しか野
2026-02-09 00:32:06
235465文字
Public 同人誌関連
 

★既刊サンプル(スミイサ)

2024.7〜2026.2に発行したスミイサ本のサンプルまとめ


◆Little Lovestory(2025.7.6)

★ふわふわ日和
ブルスカより再掲
※諸事情でリンクを貼れません。2025/5/25の投稿をご覧ください。。

★cocoon
 深夜、下半身のむずむずした感覚で目が覚める。恋人がいたずらしてきたとか、そういう色気のある話ではない。ただ、尿意を催しただけだった。
 行為の最中はたっぷり汗をかくが、スミスが気遣ってしきりに水を飲ませてくるから──もちろん、と言うのもなんだが大抵口移しである──、こういうことはままあった。その甲斐あって『セックスに夢中になったことによる熱中症』なんて、非常に間の抜けた事態に陥らないで済んでいる。
 エアコンが適切に部屋を冷やしているはずなのにやけに暖かいのは、大柄な恋人に後ろからしっかりと抱き込まれているからである。そのうえお互い下のインナーだけ身につけた状態だし、彼は平均体温が自分よりほんの少し高いのだ。
 心地よさに身を委ねてこのまま寝直したいところだが、みっともないことになるのは間違いなかった。
 そろそろと、彼を起こさぬよう腕の中から抜け出す。軍人──それも、海兵隊という立場上、彼は気配や物音に敏感な性質だが、幸い深い夢の中にあるらしかった。口の端にちょっぴり涎の跡がある平和な寝顔は、見ていると心が和む。イサミは彼に顔を近づけ、乾きつつある跡を舐め取ってから指の腹で拭ってやった。さすがに目を覚ますかと思いきや、スミスは隙だらけのふにゃっとした顔で口をむにゃむにゃと動かすばかりだ。もしかしたら、大好物のカレーを食べる夢でも見ているのかもしれない。イサミは小さく微笑んで、ベッドをそっと下りた。
 下半身が重だるいが、決して嫌な感覚ではない。笑う膝を叱咤して一度大きく体を伸ばし、息を吐く。
 カーテンが閉め切られた部屋は暗い。最低限まで調光してあるベッドのフットライトだけを頼りに散らばっていた服を拾い集め、シャツを一枚拝借した。羽織ってみると自分のものより一回りほど大きく、袖が余るため、これはすやすや寝息を立てているスミスのものだろう。
 構わずそれを身につけたまま、イサミはあくびをしながら部屋を出た。


★名前のない宝石
 イサミと喧嘩をすることは極めて稀だが、決して皆無ではない。互いを心から大切に思っているゆえに衝突してしまうことは、どうしてもある。それでも、できることなら避けたいことではあった。なぜなら、イサミと存分に触れ合うことが、一時的にであってもできなくなるからだ。それは、彼がそばにいて初めて呼吸ができるスミスにとって、この上ない苦痛であった。
 幸い、これまではちょっとした口喧嘩程度のもので、一時間、長くても一晩経てば「昨日は悪かった」「こっちこそ」と譲歩し合えている。そのたび、スミスは彼こそが唯一無二の相手であると再認識する。
 きっと死が二人を分かつまで、いや、死すら超えてその先までずっと一緒にいるに違いない。そう強く思う今日この頃だった。

 もし喧嘩をしても、無視はしないこと。おはようとおやすみの挨拶だけはすること。行ってらっしゃいとおかえりのキスも、できれば。
 そういう三つの決め事を、共に暮らし始めるときに交わしたのは記憶に新しい。ちなみに普段は、おはようのキス、行ってきますのキス、おかえりのキス、おやすみのキスをイサミにせがんでいて、初めこそ「そんなにするのか」と戸惑っていたものだが、今では十回に一回くらいは彼の方から唇を寄せてくれる。そんな日は特に、スミスのパフォーマンスは絶好調になり、同じ部隊の屈強なTS乗りたちを存分に振り回すことができる──ヒロには「協調性!!」と怒鳴られるが。
 ──しかし、今回はどうだろう。「おはよう」と口にしても「……はよ」と低い声でぼそっと返ってきただけだし、朝食の間、会話らしい会話はなかった。謝れる雰囲気でもなかった。きっかけは些細なものだったのに、拗れたまま夜を明かし、なかなか歩み寄れないでいる。
 喧嘩がこんなに長引くのは初めてのことだった。といってもまだ一晩。しかしたかが一晩、されど一晩である。世の一般的な恋人たちにしてみれば些細な日常のワンシーンに過ぎないのかもしれないが、スミスにとっては由々しき事態であった。


