しか野
2026-02-09 00:32:06
235465文字
Public 同人誌関連
 

★既刊サンプル(スミイサ)

2024.7〜2026.2に発行したスミイサ本のサンプルまとめ


◆You are the one(2024.7.15)

【収録内容】
01.ゆびきり
02.遠くにありて(書き下ろし1/『ゆびきり』後日談)
03.waltz ※pixiv削除済
04.Sweet dreams.
05.俺のすべて ※pixiv削除済
06.full of curiosity ※pixiv削除済
07.I do.
08.時を刻む
09.ひみつだよ ※pixiv削除済
10.After talk ※pixiv削除済
11.人の望みの喜びよ
12.祝福されし君(書き下ろし2/『人の望みの喜びよ』後日談)
13.死さえ2人を ※pixiv削除済
14.Sleep on it(書き下ろし3)
-----

■遠くにありて(書き下ろし1/『ゆびきり』後日談)
※アフスト前に書いたものです。

:(中略)
 いつしかうとうとしていて、着陸時の衝撃ではっと目が覚めた。ルルも同じだったようで、隣で肩を跳ねさせている。窓の向こうを見る。おおよそ、日が傾いてきたころという具合だった。飛び立ったころは朝で、長く飛んだはずなのにまだこんなにも明るい。スミスの方はジェットラグなど慣れたものだが、ルルの様子には注意してやらねばなるまい。
 いよいよ機体が駐機場に辿り着き、ボーディングブリッジが接続され、人々が次々に立ち上がったり、頭上から荷物を下ろしたりしてざわつきはじめる。この喧騒がスミスをいたくわくわくさせた。
「スミス、早く降りよう」
「分かってる。ああそうだ、まずはイサミに連絡しないと!」
 スマートフォンの機内モードを解除し、すばやくショートメッセージを送る。
『今、着いたよ! これから降りるところ!』
 ほどなくして吹き出しと共に短いメッセージが返ってくる。
『おかえり。下で待ってるよ』
 Welcome back(おかえり)……スミスは胸にじんとしたものが広がるのを感じた。just arrived!なんかじゃなくて、I’m homeと堂々送るべきだった。ここはステイツではないが、帰る場所は彼のところだけ。間違いなく、スミスとルルは帰ってきたのだから。
「ルル、見てごらん」
「『おかえり』……ルルたち、イサミのところに帰ってきたんだね」
「そうさ! さぁ急ごう!」
 ルルの手を引き、動き始めた人垣の合間に体を滑り込ませる。心臓が早鐘を打ち、今にも口から飛び出しそうだった。

