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しか野
2026-02-09 00:32:06
235465文字
Public
同人誌関連
★既刊サンプル(スミイサ)
2024.7〜2026.2に発行したスミイサ本のサンプルまとめ
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◆Can I ask you out?(2025.2.11)
アフスト直後からのラブラブハッピー短編5本。
それぞれ単体で読めますが、時系列順になっているので、1本の中編としてもお読み頂けます。
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■きみは光(冒頭サンプル) ※Xfolioに増量版あり※
その時、黄金の輝きが一帯を、そして世界中を照らした。
後でルルに聞いたところによれば、それはあまねく世界中を照らし、無数の極彩色の光が降り注いだらしかった。それは美しく、清らかで、優しさに満ちており、未だ心に深い傷を残す人々に『人類はまた立ち上がれる』と希望を与えるには十分だった。
彼とひとつになって、それからどうしたのか、はっきりとした記憶はない。とにかく体じゅうが歓喜に満たされていて、胸に抱いていた彼もまた同じ気持ちだった、それだけははっきりと焼き付いている。彼の心が、あのとき手に取るようにわかった。
(また会えて嬉しい)
(もう置いていかないで)
(一人にしないで)
(俺も、お前になりたい)
痛いほどに伝わってきたひとつひとつの気持ちが狂おしいほど愛しくて、あのまま彼とひとつに融け合うことに何の躊躇いもなかった。むしろ、そうしなくてはこのさき生きてゆけないとすら思った。
だから今、『ルイス・スミス』としての意識を保ったまま目を覚ましたことに、驚きと、同じだけ落胆じみたものも覚えたのだった。だが目の前に、彼もまた形を持って存在していたから、救われたような気持ちになる。みたび伸びた髪に、細かい砂粒がいくつも絡んでいた。
夜の砂浜だった。高い位置にある半月があたりを柔らかく照らしていて、視界は良好だ。だがブレイバーンでいる時は数百メートル先まで鮮明に見えたし、レーダーで非常に広範囲を把握できたものだから、その点を踏まえれば人体のなんと不便で、不器用で、愛しいことか。
スミスはそっと手を伸ばし──それが冷たく硬い金属ではなく、血の通った己の肉体であることを確かめてから──、安らかに寝入っている彼の前髪に触れた。
すぐそばで静かに寝息を立てる、神聖で美しく、触れ難い姿。
「
……
イサミ」
敬虔な信者が、祈るように神の名を口にするような
……
そんなひそやかな声が出た。
お前の愛はまるで信仰だ、とからかいまじりに言われたことがある。言い得て妙だ、とスミスは思ったものだった。確かにイサミに向ける感情は、崇拝に近いものがあるかもしれない。
俺とは違う、理想のヒーロー。
だが、己を揶揄ったあの男──もはや名前はおろか顔すら覚えていないが、とにかくあいつは勘違いしている。いや、思い違いと言った方がいいのだろうか。
ごく普通の信仰者は、神を愛し、神とひとつになり
……
神とセックスしたい、なんて思わないだろう。
スミスにとって、イサミはそういう対象だった。いつからそういう欲求を抱くようになったのか、覚えていない。知らぬ間に運命が扉を叩き、気がついたらそうなっていた。気高く、心優しく、怯えながらも勇気を振り絞り人々を守ろうとする姿。愛さずにはいられなかった。
どこでどんなふうに出会ったとしても、様々な変遷を経て、最終的には間違いなく恋に落ちるのだ。この世で生涯のうちにどれだけの人が、そんな運命の極地に在るような存在に出会えるのだろう?
