DRRV11037
2026-02-05 13:21:14
18106文字
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DRRV 1章 日常編




キィィイイ……と軋んだ音を立てたドアは、鍵も無しにあっけなく開いた。まるで部屋の中身を誰かが発見することを、待ち望んでいるかのようだった。

その光景を認識した私は、目を見開く。











視界に飛び込んできたのは、ロープだった。



天井から垂直に伸びる一本のロープだった。



小栄くんの身体を吊り下げたロープだった。


脱げかけのタッセルローファーを引っかけた爪先が、完全に宙に浮いている。柔らかなシャツの袖を下へ下へと引っ張る重力は凄まじく、彼の首をロープでぎりぎりと締める。そばかすの散った鼻の頭や、いつも笑顔を見せていた頬ばかりでなく、顔全体が不自然に紅潮し、黒々としたもさもさ髪はすっかり乱れきっていた。

それでもまだ、彼は生きている。

苦しそうに、苦痛に捩れる蛇のように。彼は身をくねらせて、吊り縄を逃れようともがいていた。
恐怖に強ばった脚の筋肉を、僅かな酸素で無理矢理に動かし、いまだ地面を求めて足掻いて踊りつづけていた。そのたびに無情なロープが左右に揺れたり捻れたりして、ギシ……ミシ……と軋んだ音を立てる。そして気道をきつく絞られ、喉から「かはッ、」という声にもならぬ声を出した彼は、目をぐりんと剥き出して宙に向けた。それとともに脚のふくらはぎが弾かれたように持ち上がり、ぶるぶると痙攣する。

……っ、……!!……!!」

「助けて」とか「苦しい」と叫ぶ声を失ったまま、口だけがずっと、金魚のようにはくはくと空気を求めていた。両手が必死に、堅いロープを外そうとやみくもに喉を掻きむしっていた。でも首の表皮が赤くなるばかりで、ロープは決して千切れそうにない。ただ息が苦しくなるばかりだ。

…………ッ、……!」

小栄くんは私のことを見ていなかった。認識するだけの余裕も能力も持っていなかった。ただただ何もない天井の隅を水色の眼球に映したまま、人のそれとは思えない表情でもだえている。

でも、だんだん、終わりが近づいていた。力が抜けていく。手足の動きが弱まっていく。死ぬ寸前の魚のように、小栄くんは重い脚をおもむろに二、三度揺り動かした。指先が弱々しく喉仏のロープを触り、引っ掻こうとして───ただ撫でるに終わる。そうして力を失った腕がだらりと、重力に導かれて垂れ下がった。

重い頭部を前方に倒して、小栄くんは眠りに落ちるみたいに項垂れた。伏せた目がぼんやりとしている。もう、意識を保つことさえもできなくなったのだ。


「あ……、」


頭がくらりとする。


私の知る世界が、全く知らない世界に様変わりしていく。全てが停止したこの空間で、ギギ、ギギ……と、日常が非日常に書き換えられていく音がする。何、これ?何がどうなっているの?どうしたらいいの。

じっとりと冷たい汗が肌を伝う。立っていられないほど気分が悪くて、私はふらりとドア枠に手をついた。

こんなの、嘘だ。首……、とか、目の前で、し、しぬとか、………………コロシアイとか、信じられない。



だってわたし、こんなの知らない。

こんな狂った物語は私のじゃない。

普通の現実を生きてる人間なのに。



私は一歩、後ずさりをした。見たくないものからすぐに離れたかった。何もかもがおかしくて、脳がずっと理解を拒んでいる。



かんがえたくない。

もう嫌だ。

わからない。

怖い。

逃げだしたい。





───でも、





……!!」



小栄くんの表情はもう濃い影に覆われて分からない。いや、私が目を逸らしているだけかもしれない。
それでも、彼の指先がぴくりと……まるでピアノの鍵盤に触れるみたいに震えた。

それが一筋の希望の光だった。



終わりじゃない。

まだ死んでない。

誰も死なせない。

彼を助けなきゃ。



「小栄くん!!」

今、床を蹴った私は、部屋の惨状のさなかへようやく飛び込んだ。



もう、日常には戻れない。





To be continued...