主足怪文書不法投棄

アカウント移行前に新書ページメーカーで投稿していたものをまとめてみました


躾のなっていない犬でごめんなさい



『今日は少し早く帰れそう』
簡素で味気のないそのメッセージを足立が送信したのは、昼休憩の真っ最中だった。
鳴上の用意した弁当の蓋を開けながら、咀嚼の合間にスマホを片手に過ごす。そんなささやかな隙間時間。

出所後、ようやく定着した仕事は現在繁忙期を迎えていた。休みは少なく、業務量は多い。帰宅はできても、食事をとって、シャワーを浴びて、横になればすぐに眠気が襲ってくる。そんな毎日が続いていた。
足立はそれも致し方ないと受け入れている。だが、同じ家で暮らし、生活を共にしている鳴上の存在を思えば、どこか申し訳なさを覚えずにはいられない。
彼は何も責めたりはしない。だからこそ、余計に。

『駅で待ち合わせしましょう。俺、迎えに行きますね』
既読が付いたかと思った次の瞬間には、鳴上からの返信が届いている。

……はや」
その返信の速さと有無を言わせぬ提案に足立が思わず小さく笑っていると、追撃のスタンプまで送られてくる。送られたそのキャラクターの頬が赤らんでいるのが、何故だか妙に可笑しかった。
そんな鳴上の心象を想像しつつ午後の業務を終えた足立は、鳴上に時間を伝え待ち合わせ場所へ向かう。

***

所定の場所へ到着すると、鳴上の姿が見えた。
足立が視線を向けると、鳴上もこちらに気づき、軽く会釈をして歩み寄ってくる。
静かな足取り。けれど普段より少しだけ、歩く速度が速い。
「お疲れさまです、足立さん」
「うん、悠くんもね。待たせちゃった?」
「いえ、今来たところです」
交わされるのは当たり障りのない定型文。
そのまま改札を抜けホームへ立てば、ちょうど電車が到着する。退勤ラッシュよりも少し早い時間帯の車内は、込みすぎることもなく、ほどよく空いており、二人は端の座席に並んで腰を下ろす。

「ふぁ……
隣で、足立が躊躇いもなく大きな欠伸をする。その脱力しきった仕草に、鳴上は思わず目を細めた。
……お疲れみたいですね」
「まあね。でも、やっと来週から通常業務に戻るから。結果オーライって感じ」
「!じゃあ、足立さん、土日は丸々休み……?」
「ん、そーゆーこと。丸々休みの土日なんて、いつぶりだっけねぇ」
足立は気の抜けた柔らかな口調でそう返し、背もたれに体を預けて目を閉じる。
鳴上に説明したことでようやく体は激務からの解放を自覚したのか、足立の体から緊張が抜けていく。
次第に瞼が重くなり、そのまま、するりと鳴上の肩に頭を預けた。

……え。あ、足立……さん?」
押し当てられた重さに、心臓が跳ねた。
かすかに触れる髪の感触、規則正しい寝息、わずかに開いた唇。
その無防備な寝顔が何の迷いもなく自分に預けられていることに、鳴上の喉が、ごくりと鳴る。
思考より先に反応するのは、肉体の方だった。

鳴上はしばらく、何も言えなかった。
身動ぎすれば、安心して身を預けてくれた足立の睡眠を妨げてしまうのでは──
そんな考えが頭をよぎり、体勢を変えるどころか、妙に力が入ってしまう。
……これは、試されてるのか)
思わず浮かんだ問いに、すぐ首を横に振る。
そんなはずがない。
足立がこの数日、まともに休めていなかったことくらい、隣で見ていた鳴上には分かる。
これはきっと無意識。ただ眠ってしまっただけ。自然な疲労の反応だ。
この一瞬が、たまらなく残酷に感じられる。
抑え続けてきた境界線が、たった今、ひどくあっさりと越えられた気がした。
温もりと、確かな鼓動を伴って。

いつもなら、夜の支度を全て終えてから。
明かりを落とし、静かに並んで横になり、鳴上が小さく「いいですか」と問いかける。
ほんの少しの間を置いて、「いいよ」と返ってくる小さな許可。
それからようやく、足立は鳴上に身を預け、鳴上が触れることを許すのだ。

