DRRV11037
2026-02-05 13:21:14
18106文字
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DRRV 1章 日常編



食堂


僕が食堂の重い扉を開けると、そこにはもう全員が集合していた。
眠たげに目を擦るフクロウさんと、寧ろ活発な早起き鳥さんが入り交じる。そんななかで三品は皆に花のような笑みを振りまいて、出会った一人一人に軽く話しかけながらプレートを配っていく。他にも数人が手伝って、16人分の食事の配膳が進み、みるみるうちにテーブルが賑やかになっていく。

僕は四葉さんの隣の席に腰掛けた。普段通りの微笑みのままで、挨拶をする。
四葉さんはこの中で一番“姫”の素質があった。誰に対しても簡単に心を開きそうだし、他者のために尽くす才能がある。もしもここから脱出できたなら───たとえ今のエースが僕を裏切り、昼の世界へ去っていたとしても───四葉さんを確保しておけばまだホストを続けられる。僕はそう見込んでいた。

「おはようございます。」

「おはよう、」

四葉さんはぎこちなく微笑んだ。可哀想に。見るからに疲れている。髪も服もだいぶ乱れているから、おおよそ慌てて部屋を出てきたんだろう。

「失礼。……襟が立ってますよ、」

僕は身を乗り出した。そっと彼女の茶の三つ編みを撫でてから、やさしくそれを退かしてシャツの襟を直す。
トドメとばかりにお茶目なニュアンスを声に乗せて「とんだうっかりさんですね」と耳元で囁き、からかってさしあげた。僕の声はとてもかっこいいから、多少大胆にやっても効くと経験則で分かっている。

彼女は頬を赤くした。僕と一瞬まともに目を合わせてしまい、慌てて逸らした。でも、それからまた、ほんの少しだけ見て、またほんの少しだけ見てを繰り返している。

「ご、ごめん。ありがとう。楸谷くんは、全然寝癖とかなくて完璧だね。」

「もちろん完璧ですよ。だって僕、職業イケメンですから♡」

そう見えているなら、よかった。




全部の支度が整うと、和気藹々の朝食会が始まった。
朝からパンケーキだなんてかなりお洒落だ。

四葉さんが三角の硝子瓶を手に取った。中には琥珀色のシロップがたぷたぷに満ちている。今日の気分と相談しつつ、それをパンケーキの上で丸々4周させれば、生地はすぐにシロップを吸ってうんと甘くなった。へぇ、甘党か。いつかデートで役立つから覚えておこう。さりげない観察を終えた僕は、シロップを2周分かけた。

なるほど。バターだけを乗せるのが天探お嬢で、シロップの海を作るのが改瀬か。あーあ、あんまりドバドバやるから、四角いバターがシロップの波に流されてどこかへ飛んでいってしまった。強欲なことだ。彼女のすぐ横で、チョコソースのチューブを両手に握りしめた昼間くんが、一生懸命に絵を描いていた。

「朝食作ってくれてありがとね!しかも超映えるし。スマホがあったら撮ってた」
裁門さんが喜びを声に滲ませてお礼を言う。

「ホントに、カフェのモーニングみたいでお洒落ですよね!二人ともありがとうございます。ワタシ、思いきり寝ちゃって一つも手伝えなかったのが申し訳ないです

そんな改瀬に対し、小栄がからからと笑った。

「謝らんで~。俺らが暇つぶしに勝手に作っただけ。」

「何よりとても楽しかったからね!」
三品がきらきらと瞳に星を浮かべて、声を弾ませる。

「パンケーキの焼き方を教えてくれてありがとう!小栄くん。2、3枚挑戦したけれど、焦がさずに済んだのは、君が手伝ってくれたおかげさ。センスがあるのだね。」

三品は、少し歪なかたちに仕上がったパンケーキを、ナイフで優雅に切っていた。へぇ、彼にも弱点というものが存在するらしい。

僕は生ハムとナッツの乗ったレタスサラダをフォークで突き刺した。おかしな気分だ。朝食を食べるなんて、ホストになって以降一度もしたことがなかった。固形物をこんなに胃に詰めるのは、違和感があるというか、なんというか。

「でもよ、今度からは当番制にしたほうがいいよな。」
榊くんが、口に詰め込んだパンケーキをごくんと呑み込んでからそう言った。

「できるだけ負担が偏らねーように、食事当番!!決めようぜ!!」

……うわぁー。内心そんな声が出る。
彼が良いことを思いついてしまったおかげで一週間分の食事当番が決定した。


今日三品 & 小栄
改瀬 & 形代
榊 & 黒原
天探 & 釘山
清忌 & 楸谷
裁門 & 白跳
四葉 & 楠木
夜深 & 昼間


これで一旦様子を見るらしい。

僕は清忌さんを見遣った。彼女とペアを組むのか。
けばけばしいピンクの長髪を後ろで団子結びにした彼女が、ちょっと目元で笑んでこちらを見返す。なので軽く会釈はしたが、正直なところ全くやる気が出なかった。清忌さんのようなタイプはまずもってホストクラブに来ないし大した金を落とさないから、彼女と繋がるメリットが見いだせない。はぁ。しかも無償労働。