★薔薇色の日々よ
 ルイス・スミスは、この上なく気分を高揚させていた。いま自分は世界で一番幸せな男に違いない、と根拠もなく信じきっている。早朝の鳥の囀りはWPHの奏でる優雅なワルツのように聞こえたし(あいにく生演奏は聴いたことがないが)、降り注ぐ日差しの眩しさは己を祝福しているようにしか思えなかったし、昼食にJAPAN風のカレーが出たことについては、もはや神の意思すら感じた。
『じゃあ、明日からよろしく……ってことで』
『ああ! 楽しみ過ぎてもう、わけもなく暴れ出したい気分だよ!! 今にもブレイバーンになっちまいそうだ!』
『抑えろ! 家がなくなるだろ!』
『なんとか頑張るよ……本当は休んで迎えに行きたかったんだが……すまない』
『いいって。仕事だろ? 鍵は届いているし、家で待ってるよ』
『イサミ……今すぐ会いたい』
……俺もだ。残業せずに帰ってこいよ?』
『Yes Sir!』
 ……というのが、イサミとの昨夜の会話である。離れ離れで暮らしているから、もちろん対面ではない。ビデオチャットでの通話記録だ。
 明日から、イサミが沖縄にやってくる。こちらの基地勤務になったのだ。スミスとしては当然迎えにいくつもりでいたが、ちょうどその日に他国のTS部隊との合同演習の予定が入ってしまった。現在小隊を率いる立場であるところのスミスが欠席するわけにはいかず、泣く泣く出勤する運びとなったわけである。

 スミスは演習において最高の成績を叩き出し、「会食でも」と引き留める声にきっぱりと「愛する人が待っていますので」と断りを入れ、ぴったり定刻通りに基地を出た。

「イサミ! ただいま!」
 スミスは帰り着くや否や靴を脱ぎ捨てて家に飛び込み、彼の名を叫んだ。すぐに足音が近づいてきて、エプロンを身につけたイサミが駆け寄ってきたのだった。
「スミス!」
「ああ、本当にいる……!」
「当たり前だろ!」
 二人はひしっと抱きしめ合う。まるで長い別れを経てようやく再会した恋人同士のようであったが、つい一ヶ月前に竹富島や小浜島を共に旅行したばかりだった。それでも、いま彼がそばにいることの、なんと喜ばしいことか!
「迷わずに来られた?」
「ん。言われた通り、タクシー使った」
「えらいぞ。……ああ、イサミの匂いだ」
 肩に顔を埋めて、首筋に鼻を擦り付ける。「こら、嗅ぐな」と後頭部を小突かれた。
……な、メシ作ってあるけど、食うか?」
「Of course! いい匂いがするなぁと思ったよ!」
「大したもんじゃねぇけど」
「君がいるだけで、俺にとっては『大したこと』さ」
 肩を抱いてぴったりとくっついたまま、二人はリビングへと足を運んだ。


★ダーリンはスーパーヒーロー!
 絶対読むなよ、と彼には厳命されていた。「君がそう言うなら」とスミスは了承した。
 だが、我慢できなかった。彼のことについて、知らないことが一つでもあることが耐え難い苦痛をスミスにもたらす。
 ついにスミスは、それを手に取った。

──では、碧三佐のパートナーであるスミス中佐について。ずばり、どんなところがお好きなのでしょう。
……難しい質問ですね。正直に言ってしまえば、全てでしょうか』
──素敵です! では、強いてあげるなら?
『そうですね……例えば、俺とルル……養子にとった娘ですが。もしあの子と俺が同時に危機に陥り、どちらか一方しか助けられない事態に陥ったとします』
──興味深い例題ですね。起こってはいけない事態ですが。
『そうしたらあいつは、迷わずルルを助けに行くでしょう。そういうところが、好きです……とても』

 常装を乱れなく身に纏い、三等陸佐の徽章を身につけた英雄が、ソファに腰掛けてインタビューを受けている。そういう企画があるという話は一ヶ月ほど前に聞いていて、当然ながらスミスは「ぜひ読みたい!」と熱望した。だが冒頭の通り「絶対に読むな」ときつく言い付けられたのである。
 デスドライヴズの襲撃から早十年が経過したが、英雄の威光はなおも陰ることを知らず、世界中の人々に希望を与え続けている。だからこのインタビューが掲載された雑誌も発売前から話題になっていて、本屋に平積みされていた。今も紙媒体が根強いのは、ありがたいことだ。やはり、現物として手元に置けることは、電子書籍よりも深い充足感をもたらす。
 そうしてスミスは、その記事を隅から隅まで読み込んだ。とても素晴らしい内容だった。我がパートナーはなんて立派で、気高く、美しいのだろうかと感涙すらした。
 だがどうしても、心に引っ掛かるものがあった。