けれど今、その始まりの合図すらなく足立は鳴上に体を預けている。何の前触れもなく、あまりにも素直に、すべてを明け渡すように。
鳴上の体は、ぼんやりと、けれど確かに夜の気配を思い出し始めていた。

……ずるいですよ、足立さん」
ぽつりと呟いた声は、当然ながら足立の耳には届かない。
それどころか、足立は気持ちよさそうに体重を預けてくる。

揺れる車内でバランスを崩さぬよう、鳴上はそっと足立の肩に手を添えた。
服越しの体温に、指先がわずかに触れる。たったそれだけのことで、背中に汗がじわりと滲んだ。
……落ち着け、俺。ここは電車の中だ……
肩に頭を預けられているだけ。
しかし、そこにある体温も、微かに香る匂いも、頬に触れそうな髪の柔らかさも、どれもが鳴上の理性を静かに削っていく。
彼がこんな風に、何の警戒もなく体を預けられるのは、きっと自分だけなのだ。その確信が、ひどく甘くて、ひどく危うい。
鳴上はただ静かに息を吐いて、揺れる車内で自分の中に湧き上がる衝動をなんとか押しとどめていた。

***

車内アナウンスが最寄りの駅名を告げ、ブレーキがかかる。
鳴上は小さく咳払いをしてから、そっと顔を傾ける。
……足立さん。着きましたよ、起きてください」
努めて優しく、いつも通りの声で。
喉の奥が熱くて、ほんの少し掠れそうになるのを、必死に抑えながら。

……ん、んー……
もぞ、と動いて、足立はようやく目を開ける。
気だるげに伸びをして、悪びれもせずに「ごめん、寝ちゃった」と笑い無防備に目を擦る仕草はどこか子どもっぽくて。
またひとつ、鳴上の理性をじわじわと削ってくる。

……ん?なんか、顔赤い?」
……いえ。電車内が、少し暑くて。それだけかと」
……なあに、今の間は」
「い、いえ……特に、問題は……
言葉を濁しながらホームに降りると、改札を抜けたあたりで二人の歩幅が自然と揃う。
歩きながら、足立がほんの少しだけ肩を寄せる。

「明日から連休だし、悠くんは隣にいるし、気が緩んじゃったのかもねぇ」
……それは嬉しいですが、少し困ります」
「なんで?」
……そろそろ、我慢にも限界があるので」
「なっ……!」
足立の脚が一瞬だけ止まりかける。
その横で、鳴上は静かに目を細めていた。
怒ってもいない。からかっているわけでもない。
まっすぐで、飾り気のない愛と欲が剥き出しのその視線に、足立は思わず息を飲む。

……うち、もうすぐだね」
「ええ。……すぐ、ですね」
駅から少し歩いた住宅街は、静かでひと気も少ない。
どちらからともなく、自然に手が重なる。
重なったそれを、鳴上は少しだけ強く握った。
握った手のひらから、じんわりと熱が滲んでいく。
すると、足立が握り返してくる。

……ねえ。きみ、手、熱すぎ」
そう言って鳴上の顔を覗き込むその視線は、まるで彼の興奮を見透かしているかのようで。
もうすぐ玄関。鳴上の限界は確かに近づいていた。

-----

足立を先に玄関へ通し、鳴上が戸締りをする。
カチリ、と鍵が回る。
玄関の内側に、静寂が満ちていく。その音が合図だったかのように、鳴上の中の理性が決壊する。
見慣れた薄暗い玄関。リビングへ続く廊下。足立は靴を脱ごうと片足を上げ、バランスを取りながら鞄を壁に立てかけようとしていた。
その後ろ姿が、今の鳴上にはひどく無防備に見えた。

ずっと触れたかった。
日々隣にいるのに、ただ隣にいるだけで、どれだけの夜を我慢してきたことか。
足立が疲れているのはわかっている。けれど──

……足立さん」
呼びかけに返事が返ってくるよりも先に、鳴上の腕は足立の腰を掴んでいた。
……え、ちょっと、なに……!?」
不意を突かれた足立が振り返ろうとする隙も与えず、鳴上はその身体を強く抱きしめる。
背中と胸が密着し、靴を脱ぎかけていた足立のバランスが崩れるのを、腰ごと支えるように受け止める。

