しか野
2026-02-09 00:32:06
235465文字
Public 同人誌関連
 

★既刊サンプル(スミイサ)

2024.7〜2026.2に発行したスミイサ本のサンプルまとめ


◆Just we two(2025.7.13)
pixiv、xfolio、X、Blueskyにアップした短編、無配等をまとめた再録本その②です。

【収録内容】
・還らずの
・Who's wrong?
・starry night
・each other
・Forget-me-not
・Just for you
・手の中の光
・目は口ほどに
・プリズム
・ある男の一生(書き下ろし①)
・世界の果てまで連れてって(書き下ろし②)
・Here’s to you !(書き下ろし③)

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■ある男の一生(書き下ろし①)
※メリバ?です。メリバだと思います……うーん……??

 地面からじんわり水がわき出すように、ゆっくりと意識が浮上する。
 瞼を開けようとしたが、目やにが張り付いていてうまく上がらない。筋肉が固まってしまったかのように重い右腕をどうにか動かし、目を擦った。
 そうしてどうにか、イサミは今自分のいる場所を──奇妙な雰囲気の天井を視界にとらえることができた。それは鈍く光る金属製で、無機質だ。埋め込まれている灯りは光量が絞られていて、眩しさに目を灼かれずに済んだ。
 いま自分が置かれている事態を把握したいのに、脳からの指令がどこかで阻害されているかのように、体が言うことをきいてくれなかった。それでもどうにか、首だけを動かして部屋の中を見まわす。壁の素材は、どうやら天井と同じものだ。継ぎ目はなく、一つの大きな箱のようにも感じられた。窓はないようだが、イサミが足を向けている方の壁に銀色のノブのついた重厚なドアがある。おそらくこの部屋の入口だろう。
 そして家具らしい家具といえば、自分が横たわっているベッドと、水差しらしいものとグラスが置かれたサイドテーブルと、横に置かれている椅子一脚くらいのものだった。
 かつて乗船していた、空母の部屋に少し似ているだろうか。だが、それだけだ。まったく見覚えのない場所である。
(ここは……どこだ……?)
 無理やりにでも起き上がれないものかと両腕をじりじり動かす。少しずつ感覚が戻ってきて、同時に左手に、何か張り付いていているような違和感を覚えた。大分動くようになった右手で甲を探ると、何か硬いものがテープで貼り付けてあり、鈍く痛んだ。身に覚えのあるこれは、おそらく点滴の留置針だ。そしてこれは気づきたくなかったことだが、股間にも強い違和感があった。
(病院…………?)
 一体自分はどこで、何をしていたのか。思い出そうとすると、頭の芯がずきっと痛んだ。
 その時だった。ずしん、と地響きのような音がして、部屋がわずかに揺れる。地震かと思ったが、揺れはその一瞬だけだった。
 そして間もなく、ドアが開く。思った通りぶ厚く、十センチはありそうだった。
 ふんふんと鼻歌を歌いながら入ってきたのは──明るいとはいえない照明下でも見間違えるはずがない、ルイス・スミスその人だった。
「ただいま。……あ」
 イサミは小刻みに震えつつもかろうじて首だけを起こして、来訪者と目を合わせる。彼はこぼれ落ちそうなほどに目を見開くと「イサミ……?」と恐る恐る名を呼んだ。
……す」呼び返そうとするが、声がうまく出ない。声帯が動き方を忘れてしまったかのようだ。
「ああ、イサミ……! 目が覚めたんだな!」
 スミスは手に持っていた何かを放り出し、それが床に落ちるのも全く構わず駆け寄ってくる。彼はベッドの横に膝をつくと、イサミの顔をよく確かめるように身を乗り出してきた。
