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トウメイ希望
2025-10-11 16:20:19
21571文字
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【ルデナナ】道の先へ
牧場物語「三つの里の大切な友達」の二次創作。ルデナナです。
一年目。春から夏へかけてぐらい。
憧れを胸にその道に飛び込んだお嬢さんが、現実を知って、悩んで、乗り越えて、強くなっていくのっていいよね。そんな妄想を収穫しました。
ルデナナは甘さ控えめ、ほんのり香る程度。
初めて書いたルデナナ小説です。今見返すと恥ずかしいよう。以前は某所で公開していたのですが、諸事情により非公開にしたためこちらで公開します。
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目を開けると、見知らぬ天井が飛び込んできた。
「
……
また、倒れちゃったのかな」
その割には、ここは病院ではなさそうだ。消毒液の香りがしない。もちろん、家でもない。代わりに、潮の香りがした。
上半身を起こすと、清潔なシーツが胸から滑り落ちた。
窓の外は明るい。太陽はすっかり登っているようだ。
開け放した窓の外は、やけに濃い緑の森、やけにあたたかい風、やけにけたたましい鳥の声。ジャングル然とした風景に、ルルココ村だろうか、と見当をつけた。
「お、気が付いたカ」
ノックも無く、ルデゥスが入ってきた。
そもそもこの部屋には扉が無いことに、その時初めて気づいた。
「
……
ここは?」
「『ララ・サラーマ』だ。アンタ、過労で倒れたんダ。覚えているカ?」
どうやら、トトタラの宿屋に運び込まれたらしい。
ナナミは、ルデゥスに首を振った。倒れた時の記憶はない。
だが、あの喧嘩を見られていたことは思い出した。
気まずさから、視線を落とす。
「あはは
……
なんだか無性に体を動かしたくて。ごめんね、折角来てくれたのに。
そういえば、さっきはごめんね。集荷の当番、ルデゥスだったの? ごめん、最近出荷が少なくて
……
」
最大限の努力で、普段と変わらない口調を保ちながら、ナナミは自分の手に話しかけた。口癖のように「ごめん」を連呼していることにも、気づいていなかった。
「ナナミ」
ルデゥスは静かに遮った。
続く言葉が無くなってしまって、ふぅっと溜息をついた。
「みっともないところ、見られちゃったね」
言ってしまうと、空気でぱんぱんに膨らませていた体が、みるみるしぼんでいくようだった。
ついにバレてしまった。そんな恥ずかしさ、無念さ。
そのくせ、もはや力不足を隠し通せないと気づくと、さっぱりと開き直る気持ちもあった。いっそどこまでもみっともない姿になって、ルデゥスを失望させてやろうとさえ思った。
あーぁ、と空気を変えるようにこぼして、わざと明るく言い放つ。
「
……
やめちゃおうかな、牧場なんて」
ぽつりとつぶやいた。
「おじさんは経営を成り立たせろって言うけどさ。別に、お金儲けがしたくて始めたんじゃないもん。
私とこの子たちが食べているだけのものがあれば、それでいい。
自分で食べる分なら、自分で育てられるし
……
それなら、お金なんかいらないもんね」
ただの思い付きだが、言葉にしてみると案外悪くないように思えてきた。
沈黙を守っていたルデゥスが、静かに答えた。
「
……
それも一つの道かもナ」
自分から言い出しておいて、その返事は意外な気がした。
「止めないの?」
「アンタの人生だ。アンタの好きな道を選べばいい」
好きな道。そう言われると、弱い。『その程度なら辞めてしまえ』という叔父の言葉への反発心を、見透かされた気がした。
ルデゥスは多くを語らなかった。ただ静かに相槌を打つばかりだ。
それだけに、自分の心の奥底がそのまま映し出される。
強がりの底に隠して、直視しないようにしていた本音が。
「本当はね
……
怖いの」
つぶやいた声は、雨の最初の一粒のように、落ちた。
重たい雲のように、胸の奥底で凝っていた弱音。誰にも言えないまま、はちきれんばかりに育ったそれは、一粒落ちてしまうと、また一粒。また一粒と降り出して、止まらなくなった。
「私、ずっと牧場に憧れていたくせに、牧場のことを何も知らなかった。
お乳をいただくために必要なことも。あの子は誰かのお母さんってことさえ。
私、ここが好き。お父さんには反対されたけど、このひと月、ずっと幸せで、疲れるのだって楽しくって。豆が潰れても、爪に土が入り込んでも、動物小屋の掃除だって、全然嫌じゃなかった。こんなに大変な仕事が苦じゃないなんて、ひょっとして私は牧場に向いているんじゃないかって
……
……
だけど、今は、
……
つらいや
……
」
長い沈黙が降りる。開きっぱなしの窓から、潮の香りが吹き抜けた。
「
……
分かる気がすル」
やがて落とされた言葉を、不思議に思ってルデゥスを見た。
その視線を、促しと捉えたらしい。ルデゥスは先を続けた。
「昔のことを思いだしたヨ。
イゥカの思い付きのせいで、双子とオレが遭難した話はしたナ?