(俺はとても幸運だった)
スミスはそんなふうに思い、滲んできた涙を拭いながらゆっくりと体を起こす。あたりに人の気配はないようだった。
「イサミ、イサミ
……
」
心を落ち着かせるまじないのように幾度も唱えながら、彼の柔らかな頬を撫でる。くすぐったかったのか、むずかる赤ん坊のように口をむにゃむにゃ動かした後、ゆるゆるとそのまぶたが上がっていく。そうしてやがて、スミスがいっとう好きな優しい榛色の虹彩が現れた。
「イサミ
……
?」
「
……
あ
……
」
たくさん泣いたからだろうか、漏れ出た声は掠れている。彼はスミスの姿を見とめると、はっと大きく目を見開いた。
「す、みす
……
!!」
「イサ、おっと!!」
彼は砂を撒き散らしながらがばっと起き上がったかと思うと、間髪入れずスミスに抱きついてきた。慌てて受け止めてやると、その肌の感触や体温を意識せずにはいられない。二人とも、衣服を何ひとつ身につけていない状態なのだ。
「もう離れたくない、いやだ、スミス
……
!」
「大丈夫、離れないよ
……
落ち着いて、イサミ」
すっかり度を失っているイサミを宥めるように、砂でざらついた背中を撫で、「There there
……
」と優しい声音で繰り返し囁いた。ようやく望みが叶ったのに、気が付いたら分かたれていたという事実が彼をひどく打ちのめしている。その気持ちは痛いほどわかるから、どんなにきつく抱きしめられても、背中や腕に爪を立てられて鋭い痛みがはしっても、スミスは穏やかに囁き続けた。
「ちゃんとそばにいるから、ね?」
優しく、ともすれば幼い子供に対するように甘い声で言い聞かせる。すみす、と涙声を発しながらしがみついてくるイサミのことを、とてもかわいく愛しく思う。ほんのひと時であっても離れたくないのは、スミスとて同じだった。
やがて落ち着きを取り戻し、呼吸も安定してきたイサミがおそるおそる顔を上げた。いま抱きしめている者が確かに求めている存在なのか、確かめるような目をしている。彼をこんなにも不安にさせてしまったことを心苦しく思いながら、スミスは彼のうるんだ目の下にそっとキスをした。
「イサミ
……
俺がわかる?」
「わか、る
……
スミス
……
」
「よかった。
……
ほら、見てごらん。きっとここは、ハワイのどこかの島だ」
親指の腹で目尻を優しく拭ってやる。彼はスミスの腕に手をかけたまま、ようやく周辺に目を向けた。
このあたりの自然豊かで静かな様子を見るにおそらく、人の手がほとんど入っていない。ハワイ諸島には大小無数に島があって無人島も珍しくないので、そういったもののひとつだとスミスは推測した。
「ちょっと移動しようか。もう少し様子を見てみたい。
……
イサミ、しっかり掴まってて」
言われるまでもない、という具合にイサミがしっかりとくっついてきたので、スミスは彼の背中に寄せていた片腕を彼の膝裏に回し、横抱きにしてひと息に立ち上がる。
さくさくと小気味良い音を立てる砂浜を歩き、波打ち際まで迫る。よく目を凝らせば、遠くにいくつかの島が見えた。だがやはり、人為的な明かりは視界に入ってこない。
ここがどのあたりか見当もつかないが、何か手掛かりを得られないかと空を見上げた。
「イサミ、上を見て。きれいな星空だ」
「
……
本当だ
……
」
明かりらしい明かりが月しかないから、またたく無数の星々がプラネタリウムのようにくっきりと輝いて見えた。乳白色の天の川も。
ハワイでは「Ka Milky Way」とも呼ばれ、あの光の帯は一本の道にも例えられる。それは航海の道標だったり、あるいは人生の旅路を意味しているのだという。
そんなことをイサミに語って聞かせると、「詳しいな」と感心され、それから「たぶん、今の俺たちにぴったりだ」と少し恥ずかしそうに言った。