「良かった……。どこか痛いところは? 苦しくはないかい」
……こ、こ…………っ」
 唾が絡んでイサミが咳き込むと、スミスは慌てて「ごめん、無理して喋らなくていい」と肩をさすってくれる。咳がおさまるまで、彼はずっと優しい手つきでそうしてくれていた。
「落ち着いた? ……少しだけ、起こすからね」
「ん……
 スミスはベッドに乗り上げると、背中に手を差し入れて極めて丁寧に体を起こしてくれた。そうすると、股間の違和感が強くなる。
……痛い? ごめん、カテーテルが入ってるから」
 やっぱり、とイサミはげんなりした。経験がないわけではないが、この感覚はどうしたって好きになれない。
 スミスは片腕でイサミの体を支えたまま、水差しからグラスに水を注いだ。「急にたくさん飲むと胃に良くないから」とほんの一口分だ。口につけられたそれをスミスが慎重な手つきで傾けると、イサミの口に人肌程度のぬるい水が滑り込んでくる。まるで砂漠で長い時間さまよい歩いた果てにようやくありつけた甘露のようだ。こんなに美味しい水を飲んだのは生まれて初めてかもしれないとすら思った。
 水のおかげで、ぼんやりしていた頭もいくらか落ち着いたようだった。
 カテーテルだとか、手の甲に留置してある針だとかから察するに、ここはやはり病院なのだろうかと考察する。この部屋はそういう雰囲気からはかけ離れているように思えるが、そう考えるのが自然に思えた。
……こ、こは……?」
 かわいていた喉が潤ったためか、どうにか声らしい声が出る。がらがらで酷いものだが、とりあえず音にはなっているし、スミスにも伝わったようだった。
「ここは……俺たちの家だ」
「いえ……? 病院、じゃ……
「家だよ。狭いけど、とても快適だ」
 スミスの目は、真摯で真っ直ぐだ。嘘やごまかしの色を、イサミはその翠眼に見出すことができなかった。
 もう一度、イサミは思い出そうとする。ここに至るまでの経緯を。
 だがやはり、蓋でもされたかのように記憶を呼び起こすことができない。
 いま自身の身に起きている事態はは全く不可解で、意味不明で、ひたすら違和感が付き纏ってくる。ともすればパニックを起こしかねない状況だが、イサミは不思議と不安な気持ちにはならなかった。
 なぜなら、スミスがいるからだ。
 彼が自分を害するわけがないし、彼がいれば安心できる。決して悪いようにはならないと信じられる。
「イサミ、君は……ある事故をきっかけに、二ヶ月の間眠っていたんだ」
「に、かげつ」
 それでこの体の重さか、とイサミは納得する。それでもかろうじて体を動かすことができるのは、おそらくスミスがこまめに体位を変えたり、マッサージなどをしてくれていたためではないだろうか。
「事故、って、どんな……? 俺、思い出せなくて」
……いずれ、話すよ。いや、もしかしたら君が思い出す方が先かもしれない。長く眠っていたせいで、うまく記憶が引き出せないだけだろうから」
……
……さぁ、明日から少しずつ体を慣らしていこう。大丈夫、すぐ動けるようになる」
 スミスが、体を支える手に力をこめる。
……あ」しっかりと体が密着している状況、そして二ヶ月という期間がイサミをはっとさせる。慌てて彼から離れようとしたが、一ミリとて距離は開かない。
「ん? どうしたんだ」
「に、二ヶ月、ってことは……おれ、あんまりきれいじゃないだろ……そんなに、くっつくなよ」
「なんだ、そんなことか。体はこまめに拭かせてもらってたし、髪を洗うのもうまくなったんだぜ? 大丈夫、イサミはとてもきれいだ。いつだって」
 心底そう思っている声だった。そうだ、スミスなら絶対にそう言ってくれる。自分だって、スミスがどんなにぼろぼろに汚れていても「お前はいつもかっこいい」と胸を張って言うことだろう。
 これだけは確かな記憶だ。スミスと自分は、恋人同士だった。

