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kaisou
2026-06-08 23:39:34
16054文字
Public
1740年コンクラーヴェ話
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Dimidio gradu foras 半歩だけ外へ
1740年コンクラーヴェ話・別視点11
過去と現在の話③
お忍びでの外出の記憶と今。
※歴史創作なので悪しからず
▼本篇まとめ
Aliquid est quod memoria mea non relinquit.
私の記憶を離れないものがある
https://privatter.me/user/kaisou_ja?category=110867
全7章/幕間含む
1740年コンクラーヴェ話の本篇その2
視点違いの2つの話のうちの1つ。
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帰り道、陽はすでに傾きかけていた。古びた石壁の穿つ影がにわかに長くなり、通りの熱をゆっくりと奪っていく。さっきまで黄金色の光を撥ね返していた敷石も、今や半分が深い陰に沈み、歩みを進めるたびに足もとの明暗がめまぐるしく入れ替わった。行く手の路地は、まるで刻一刻と迫る夜に侵食されていくかのように、静けさを深めている。
ランベルティーニは、もう勝手に先へ出たりはしなかった。歩調をぴったりと合わせ、かわりに、ときどきコシアを見た。ちゃんと足が前に出ているか、さっきほど強張った顔をしていないか。そんな微細な変化を測るような確かめ方だった。 その双眸に宿るものは、単なる気遣いだけではなかった。今日この男を外へ連れ出し、その頑なな心を揺さぶったのは自分だという、静かで確かな傲慢にも近い主張が混じっている。問いかけるでもなく、慰めの言葉を足すでもなく、ただ時折、確かめるように視線だけが寄る。己の関心のすべてが彼に向いていることを、露ほども隠そうとしない不遜さが、いかにもこの人らしかった。
コシアはその視線を肌で感じていたが、知らないふりを突き通した。そうして目を逸らし続けていれば、今だけは少し息が楽だった。 応えてしまえば、関係は一気に重さを増す。かといって、あからさまに距離を取ればせっかく縮まったものが、また元に戻ってしまう。この危うい均衡を保つためには、何も見ていない、何も届いていないという、無関心な横顔を演じているのがいちばん都合がよかった。
「コシア」
「はい」
「また出よう」
オルシーニの時と同じ言葉だったが、返すべき答えは少し違う気がした。
「聖下が、最初から行き先を決めてくださるなら」
「約束はできない」
「
……
そうですか」
「だが、君がついてくるなら考えよう」
その言い方に、コシアは少しだけ黙った。ランベルティーニは答えを急かさない。急かせば引くと知っているからだ。コシアは、前を向いたまま静かに言った。
「
……
悪くありません」
ランベルティーニは、それで十分だったらしい。それ以上の言葉を欲しがらない顔をするところが、この人のずるいところだとコシアは思う。欲しがれば拒めるのに満足した顔をされると、それ以上突き放しにくい。
「そうか」
ランベルティーニは穏やかに答えた。
「では、よかった」
その声は満ち足りてはいないが、安堵していた。自分のやり方でも、少しは届いたのだと知った人の声だった。
宮殿の影が近づく。正確には、戻るべき建物の影が近づいてくる。コシアにとっては、そこは自分の場所ではない。呼ばれれば入る。呼ばれなければ消える。半ば影のような位置だ。それでも今日、街の空気の中を並んで歩いた時間は、務めでも監視でもなく、二人の間に残った。
オルシーニの時には、若い自分が老いた教皇の歩幅を整えていた。いまは違う。あの頃より老いた自分が、勝手に歩きたがる教皇の行き先を半分削り、そのかわり少しだけ外気の中へ連れ出されてもいる。似ているようで、まるで違うのにどちらにも奇妙な均衡があった。
ランベルティーニは何も隠さなかった。最近のコシアの顔を見ていたことを、その沈んだ顔を少しでも外へ向け、楽しませようとしていることを。コシアはそれに全面的には応じない。応じないが、拒まない。その曖昧さがいまの二人にはちょうどよかった。
建物の扉が近づくにつれ、街の匂いは薄れ、石の冷たさだけが戻ってくる。帰り道の終わりで、コシアはふと気づいた。痛みの輪郭が、歩いたぶんだけ薄れていた。そのことを、コシアは口にしない。口にすれば軽くなる。軽くしたくないものも、まだ多かった。ただ最後に歩幅だけを整えた。戻る相手が疲れすぎないように。それだけは、昔と同じ手つきで。
誰にも気づかれぬ顔で、きちんと。
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