「まっ……、悠くん……!?」
口を開きかけたその瞬間、耳元にかかった吐息の熱に、思わず声が止まる。
鳴上の顔がすぐそこにある。体はぴたりと密着して、それでもまだ足りないとでも言うように、より腰を強く引き寄せてくる。
そして下腹部に、押し当てられる硬さ。

……っ、うそ、でしょ……
足立の肩がぴくりと跳ねる。
ズボン越しに伝わってくるそれは、たまたま当たっただとか、そういう次元ではなかった。
明確に、故意に、欲を持って擦りつけられているとしか思えないほど、硬く、熱い。

「ねえ……冗談でしょ、今帰ってきたばっかり……
……触れたかったんです」
鳴上が掠れた声で切なげに囁く。
「ずっと我慢してました。でも、もう……
ぐり、と。その言葉の“もう”の意味を理解するより先に、腰の動きが伝わってきた。
思わず脚に力が入る。触れているのが服の上からだなんて、とても思えなかった

「もう……、ほんとありえない……っ」
玄関、仕事帰り、靴も脱ぎきっていない状態。それでも体にのしかかる熱は、最早言い訳の必要がないほどに、欲を孕んでいた。
「まさか……ここで、する気……?」
「はい。……今すぐに、したいです」
即答されたその声に、背中から伝わる熱に、足立の理性も少しずつ溶かされていく。
「っ……馬鹿じゃないの、きみ……
気づけば扉に手をつかされるような体勢にされていて。ぐっ、と鳴上の腰が動く。
押し当てられるそれはまるではっきりとした輪郭をもっているようで。体の奥にまで、擦り付けられているよな錯覚に陥る。

「っ…………、ちょ、ほんとに……
言葉にならない吐息が混じる。
「僕、疲れてるんだけど……っ!?というか、ここどこ!?玄関!玄関だよねぇ!?」
「分かっています。でも、どうしようもなくて……っ」
必死に自制してきた欲をようやく解放させられそうな現状に、鳴上の声は興奮で震えていた。

「最悪……っ!まだそこら辺の犬の方が我慢が上手だって……っ、んんっ」
腰を引いて逃げようとした瞬間、後ろから回された腕が強く締まる。
「ダメです。……もう少しだけ、このまま……
鳴上の唇が足立のうなじに、そっと──いや、必死に。何度も何度も押し当てられた。
「やっ、だめ、それ、くすぐった……ふぁ、ぁ……っ」
首をすくめようにも逃げられない。

肩越しに、息がかかる。
(うわ、やば……息、熱……
吐息がかかるたび、背筋がぞくぞくとした熱で痺れてくる。
……足立さん」
……っ、な、なに……っ!」
「ずっと、こうしたかったんです」
その言葉の直後、足立の腰元に回っていた手が、そっとズボンのベルトに触れる。
足立が咎めるよりも早く、ベルトの留め具が器用にカチャリと外される音がした。
そうして鳴上の手が、なんの迷いもなく足立のズボンをわずかにずらす。

「やっ、やめてって……ほんとに……っ」
足立の口から、堪えきれない吐息がこぼれる。
(玄関で盛られるなんて……っ)
繰り返される腰の動きに、感触はより濃く、いやらしく刻まれていく。
布一枚隔てているとは思えない。擦れるたびに熱と形が肌に染み込んでくるようで、その感触が下腹をじわじわ焦がしてくる。
鳴上の腰が動くたび、足立の意識がじりじりとそこへ引き寄せられていく。

足立の口から、堪えきれない吐息が漏れた。
「ねぇ……っ、せめて、ソファ、とかさっ……!」
……足立さん、あったかい……
低く落ちた声が、耳の奥をくすぐるように染み込んでくる。
吐息は荒く、湿っていて、生温かい。
「ん、ふ……、やっ……ゆう、くん……っ」
鳴上の声はもう抑えが効いていない。