 柔らかく消化のいいものから、イサミは少しずつ内臓を食事に慣らしていった。スミスが「作り方を覚えたんだぜ」という重湯、粥、よく煮た野菜に、時々ではあるがフルーツもひとかけら。スミスはドアの向こうにあるらしいキッチンで、イサミのために心づくしの食事を用意してくれる。しかし彼の方は、いつも味気なさそうなレーションの類を齧るばかりだった。
 スミスは、『今』の話をほとんどしない。その口から出るのは思い出話ばかりだった。出会った時のこと、デスドライヴズの襲撃、それからの戦い……彼の語る過去の話は、ちゃんとイサミの記憶と一致している。
「イサミの恋人になれた日のことは、昨日のことのように思い出せるよ」
……俺も」
「そうだ、あの日のことは? ショッピングモールで、迷子の女の子が……
 イサミが目を覚ましてから十数日経過しているはずだが──カレンダーもなく日付の感覚が曖昧だ──、スミスはやはり、核心に触れようとはしない。
 二ヶ月も眠り続けることになったきっかけの『事故』とは、いったいなんなのか。スミスはその話を、とても注意深く避けているのだ。そしてイサミの記憶の蓋も、まだ開こうとしない。
 だがなおも、イサミの中に不安感は湧いてこない。それでも、そろそろ聞くべきだろうと思った。この箱庭のような部屋で二人きり、外の情報の一切を遮断して過ごすことは、どういう事情であれスミスにとってきっと良くないことだ。

 どうにか、壁伝いにではあるが自分の足で部屋の中を歩くことができるようになった頃。
 ほとんど眠る前の状態に戻った声で、イサミはついにスミスに尋ねた。夕食を終え、眠くなるまでトランプでもしようか、とスミスが誘いかけてきた時のことだった。
……なぁ、みんなは? ルルは? 元気なのか?」
……
 スミスは口を閉ざす。その目はとても静謐で、そこの見えない深い沼のようにも見えた。
……外に、出てみてもいいか」
 怯まずに、イサミは言葉を続ける。窓のないこの部屋で、外の様子を伺うことはできない。わかることといえば、数日に一度地響きがして揺れるため、ここが間違いなく地表にある建物ということくらいだった。
「外は……やめた方が、いいと思う」
 スミスは立ち上がり、何もない壁にそっと手を這わせる。
「どうしてだ」
……ここは、とても寒いから。生身では難しいだろうな」
「寒い、って……
 そういえば、イサミはこの部屋にて、暑いとも寒いとも感じたことがないと気が付いた。空調設備らしいものは見当たらないのに、常に温度や湿度が一定に保たれているのだ。空気のこもったとき独特の、嫌はにおいもしない。
 それらについて疑問を呈したことはなかったが、彼の言うように外に出られないほどの極寒の地なら、考えにくい話ではないか。
……この家はね、ビルドバーンで出力したんだ。外の空気を完全に遮断しつつ、快適な空間を保てる」
 特別製だよ、と壁を撫で、スミスは振り向いて笑う。その顔には諦念がにじんでいる。
「ずっと隠し事をするのは、なしだよな。一方的で、フェアじゃない」
……ここは一体、どこなんだ」
「君には知る権利がある。……外を出るのは無理だけど、見せてあげることはできる。今はちょうど、夕焼けがきれいなはずだよ」
 スミスは壁の一点を、ぐっと押し込んだ。そこが金属音と共にくぼむ。
「隠しボタン?」
「そんなところ。……この向こうに、窓があるんだ」
 すると、継ぎ目がないと思っていた壁に、概ね一メートル四方の切れ目が走った。スミスは壁紙でも剥がすかのように、窓を覆っていた金属板を取り去る。
 そこには確かに、おそらくガラス製であろう透明の窓があった。ずっと閉じこもっていたイサミの目に、ついに外の様子が飛び込んでくる。
 起伏の多い荒涼とした大地が、神秘的な青白い光に包まれていた。夕焼けがきれい、というスミスの言葉とは正反対の光景が広がっている。少なくともイサミの知っている『夕焼け』はオレンジだとか、赤だとか、あたたかい色をしている。
……ここでは、太陽の赤色は届く前にほとんど散ってしまうんだ。結果、散乱しにくい青色ばかりが届いて……こんなふうに、青い夕焼けになる。昔読んだ本のままで、初めて見た時には結構、感動したもんだ。
 それどころじゃなかったのにな、とスミスは自嘲する。
「ここは……地球じゃないんだ、イサミ。……火星だよ」
……
……ごめん。俺は、嘘をついてた。君は事故になんかあってない。……治る見込みのない病気に罹って、もう長くないと宣告された。俺は……それが、許せなかったんだ。どうしても」
 その事実を聞いてようやく、イサミの記憶がゆっくりと呼び起された。