彼の言葉に、全くその通りだ、とスミスは大きく頷く。これからのイサミとの道行を象徴しているようで、なんて美しい光景だろう。そして耳には彼の通りの良い声、波の音、それからときどき草木を揺らす風の息吹、それ以外に何も入らない。まるでこの世界で、たった二人きりになったみたいだった。
「本当に、きれいだ
……
」
熱心に空を見つめる彼の横顔、その瞳に映し出されたもう一つの星空が息を呑むほど美しい。「イサミ」そう小さく呼ぶと、彼がそのきらきら輝く目をまっすぐこちらに向けてくる。
ほとんど引き寄せられるようにして、スミスは彼の控えめな唇にそっと自身のそれを押し付けた。あたたかく、柔らかかった。
「
……
初めてだ、キス、したの」
しばらくしてからそのぬくもりを惜しみつつ離れると、イサミは頬を赤くして、指の腹で自身の唇をふにふに押す。まるで、それまで触れていたものを確かめるみたいに。
「じゃあ、俺を最初で最後の相手にしてくれる?」
「
……
こんなことするの、お前以外にいねぇよ」
彼は誠実だから、他の誰かにこんな行為を許したりしない。それはわかっているし心底信じている。信じているが彼は自身の魅力に無頓着で、自己肯定感が高いように見えないのも心配なところだった。だから、というわけではないが、もう一度しるしでもつけるみたいに口付けた。彼は目を閉じて、静かにそれを受け止めてくれる。
「
……
なぁ、もう俺を置いていくなよ、スミス
……
」
「ああ、絶対に。今度こそ」
「三回だぞ、三回。三回も俺を
……
」
一回目はルイス・スミスとして、そして二回目はブレイバーンとして、三回目はふたたびルイス・スミスとして。我がことながら、なんて酷いありさまだろうと思った。いつだってイサミは「行かないで」と訴えていたのに。海溝よりもよほど深く反省し、彼を抱く腕に力を込める。
「いいか? 日本には、『仏の顔も三度まで』ってことわざがある」
「ホトケノ・カオ
……
それって、どういう意味?」
日本語らしい朴訥とした感じの、聞きなれぬ響きだ。スミスが首を傾げると、イサミが人差し指、中指、薬指をたててみせた。むすっとしている彼の、そのかわいい指の腹を順番に見る。
「三?」
「そう。どんなに優しい仏様みたいな人でも、三回同じことをされたら怒るって意味」
「Oh
……
」
それじゃあ俺はすでにOUTじゃないか、とスミスは頭を抱える(もちろん、イサミを抱いているので脳内で、だ。)
「
……
けど俺は、仏様じゃないし、優しくもないから、」
「イサミは優しいよ。誰よりも」
「そういう話をしてるんじゃねぇ」
すかさず反論するスミスの唇を、イサミは立てていた三本の指でぎゅっと押さえる。
「とにかく、許す。今度こそ約束してくれるなら」
「っ、する! 絶対にお前を置いてどこにも行かない!」
「
……
もし、また
……
そういうことがあったら
……
」
「あったら
……
?」
ごく、と唾を飲む。さすがに四度目は受け入れられない、と落胆して背を向けてしまうのだろうか。それは海兵隊としてくぐり抜けてきたあらゆる修羅場を遥かに超越するほど、恐ろしい想像だった。
しかしイサミは、厳しくしていた表情をふっと緩めて言った。
「
……
俺も一緒に連れて行け、絶対に。どこにでもついていくから」
「イサ、ミ
……
」
「お前と一緒なら、俺は
……
何も怖くないんだ
……
」
イサミが腕に力を込め、スミスの肩に額を擦り付ける。祈るように、あるいは許しを乞うように。
彼の深い愛情に、スミスはまたも涙が込み上げてくるのを感じていた。