あの時、オレは初めて家を建てタ。
楽しかったヨ。もともとモノ作りは好きだったし、家なんてでっかいものを立てたことはなかったからナ。正直言って、口実をつくってくれたイゥカに感謝したぐらいダ
建て終えた家を見上げた時の、清々しい気持ちを今でも覚えてル。自分には才能があるんじゃないかという、根拠のない万能感モ。
体は疲れ切っていたが、心は浮かれていタ。真新しい柱を、何度も撫でタ。
しばらくの間は良かっタ。雨風も防げて快適だっタ。だガ
……
ある日の深夜、シゥカが気まぐれを起こしタ。月夜の晩に咲く珍しい薬草をどうしても採取したいからと、眠っていたオレとイゥカを叩き起こしタ。
はじめは無視したんだガ、あんまりうるさいから根負けしテ、外に出たんダ。
……
家が崩れたのハ、その直後のことだっタ。
こうして話しているだけで、耳の奥に、あの時のすさまじい音がよみがえるようだヨ。
数日かけて建てた家は、次の瞬間には瓦礫になった。
もしシゥカが気まぐれを起こさなければ、下敷きになっていただろウ。
オレが作った家のせいで、オレたちは全滅しかけタ」
その光景を想像して、ナナミは思わず息を飲んだ。
同じ景色を見ているのだろう。ルデゥスの瞳には、ナナミは映っていなかった。時間はさかのぼって、遠く、過去を眺めていた。
「ショックだったヨ。情けない話だが、翌日、通りがかった船に救出されるまで、ずっと震えていタ。
今でも時折、悪夢にうなされル。
……
月明かりの下、オレは立ち尽くしていル。
もくもくと土煙が空に昇っていク。
そびえ上がる瓦礫の隙間から、押しつぶされた手足が覗ク。
滴り落ちる血は、青い月明かりの下でもなお赤イ。
血だまりはどんどん大きくなるのニ、対照的に、うめき声はどんどん小さくなル
……
幸い、ただの夢ダ。だガ、一歩間違えれば、現実になっていたかもしれなイ。
知らなかったんダ。家を建てるために、何が大切なのカ。
柱が、選ぶ木が、立てる土地が、家の寿命にどんな歪みを与えるのカ。
オレは手を動かすのに夢中で、自分が何を作っているのかも分かっていなかっタ。
オレにはナナミの気持ちが分かる気がスル
……
」
遠く、昔を見つめていたルデゥスの目が、ナナミに向けられる。
その瞳は、ぎょっとするほど優しかった。
「アンタは今、責任を知ったんだナ」
──ナナミの目が、大きく見開かれた。
潮が満ちるように涙が湧き上がると、それは瞳の中にはとどまらず、溢れた。
ぼろぼろと涙をこぼしながら、ナナミは自分の肩をかき抱いた。こんなにも暑いルルココで、なのに、彼女はがたがたと震えていた。
「どうしよう、ルデゥス。私、とんでもないことをしていたのかもしれない。
あの子たちの、いのち以上の、全てを、預かることにも気づかないまま、牧場なんか始めちゃった
……
私、自分が何をしているのかも分かっていなかったの
……
」
「
……
アア。怖いナ」
子供のように泣きじゃくるナナミの頭を、ぽんと撫でた。ナナミは唇を固く結んで、されるがままにしていた。
しばらくの間、ナナミのしゃくりあげる音が、潮騒の部屋に満ちた。
どうしよう
……
嗚咽の合間に、そう繰り返す。ナナミの思考が、同じところでぐるぐると回っているのが、明らかに見て取れた。
「
……
牧場に戻った時、アンタの姿は無かっタ」
ナナミははっとしてルデゥスを見上げた。
「そうだ! ルデゥスが助けてくれたんだね。
それなのに私ったら、お礼も言わないで
……
」