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■世界の果てまで連れてって(書き下ろし②)
※アフスト絡みの何かです。昔似たようなものを書いたような気がするようなしないような……??
 決して健全ではない話です(性的な意味ではなく)

 約半年の旅を経て、アイコン・オブ・ザ・シーズは波をかき分けながらマイアミ港に帰還した。乗船客はもうほとんど残っていないから、共に下りる者はほとんどいない。すっかり顔なじみとなったクルーたちに涙ながらに見送られつつ、三人はタラップを踏んで地上へと下り立った。
 マイアミ港は多くのクルーズ船のホームとなっているが、この船は特に、巨大できらびやかだ。イサミはひときわ目立つそれを目に焼き付けるように、振り返って埠頭からじっと見つめた。人生というのは何が起こるのか見当もつかないが、それでも、こんな豪華な船に乗って旅をするなんてこれが最初で最後だろう、ということは分かった。
 そう断言できるくらい、現実離れした日々だったのだ。
 もしかしたら、降りた先も三人で──イサミはそんな甘い夢をほんの一瞬、見てしまった。しかしスミスはあっけらかんとした様子で「別々の道を行こう」と笑って言った。だからイサミも、情けない顔を見せないよう懸命に笑い返したのだ。
 自分も日本に帰国し、今度こそ原隊復帰し、職務に戻らなくてはならない。復興に従事したり、起こっては欲しくない『万が一』に備えて一層腕を磨いたり、やることは山積みだ。
 だが、寂しかった。その感情をごまかすことはできない。家族同然の存在と共に過ごす幸福を、もう知ってしまったから。
 イサミは、喧騒の中立ち止まる。

 ニューヨーク港を出発した巨大な客船は、各国に乗客を送り届けるという極めて重要な役割を持っていた。彼らはデスドライヴズの襲撃の間、外洋でただ救いが訪れるのを待つしかなかったのだ。そんな労をねぎらうように、そしてこれからの苦難に立ち向かう勇気を与えるように、三人は乗客が降りていくのを都度見送った。
 もちろん、船旅も楽しむ。任務で世界各国を飛び回っていたというスミスと違って、演習以外で外国に出たことのないイサミと、まだ生まれて数ヶ月のルルである。「ルルの中には未来から来たルルもいるけど、日本から出たことはない」とは彼女の言だ。つまり、二人にとって何もかもが新鮮で、珍しい。だが、デスドライヴズによる襲撃の爪痕はどこにいっても生々しく大地に刻まれている。乗客たちはようやく故郷に帰ることのできた喜びと同時に、大切なものを失った悲しみを抱くことになるだろう。どうか彼らの前途が幸いであれと、イサミは必死に祈った。そんな祈りに何の意味もないとしても、そうせずにはいられなかった。
 道中、懐かしの……というほど離れてはいないが、ハワイにも立ち寄った。思い出深いホノルルである。整備と点検のため一日停泊するというので、三人は上陸することにした。
 ハワイは、日本と同じく、特に襲撃が集中した場所である。あんなにも『塔』が同じ場所に集まった理由は不明だが──おそらく、永遠に判明すまい──、つまり破壊もまた集中したということだ。島民の多くは避難しているし、観光客だってほとんど見当たらない。
「こんなに静かなホノルル、何度見ても慣れないな」
 スミスが物悲しそうに目を細め、壊れた建物を眺めた。
 陸で一泊と思ったが、なかなか泊る場所にありつけない。当然といえば、当然だった。諦めて船に戻るかと考え始めたところで、スミスがはっと思いついたように指を鳴らす。
「そういえば、心当たりがあるぞ。豪華なホテルとはいかないが」
「きっとあそこは営業を続けてるだろう」そう自信満々に言ってのけたスミスに案内されたのは、どこか覚えのあるモーテルである。「ルルここ知ってる!」とルルがぽっきり折れた看板を指さした。フロントとなる小屋の灯りはともっていから、驚くべきことではあるが本当に営業している。
「今日は三人なのね」
 フロントの女性は、スミスとルルの顔を見た後、最後にイサミの顔を見てにっこり笑った。
「ヒーローたちを泊めるには、オンボロだけど?」
「いや、とてもいい部屋だったよ! 今日は空いてる?」
「そうだねぇ……半分は壊れちまってるし、あんたらみたいな物好きが泊りにくるからね。あいにく、一部屋しか空いてないよ。ベッドは二つあるけども」
「家族だから、それで平気さ。イサミ、ルル、いいかい?」
「うん!」
 スミスの問いかけに、イサミは即答できなかった。彼の口からさらりと出た言葉に、心臓が跳ねたからだ。
……イサミ?」
「あ、ああ、悪い。俺も大丈夫」
 どうにかこくこく頷くと、スミスはそんなイサミを特に気にするでもなく、さっとウォレットを出した。
「よし! じゃあ、鍵をもらえるかな? 支払は……こんな時はキャッシュがいいよな」
「それがありがたいね」
「Okay!」
 スミスは一泊三人分の料金を、ぴったり支払った。