僕はパンケーキの甘いひとかけらを口に放り込んだ。シロップがよく染みこんでいてベタベタする。

……そういえば。
食事の当番制を思いつくということは、この榊くんという子は、状況の長期化を見据えているのか。ただの幼児的万能感に突き動かされた子供かと思いきや、現実を理解しているようだ。……ひょっとすると僕より冷静に。恐ろしいのは、何の嫉妬心も湧かないことだった。

そして、昨日の地下道で現実に打ちのめされた僕たちは、この規則の導入をもって妙にすんなりと、ここに長く囚われるだろうという第二の現実を受け入れていた。きっと僕以外の人間は、この新しい空気感を、食物とともに無造作に内面に取り込んだのだった。

……それにしても、」

榊くんは話を替えた。

「オレ等はどうやってここに来たんだろうな?」

「気がついたら、バボンと学園にいたからねー。」
白跳さんが、パンケーキを頬張りながら不明瞭な声で言った。

んー、」

裁門さんは、見た目にそぐわぬ落ち着いた調子で答えた。

「少なくとも、意識を失う過程があったことは確かね」

「きっと、強力な睡眠薬を仕込んだハンカチで後ろから押さえたんですよ。噛みちぎってやれなかったのが悔やまれますね」

改瀬さんは本当に出しゃばりで血の気が多い。

「最も謎めいているのは、“果ての壁”の越え方さ!まるで密室のようだ。この問題を考えていると胸がざわざわと渦巻いて、心臓から送り出されたその波のような不定形の力が手足を満たして居ても立ってもいられなくなるんだ。」

「それ、不安なの?興奮してるの?」

良い笑顔の三品くんに、清忌さんが眉をひそめた。

「やっぱ宇宙人じゃない!?」

昼間くんがテーブルを力強く叩いて叫んだ。
やめてほしい。宇宙人をじゃなく、キツい音を。

「マジかよ!?っつーことはアレか!?テレポートか!!?」

榊くんはその荒唐無稽な説に乗っかった。
……やっぱり、ただの子供かもしれない。

「申し訳ないけど、宇宙生物が犯人という線は今回追わないよ。だってたかが超高校級のために遠路はるばるお越しになると思う?」
と、楠木さんは心底面倒くさそうに反論した。

「来るかもしれないじゃん!」昼間くんは椅子から立ち上がった。

楠木くんは溜息をついた。

おもむろに、釘山さんが手を挙げた。静かな声色で呼びかける。
「此方からも話があります。記憶についての話題なんスけど。」

僕らが再び静かになると、釘山さんはすっと席を立った。濃く深い紫色の瞳がいつになく真剣だ。

「話を聞いていて改めて思いました。ここにいる全員が、記憶を人工的に奪われている可能性があります。やっぱりこの状況偶然で片付けるには不自然すぎるんで。」

「記憶を奪う?」

場がざわつくのも当然だった。釘山さんの話はあまりにも突飛だ。僕の姫がやたら勧めてくれる流行りのアニメでも、記憶を奪われるなんて展開はなかなか見ないくらい。
呆れたようにふいと視線を逸らした天探さんが、イチゴとブルーベリーの乗ったヨーグルトを掬いながら突き放す。

確かに今の状況は不自然だけれど、もう少し現実味が欲しいところね。」

しかし釘山さんは諦めなかった。語気を強めて話し続ける。
「皆さんにとってはそうかもしれませんが、実際そういう技術が研究されていて、存在することは確かなんス。」

……無根拠に言われてもねぇ」
楠木くんも冷たい反応だ。

言えないっス。ごめんなさい、うまく、言えない」
釘山さんが悔しそうに声を絞り出した。妙なくらい声が強ばっている。

「ただ、推察してください。この釘山楽がめちゃくちゃハッキリ覚えてるんス。それが何を意味するかを

釘山さんはこの場にたった一人で立っていた。皆を見回すことも難しい彼女の瞳は、軽薄そうな普段の様子とは打って変わって、痛ましいほど深刻だ。そして何かに怯えている。

どうやらそこには「記憶を奪われた」ということのほかにも、彼女しか気づいていない何らかの可能性があるらしかった。それが何なのかは分からないが。関連するとしたら、超高校級のメモリーアスリートという才能か、それとも「忘れっぽい」という特質だろうか。

じゃあ、」小栄が戸惑いがちに呟いた。
「俺らみんな記憶を奪われたかもしれんってこと?」

「だとしたら、どうやって意識を失ったのか記憶が無いことの説明がつく」
といい、虚空を睨んだ裁門さん。

「彼女の勘違いでない限りはね」

釘山さんを信じるべきか否かといわれれば、僕は信じるつもりだ。
この事件には記憶喪失でしか説明できない部分がある。それに、こんなおかしな内容をメリット無しに敢えて喋る時点で信用できる。もしも釘山さんが僕らを騙そうとしているなら、もっと正当な根拠を持ってくるだろうから。
もっとも、所詮僕の考えることなので3割くらいしか当たらないだろうけど。

ともかく、仮に彼女が真実を話しているとすれば、恐ろしい可能性に行き当たる。

僕は他にもいろいろな記憶を奪われているかもしれない。自分で気づけないだけで、忘れていることが他にもあるかもしれないのだ。そうだとしたらどうすればいい?何を信じればいいんだ。まるで、まるで頼れるものが何もなくなってしまったみたいじゃないか。

朝食会は、謎に満たされたまま終わった。