ヒーローになりたいのならば強く在れと、己に言い聞かせてきた。だから、己の涙腺がこんなにもゆるいことを、スミスは今の今まで知らなかった。蓋をして見えないようにしてきた弱い自分を、イサミならばきっと丸ごと包んで愛してくれる。
「ああ、ああ
……
誓うよ。
……
愛してる、イサミ」
「
……
やっと、言ったな」
俺もだ、とイサミは小さな声で、だがはっきりと口にしてくれた。
:
■お砂糖ひとつまみ(冒頭サンプル)
目は覚めているはずなのに、まだどこか夢心地だった。
視線だけを動かす。薄手のレースカーテンを透かし、太陽の光が柔らかくベッドルームに降り注いでいる。今日も抜群に良い天気らしかった。
体を起こそうとして、いつの間にか身につけていたシャツやシーツ──昨夜ずいぶん汚したはずだが、洗い立てのようにすべすべだ──が擦れる。それだけで、昨夜の余韻を残す体に甘い痺れが走り、イサミは思わず固まった。危うく、蕩けた声が出るところだった。耳をそば立てている他者などいないのに、ついぐっと堪えてしまう。そういう、生来からの性質なのだ。
スミスと二人、ここカウアイ島の海そばにあるコテージホテルに放り込まれてそろそろ二週間ほどになる。こんな生活を送ることになったのは、慎重に秘匿されていたはずのブレイバーンの存在が白日の元に晒されてしまった件を受け「ほとぼりが冷めるまで大人しくしていてくれ」と元ATF指揮官クラスの面々に懇願されたことに端を発していた。要するに、謹慎である。
イサミとしては、半年間の世界クルーズ旅行後は休職し、それからこの生活に至っているので、もう半年以上勤務していないことになる。どうにもむずむずしてしまうのだが「この際だから楽しもうぜ」というスミスの言葉を受けてひとまずは落ち着いていた。その代わり、今度こそ原隊復帰を果たしたら前以上に職務に邁進しようと誓っている。
ここでスミスと二人きり、穏やかに時を過ごすことは驚くほど幸福で、心が満たされている。あのクルーズ船での半年間ももちろん楽しかったけど、彼と心を通わせた今は気分がまるで違うのだった。
イサミは唇を噛み、苦心して起き上がる。時間をかけて丁寧にほどかれ、スミスのものを受け入れた箇所がうずっとした。
「スミ、ス
……
?」
隣で眠っていたであろう彼の姿はない。名残といえば、シーツによっている皺と、枕に一本だけ残された金色の髪の毛くらいだろうか。手のひらを押し当ててみると、もう体温も残されていなかった。
我ながらなんて弱くて情けない考えだろうと思う。だがそれでも、そばにいないのが無性に寂しかった。
イサミはほっと息を吐くと、ベッドからそろそろと足を下ろす。そしてシャツの裾から覗く己の足を見て、思わず「うわ」と声が出てしまった。よほど熱心に、それこそ足の先から愛でられたのだろう、まるで何かの病気みたいに赤い痕が無数に残されている。誰が見ているわけでもないのに気恥ずかしくてたまらなくなりながら、立ちあがろうと──したのだが、足にほとんど力が入らない。まるで訓練で山々を縦走した日の翌日みたいだった。
ここ二週間、スミスはそれはもう丁寧にじっくり、イサミの体を『下ごしらえ』した。キスから始まって、身体中を撫でられまさぐられ、何かを受け入れることなど考えたこともなかった箇所を拡げられた。スミスは興奮している獣のようにふーふーと呼吸を乱していて、彼がそんなにも高まってくれていることに喜びを覚えていたのだが、そんなふうに何かを考えている余裕などすぐに取り払われることになった。
そうしてようやく昨夜、本懐を遂げるに至ったのだが──思い出すと、顔から火が出そうだった。とはいえ、記憶にしっかりと残っているのは体を貫かれたところまでだ。それから後のことは靄がかかったみたいに曖昧で、イサミは初めて『気がついたら朝だった』という経験をしたのだった。
