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美味いものは冷めても美味い.zip
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主足怪文書不法投棄
アカウント移行前に新書ページメーカーで投稿していたものをまとめてみました
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氷を噛み砕く音
ガリッ、バキッ
――
また始まった。
僕はキッチンから聞こえる氷を噛み砕く音を察知して内心冷や汗をかく。
発信源は数奇な運命で同居生活する羽目になってしまった元上司の甥、鳴上悠である。
鳴上悠という男はこんなにも人畜無害な顔をしていながら、噛み癖が酷い。とんだ詐欺だ。今からでもクーリングオフは適用されるんじゃないか。
……
まあ、そんな期待薄な願望は置いておいて。
どうやら彼は日々蓄積していく自覚に至らないぼんやりとしたストレスと、僕に噛みつきたい欲求を、氷を噛み砕くことでセーブしているらしい。
それすら本人は無自覚なわけだが。
この噛み癖はストレスと因果関係があるのか、ただの性癖なのか、と考えてこともあるが、どちらもということにしている。理解したくもない。
以前どうしてそこまで氷を噛むのか彼へ聞いたことがある。その時は「理由は分かりませんが、何だかモヤモヤして」「こうして氷を噛んでいるとすっきりするんです。氷の冷たさで頭が冷えるのかもしれませんね」とはにかみながら答えた。まるで自分でも無自覚のクセを指摘されて照れるガキのように。俺のことをそこまで見てくれていた んですね、と喜びを隠しきれぬ恋人のように。 ムカつく。そんな顔で言われても被害を受ける僕はたまったもんじゃない。
ちなみに氷を噛ませるのを我慢させたこともある。その日の夜のことはもう考えたくもない。
こうして本人を差し置いて気がついてしまった自分の洞察力を誇るべきなのか、はたまた嫌でも気がついてしまうほど生活を共にすることを許した自分を恥じるべきなのか。未だ現在進行形でリビングにまでしっかり響く氷の砕かれる音を聞きながらこう意味のない思考することで僕は現実逃避している。そう、現実逃避真っ最中なのだ。
つまり、悠くんが氷を噛み砕いているのは無意識なストレス、欲求不満の表れ。そしてこれから セックスがしたい、噛みたい、ついでに言うならば手酷く僕を抱きたい。という警告なのである。
どこに痛い思いをする未来を察知して平然としていられる人間がいるだろうか。僕は今夜どうにか平穏無事に眠れるよう今から選択を間違えてはいけない。
「あー
……
今日はちょっと疲れたかも。 すぐ寝れ ちゃいそ
……
」
大きな独り言で疲れてるアピールをしてみる。そもそも今日はセックスする気がないと暗に伝えるのだ。
「お疲れですか?よければマッサージとか
……
」
キッチンから出てきた悠くんが心配げにこちらへ歩み寄ってくる。今この状態でマッサージはまずい。体が触れ合うことで確実に悠くんは今の欲求を自覚してしまう。自覚したが最後、簡単に逃がしてもらえないのは目に見えている。どうにか回避しなければ。
「え、あ、大丈夫大丈夫!そこまでしてもらわなくても全然!早く寝るだけで充分だから、さ。先にお風呂入っちゃおうかな
……
」
慌ててソファから立ち上がり、足早に脱衣所へ向かう僕を不思議そうに見つめる悠くんの様子を見て、露骨に避けているのはバレていないはず、と内心ホッとしながら、僕は浴室で束の間の平穏を手に入れる。
***
入浴を終え、髪も濡れたままリビングへ戻ってきた僕を見る悠くんの視線は明らかに先ほどより熱っぽい。
「足立さん、その、お疲れの様子ですが
……
」
自ら声をかけてきたくせに言葉が詰まる悠くんの視線は僕の唇、首筋、つまり日頃の噛み癖の被害者たちだ。分かりやすすぎるんだよ、バーカ。
「悠くんも入ってきたら?まだ温かいよ、お湯」
曖昧な笑みを浮かべ、さも今夜の行為を想定しているような雰囲気を醸し出し風呂を促せば「あ、そうですね。すぐに済ませてきます」とパタパタと脱衣所へ向かう彼の背を見送りながら、僕は次の作戦を決行する。
そう、今すぐ寝てしまおう。きっとそれが最も手っ取り早い。
思うや否や、僕は濡れた髪を適当にタオルドライして、すぐに寝室のベッドへ横たわる。
お人好しの悠くんであれば、寝てる相手に無理矢理手出しをするなんて非紳士的なことはできないだろう。そう高を括った僕は寝たふりに徹する。
悠くんには悪いけど、今夜は何となく気分ではない。もしかしたら明日の僕がその被害を受けることになるかもしれないが、それは明日の僕に対応してもらうしかない。
***
しばらくするとシャワーの音が止まり、すぐに足音は脱衣所からこちらへ向かってくるのが分かる。ドライヤーをする余裕もないのだろう。
ここでバレるわけにはいない。僕は極めて自然 な寝息になるよう必死に寝たふりを遂行する。
「
……
足立さん?」
真っ暗な寝室に違和感を感じたのだろう悠くんが、ベッドへ腰かけこちらをじっと観察するような視線が刺さる。そんなに見ないで。
「
……
寝ちゃったんですか?」
顔を直接見ずとも分かるほどガッカリした声音でそう呟く彼の顔を薄目で確認してやりたい好奇心をどうにか抑えて寝たふりに徹していると、悠くんは少し身動ぎした後、そのまま布団に入ってくる。ここまでは計画通りだ。
「今日、ずっと俺のこと避けてましたよね。どうしてですか?理由も分からずに避けられてしまうのは、少し、寂しいです」
そう言いながら僕の腰に腕を回し、密着するように抱き寄せてくる。
「俺、何か気に障るようなことしましたか?どうして逃げるんですか
……
?足立さん
……
」
「ここへたくさんキスして、食んで、こっちもたくさん可愛がって、満たしたかったのに
……
」
「
……
っ!」
耳元で繰り返されるうわ言のような囁きも、意識させるように腹を撫でる手つきも、完全に夜の気配を引き出すためのそれで。
「
……
寝たフリしてますよね?」
どうも僕はこの男に負け続ける人生らしい。
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