尻に押し当てられたものがぬるりと粘り気を帯び、下着へ徐々に滲んでくる。それがじわじわと温度を持って広がる感覚に、足立は背筋を強張らせるしかなかった。
「っ、あ……、ほんとに……っ、やば……っ」
頭の奥が痺れてくる。音がこもって、呼吸すらままならない。
くちゅ、と下着が擦れる湿った音がした気がして。
「っ、もう、勘弁してって、ば!!」
足立はついに隙を見て振りほどくように体を捩じり、鳴上の腕の中から脱出した。

***

ぐらつく足を無理やり前に出し、靴も脱ぎ捨てるように、足立はリビングへ駆け込んだ。
リビングの入り口で立ち尽くす鳴上に向かって、振り返りざまに一言。

……そこ。正座して」
怒気と羞恥を帯びたその声に鳴上は大人しく膝を折るが、彼の昂ぶりは、まだ収まっていなかった。

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鳴上は項垂れながらソファの前に正座していた。
居心地悪そうに縮こまって座るその姿を、足立はソファに深く腰掛けながら見下ろしている。

……で。どういうつもり?」
呆れ。怒り。羞恥。疲弊。あらゆる感情が入り混じった声で、足立は口火を切った。
返事を求めているわけではない。それは鳴上も分かっているのか、口を開くことはなく、しゅんとしたまま目を伏せていた。
先程とは打って変わり、急に理性的な態度を見せる鳴上に、逆に足立の苛立ちがこみ上げる。
「君が盛った場所、一体どこだっけ」
「そう、玄関。出入口、屋外との境界線。確認させてもらうけど、そういうの、知らないわけじゃないよね」
「いくら君が性欲に支配されて盛りのついた待てもできない犬と変わらない知能になったとしてもさ、僕は君と違ってれっきとした人間なわけ」
肘置きに片肘をつき、顔に手をあててわざとらしく溜め息をついた。足立の悪態は止まることを知らない。

「うんうん、そっかぁ。我慢してたんだ。限界だったんだ。そりゃ大変だったねぇ」
……で。それが理由?疲れてる恋人に、靴を脱ぐ隙も与えず玄関で盛る正当性って?」
「なに?もしかして君って常識をAVでも見て学んでるわけ?あーこわ。犯罪者と変わらないじゃん」
鳴上がますます小さくなる。項垂れたまま、目を合わせようとしない。

 「ていうかさぁ……
黙っている鳴上に怒りっぱなしでは暖簾に腕押しと判断したのか、今度は苛立ちよりも呆れの色が強い。
 「後ろからあんなの、ぐりぐり押しつけてきて。いい年して恥ずかしくないわけ?」
 「ほんと信じらんない。人が疲れ果てた無防備な瞬間を狙ってくるって、ほんと悪趣味。自覚ある?」
 「……謝罪の言葉すらないんだ?」
そう言いながら、足立は脚を組み直し、じっと鳴上を見下ろすと、ようやく鳴上は蚊の鳴くような声で「……すみません」と呟いた。

「違うでしょ」
食い気味に遮って、足立は更に畳みかける。
「何に謝ってるの?具体的に言ってみなよ」
「"玄関で仕事帰りの恋人の尻にちんこを押しつけて、靴すら脱がせる暇も与えずそのまま犯そうとした、躾のなっていない犬でごめんなさい"ってさ」
淡々と紡がれたその内容は、そう易々と言えるようなものではなく。鳴上は目を伏せたまま動かない。どうすればここから足立の機嫌を取り戻すことができるのか、彼にしては珍しく判断ができていないようだった。むしろできた方が末恐ろしいが。

「そうやってずっと黙ってるつもり?ねえ」
足立は鳴上を見下ろしながらゆっくり足を組み直し、沈黙する。ここからは鳴上から何らかのアクションを起こさぬ限りこの状況は変わらないのだろう。それを悟った鳴上は、意を決して恐る恐る口を開く。
……さい」
「んー?聞こえないなぁ」
握っていた拳が膝の上で震え、言葉に詰まりながら、鳴上は再び声を絞り出す。
「し、躾のなっていない、犬で、ごめんなさい……
耳まで赤く染め、今にも消えてしまいそうな声で。無駄に姿勢のいい凛とした正座で、情けなくも謝罪の言葉を絞り出す彼には、普段の鳴上悠の鳴上悠たる風格は欠片もなかった。
「ふーん……恥ずかしい言葉は避けて最後だけってのは気に食わないけど……ま、悠くんにしては及第点か」
「ちゃんと謝れてえらいねー、ワンちゃん」
いつも自分を翻弄する鳴上の醜態をこうして安全地帯から見下ろすことで、ようやく足立の溜飲は下がる。そうして足立はようやく、ふぅとひと息ついた。

