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美味いものは冷めても美味い.zip
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主足怪文書不法投棄
アカウント移行前に新書ページメーカーで投稿していたものをまとめてみました
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真冬私服
ピンポーンとチャイムが鳴った時、足立は怠惰を極め、冷え切ったまま放置していたコーヒーを、ようやく電子レンジにかけようとしているところだった。
正月二日目。特に予定があるわけもない。堂島家に食事へ誘われてはいたが、家族水入らずの空間に割り込むほど、足立も無神経ではない。
チャイムが鳴った瞬間、真っ先に頭に浮かんだのは鳴上の顔だった。というより、正月に足立の家を訪ねてくる人間なんて彼以外にいない。消去法である。
「足立さん、明けましておめでとうございます」
玄関先に立っていたのは、見慣れない服装の鳴上だった。おニューの私服だろうか。思えば彼の私服姿を見る機会は意外と少ない。制服姿か堂島家にお邪魔した時に見るラフな部屋着が定番で、こうして外向けの私服姿で現れるのは、どこか新鮮だった。
その新鮮さは、あとで別の意味になるのだが。
「
……
はいはい、おめでと。まさか正月早々、本当に来るなんてね。お年玉集ったりしないでよ?」
鳴上は、大きな手提げ袋を片手に提げていた。中には、重たげなタッパーがぎっしり詰まっている。
「おせち、持ってきました。足立さんの分も作っておいたので。
……
買って食べたりしてないですよね?」
「
……
ほんと好きだねえ、そういうの。僕がジュネスでおせち買って正月を楽しむような男に見える?」
ぼやきながらも、足立は鳴上を家へ招き入れる。まさか“できる男”鳴上悠が、正月に恋人を放っておくなんてことはしない。訪ねてくるところまでは想定済みだった。だが、まさかおせちまで抱えてくるとは。
「失礼します」
鳴上は部屋に上がり、手提げをテーブルに置く。そして何の気なしにコートに手をかけた、その瞬間。
「
……
へ?」
足立は思わず二度見した。
「ちょ、ちょっと待って。なにその、絶妙な重ね着」
「ああ、寒いので。あと、このジャージ着慣れてて」
上からジャージ、下にVネックのロンT、更に下にタートルネック。防寒のつもりなのか、そういうファッションなのか、あるいは単に何も考えてないだけなのか。何にせよ、その妙ちきりんなレイヤリングに言葉を失った足立の前で、鳴上は気にも留めず、当たり前のような顔でタッパーを取り出し始める。
「盛り付け、お皿借りてもいいですか?」
「待って?まさか、話それで終わらせる気?僕は今、君のジャージに釘付けなんだけど?」
思いがけない足立の反応に、鳴上は一瞬きょとんとしたあと、不安げに問い返してきた。
「えっ
……
変ですか?」
そう言って小首を傾げてくる鳴上の目は真剣で、指摘をした足立の方が悪いことをした気になる。
足立が皿を持って戻ってくると、鳴上は手慣れた様子でおせちを丁寧に盛り付けて始めた。料理たちは感心するほど見た目がそれっぽい。
「駄目じゃないけどさ。心配になるよ?そのファッションセンス。瀕死じゃない?」
「だって寒いんです。冷えるから重ねてるだけで
……
」
「君さあ、お年寄りじゃないんだから
……
」
思わずツッコむと、鳴上は「寒いの嫌なんです」とむっとしながら返してきた。その返答は意外なほど素直で、鳴上の表情は、少しだけ子供らしかった。
「足立さんの家、物が少ないから冷えるじゃないですか。だから厚着しておこうかなって。それと
……
」
ちらりと足立を見て、鳴上はわずかに頬を染めた。
「
……
くっつく時に、冷たいと嫌かなって思って」
恥ずかしげもなく、自然にこうして破壊力のある言葉を口にしてくるのがこの鳴上悠という男だ。
不意打ちの言葉に、足立は思わず一瞬フリーズする。
鳴上はどこか嬉しそうに微笑んだ。普段の落ち着いた雰囲気はそのままに、時折見せる高校生らしさのような無邪気さ。これに日々足立は振り回されている。
器を並べる手つきは手慣れたもので、足立は黙ってそれを眺めながら、何気なく呟く。
「そうやって色々やってくれるのは嬉しいけどさ」
「はい」
「
……
ちょっとは頼ってくれてもいいんだけどね」
「え?」
「ほら、君がうち来ると、いつも完璧に準備してくれるからさ。僕の出る幕がないなーって」
そう言って笑った足立の指先に、鳴上の手が触れる。鳴上はそのまま足立の真隣に移動してきたかと思えば、そっと手を重ねてきた。
「じゃあ
……
温めてください」
「
……
は?」
「外から来たばかりで手が冷たくって。俺の手を温める係、足立さんに任せていいですか?」
鳴上の声は、あくまで穏やかだった。けれど、その言葉の裏にある下心を足立はすぐに察した。
「あー
……
そうきたか
……
」
鳴上の指先は確かにひんやりしていた。そこからゆっくりと自分の温もりが鳴上へ伝わって温かくなっていく感覚に、足立はだんだん照れくさくなってくる。
「ほんとに冷たい。重ね着してても、こうなんだ?」
誤魔化すように軽口を叩き、重ねられた手を動かして指を絡めれば、鳴上は照れたように頷いた。
「はい。
……
でも、足立さんが温めてくれるなら、こんなに厚着しなくてもよかったかもしれません」
「
……
あんま調子乗らないの」
足立のため息混じりの呟きが、室内のぬるい空気にゆっくりと沈んでいく。
しばしの沈黙ののち、鳴上がぽつりと口を開いた。
「
……
来年、足立さんは何してると思いますか」
「は?いきなりどうしたの」
「ちょっと気になっただけです。
……
俺、春からもうここにいないので」
それは前々から分かっていたことだった。この田舎町での一年は、鳴上にとって一時的な滞在でしかない。春になれば別れが来る。その現実をわざわざ言葉にされて、足立は少しだけ眉をひそめた。
「
……
ねえ、それ言ってて楽しい?」
「いえ、全然。
……
でも、あっちは帰る場所ってだけで、気持ちはここに置いていきますよ。足立さんに」
「
……
恥ずかしくないの、言ってて」
「本気ですから」
鳴上はそっと手を握る力を強めた。指先がきゅっと絡む。まるで、離したくないとでも言うように。
「
……
俺、次の正月も、こうして足立さんと一緒に過ごしたいです。また、ここに来たい」
言葉の端々に滲む本気と未練に、思わず視線を逸らす。情に絆されるのは好きじゃない。別れを前提にした付き合いなんて、虚しいだけ。彼との関係継続を望んでいるのは自分の方ではないかと思うと、足立はなんだか気恥ずかしくなってきてしまった。
手のひらから伝わってくる体温は、もう十分温かい。それなのに離そうとしない鳴上の指先には無意識の不安が滲んでいるようで、足立は小さく息をついた。
「
……
来年も僕で温まりに来るつもりならさ」
視線は落としたまま、足立はぼそりと続ける。
「もう少しマシな服着てきなよ。
……
いよいよ愛想尽きて迎える気も失せちゃうかもしれないからさ」
「
……
それは、困ります」
鳴上は、きゅっと指を絡め直した。その手を振りほどけないまま、足立は小さく笑って目を伏せた。
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