幸い、急ぐことなど何もない。そのうちスミスが戻ってくるだろうから、それまでぼんやり座っているのも悪くないだろう。時間を潰すのが苦手なイサミに、そういう過ごし方だってあるんだと教えてくれたのもまた、スミスだった。
しばらくして──時間にしておそらく、十分ほど経過した頃だろうか。ドアががたがたと鳴って、スミスが行儀悪く足でドアを開けてひょっこり顔を覗かせた。彼は両手にマグカップを持っていて、それでやむを得ずその長い足が手の代わりを果たしたらしかった。
「あ、起きてたんだなイサミ。おはよう」
「はよ」
スミスは忠実な犬のようにまっすぐ、カップの中身がこぼれない程度の速度で駆け寄ってくる。
「体は大丈夫?」
「平気
……
だけど、なんか変な感じだ」
「変!? どこが!?」
大慌てでカップをヘッドボードの出っ張りに置いて、スミスは「痛い? 苦しい!?」とあわあわし始める。そのすっかり泡を食った様子に苦笑しつつ「そんなんじゃねぇよ」と言って宥めてやった。コーヒーの香ばしい匂いが鼻をくすぐるのを感じながら、どうにも制御のきかない己の体を見下ろす。
「
……
なんか体がぞわぞわして、くすぐったい感じがする」
「ああ
……
昨日何度も気持ちよくなってくれたから、それが少し残っているんだな」
スミスは隣に、体を気遣ってか拳ふたつぶんほどの隙間を開けて腰掛ける。その緑色の目は、砂糖をたっぷり煮詰めて作った飴のように甘い色をしている。
「イサミ、すごくかわいい
……
触っても平気かい?」
「いや
……
ダメかも」
「だ、ダメなのか」
しょぼん、という効果音が目に見えるようだった。だが、言葉通りに駄目だった。きっと妙な声が出てしまうと思った。
「
……
けど、俺からならたぶん平気」
イサミはそうっと慎重に体をずらして、二人の間にあった拳ふたつぶんの隙間を埋めた。そして目を丸くするスミスに体を寄せ、肩に頭を預ける。
「い、イサ」
「うん、ちょっとそわそわするけど大丈夫そうだ」
彼は体温が高い。薄いシャツ越しにぴったりくっついた腕にそれが伝わってきて、心地よかった。
「イサ、イサミ、そろそろ触っても」
「駄目って言ってるだろ。じっとしてろ」
そろりと肩を抱こうとする腕の動きを敏感に感じ取って、イサミはぴしゃりと厳しい声で跳ね除けた。そんなぁ、とスミスはがっかりしつつ、姿勢は乱さない。イサミが体重を預けている部分を、意地でも動かすまいとしているようだった。
「
……
あのさ」
「うん? なんだい」
「
……
起きたらいないの、なんか、嫌だった」
「ああ
……
ごめん。寂しくさせたかな」
ん、と照れくさくなりながら短く肯定すると、スミスは感極まったように「Oh my God
……
」とつぶやく。
「
……
気持ちよさそうにぐっすり眠っていたから、起こすのも悪いと思ったんだ。それで、目を覚ましたらすぐ食べられるように、朝食の支度をしてたってわけさ」
「そんなの、気にせず起こせばいいだろ」
「だって君、シーツを替えても、下着とシャツを着せても全然目を覚まさなかったんだぜ!? これは相当疲れさせたな、と
……
反省して」
どうりできれいなわけだ、とイサミはすべすべのシーツを撫でる。
それにしても、きっと警戒心ゼロの間抜けな顔で寝入っていたに違いない、とイサミは自分の頬をぐにぐに撫でる。気配には敏感なつもりだった。寝て体力を回復させることも仕事だからと、他者の気配があっても深く眠れるよう訓練こそしてきたが、それにしたって大概鈍すぎる。それだけ、本能的にすっかりスミスに気を許しているのだ、と自覚してひどく恥ずかしくなった。
「イサミ? もう少し休む?」