 人目も憚らずスキップでも始めてしまいそうなほど弾んでいる気持ちをどうにか押さえ、いそいそとレーンから荷物を受け取ってゲートをくぐる。到着ロビーにはたくさんの人々が、待ち人の到着を今か今かと待ちわびて輝くような笑顔を浮かべていた。スミスはこの光景が大好きだった。その中に最愛の恋人の姿を見出し、スミスは思わずキャリーケースを放り出す。もう彼しか目に入っていなかった。
「イサミ!!」
 よく通る声でその名を呼ぶ。彼も気づいていたようで、響き渡った声に苦笑した。まるでモーセの海割りのごとく、群衆の中にひとつの道ができる。何かに手を引かれるかのように走り出し、スミスは両腕を広げて想い人に飛びついた。背中に手を回し、質量を確かめるように強く抱きしめる。
「スミス」
 ずっと聞きたかった声がすぐそばから聞こえる。電話越しのそれとはまるで違う、呼吸まじりの声が鼓膜に染み込んでくるようだった。
「会いたかった、イサミ……ずっとこの日を待ってた」
……俺も会いたかった。その、元気そうでよかった」
 背に回された手がくしゃっとスミスのシャツにしわを作り、おそるおそると言った様子で背をなでた。ぎこちなくも彼らしい愛情表現に、スミスはとてつもなくときめき、首筋に顔をうずめて存分に匂いを嗅いだ。
 こんな風に人目のあるところで恋人らしい振る舞いをすることをイサミが好んでいないことは、スミスの頭からすっかり抜け落ちていた。
 国際線のロビーだ、ハグしあう家族や友人、恋人同士はそれほど珍しくない。それでもここまで深く、それこそ二度と離れるまいと言わんばかりに密着し続けている様子は中々珍しいかもしれない。ずいぶんホットね、すてき、と周りが遠慮がちにざわめいている。
「スミス! ルルもいるんだから、イサミのこと独占しないで!」
 スミスが放り投げてキャリーケースをせっせと引いてきたルルが、腰に手をやってぷんぷん怒っている。はっと現実に戻ったスミスは、それでも慌ててイサミを離すようなことはなく、ゆっくりじっくり、もったいつけるようにして彼を解放した。注目していた群衆のほうもささっと散り始める。
「ごめんよルル、つい何も考えられなくなっちゃって。それ重かっただろ、こっちに貸して」
 たっぷり百リットルのキャリーケースを彼女から引き取り、スミスはかわいい娘にぺこぺこ平謝りである。
「それは全然。ね、それよりイサミ! ルルともハグして!」
「もちろんだ。会えてうれしい、ルル」
 イサミが片膝をつき、飛び込んでくる華奢な少女を軟らかく受け止める。プラチナの髪をなでる手つきはまさしく親のようで、思わず目頭が熱くなるのも致し方あるまい……とスミスはぐいっと手の甲でぬぐった。
「ん? ルル、ちょっと大きくなったんじゃないか?」
「分かる? 背、伸びたんだよ」
「分かるよ。子供の成長ってのは早いもんだな、っと」
「わぁ!」
 イサミがルルの膝裏と背中に手をやり、抱き上げつつ立ち上がる。ガピ!とルルは嬉しそうに相好を崩しながら、彼の首にしがみついた。成長したとはいえまだ十五歳程度の体だ、イサミの腕にすっぽりと収まっている。
「ありがと、イサミ。このままルルのこと、運んでくれる?」
 疲れちゃったから、とルルは甘えるように頬を摺り寄せる。本当は元気が有り余っていることなんてイサミにはきっとお見通しだろうが、
「喜んで、お姫様。ほらスミス、ぼーっとしてないで行くぞ。……ん? 泣いてんのか?」
「泣いてない! さぁさぁ、案内を頼むよイサミ!」
 あまりに清らかで尊い光景にぐすっと鼻をすすってから、スミスは喜び勇んでキャリーケースの持ち手を握りなおした。この一見不思議な組み合わせの3人が周囲の人々にどんなふうに映っているか、そんなことはどうでもよかった。誰がなんと言おうとイサミは己の恋人で、ルルは2人の娘である。

*

 スミスとルルが日本を訪れたのは、ただの旅行目的ではない。日米の連携強化のために混成TS部隊が結成されることになり、スミスはその一員に選抜されたのである。というより、俺より相応しい人間はいないと、それはもう朗々と熱弁した。先の戦いにおいて一定の成果は上げていたし、英雄であるところのイサミ・アオとのつながりも深いということで選ばれ、名前が挙がった時には思わずガッツポーズとしてしまいしこたま叱責を受けてしまった。だが、そんなことはどうだっていいことだ。
 これで、イサミの元へ行ける! その一心だった。報せを受けたルルも大喜びで、いつ行くの?明日?と急かしてきたのだった。
 さすがに明日とはいかなかったが、辞令が降りたらすぐにでも飛び立てるように二人で部屋を片付けて荷物をまとめ、日本に着いたら何をしようかとわくわくしながら計画を立てたりした。もちろんまずは、イサミと遊ぶ!これに尽きる。
 イサミ、イサミ。彼は元気だろうか。いや、元気であることは日々の通話で知っているのだが、やはり直接顔を見ないことには落ち着かない。
 しばらく伸ばしたままでいると言っていた髪はどうなっただろう? 相変わらずストイックに仕事にトレーニングに励んでいるのだろうか? 変な輩に目をつけられてやしないだろうか? 等々。気になることや心配事は尽きることがない。
 しかし、実際に顔を見るとそんなものは全部ふっとんでいった。イサミがいる。目の前に実像を伴って立っている。スミス、と呼んでくれる。イサミ、俺のヒーロー。俺の光。俺の希望。俺の全て。
 これからずっと彼のそばにいられるのだと思うと、たまらなかった。