 部屋は思ったより広かった。前にこのモーテルにやってきたとき、というより降ってきたときには、室内をじっくり観察するような余裕はなかった。いや、もし余裕があったとしても、巨大な穴が開いてほとんど部屋の体を成していなかったのだから観察しようもなかっただろう。
 ダブルサイズのベッドが二台並んでいて、窓際のそれにルルは喜んでダイブしていった。「寝るならシャワーを浴びてから!」とスミスに叱られている。今日は島中を歩き回ったし、汗もたっぷりかいているはずだ。
 歩き回っている間、このモーテルと同じく逞しく店を開き続けるカフェやレストランが散見されて、食事を摂ることはできている。あとはシャワーでさっぱりして、久しぶりの揺れないベッドでゆっくり休みたいところだ。
 だが、とイサミはベッドを見て思う。一台をルルが使うなら、もう一台には──
 むくれたルルがシャワールームに消えていったあと、スミスは「いい部屋だな」と満足げにつぶやいた。
「そうだな」
「イサミは、ここを覚えてる?」
「もちろん。俺が戦ってる間、お前がルルとよろしくやってたところだろ」
「それは誤解だって言ったよな!?」
 かっと目を剥いて必死に弁明するスミスに、イサミは噴き出して「冗談だって」と軽くいなす。なおも不服気なスミスがベッドに腰かけて、腕を組んだ。イサミもその隣、というには少しばかり距離を開けて同じく腰を下ろす。
……けど、今だから聞くけどよ……実際どうだったんだ? ルルのこと、いいなって思ったことなかったのかよ」
「お前がそんな話をするなんて珍しいな」
 指摘され、確かにそうかもしれないとイサミは思う。これはいわゆる、恋愛の話、にあたるのだろうか。そういったことに縁遠いイサミにとって、たまにヒビキがこぼしてくる彼氏がどうのこうのという愚痴に相槌を打ってやるくらいのものだ。自分から積極的に話題に出すことはない。
 だがスミスのそれには興味があった。イサミはそれを、探ってみたいと思っている。
……なかったよ、まったくね」
 何かを考えるような少しの間はあったが、スミスはきっぱりと否定した。その響きに欺瞞の気配はない。
「まったく?」
「ああ。どう見ても十代前半くらいの女の子だったし。ひたすらかわいい妹のようにしか思ってなかった。今じゃすっかり娘って感じだ」
「どんどん若返ってら」
「時々、『パパ」って冗談っぽく呼んでくれるんだが、それが中々悪くない」
 ルルは、自分たちよりもよほど多くのものを見て、経験してきた『大人のルル』をその内に秘めている。彼女はどんなふうに混ざり合う記憶を受け入れ、『今』のスミスとイサミを親のように慕ってくれているのだろう。
 どうであれ、『オジサマ』ことスペルビアの忘れ形見である。彼女が先々、この世界で不自由なく生きていけるよう取り計らう義務が、自分たちにはあるのだ。
 間もなく彼女がシャワールームから戻ってきて、「もうクタクタ」と歩いてきた姿勢そのままでベッドに倒れ込んだ。髪から滴る水が床にぽたぽた、足跡のように落ちている。
「こらルル! 乾かしてから寝ないと駄目だろう!」
 惨状を見たスミスがしかりつけても、マットレスに顔をうずめたルルからはくぐもった声で「うー、眠いぃ……」と返ってくるばかりだ。
「風邪ひくぞ。せっかくの旅なのにもったいない。乾かしてやるからおいで」
「んー……わかったぁ……がんばる……
 見かねたイサミは立ち上がって、ルルの肩を優しく叩く。ひっくり返ったルルが手を伸ばして「起こしてイサミ~」と甘えてくるから、やれやれとイサミは体を傾けて抱き着かせてやった。濡れた髪が服を濡らすが、どうせ後で着替えるのだ。構うことはない。
 華奢な体を抱き上げ、水の跡がルルの形に残っている。困った子だと苦笑した。
「スミス、悪いがシーツ拭いといてくれ」
「了解だ。終わったら先にシャワーを使うといい」
 そうしよう、とイサミは頷いて彼に背を向けた。ルルは「イサミいい匂い」と何やら奇妙なことを言いつつ嬉しそうだ。