黙りこくったイサミの顔を、スミスが気遣いたっぷりの表情で覗き込んでくる。確かに身体中が妙な具合だが、決して痛かったり、苦しかったりということはない。スミスがそういったものを与えないように、丁寧に丹念に、精緻な寄木細工を作る職人のごとく扱ってくれたのが分かるのだった。
「
……
や、起きるよ。メシ作ってくれたんだろ?」
「Ya! パンケーキ、うまく焼けたんだぜ。ルルが先週、カナダ土産のとびきり美味しいメープルシロップを持ってきてくれただろ? あれをたっぷりかけて食べよう」
「いいな」
甘いものは食べ付けないけど、スミスが一緒なら気にならない。それに、ルルがお土産にと持ってきたメープルシロップは、本当に美味しいのだ。カナダはイエローナイフに赴いたらしいが、ばっちり観測できた、と得意げに写真を見せてくれたものだった。
「それに、フルーツも切ったんだ。少しいびつだけどね」
「腹に入れば同じだし、スミスが用意してくれただけで嬉しい」
素直な気持ちを吐露すれば「イサミィ
……
!」とスミスが体を震わせる。そうすると枕がわりの肩も小刻みに揺れるので、イサミはやれやれと頭を離した。
「それ、コーヒーもらっていいか」
ヘッドボードに乗せられたままの二つのマグカップを見やる。もちろんだ、とスミスは張り切ってそれらを手に取るが、きゅっと眉間に皺を寄せた。
「Oops、冷めちまってる。キッチンで新しいのを淹れてあげるよ」
「いいよ。言っただろ、スミスが用意してくれたっていうのが大事なんだ」
彼の目と同じ色をしたカップをひょいと取り上げる。確かにぬるくなっているようで、取っ手ではなく丸みのある本体の方を手に取ってもちっとも熱くなかった。
:
■糸は切れない(冒頭サンプル)
伝言を携えてやって来たのはルルだった。彼女はイエローやブルーが基調の鮮やかなアロハシャツを身につけ、髪を高く結い上げている。
「きんしんかいじょ、だって。たいしょーたちからの伝言!」
彼女は高らかに宣言すると、ぐいっとサングラスをあげて「これって、スミスたちにとって嬉しいことなの?」とちょっぴり首を傾げてみせた。
元ATF上層部によって慎重に存在を秘匿されていたはずの存在、ブレイバーン──その姿を多くの人々の前に堂々と晒し、説教をし、あまつさえ空を飛び回ったスミスは、現在イサミとそろって謹慎状態にあった。期間は、ほとぼりが冷めるまで──はっきりと定まってはいないが、最低でも一ヶ月。
ハワイ州はカウアイ島、海沿いにあるコテージホテルの一角で、二人は蜜月のような時を過ごしている。娯楽といえば独占状態のビーチを散歩したり、ビーチコーミングに勤しんだり、泳いでみたり──ハワイは温暖で、基本的に一年中楽しめるのだ──、ルルが差し入れてくれたボードゲームで遊ぶくらいのものだったが、まったく飽くことなく、束の間の時間を楽しんでいるのだった。
滞在を始めて、一ヶ月と少しが経過している。そろそろかもしれない、という予感はあった。時々難しい顔を見せるイサミも、おそらく同じことを考えていたのだろう。
「スミス、ルルが明日来るって」
すっかりルルとのやりとり専用と化しているスマートフォンの画面を、イサミが見せてくれた。彼女は気まぐれに、スミスに連絡してくることもあれば、イサミにそうすることもある。(どういうふうに分けているのか尋ねてみたら「気分次第!」と言っていた。)
「そうか。今回はどんなお土産を持ってきてくれるんだろうな?」
「また難解なボードゲームかもな」
「ああいうのは、どう足掻いてもイサミに軍配が上がるなぁ」
そんなふうに会話しながらも、彼女が持ってくる『お土産』にはお互い、思い当たるものがある。きっと今までのものとはずいぶん、毛色の違うものだろう、と。