 イサミの運転で早速、今後勤務先となる某所駐屯地へ向かう。とはいえ今日から早速、というわけではなく、軽い挨拶程度を済ませたら立ち去る予定である。それに、旧ATFの面々の顔を見たい。
「ヒビキやミユたちは元気にしてるかい?」
「サタチョも!」
「ああ。そっちはどうだ?」
「マリーンは活きが良い奴らばっかりだからな。相変わらず騒がしくしてるよ」
 道すがら、スミスは破壊の爪痕が色濃く残る街並みを見遣る。しかしあちこちで、建物の再建が順調に進んでいるようだった。もちろん、重機としても有用なTSの姿もそこここで見かける。かつては旧式の木偶の棒だなんて暴言を吐いてしまったものだが、懸命に働く姿に旧式も新式もない。スミスの主な目的は戦闘部隊の訓練や連携の強化ではあるが、無論復興作業に従事する気概もあった。おそらくイサミも普段は、その巧みな操縦技術を持って人々の助けになっているだろう。彼がこの胸の中ではなく、他のTSのコクピットに乗ってることについては、多少面白くないと思わなくもないが。
「結構、きれいになってきただろ」
「そうみたいだな。いくつかの国を慰問したけど、どこも国民が力を合わせて頑張ってた」
 全てが元通りはいかずとも──なにしろ、失われた命は戻らない──、以前のような暮らしを取り戻す日も、きっとそう遠くはないだろう。
 さすがというかなんと言うべきか、イサミは車の運転も抜群に上手かった。日本では減りつつあるというマニュアル車を巧みに操るので、あまりの揺れの少なさに後部座席でルルが寝入ってしまうくらいだった。

*

 仕事の話になるから、と格納庫にいたミユにルルを預け、彼女に見送られて執務室の一角にやってきた。戦後一佐に昇進した──この年齢にしては異例の昇進速度だという──サタケに顔見せと挨拶のためである。
 お久しぶりです、と敬礼すると、上官はしみじみ感心したような表情でスミスをじっと見つめてきた
「な、なんですかカーネル・サタケ」
「いや……感心していたんだ」
 主語のない言葉にスミスが首を傾げると、サタケはちら、と隣のイサミを見やってから重々しく口を開いた。
「中尉の、アオ・イサミへの愛に」
「ちょっと、隊長!」
「それには自信があります! 大いに感心して頂いて結構です、サー!」
「バカ! 何がサーだ! 調子のんな!」
 べちん、というかわいい擬音を当てるには強すぎる力で二の腕を叩かれるが、痛いよイサミぃなんて情けない顔は見せない。自衛隊の人々、特に目の前にいるイサミの上官だとか、親友だとか、彼に近しい面々にはできるだけ格好つけておきたかった。イサミを任せても安心だ、と思って欲しいので。
「本当に日本まで来てしまうんだもんなぁ。特別な地位までもぎ取って。いや、男冥利に尽きるだろうアオ三尉。照れることはないぞ? こちらとしては、公私混同さえしなければいくらでも仲良くしてもらって構わない。それで英気も養えるだろうし、課業にも身が入るだろう」
「隊長……面白がってるでしょ」
「分かるか? そういえばなスミス中尉、こいつときたらここ数日間ずっとソワソワしっぱなしで」
「隊長! 本題!!」
 ついに業を煮やしたらしいイサミがテーブルを思い切り叩き、おお怖い怖い、とサタケが大袈裟なリアクションで怖がってみせる。なんというか、息が合っているというか、年季の入ったコメディアンみたいなやりとりにスミスは心のどこかで炎が燻るのを感じた。
……カーネルは本当に、イサミと仲がいいですね」
 まったく詮無いことだが、ついぽろりと口をついて出てしまった。
「おい、勘弁してくれよ。こっちに矛先を向けるな。アオ三尉、なんとかしろ」
「なんとかと言われても……おいスミス、よくわからんが、俺とサタケ隊長は付き合いが長いだけだから」
「火に油を注ぐな馬鹿」
「付き合いの長さなんて関係ないですよね。長さよりも濃さ! そうは思いませんか?」
「思う思う。思うからそう睨むな。心配しなくても、こいつのことは出来の悪い弟としか思ってないよ」
「出来の悪い? 聞き捨てならな」
「めんどくさいな! この話は終わりだ。仕事の話するぞ」
 くだらない雑談はここまでとばかりにサタケがきりっと上司の顔をすると、弛緩していた空気が急に締まる。二人は姿勢を正し、正しく兵士の表情になった。



