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美味いものは冷めても美味い.zip
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主足怪文書不法投棄
アカウント移行前に新書ページメーカーで投稿していたものをまとめてみました
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ポッキーの日
夕食を終え満腹感に包まれながらソファへ横になっていた足立のところへ、妙にそわそわした様子の鳴上がやってきたかと思えば、勢いよく何かを差し出す。
「足立さん、今日はポッキーの日ですよ」
そう言って鳴上はテーブルの端にポッキーの箱を置くと、律儀に正座して足立の視界の端に収まる。
「
……
うん、それで?」
この後の展開を予想できてしまった足立がわざとそっけなく返すと、鳴上はひと呼吸置いて、まるで何かの決意を固めたように、仰々しく口を開いた。
「勝負しませんか、これで」
真っ直ぐな返事と視線に、冗談や下心の意を感じられない。足立は自分の想像との乖離に眉をひそめた。
「
……
あのさ、悠くん?」
足立はゆっくりと身体を起こし、ソファに座り直した。これは本来、ポッキーゲームがしたいのだろうとすぐに察せる場面のはずだ。いや、察してはいるが。
「
……
ポッキーゲーム、だよね?」
「はい。折ったり先に口を離した方が負け。ひと箱あるので17本入りが2袋、つまり34回できます」
「多い多い多い
……
」
反射的にツッコんだ足立に、鳴上は少しだけ目線を伏せ、気まずそうに唇を引き結んだ。
「どさくさに紛れてフランにしようかとも考えたんですけど、流石に卑怯かなと思って断念しました」
「いや
……
誰に、なんの気を使ってんの?」
どさくさってなんだ。それに、結局ポッキーゲームに乗じてキスを正当化させたいのか。ツッコミどころしかないのに、言葉と表情はどれも真剣そのもの。鳴上の真意を測れずにいるまま黙って見つめていると、その沈黙に鳴上は不思議そうに首を傾げた。
「
……
なにか、変ですか?」
四十路の自分からこんな確認をするのはいかがなものだろうと、言いづらそうに足立は視線を泳がせる。
「一応聞くけど
……
キス、したいだけじゃないの?」
沈黙が落ちた。からかい半分のつもりが、妙に真剣な空気になってしまった気がして気恥ずかしい。
「そうです」
「うわ、馬鹿正直〜」
足立が頭を抱えるのとほぼ同時に、鳴上はポッキーの箱を手に取りぴっと見せつけるように突き出した。
「したい、なんて希望的観測では失礼だと思いませんか。するから、ここまで真剣になっているんですよ」
そう言いながら鳴上は箱を開封すれば、袋から1本抜き出す。くわえようとしている。くわえた。
「あらひはん、ひゅんひへひまひはっ」
「くわえながら喋んないで」
鳴上は静かに足立を見つめたまま動かない。姿勢は正座のまま、両手は膝に添えられていて、表情も無駄に真剣。なのにその口は、ポッキーをくわえている。おかしい。いや、最初からずっとおかしい。
「
……
悠くんさぁ、そこまでして僕とポッキーゲームやりたいの?僕ら、結構いい歳だと思うんだけど」
鳴上はくわえていたポッキーをサクサク咀嚼し始めたかと思えば、袋から新しく1本取り出す。
そして、どこか寂しそうな声でぽつりとこぼした。
「
……
だって、できなかったじゃないですか」
「え」
「あの時のこの時期、イベントどころじゃありませんでしたし。それから足立さんとは会えないままだったし。
……
だから。
……
今の俺たちなら、いいかなって」
残された沈黙は、お互いの空白の時間に思いを馳せるには、十分すぎるほどだった。
「
……
迷惑、でしたか」
