主足怪文書不法投棄

アカウント移行前に新書ページメーカーで投稿していたものをまとめてみました


堂島さんには、内緒だよ?


「お邪魔しまぁす。入っちゃいますよー?」
勤務を終えた足立は、堂島の誘いに応じて堂島家を訪れる。靴を脱ぐ手つきも自然そのもの、慣れた足取りでリビングへ。
しかし、そこに人の気配はなかった。テレビもついていない。ソファも空いている。
「え?」と口に出すより早く、不意にキッチンの方から聞き慣れた声がした。


「こんばんは、足立さん。……すいません、いま手が離せなくて」
リビングとキッチンの境目で立ち尽くす足立の視線の先には、料理中らしい鳴上の背中。
「あれ、悠くんだけ?堂島さんは?」
足立が声をかけると、鳴上は鍋の蓋を持ち上げながら振り返る。その姿が思いのほか様になっていて、足立は内心少しだけ感心した。
「さっき署から電話があって、すぐ向かってしまいました。今日は帰ってこないみたいです」
「ありゃ。じゃあ僕はこのままお暇した方がいいね?」
呼んだ張本人がいないのなら仕方がない。踵を返し玄関へ向かおうとした足立の背に、鳴上の声が飛ぶ。


「あ……。ちょっと、待ってください」
「んー?」
首だけで振り返ると、鳴上がこちらへ向かってきた。足立の後ろに来て、意を決したようにひと呼吸。
「あの、今日は菜々子も友達の家にお泊まりで。俺ひとりで夕飯食べるの、ちょっと味気ないなって……。足立さん、よければ一緒に夕飯どうですか?」


その申し出に、足立はふっと眉をひそめる。
(なにが悲しくて、ガキと二人で晩飯……
口には出さず、少し考えるように視線を泳がせる。
鳴上はどこか気まずそうで、それでいて、どこか期待を滲ませた眼差しを向けてくる。


……ま、家帰ってもカップ麺しかないしねぇ」
肩をすくめて、軽くため息をつく。足立は一瞬だけ玄関に視線を向けるが、すぐに引き返すように身をひるがえし、にやりと笑った。
「で?何をご馳走してくれるわけ?」
試すような問いに、鳴上はどこか誇らしげに微笑む。
「足立さんが来ると聞いてたので、ロールキャベツを」
……あのねぇ」
足立は小さくため息をついて、わざとらしく肩をすくめてみせる。が、その口元は緩んでいた。
「僕、キャベツ以外にも好きな食べ物くらいあるよ?」
わざと皮肉めかして言ってみせると、鳴上は目を瞬かせて本気で驚いたように「え、そうなんですか?」なんて言うもんだから、足立は思わず笑ってしまう。
「ま、ロールキャベツも嫌いじゃないけどね」
そう付け足して、足立はいつも自分が座っている定位置へ腰を下ろした。

***

食後、鳴上がキッチンで洗い物をしている間に、足立はいつの間にか冷蔵庫を開け、缶ビールをひとつ取り出していた。
「それ、叔父さんの……」と咎める鳴上に「一缶や二缶バレないって」と足立は悪びれもせず笑ってみせる。
その軽薄さに、鳴上は肩をすくめて小さくため息をつく。抗議はした。けれど守りきれなかった。

ぷしゅ、と軽やかな音を立て缶を開けると、ひと口。
「ふぅ……五臓六腑に染みわたる~」
ゆっくりと飲み干し、足立はソファの背にもたれた。
……足立さん、明日非番なんですか?」
「うん。だからって、ひとんちで羽伸ばしていい理由にはならないけどさぁ」
そう言いながら、足立はビールをテーブルに置き、ネクタイに手をかける。結び目を緩めながらちらりと鳴上に視線を投げた。


……堂島さんには、内緒だよ?」
そう言って、いたずらっぽく笑う。

何が内緒なのか。ビールのことなのか、ふたりきりの夕食なのか、それとも今この瞬間の距離感か。
含みのある言い方に、鳴上の目がわずかに泳ぐ。

……それって、」
「ん?」
「な、なんでも、ないです……
目を伏せるようにして答えた鳴上の耳が、ほんのり赤く染まっているのを、足立は見逃さなかった。
ビールの缶をテーブルに置く音もそこそこに、身を乗り出して鳴上の方へ顔を近づける。

「もしかしてさ、悠くん……ドキドキしちゃった?」
鳴上は視線を逸らすことも、言い訳をすることもできなかった。言葉の代わりに、わずかに強張った肩がその反応を語っている。
「あは、そういうとこはまだまだ高校生って感じ」
からかうように笑いながら、そっと指先で鳴上の頬に触れる。赤みが増し熱を持つ頬。その反応は言葉よりも雄弁だった。