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■Here's to you !(書き下ろし③)
※結婚するスミイサと、それを見つめるヒビキについて。これはちゃんと明るい話です!!

 親友が、ついに身を固めた。
 ヒビキとしてはてっきり、ハワイで再会した後すぐにでもそうするのではないかと思っていたのだ。しかし、スミスが沖縄駐留となっても仕事の関係で離れ離れで暮らしていたし、二人は復興作業を最優先としていた。逢瀬は精々、一、二ヶ月に一度程度だったという。
 数年後、イサミが沖縄基地に異動になったときには同居していたが(ヒビキも何度か遊びに行った)、それもほんの二年ほどの話だ。自衛官幹部はとかく異動が多く、大体二年から三年に一度は転勤となるのだ。それは世界を救った英雄たるイサミとて、例外ではなかった。
 またも離れ離れになって数年後、ついにスミスがしびれを切らした。
『復興は一段落した! 俺は仕事を辞める! イサミ、結婚してくれ!!』
 ……と、とんでもないプロポーズを決めたらしかった。顛末をイサミに聞いて、驚くやら笑えるやら、どんなリアクションをすべきか頭を悩ませたものだ。
 親友はそんな奇妙なプロポーズに、なんといたく感激し、その場で受け入れたらしい。なんでやねん、とヒビキは思わず関西人ばりに突っ込んだ。
 その後のスミスの行動は早かった。これまでの生活実績をもとに日本国籍を取得し、ルイス・スミスから、なんとスミス・ルイスになった──閑話休題。
 そして民間警備会社を立ちあげた。イサミが異動になったらどこにでもスムーズについていけるように、全国に支店を作るという壮大な目標を掲げているようだ。なお、「すぱいみたいでかっこいい!」と、ルルが喜んで入社したらしかった。
 そんなわけで、出会いからおおよそ十年の時を経て、二人はようやく結婚した。

 ちょっとしたもんだけど、と自宅でのお披露目パーティーへの招待状を贈ってくれたのは、彼がイサミ・アオ・スミスを名乗り始めて一ヶ月ほど経過したころだ。彼は回りまわって古巣といえる習志野基地勤務になっており、帰るべきホームもここにある。それはそれは立派な一軒家で、BBQを楽しみたいというスミスたっての希望でひろびろした庭が設けられていた。たしかに、ガーデンパーティをするにはうってつけだろう。
「いいじゃん。ありがと。参加させてもらうね」
 何の巡り合わせか、ヒビキも習志野所属である。だから、招待状は直接手渡された。
「ああ、ぜひ来てくれ。あとミユと、忙しいからわからねぇけど郡長と、ATFの何人かにも声かけてる」
「いいね、同窓会って感じで。楽しみにしてるよ」
「いい酒準備しとく」
「そうこなくちゃ!」
 ミユはにんまり笑って招待状の封筒を開き、その場で『出席』の文字を大きく丸で囲った。