落ち込んだ姿はさながら叱られた子犬のようだった。殊勝な顔をして項垂れているが、彼は加害者である。足立はその足元にふと違和感を覚え、視線を落とす。
……へぇ」
短く漏れた声は、驚きというより乾いた笑いに近かった。口角がぴくりと上がる。まるで新たな玩具を見つけたような、愉快そうな反面、どこか冷ややか。
「ねえ悠くん」
組んでいた脚をゆっくりと解く。動作の全てがわざとらしいほど緩慢で、挑発的で、無防備に正座した鳴上の太腿に足先を滑らせてゆく。わざとらしく、つま先で焦らすようにように膝の隙間へと滑り込ませる。
……あっは、まだ勃ってんじゃん。こわ」
触れていなくてもわかる。ズボン越しでも、はっきりと主張しているその膨らみ。鳴上の身体が羞恥と緊張でぴくりと跳ねる。
「っ……!」
鳴上の肩がびくりと震える。咄嗟に脚を引こうとするが、足立がそれを許さない。足先で軽く股間を突つく。驚きに揺れた鳴上の身体から、小さな息が漏れた。

……ほんと、どんだけ変態なの。自分がどんな顔で謝ってたか、わかってんの?」
ぐり、と足先に力を込めて押し上げる。鳴上は呻くように喉を鳴らし、俯いた顔を更に伏せた。恥ずかしさのあまり両手の指が膝の上でぎゅっと握りしめられている。
「ち、ちが……っ!俺、ちゃんと反省して……っ!」
押し黙っていた鳴上がようやく声を発するも、その声は震えていた。否定のつもりなのだろうが、声色は情けなく上ずり、説得力は薄い。

「ほんとかなぁ?」
足立は面白がるように、つま先で押しつけたり撫でたりしながら問いかける。
「今までのもプレイの一環だと思って、勝手に興奮してたんじゃないの?……参ったなぁ、コレ」
「そ、そんなわけっ……、う、ぁ……っ!」
焦って否定しようとした矢先、タイミングをずらされた責めに、鳴上は情けない声を漏らしてしまった。
思わず口を手で押さえて、それでも唇の隙間からかすかに甘い吐息が漏れ出た。
「ほら、言ってるそばから、声出しちゃって」
……っ、ちが……、今のはっ……
「今のは、なに?なにが違うの?ねぇ、悠くん」
まるで問いかけるような言い方なのに、足立の責めが緩むことはなく、返事をさせる配慮がまるでない。ビクンと跳ねた鳴上は、耐え切れず低く呻いた。
「っ、やめ、て、くださ……っ、あだち、さ……っ」
「どうして?随分と気持ちよさそうじゃない」
「ち、が……っ、あ……あ、ん、んっ……!」

……ねえ、どうする?一応さっき謝ってくれたし、ここでやめてあげよっか?」
足立の声は、挑発と甘さの中間にあるような調子だった。同時に、足が鳴上の股間からふっと離れる。
急に刺激を断たれた鳴上の体が、ぴくりと小さく震えた。
「ぁ……
「どうするの?僕は終わったっていいんだけど?」
足立はわざとらしく肩をすくめてみせる。足元の鳴上は俯いたまま動かない。唇だけがかすかに動き、何かを言おうとして飲み込んでいる。
その沈黙に、足立は鼻で笑うと、再びつま先を軽く押し当てて撫で上げた。
……っ」
小さく震える吐息が鳴上の喉から漏れる。下半身がわずかに揺れてしまい、布越しに擦れる感触に自分自身でも驚いたのか、鳴上は小さく息を呑んだ。
……は、っ……あ、の……っ」
掠れた声が漏れるが、まだ言葉にはならない。足立は楽しげに目を細め、追い打ちをかけるように足先を押し付け、股間に圧をかける。
「ねえ悠くん、何か言いたいことあるんじゃないの?」
あくまで軽く、わざと問いかける調子。だが足の動きだけは緩まない。
鳴上が何も言わずとも返事は明確だったが、それを鳴上の口に言わせたいというのが足立の意地の悪さだ。
「あ……っ、や……、やめないで、ください……っ」
とうとう絞り出されたその声は、懇願にしか聞こえなかった。足立はそれを聞いた瞬間、わずかに目を細めてふっと笑う。