「否定しないってことは、さ」
……っ」
鳴上の手がそっと足立のシャツの裾を掴む。止めるわけでも、拒むわけでもないその仕草に、足立の目が細められた。

「んふふ、いい子。じゃあ……
囁いた声は、すぐにキスに溶けた。

***


「ん、……っ、ふ……あぁっ……!」
ソファに押し倒された足立の喉から、こらえきれない甘い声がこぼれる。
シャツのボタンは外され、肌があらわになっている。鳴上はじっと見下ろしたまま、足立の肌の上に唇を這わせ、そのまま躊躇いもなく首筋へ噛みついた。
「ん゛、いっ……!ちょっとっ、加減……っ!」
悲鳴とも文句ともつかない声が漏れるが、足立にはもう鳴上を止める力がない。逃れようとするたびに、鳴上の手が腰を押さえつけてくる。力では敵わない。動けば動くほど、体勢は崩れていき、鳴上の重さがのしかかってくる。


「すみません……。でもここ、すごく噛み心地よくて……気がついたら勝手に……っ」
耳元でくぐもるような声が囁かれた瞬間、背筋がぞくりと震えた。言葉の通り、鳴上は首元、鎖骨、肩口へと、何度も何度も噛みついてくる。強すぎず、でも甘噛みよりも確かに痛くて、そこに残される痕はまるで所有印のように浮かんでいく。


……足立さん、気持ちよさそう……
「はっ、あ、だれが……っ、そんなわけ……っ、ん゛……んあぁっ……♡」
否定の言葉とは裏腹に、足立の瞳は涙で滲み、だらしなく開かれたままの口の端からは、飲み込みきれない涎がこぼれている。
喘ぎと嗚咽のような声がまじり合い、否定の言葉も飲み込んでいく。歯型だらけの首、ひっかき傷の浮かんだ背中、熱で真っ赤に火照った肌。そんな自分の姿を想像してしまい、足立の体は一向に火照りが治まる様子はない。


「足立さん……そんな顔、見せないでください。もっと欲しくなります」
「っ、や……やだ……っ、ゆうくんっ、もうっ……っ、やめ、っ……!」
息も絶え絶えに言葉を吐く足立の唇を、鳴上がそっと指でなぞった。体の奥をなぞる熱も連動しているような錯覚に、また涙がこぼれる。

「かわいい……もっと、ください……
また一つ、首元に赤い痕が増えた。もう数えきれないくらい、体中を鳴上の唇と歯に侵食されている。

「やっ……やだっ、ほんとに……っ、むりなの、もう……っ、んっ、あ…………♡」


***


……っ、はぁ……はぁっ……
足立はソファのクッションに沈むようにして、ぐったりと横たわっていた。

首元には噛み痕がくっきり残り、背中には鳴上の執着の証とも言えるような生々しいひっかき傷まである。肌は行為の余韻で火照ったまま赤く、シャツは申し訳程度に体にまとわりついているだけ。見るも無惨な姿。


……も、もぉ……むり……きみのスイッチ、わかんない……っ、さいあく……
涙を浮かべたまま、顔を逸らして抗議する声も、もう力が入っていない。鳴上はそんな足立の髪を指先で梳きながら、どこかまだ物足りなさそうな目でその顔を見つめていた。
──その時、固定電話の音がリビングに響く。
「あ……叔父さんかな」
鳴上が立ち上がって受話器を取る。
足立は快感を与えられ続けて力の入らない体をどうにか起こし、恨めしそうにその背中を眺めていた。

ほどなくして通話は終わる。受話器を戻した鳴上は、一拍置いて足立のほうへ振り返った。目を細めて微笑みながら、一歩、また一歩と近づいてくる。


……足立さん」
……っ、な、なに……?」
「もう一回してもいいですか?」

足立は震える腕で自分の身体をぎゅっと抱きしめるようにして、鳴上を睨む。しかし、その赤く染まった頬と、快感で蕩かされた目元は、本気で怒っているようにはとてもじゃないが見えなかった。

「ば……ばかなんじゃないのぉ!?」


涙声で叫んだ足立のその一言は、弱弱しく、情けなくて。再び鳴上のスイッチを押すには充分すぎる破壊力で。


「こ、これ以上はむりっ……!」
「ごめんなさい。でも、足立さんが可愛すぎて……もう、止まれそうにないです」
「やだっ、ぼくやだって言ってるのにぃ……っ、ひゃ、あっ……や、めっ……♡」


抵抗も虚しく言葉は呑み込まれ、夜は更けていく。