■祝福されし君(書き下ろし2/『人の望みの喜びよ』後日談)
※アフスト前編読了時点で書いたものですが、齟齬があります。

 『私』の声に導かれるようにたどり着いたのは、彼の故郷たる国だった。当然ながら、一年前真っ先に足を運んだのもこの国だ。彼が身を寄せるとしたらまず、体に馴染んだ場所だろう、と。
 しかし、見知った人々に聞き込みをしても、急に何も言わず休職届を出して姿を消してしまったと言われるばかり。それ以上の情報は得られなかった。
 まず頼るのはやはり家族ではないかと彼の上官に頭を下げたが、男はしばらく沈黙した後、隊員の個人情報を外部の者には漏らせないと眉根を寄せて言った。たとえスミスが世界の英雄で、イサミともっとも近しい存在であっても規則は規則だからと。
 そもそも、スミスはイサミの家族のことを少しも知らない。両親は健在なのか、きょうだいはいるのか。他に血のつながった存在は? スミスは愕然とした。そんなことすら、彼と話したことがなかったと気がついた。

 それからスミスは日本を拠点に、世界のあらゆるところに足を伸ばした。イサミの姿を追い求めながら、復興作業に汗を流し、井戸を掘り、畑を耕し、木材や鉄板を運び、子供たちと遊んだ。人々の喜ぶ顔をたくさん見たし、それと同じくらい、嘆き悲しむ声を聞いた気がする。
 ──ヒーロー、どうして私の家族を守ってくれなかったの?
 スミスは何も言えなかった。かといって安易な謝罪もできない。どうかあなたは生きて欲しいと、お綺麗で陳腐な言葉を絞り出すのが精一杯だった。だがきっと彼女自身にだってわかっているのだ、八つ当たりにすぎないことくらい。
 ああ、イサミ。お前はどこにいるんだろう。優しいお前のことだから、無力な自分に苛立ち、悲しんではいないだろうか。そばにいたい。どんなに無力感に苛まれても、悲しい時も疲れた時も、肩を寄せ合い、支え合うことはできるだろうから。

 かの南の地で小さな存在を大切そうに抱えている彼を見つけた時、膝から頽れそうになった。
 本当に、いた。
 声をかけるときはひどく緊張して喉がからからになってしまい、何度も唾を飲んだものだった。
 彼は腕の中の存在ごと、抱き締める許しをくれた。ようやく『帰ってきた』──無意識のうち、スミスはそんな風に考えた。