……そっか。じゃあ、」
とても優しい声で、とても意地の悪い微笑を浮かべて、足立は告げた。
……よくできました」
その瞬間、ぐっ、と押し付けられたつま先が、布越しに的確に刺激を与える。鳴上の体がびくんと跳ねた。
「っ……あ、……っ、あ゛、……ッ!」
喉の奥から引きずり出されるような声が漏れ、鳴上の首が反射的に仰け反った。頭ががくんと後ろに傾き、崩れそうになった体勢を、片手を床につくことでどうにか支える。
「あは、あっけなさすぎ……
足立が楽しげに覗き込めば、ズボンにうっすらと染みが滲んでいる。顔を真っ赤にして、鳴上は肩を上下させ呼吸を整えようとしている。
「あーあ。ズボンにシミまでつけちゃって、恥ずかし。ほんとに反省してたの?」
…………し、てた、……してたのに…………
苦し紛れの反論も弱々しくて。羞恥と快楽で頭の中がぐちゃぐちゃなのが、足立にはありありと分かった。

「はい、おしまい。これに懲りたら玄関で盛るなんてやめてよね」
鳴上の無様な痴態を拝めたことで、ようやく満足した足立は、ソファから立ち上がり、のろのろと靴下を脱いで片手に持ち、脱衣所へ向かおうとした。

——その瞬間だった。
……え、」
手首に鋭く食い込むような力が走る。不意に後ろから掴まれた足立は、振り返る間もなく引き戻され、どさ、とソファに押し倒される。

……は?」
咄嗟の出来事に、視界が揺れる。意味がわからずに瞬きを繰り返した足立の目に飛び込んできたのは、肩で息をして、頬を紅潮させ、髪を乱したまま覆い被さる鳴上の顔だった。
「ど、どうしたのさ悠くん?もう終わりだって……
笑って茶化そうとした声は、これから起こる最悪な展開を想像し、尻すぼみに消えていく。
体を起こそうとしても、がっしりと掴んだままの鳴上の指はびくともしない。手首を押さえるその指に、焦燥と熱がこもっているのが伝わってくる。

……まだ、終わってません」
先程まで羞恥に震えていたはずのその声は、焦燥と熱が滲んでいて足立の体まで火照ってきそうだ。
足立の耳元へ顔を寄せてくる。その吐息が肌に触れた途端、ぞくりと背筋が粟立つ。
……っ、俺ばっかり、ずるいです……
それは懇願ではない。怒りでも、泣き言でもない。ただひたすらに欲を滲ませた声だった。
達したはずの体が、まだ熱を帯びている。快感の余韻に溺れたまま、理性のリードを失い、衝動だけが身体を動かしているようだった。
その目は潤みながらも、獣じみた光で濁っていた。今にも噛みつかれそうな距離で、足立のことを見つめてくる。逸らそうとしても外せない。足立は今、視線だけで鳴上に犯されているも同然だ。
……ちょっ、ちょっと待って……!?悠くん!?僕普通に疲れてるんだって……っ!」
「足立さんが悪いんです……っ、あんな風に意地悪して、思わせぶりなこと言って……。俺が止まれるわけ、ないじゃないですか……
ぽつりとこぼれたその言葉は、明らかに恨みごとの響きを含んでいた。まるで、責任を取ってもらいます、とでも言いたげに。

——まさか。まさか、まだ、続ける気なのか?
手首を押さえつけられたまま、じわじわと血の気が引いていく感覚がする。
いま目の前にいるのは、羞恥に顔を赤くしていたからかいがいのある可愛らしい悠くんではない。快感の熱に焼かれたまま、足立の中へ入り込み、奥の奥まで蹂躙しようとしている鳴上悠だ。

「もうやだこの子……
口ではそう呟きながらも、足立の口元にうっすら笑みが浮かんでいた。