慌てたようにまくしたてるナナミを、いいんダ、と制止した。
礼がほしくて、この話をするわけじゃない。
「アンタの牧場は、夜になると月明かりしか無いんだナ。家も動物小屋も暗かったから、留守だと思っタ。
それで出直そうとしたんだガ、何かが寄ってきてな。まだ目が慣れなくて、大きな影にしか見えなかったが、鳴き声で、アンタの可愛がっている牛だと気づいタ。
やたらと鳴いているし、そもそも夜なのに放牧しっぱなしなのも変な話ダ。
まぁ、アンタも忙しい奴だから、遅くなる日もあるんだろうと、代わりに動物小屋に返そうとしたんだガ、全然いうことを聞かなイ。それどころか、オレのことを押し返してクル。
オレは力がある方だが、牛ってのは、あんなに重いんだナ。いくら力で押したって、牛の方に動く気が無けりゃ、どうにもならないものなんだって、思い知らされたヨ。
根負けして帰ろうとしたら、今度はオレの服を咥えて引き留めるんダ。まるで、どこかに連れて行こうとするみたいニ。
あんまり訴えかけてくるから、嫌な予感がしてついて行った。そしたら、アンタが倒れていタ」
夜風が轟き、ひのきは乱れ、月は銀の矢並を射そそぐ。
月明かりが映し出した、ひとつの人影は、浮き上がっているのかというほどの牽引力を持って、ルデゥスの視線を集めた。
散らばった満月色の髪。枝のように投げ出された手足。
血の気が引く音がした。その頬は、月光が青いことを差し引いても、なお青白かった。
揺すった肩は固く、骨ばかりで、華奢を通り越して、病的だった。
呼びかけに反応したことに安堵したのもつかの間、抱きかかえた体の、あまりの軽さにぞっとした。栄養失調を起こしているのだろう。
幸い大事には至らなかったが、あのまま一晩放置されていたら。
それを防いだのは、ナナミが慈しみ、寄り添い、育んだ、ひとつのいのちだ。
「
……
アンタは、あいつのいのちに愛されていル。アンタがどれだけ恐れてモ、そのことからは逃れられなイ。
それを考えると、家畜の宿命は過酷かもしれないガ、アンタならその働きに報いてやれるんじゃないかって
……
そう感じル」
──ナナミは、呆気に取られてルデゥスを見た。
自分の顔が映る程近く、柔和に細められた、夕陽色の瞳と目が合った。彼の目尻が描くあまりにも優しい曲線と視線を交えた途端、その顔はみるみるぼやけた。
少し引いていた涙が、再びあふれ出したのだと、熱が頬を伝って初めて気づく。
何故この人はこんなにもあたたかいのだろう。その疑問は言葉にすることもできず、ただ胸の奥で熱を持った。その熱は涙に、血液に宿って、手足の先までも満ちていく。
ナナミは、自分が泣いているのか、笑っているのか、分からなかった。分からないまま、ルデゥスに己の心を見せた。
「ルデゥス
……
」
その時、にわかに入り口の方が騒がしくなると、イゥカとシゥカが入ってきた。
「やっぱり泣かせてるじゃナイ! ほらシゥカ、ルデゥスなんかに任せたのが間違いだったのヨ!」
「
……
役立たず
……
」
「お、お前ら
……
違ウ! 誤解ダ!」
ルデゥスはすっかり狼狽して、先ほどまでの柔和な微笑みは夜霧のように溶け消え、憮然とした顔で双子に反論している。
唐突に目の前で始まった言い合いに、ナナミは呆気に取られたが、慌てて仲裁に入った。
双子をなだめている間は、必死で、不安も消えていた。
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