*

 イサミはコワルスキー大尉と共に暮らしていたという一軒家へスミスを案内してくれた。木造の広々とした平家で風通しがよく、よく手入れされた広い庭がある。荒れ放題だったらしいが、イサミがトレーニングがてら日々草をむしっているのだという。もちろん、体に負担がかからない程度に。
「オリエンタルでクールな家だ。ここで大尉と?」
「ああ、随分良くしてもらった」
 イサミはリビングのベビーベッドに、すやすや良い子で眠っているベイビーをそっと横たえる。
……女の子かい?」
「ああ」
「かわいいな。イサミそっくりだ」
 白くまろい頬のライン、ふくふくしたそれは幸せそのものの形をしている。きっとマシュマロみたいに柔らかいのだろう……まだ少し、触るのが怖い。イサミに力加減を教えてもらわなくては。
「そうか? 俺はお前に似てると思う。口がふにゃっとしてるところとか」
「俺、ふにゃっとしてるかな」
「してる。今、特に」
 にやにやしやがって、と口の端をつんとつつかれた。それは仕方ないことだ、だって嬉しくてたまらない。そばに彼がいることが、こんなにも。
……よく眠ってるな」
「ああ。でも、もう少ししたらミルクやんねーと」
……ミルク」
……おい、馬鹿なこと考えてるだろ。出ねぇからな。あれだ、あれ」
 思わず神妙な顔をしてしまったスミスに呆れたイサミはキッチンの方を指差す。そこには粉ミルクの缶らしいもの(愛らしい絵がプリントされている)と、それからいくつか哺乳瓶が立てかけられていた。
「なるほど……
 『私』ときたら、そこまでは気が回らなかったらしい。
 イサミは作り置きのよく冷えたbarley tea──日本語で言うところの麦茶と茶菓子とを供してくれて、二人はダイニングのテーブルセットにて隣り合って座る。スミスはぐっと椅子ごと体を寄せて、イサミの肩を抱いた。
……会いたかった、イサミ」
……俺も」
「あの時は本当にごめん……。なぁ、聞かせてくれるか? この一年のこと」
 そばにいられなかった決して短くはない月日のことを、スミスは余すところなく知りたかった。彼と出会ってからこんなにも長く離れていたのは初めてなのだ。命を落としてからも、蘇ってからも、片時も離れずそばにいた。もはや半身に等しい彼のことを全て。
 イサミは頷くと、肩に頬を擦り寄せてくる。愛らしい仕草に、体がたまらず熱くなる。
「お前も、聞かせてくれ」
「ああ、もちろん。一年分だ……時間がいくらあっても足りない」
 そうしてスミスはゆっくりと語り始める。半身を求めて世界中を旅して回った日々のことを。



■Sleep on it(書き下ろし3)
※アフスト前に書いたものです。

 些細なきっかけからかつてないほどの大喧嘩に発展し、もう別れる!こっちのセリフだ!と売り言葉に買い言葉で二人は恋人関係を解消することとなった。空港のど真ん中、大勢の人が行き交うロビーにて体格も声も大きい二人の若者、それも世界を救ったヒーローたちの言い争いとくれば、いやでも衆目を集める。ルルがその場にいれば違う結末になったのかもしれないが、あいにく彼女は急用のためそこにはいない。イサミを見送りに行けないことをしきりに残念がりながら、自宅で手を振ってくれたのだった。
 イサミは苛立ちを隠そうともせずバックパックを乱暴に背負い、舌打ちをひとつ残して振り返りもせず出国検査に入った。本当にもうこれきりだ、彼とは。

 そうして数年が経過し、気がつけば三十代になっていて、三等陸佐という立場にまで昇進していた。世界を救った立役者の一人でもあるイサミに憧れて自衛隊の門戸を叩くものは今も後を立たない。幼いころ兄にあこがれて自衛官を目指した己を想起せずにはいられなかった。
 スミスとは変わらず没交渉である。しかしもう一人の父親と慕ってくれるルルはたびたび日本へやってきて、イサミとしばしの時を過ごしてくれた。最初のうちこそ、早く仲直りして!と文句を垂れていたものだがやがて諦め、仕方のない両親だなとため息をつくくらいだ。
 相棒と別れたのかと周囲にも騒がれたものだが、落ち着いてしまえば次に舞い込んでくるのは『いい子を紹介しようか』だの『合コンいこうぜ』だのの誘いである。何しろ世界を救った英雄の片割れだ、ネームバリューは言わずもがな。名を出せば女性も男性も大勢寄ってくるため、独身の同僚たちには神とあがめられている。なぜなら、名前につられて集まった人に、恋愛対象としてみられることはほとんどないからだ。曰く『恐れ多い』らしい。全く心外だと思う一方、今さら恋愛など、と達観しているので秋波を向けられないのは都合がよかった。
 それでも新しい恋を、とほんの一瞬でも思わなかったと言えば嘘になる。そういう道もあるいは、あり得たかもしれない。だがやはり腰が重いのだ。そもそもスミスと出会わなければ、恋愛などとは縁がないまま生きていったかもしれない。
(俺が悪かったって、一言言えば……許してくれたんだろうか)
 今となっては分からないことだ。確かめる勇気もない。もうお前なんか知らない、と切って捨てられたら立ち直ることはできないだろう。そう考えると身動きが取れなくなり、あっという間に数年である。