 招待状は国を超えて届けられたため、日程は余裕をもって三ヶ月後に設定されていた。ちょうど涼しくなり始めた、いい時期だ。
 スミス宅の庭で開催されたパーティには、懐かしい面々もちらほら見受けられた。
 さすがに多忙を極めている上役の面々はほとんど顔を見せなかったが、代わりにビデオメッセージや心づくしのプレゼントをスミス家に送り届けたようだ。イサミがずいぶん、嬉しそうにしていた。
「来てくれてありがとな」
 お堅いパーティではないからと、主役たるイサミもスミスも特別着飾ってはいない。白いシャツに、カジュアルなウールのジャケットにパンツを身に着けていて、髪を少々整えている。ラペルに光っているのは、ブレイバーンが投影していたエンブレムをかたどった徽章だ。十年前、祝賀会にて親愛なるキング司令官によって手ずからピン留めされた、世界に二つしかない彼らの宝物。輝きは失われておらず、どうやら大切にされているようだ。
「あったりまえ。行くって言ったでしょ~? それにお酒、楽しみにしてるんだから」
「おう、遠慮せず呑め。お前も知っての通りうちは客室もあるから、倒れても問題ないぞ」
「あはは! じゃあ下着買ってきてよイサミぃ」
「馬鹿言え。ルルに借りればいいだろ」
 軽くあしらわれ、ヒビキは声をあげて笑った。
 ヒビキにとって、イサミは特別な存在だ。恋愛感情の類を抱いているわけではない。ただただ、誰より信頼できる親友だった。
 TSパイロットを目指す女性というのは、実のところそう多くはない。初めて配属されたダイダラ隊はもちろん、よくチームを組んでいたオニオウ隊、カタンナーバ隊を含めても、ヒビキはいわゆる紅一点だった。
 好奇の目で見られたり、からかわれたり、あまり良くない思いをしたことは一度や二度ではない。そういう連中は大抵実力で黙らせてきたが、傷つかないわけではないのだ。
 だがイサミは、男女がどうとか、そういう目で見てこない。ただ、とてもフラットだ。遊びや買い物に誘ったら着いてきてくれるし(もちろん用事があるからと断られることもある)、それで変な雰囲気になったことはない。
 彼氏のことで相談だってする。年中愛するダーリンと熱い関係であるところのイサミから有益なアドバイスは滅多に出てこないが、それがまた面白いのだった。世間一般的には驚くべきことに、彼らは喧嘩らしい喧嘩をしたことがなく──せいぜい、口喧嘩を二往復程度らしい──、飽きや倦怠期とは無縁だった。
 イサミは面白い。照れくさくてとても伝えることはできないが、ヒビキは彼のことが大好きだった。
 だから、彼がスミスの横で幸せそうに笑っているのを見て、歓喜がこみ上げてくるし、俄然気分がハイになるし、酒を飲む手が止まらない。イサミたちは本当に、多種多様の酒を仕入れてくれていた。パーティでよく見かけるカラフルでおしゃれなカクテルはもちろん、ワイン、焼酎や日本酒、各種ウイスキーやブランデーまで並んでいる。これには他の酒好きの面々も大満足の様子で、あちこちに酔っ払いが発生していた。
「大丈夫ですかヒビキさーん。グラスが……えーっと、いち、にい、さん……うわ、八個! 飲みすぎですよぉ」
 バズーカのようなカメラを持参したミユは、食事や酒そっちのけでイサミとスミスを執拗に撮影していた。「三百ページ越えのアルバムを皆さんに配りますよ! 自腹で!」と張り切っていた。彼女なら本当にやり遂げそうだから、おそろしい。とんでもない引き出物が本棚を飾ることになりそうだ。
 彼女の声は、右耳から左耳へと通り抜けていく。ヒビキの目は、イサミとスミスに釘付けだった。そのうちイサミが、おそらく手洗いか何かのためか席を外す。
 今だ、今しかない。ヒビキはグラスを勢いよくテーブルに置くと、ずんずんとスミスに近づいていった。