気もそぞろな様子のイサミを、スミスは外に連れ出した。ペットも受け入れているというこのホテルは、小さな家族たちものびのび過ごせるようにと広々としたプライベートガーデンが設けられている。そこから直接、ビーチに出ることも可能だった。
パラソルのついたテーブルセットにイサミをいざなって、柔らかいクッション材のチェアに腰掛けさせた。スミスはキッチンからドリンクと軽食を持ってきて、体を冷やさないようにとブランケットを膝にかけ、甲斐甲斐しい執事よろしくあれこれ世話を焼く。
それから正面のチェアに落ち着いて、なんとはなしに波の音に耳を傾けた。終始、それこそ二十四時間ずっと、あたりを包んでいる音だ。ここを離れたら、耳に馴染んだそれが鼓膜を震わせないことに、違和感と、それから少しの寂寥感を覚えてしまうかもしれなかった。
イサミは、庭を囲うように植えられている低木の隙間から、砂浜を打っては離れ、打っては離れを繰り返す小さな波を見つめている。
「
……
スミス」
「ん? なんだい」
「お前、さ
……
ここを出たら、どこ勤務になるんだ? それともオアフに残るのか?」
どこか心細そうな様子で尋ねられて、スミスは思わず「あっ」と素っ頓狂な声を出していた。
そうだ、彼にはまだ言っていなかった! なんとなく、『この先』の話をするのを、お互い無意識のうちに避けていたからかもしれなかった。
「
……
イサミ、怒らないで聞いてくれる?」
「なんだよ。『決まってない』くらいでわざわざ怒らないぞ、俺は」
「いや
……
決定しているんだ。実はその、けっこう前に」
そうなのか!?と、当然イサミは驚いて目を見開いた。
さらに詳らかにすると、アド・リムパック以前から今後の異動については伝えられていた。デスドライヴズの襲撃がなければ、日程を筒がなく終了した後そのまま『次なる勤務地』へと飛んでいたはずだったのだ。
「ああ
……
。ごめん、怒らないでって言ったけど、怒ってくれていい
……
その、実は
……
JAPANなんだ」
「は?」
「だから、その
……
君の国だな」
要するに、物理的な距離は多少あれど、彼と同じ国にて暮らすことになる。休日を利用して会うのは、そう難しくない。
「お、お前な
……
なんでそういう、重要なことを
……
」
「ご、ごめん!!」
イサミは思わず身を乗り出しかけたようだが、なみなみパインジュースの注がれているグラスを見て思いとどまったようだった。
「
……
いや、悪い。俺にお前を怒る権利なんてないよな。
……
怖くて、なかなか聞けないでいたから」
「イサミ
……
すまない。不安にさせたな」
気にするなというように、イサミは首を振る。長いままの髪がぱさぱさと頬を打つ。
それから、勤務先は沖縄であることと、謹慎が解けたら一旦本国に帰還したのちに日本へ飛ぶことになると伝えた。
イサミは納得したように「沖縄か。TS部隊っつったら、そうだよな」と頷く。
「君の基地は遠いのかい?」
「ああ、距離感わかんないよな。そうだな、飛行機で三時間くらい、だと思う」
俺も行ったことないけど、とイサミは肩をすくめた。
「Umm
……
それなりに、あるね」
「けど、十数時間かけるよりはずっと楽だろ? 面倒な出国審査も入国審査もない」
「違いないな。そう考えると、お前をとても近くに感じる」
だから、何の問題もないはずだ。スミスは言外にそう含めた。二人の関係がLong-distanceになっても、気持ちまでも離れることは決してない。
「
……
スミス、クッキーでも焼かないか? ルルが喜ぶ」
「いいね。前に特に喜んでたのは、ココナッツだったかな?」
「確か、パイナップルもだった」とイサミは微笑んだ。
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