 ルルが日本へ遊びに来るとき、部下たちには『離れて暮らしている娘が会いに来るんだ』と伝えている。それだけでおそらく察しているだろう、あのルイス・スミスの愛娘のことだ、と。
 いつも通り空港に迎えに行ってみれば、美しく成長した娘の隣に見知らぬ人影があった。素朴で誠実そうな眼差しをした、年若い青年だ。
「あのねイサミ。私、結婚するの」
「けっ……こん?」
「そ、この人。私のパートナーだよ」
 いつしか自身を『ルル』と呼称しなくなった娘は、すっかり恐縮しきっている青年の腕に絡みつき、にこっと笑って言った。
 ルルの選んだ男だ、けちをつける気などまったくない。いかにも優し気な顔立ちだし、服装も清潔感があってきちんとしている。それに、あの世界の英雄ルイス・スミスの娘を選ぶような男だ、遊び半分ということもあり得ない。
 よろしく頼む、とイサミはその場で頭を下げた。

 その日は三人で食事をとり、イサミは早速なれそめなどを聞き出した。出会いは職場──宇宙工学の研究所らしい。一目惚れでした、と青年は照れ臭そうに言った。イサミは、どこかの誰かを思い出さずにはいられなかった。
 ルルは何度も断ったらしい。パートナーを持つ気はない、と。それでも負けじと迫った彼に押し負ける形で恋人となり、二年が経過したころに片膝をついた。ルルはそれを喜んで受け入れた──というのが経緯だ。美しい王道のストーリーだ、とイサミは興味深く耳を傾けた。
 しかし気になる点があるにはある。青年が席を外したすきに、イサミはそれをルルにぶつけた。
……どこまで話してるんだ?」
「何も。本当のことは言うつもり、ないよ」
 ルルが青年を袖にし続けたのは、出生の秘密があるからだろう。厳密には人間ではない存在。体のつくりこそ女性そのもので、スミスの娘として認められてもいるが、それでも。
「ルルはもう、人間のつもりだよ」
「ああ……お前がいいなら、俺は何も言わないよ」
「ありがと。ね、イサミ、結婚式には来てくれるよね?」
……
「あのね、広いお家に引っ越したんだよ。庭もね、こーんなに大きいの。だからね、そこでやろうって話になってて」

「来て、くれない……?」

 ルルの、何よりかわいい目に入れても痛くない一人娘の結婚式だ。出席したくないはずがない。何が何でも駆け付けたい、彼女のもう一人の父親として。
 しかし、彼女の家というのはつまり、彼の家でもある。当然、彼に──スミスに会うことになるだろう。
(もう八年になるか……?)
 認めざるを得ないことだが、イサミは今でもスミスのことを愛している。彼の方は……分からない。もう好きではないと彼の口から告げられたら、絶望のあまり何をしでかすか分からない。
 だからこの気持ちをひた隠しにして、ルルの父親として、そしてスミスのただの友人として振舞うことができれば──
……それで、式はいつやるんだ?」
「イサミ! じゃあ来てくれるの!?」
「もちろんだ」
「よかったぁ! イサミがうんって言ってくれたら話を進めようと思ってたの! 決まったらすぐに連絡するからね!」
「わかった、楽しみにしてるよ」

 そうしてとんとん拍子に日程が決まり、間もなく連名の招待状が届いた。
 アメリカでは結婚式の前夜に、両者の家族がリハーサル・ディナーと呼ばれる食事会にて顔を合わせるのが一般的だが、新郎側の家族は、かつてのデスドライヴズ襲撃で命を落としてしまっているという。そのため、代わりに四人──もちろん新郎新婦とスミス、そしてイサミだ──で夕食をとり、翌朝に広々した庭で結婚式という運びにするらしかった。
 招待するのはごく近しい友人たちだけだから、あまりかしこまらない格好で。そうルルに念を押されているので、イサミはほとんど普段気に等しい服に、新調したジャケットをあわせる程度にしておいた。
 アメリカの土を踏むのは久しぶり──それこそ八年ぶりである。まさにスミスと喧嘩別れしたとき以来だ。