だった。
……そういうの、さ。自分で言ってて変だなって思ったりしないの?」
 皮肉でも茶化しでもなく、本当に確認しているようなトーン。どうやらこの男は本気でそう思っているらしいという事実に、ようやく足立の理解が追いついてきたところだった。
 鳴上はわずかに眉をひそめ、だが肯定の代わりに視線で答える。誤魔化しも逡巡もない。そこにはただ、揺るがぬ確信の色が宿っていた。
 
 足立はゆっくりと椅子に腰を下ろし、背もたれに体を預け天井を仰いだ。
……はぁ」
 溜息が漏れる。息を吸っても頭は働かない。
 こんなものは正義感ではない。ただの歪んだ信仰だ。
『理解されたい』『抱えきれない』そう思ってるのは鳴上だけ。足立は一言だってそんなことを口にした覚えはない。なのに、鳴上悠という男は勝手に理解者の顔をして、絶えず手を差し伸べてくる。
 この男の正義は、まるで呪いだ。
 足立は笑わなかった。笑う気にもならなかった。
 
 足立は椅子にもたれたまま虚空を見つめていた。何かを考えているわけでもない。目の前の男へかけてやる言葉のストックも、そろそろ底をついたのだ。
……ほら」
 人差し指がテレビを指した。命令でも、合図でもない。会話なんて最初から成立していなかった、と見限るような仕草だった。
「始めていいよ」
 その一言に、鳴上は小さく頷いた気がした。何も言わず、ただ無言でテレビへ歩み寄り、すっと片手を真っ暗な画面へ伸ばす。足立はその背中を眺めながら、ゆっくりと脚を組み直す。
 指先が画面に触れた瞬間、静かな波紋のような揺れが広がる。鳴上の腕が、肩が、胸元が、静かに画面の中へと沈んでいく。彼は一度も振り返らない。
 足が最後に吸い込まれ、テレビは再びただの黒い箱へと戻る。まるで何もなかったかのように、部屋は静けさを取り戻す。
 
 こうしてまた、ひとつ共犯が積み上がっていく。
 あの男は、きっと今日も画面の向こうで「意味のあることをしたつもり」になって帰ってくる。
 テレビの真っ暗な画面は何事もなかったように足立を映し返している。足立はそのまま、ぼそりと、誰に聞かせるでもない声を漏らした。
 
「あーあ、ほんとにわかってない」

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おまけ

椅子に座った足立の姿を鏡のように映していたテレビの黒い画面に、再び波紋が広がる。特に驚いた様子もなく足立がゆっくりと目を瞬かせれば、見慣れた腕が飛び出る。すぐに肩が、胸が、全身が、ぬるりと現れる。鳴上がテレビから帰ってきたのだ。

「おかえり」
足立は数十分ただ座って過ごした体をほぐすように軽く伸びをして、目線だけを鳴上に寄越す。
鳴上の返事はなかった。代わりに、迷いのない足音が一歩一歩と足立へ近づく。顔には汗が滲み、いつもより荒い息をしていることに、足立は一瞬だけ眉をひそめた。──しかし、足立はその真意を知っている。この後を見越して、わざととぼけて見せるのだ。
「なぁに、疲れた?それとも、やっと後悔した?」
軽口を投げたその瞬間。鳴上の手が足立の肩を掴む。躊躇のない強さ。そして次の刹那──
「っ、い……っ!」
足立の体は椅子ごと床に叩きつけられた。背中に強い衝撃が走り、思わず息が詰まる。鈍い痛みに小さく呻きながら思わず眉を寄せた。
「は、あ……ちょっと、乱暴すぎでしょ……
呻く足立の上に鳴上の身体が覆いかぶさる。肘をついて身を起こそうとした瞬間、その手首は掴まれ、そのまま頭上に押さえつけられる。骨が床に当たり、顔をしかめながら息を洩らした。
……っ、く……。もう少し丁重に扱ってくれないと……僕、壊れちゃうんだけど?」
口では挑発しても、その声音に甘えはない。皮肉と余裕を混ぜた軽口。だが鳴上は取り合わない。もうそれを受け止める余裕などなく、ただ欲と熱がこもった鋭い瞳で突き刺すように足立をじと、と見つめる。
「好きですよね、こういうの」
耳元で低く告げられた瞬間、足立の喉がびくりと震える。乱暴に割り込んできた膝が、太腿を無理やり押し開いていく。
……っ、はは。僕の味方ぶって、やることはコレ?」
呆れたように吐き捨てるが、声は緊張で掠れている。鳴上の荒い呼吸が首筋にかかり、舌先が汗を舐め取るように這った。腰を捻って抗おうとしたが、両手首を押さえつけられたままではどうにもならない。
……もう、黙っててください。思ってもいないことを言うのは……足立さんもつらいでしょう」
噛みつくように唇を重ねられ、足立は返事の自由すら奪われる。荒々しく舌を差し込まれ、無理やりかき混ぜられる。首を逸らしても逃げられず、結局息を奪われたまま、かすれた声が零れた。
「ん、っ………………

繋がっていた糸がぷつりと切れ、お互いの荒い呼吸の音だけが響く。足立が落ち着き、文句のひとつでも言ってやろうとしたその瞬間──
「ご褒美、ください」
間髪入れず囁かれたその言葉に、足立の眉がぴくりと動いた。今度は足立の首筋へ顔を寄せてきた鳴上が、小さく噛みつく。ちり、と痛みが走る。足立に噛み付く鳴上の視線は、ただ獣じみた欲に濡れているだけではない。飢えと焦燥の奥に、どこか子供のような、報われたがる色があった。
足立は息を詰めたまま目を逸らす。ひと呼吸遅れて、口元だけでふっと笑った。
……ご褒美って、そっちから強請るものじゃないと思うけど?」
足立の声にはまだ余裕が滲んでいた。けれど、首筋に食い込む歯の熱さに、言葉の端はわずかに震える。鳴上は返さない。ただ強張った指で手首を押さえ込んだまま、低く囁いた。
……だって、今日も……ちゃんとやったので」