鳴上は先ほどまでの意味不明なやる気とは打って変わって、どこか拗ねたような、諦めたような空気をまとっていた。その温度差に、足立は思わず言葉を失う。
足立はソファから立ち上がると、正座でポッキー持つ鳴上の前に膝をつく。鳴上は足立の意図を察し、嬉しそうに微笑めば、再びポッキーを口にくわえる。
「
……
1回だけだからね」
足立はポッキーの先端を軽くかじった。目の前の鳴上は、何も言わずにじっとこちらを見ている。
この距離で見つめられると、色々と思考が邪魔をする。鳴上の睫毛の長さ、肌のきめ細かさ、視線の鋭さ。
このまま進めば間違いなくキスになる。それがダメというわけではないが、行為中のキスとはわけが違う。
足立はごく自然な動きで、わざとポッキーを折った。
「あーあ、残念。折れたから、ここまで
……
」
照れ隠しに口角を上げ、取り繕うように言い訳を紡ごうとしたその時、顔を逸らす間もなく顎を掴まれる。次の瞬間、鼻先が触れる距離まで鳴上の顔が近づき。
「
……
ちょ、ゆうく
……
」
最後まで呼ぶことは叶わない。鳴上は残った距離を埋め、即座に唇を重ねてきたからだ。迷いのないキスだった。逃げ場を封じるように、口を閉ざすように。拒む隙を与えないまま、そっと重ねられる感触。
すぐに離れると高を括っていたが、鳴上はそんなつもりがなく。軽く触れたはずが、押し込むように、けれど確実に深まっていく。触れる角度が変わり、上下がずれて、さらに押しつけられて息が詰まる。
「ん
……
っ、ちょ、ちょっと
……
」
抗議する隙も与えられず、舌は容赦なく割り込み、滑り込むように奥へ。歯列の間をなぞり、舌の裏をなぞられ、ぴくりと足立の肩が跳ねる。
「ん、む
……
っ」
小さく抗えば、追い打ちのように舌を吸われる。じゅっ、と湿った水音がして、脳がカッと熱を持つ。
しばらく貪られていれば、ようやく満足したのか名残惜しそうに唇が離れる。額が触れ合いそうな距離で、荒い呼吸を整えながら、目だけは逸らさない。
「わざと折って逃げるのは、反則です。俺はちゃんと足立さんとキスがしたくて、こうしてるんです」
その言葉には火傷しそうな熱がこもっていた。足立は目を逸らしたまま返事をする余裕がない。唇はまだ火照っている。頭の奥がぼうっとして、呼吸も整わない。そんな自分に気づいて、ますます恥ずかしくなる。
鳴上の手が、ふと足立の頬に添えられる。熱の残る唇を、そっと親指でなぞるように撫でられた。
「足立さん、チョコって媚薬の効果もあるらしいです」
唐突すぎて理解が追いつかない、というように足立が目を瞬かせると、鳴上は得意げな顔で言葉を紡ぐ。
「カカオに含まれるフェニルエチルアミンは、恋愛ホルモンと呼ばれていて、医学的に証明もされてます」
「絶対ネットの入れ知恵じゃん
……
」
にこりと微笑む鳴上の顔には、もうポッキーゲームをしたがっていた可愛げなどどこにもない。真面目の皮を被ったまま、底の見えない欲がにじみ出ている。
「
……
もう少しだけチョコの力、試してみませんか?」
鳴上は再び袋からポッキーを取り出したと思えば、チョコレートの方を足立の口元へ差し出す。まるでこちらの出方を待つように、じっとりと見つめて。
「
……
はあ」
観念したと思われるのはしゃくだったのか、足立はわざとらしくため息をついて見せる。そして、恨めしそうに鳴上をひと睨みすれば、ふい、と目を逸らした。
「
……
今日のは全部チョコのせいってことで、ね」
それ以上何も言わず、足立はそっとポッキーの端をくわえる。チョコレートの甘さを舌先に感じながら、ちらりと横目で鳴上の様子をうかがえば、欲を孕んだ熱い視線が突き刺さり、足立は心底後悔した。
もう勝敗などどうでもいい。どちらに転んでも結局はキス。それだけで済まないと分かっていながら乗ってしまったのは、やはりチョコレートのせいだろうか。
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